FF夢


 4-05






私は一度、宛がわれた自室に戻って着替えを持ってきた。

まだ囚人のいない独房フロアに見張りの兵士は居らず、易々と忍び込むことができた。
いくつかある小部屋の中から、クラウド達の捕縛時に使用されない場所を選び、そこに身を潜める。

そして今まで身に着けていたワンピースを脱ぎ、持ってきた新しい服に着替えた。


襟元が肩まで開いたカットソーに、ダークグレーのスキニーデニム。
足元は5cmほどの低い踵のロンクブーツを履いている。ずっと下ろしていた髪は高い位置で一つに束ね、所謂ポニーテールにした。


ザックスと暮らしていた頃のようなラフな格好に、ようやく体が解放された気分になる。
いつも使っていた剣やマテリアが無いので、少々心細くはあるが・・・彼等と合流できれば大丈夫だろう。


私はこれからの戦いに向けて英気を養うため、固い床に腰を下ろして仮眠を取った。




***




シン、と静まり返った独房フロア。
そこで眠っていた私は、ハッとして目を覚ます。

身体の節々は大して痛んでいなかったので、そんなに長い時間は眠ってなかったことが分かった。
耳を澄ましてみると、微かに息遣いや寝言が聞こえる。
それは複数人のもので、ようやくクラウド達が壁の向こうに来たのだと確信した。



すっかり冴えた目を擦ってから、これからの展開に思いを馳せていると外から何かの物音が聞こえた。


そっと外を覗くと、そこには何もいない。だが、何かの音はする。

床を這いずるような音、液体を垂らす音、ぐちゃり、と何とも形容しがたい嫌な音。
それが己の独房に近づいてくるのを感じ、扉をキッチリ閉めてから身を縮めて息を殺す。
"それ"はこの独房の前で一度止まり、数秒後に元の道を引き返した。

その音が聞こえなくなるまでの間、生ぬるいような鉄臭いような空気の中で、私は震えを止める事ができなかった。

(今のは・・・ジェノバ?とうとう動き出したんだ・・・っていうか、何このホラー展開・・・無理、ホラーゲームは誰かと一緒じゃないと無理!)


それからわずか数分。クラウドやティファがヒソヒソと喋り始めるのが聞こえた。
全身を支配していた恐怖感や震えが緩和され、やっとの思いで深呼吸をした。

「あのー、もしかしてそこにいるのって・・・」
「えっ・・・その声・・・」
「奈々か!?」

向かいの独房から、ガタリ と音が鳴る。きっとクラウドかティファが立ち上がったのだろう。
懐かしいその声に、涙腺が緩みそうになるのを堪えつつ、声をかけた。


「うん、私だよ、奈々。・・・えっと、お久しぶりです」
「奈々、無事、だったのか」
「奈々?うそみたい、こんなとこで会えるなんて・・・」
「クラウド・・・エアリスもいるの?元気そうで良かった」

まず、私の声に反応したのはクラウドとエアリス。
それから、少し大きめの声でティファが喋り出した。

「それより奈々!いつからここに捕まっていたの!?大丈夫?怪我とか、変な事されてない!?」
「だ、大丈夫だよティファ。連絡できなくてごめんね?」
「んーん、奈々が元気ならそんなの良いわよ」
「奈々?おいティファ、奈々ってあの、常連の姉ちゃんのことか?」

ティファに続き、バレットのバンカラ声も響く。
彼との交流はごく僅かだったのに、印象は悪いものではなかったらしい。

「そうよ!前にちょっとだけウチでバイトしてたでしょ?」
「ちょっとって、一日だけじゃねーか。久しぶりだな奈々!俺だ、バレットだ、覚えてるか!?」
「勿論覚えてるよ。マリンは元気?」
「ああ、お前に会いたがってたぜ」
「そっか」

皆との再会に頬を緩ませていると、ふいにカツカツと足音が響く。
まさか誰か来たのかと扉の前で警戒すると、そこが素早く開かれた。

扉を蹴破る勢いで入ってきたのは、クラウドだった。
こちらをジッと見ていたクラウドはこちらに歩み寄り、そのままグイと私の腕を引っ張った。

腕を引っ張られれば自然と体はそちらに傾く。
私の身体はボフ、と音を立ててクラウドの胸元に倒れこんだ。

「うわ、あの、あ、く、クラウドさん?」
「心配した」
「う、うう、うん。ごめんね」

クラウドの抱擁は"抱き寄せる"といった感じのものだった。
ふんわりと頭を撫でられると、どうしても気恥ずかしさが出てしまう。
ザックスが人を抱きしめる時は、両手でぎゅぎゅーっと包み込む感じだったなぁ、なんて。
私はクラウドの腕の中で混乱しながらも、頭の別の場所で考え事をする程度には落ち着いているようだ。


だがそんな、すこし甘い空気もバレットの一言によって打ち崩された。

「・・・・・・あのよ、とりあえずこっから出してくれねえか?」




***




クラウドと私で手分けをして、独房内に捕まっていた皆を開放する。
すると記憶通り、独房の中からは懐かしい面々が姿を現した。


「わあ、ホントに奈々だ。久しぶり、だね?」

にっこりと目を細めながら優しい声で話すのは、エアリス。
相変わらず、天使と見紛う可愛らしさだ。

「うん、一年ぶりくらいだね」
「もっとよ!すっごく心配したんだからね?ミッドガルを出る時は"1・2ヶ月で帰る"って言ってたのに」
「うーん、予期せず時間食っちゃって」

エアリスの横で眉根を寄せながら、腰に手を当てて怒るティファ。
このダイナマイトで乙女な彼女に会うのも久しぶりで、なんとも懐かしい。
へらりと笑ってみせると、ティファもつられたように笑って眉を下げてくれた。

「まあいいわ。奈々無事なら、それで」
「ティファー!大好き!」
「えー?私は?」
「エアリスも大好きだよ!」

女子3人で再会を喜んでいると、いつのまにやらバレットが微笑ましいものを見る目でこちらに笑いかけていた。
その背後には、驚いた表情を残したナナキもいる。エアリスとティファとの会話を中断して、ナナキに向き合った。

「久しぶり。・・・何て呼べばいいかな」
「君の知っている呼び名で構わない」
「わかった、ナナキ」

素の自分を知っている人物だからか、彼の声色はすこし照れくささを滲ませたものだった。
最も、この場でそれに気付いたのは私だけのようだが。

私がナナキの真正面に立ち、皆の視界からナナキを遮ると彼は一瞬だけ、以前見せてくれた優しくてあどけない笑みを浮かべた。


ほんわりとした空気が流れるが、私の背後では別の議論がされていたようだ。
ティファとバレットが口をそろえて私に問いかけたもの、「何故私とクラウドが知り合いなのか」というものだった。
その問いに、クラウドも私も考え込んでしまう。やがて、呟くようにクラウドが口を開いた。


「友人・・・仲間・・・いや、何だろうな」
「まぁ、無理に言葉にする事もないんじゃない?」

クラウドにそう言って笑いかければ、彼はそれに同意したように頷く。

「それもそうだな。奈々と俺は、共に旅をしていたんだ」
「旅!?」
「えー!それ、大丈夫だったの?」
「・・・どういう意味だ」

エアリスが思わず発した言葉は、少なからずクラウドの気に障るものだったようだ。
無表情なその顔を仏頂面に変えて、ささやかな反抗をしている。

「ほら、クラウドってむっつりしてるから・・・身の危険とか、ね」
「大丈夫、クラウドくらいなら殴り飛ばせるよ!」
「おい・・・2人して・・・」

散々な言われようのクラウドだが、まぁこの先もっと色々言われるし・・・大丈夫だろう。


「そういえば、君は何故神羅に捕まっていたんだ?」

先程の会話から沈黙していたナナキが、例の大人びた口調で私に問いかけた。
だが今ここで説明するには、少々長すぎる話だ。

「色々と巻き込まれちゃってね。それは追って説明するよ。先ずは・・・この異様な空気の原因を調べない?」
「・・・確かに、さっきから様子がおかしいな」

仲間と再会できたので思わず気を緩めてしまったが、ここはジェノバが暴れた後の神羅カンパニー。
クラウドの言うとおり様子がおかしく、薄気味悪い空気に包まれているのだ。
だがそれをも吹っ飛ばすようにバレットが声を荒げる。

「ああ、それに神羅のクソ社長さんに一発ぶちかまさなくちゃあいけねえよ!」
「それはまぁおいといて。兎に角移動を始めようよ」
「そうだな」
「置いておくんじゃねーよ!」

まるでコントのようなやり取りに、笑いが漏れてしまう。
独房の中で一人きりだったときはあんなに恐ろしかったここが、不思議と怖くない。

仲間の偉大さを知った、ひと時だった。




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