4-03
私は、ルーファウス神羅の取り計らいで、このビルの中を自由に移動できるようになった。
早速レインさんの「少し散歩でもしてきたら?」という言葉に従い、ビルを探検中だ。
ビル内を歩くに至って、怪しまれない格好をするように、と言い遣ったので
フォーマルなワンピースと、上品なデザインのサンダルをクローゼットから引っ張り出してきた。
慣れない服装に多少の窮屈さはあるものの、怪しまれるよりはマシだと思い、それに身を包んだ。
窮屈な感覚の原因は、その服装だけではなかった。
服の中には、私の行動、意識、会話、興奮状態などを記録しデータ化する為の機器が取り付けられている。
今現在もデータは計測され続けているのだろう。
居心地の悪さはどうしても取り払えないが、それは表に出さず、ポーカーフェイスを保った。
「広いビル・・・迷っちゃいそう」
(音声も記録されてるんじゃあ、ヘタな事は口に出せないなぁ)
適当にエレベーターで昇ったり降ったりをしていると、最終的に61階へと辿り着いた。
フロアの中心にリラクゼーションルームがあり、大きな木が生えている。
「うわー、ビルの中に木がある・・・どうやって生えてるのかな」
(あこがれの61階・・・こんな施設があるんだったら、私も神羅の社員になってみたいなぁ)
心なしかマイナスイオンが豊富そうなその部屋で深呼吸をする。
人工物だらけの中で、唯一の自然。
外に出ることを許されない現状では、このリラクゼーションルームだけが自然と触れ合える場所だった。
張りつめた精神を人知れず解しているその時、背後から声をかけれくる人物がいた。
「おい、お前・・・」
「はい?」
声をかけられ振り向いた先には、黒いスーツのような制服を着た赤毛の男が立っている。
驚きの表情をしたその男は、レノ。
身体のあちこちに包帯やらガーゼやらをくっつけているところを見ると、どこかで怪我でもしたようだ。
彼の背後では、自販機から缶コーヒーを取り出しているルードの姿もあった。
「やっぱり・・・奈々じゃねえか!こんなところで何してんだよ!?」
驚き半分、嬉しさ半分といった様子のレノは、興奮した様子で話している。
だが記憶喪失設定の私が、彼と親しげに会話するワケにもいかないので、笑顔を押し込めて怪訝な表情を作った。
「・・・・・・あの、ごめんなさい、どちら様ですか?」
(レノ!レノだ!久しぶりだなぁ相変わらずカッコイイなぁ!あれ?向こうでコーヒー買ってるスキンヘッドはもしかしてルード君?)
レノはそれを聞いて一瞬だけきょとんとしたが、冗談だと思ったらしく、からからと笑いながら私の頭をポンポン撫でた。
「オイオイ、そりゃねえぞ、と!俺たち一夜を共にした仲じゃねーの」
「・・・・・・そうなんですか?」
語弊がありすぎるその言葉に、今度は本心からの不快な表情が浮かぶ。まぁ、間違いではないのだが・・・
「いや、今のは言葉のあやだ。・・・本当に覚えてねーのか?」
「あの、すみません、私、記憶が無いみたいで。昨日ここに来たばかりなんです」
出来る限りおどおどとした態度で言うと、レノの表情が本当に不安げなものになった。
だが彼が再び口を開く前に、背後からさらにもう一人こちらに歩いてきた。
「報告書を提出せずに休憩とは・・・良い御身分だな、レノ」
目の据わった彼は、タークス主任のツォン。
既に長い髪を下ろし、慣れた様子でレノを叱りつけている。
(わー、ツォンさんだ。久しぶりだなぁ・・・前よりもクールな感じになって・・・)
「えっと、いやあ、疲れた頭じゃあデクスワークなんて進まなかったんで。つい」
「まったく・・・・・・今日中には提出しろよ」
全く詫びれた様子が無いレノに、呆れたようなツォンだったが、こちらを見てふと動きを止める。
「君は・・・」
何か考える素振りをした後、少しだけ目を見開いて言う。
「以前、八番街で迷っていた・・・奈々か?」
驚く事に彼は、一年ほど前、しかも数分だけ言葉を交わした人物の顔と名前を覚えていた。
その後電話番号も教えてもらったが、電話をする理由も見つからず、泣く泣く放置していたのに、だ。
レノは目を丸くして、ツォンに問いかけた。
「こいつと知り合いなんすか?」
「ああ・・・一年ほど前だったか、道に迷っている彼女を見つけた」
「なーるほどねぇ・・・生憎、今こいつ記憶喪失らしいですよ、と」
「記憶喪失?」
眉根を寄せたツォンがこちらを真っ直ぐと見る。
その瞳から目を逸らす事はせず、一度頷いてから肯定の言葉を吐いた。
「あの、はい。昨日、ルーファウスさんにここへ連れてきて頂いたんです」
(誰かに会ったらそう言えって、レインさんに言われたし・・・いいよね、副社長の女ですアピールしても!)
「へぇ・・・あの副社長がねぇ・・・」
「では、君が件の女性だったのか」
「・・・件の、とは?」
それまでコーヒーを飲んでいたルードだったが、ツォンが言った"件の女性"という言葉に反応してこちらに近づいて来た。
とりあえず初対面の相手なので、ぺこりと軽く会釈をすると、ルードも同じように少し笑いながら軽く頭を下げた。
その優しい対応に内心ほのぼのしていると、ツォンから意外な言葉が発された。
「ああ・・・今朝の事なんだが、婚約者候補である女性がカンパニーに来ているという話を副社長から聞いてな」
「婚約者!?こいつが!?」
(そ、そんな話になってたの・・・・・・)
「だから、レノ。お前が"こいつ"呼ばわりして良い女性ではないという事だ」
「へーい。以後改めますよ、と」
あまり納得していない様子のレノだったが、流石にもう馴れ馴れしくしようとは思っていないようで、少しぶすくれた表情でそっぽを向く。
あまり仲良しな関係ではなかったけれど、今更他人行儀になるのは寂しいな。と思ったがこちらの都合でそうなったのだ。
そのうち、全て終わってから、今度は仲良くなれたらいいな・・・と淡い期待を彼らに向けた。
***
タークスの面々は、意外にもリラクゼーションルームでの雑談に付き合ってくれた。
もしかしたらこれも仕事の一環なのかもしれないが、やはり好きなキャラとの対話は癒されるものだ。
だがその癒しの空間は、呆気なく新たな登場人物によって崩されるのだった。
「ああら、タークスがぞろぞろと集まって、何をしているのかしら?」
「フン、仕事もせずに良い身分だ。それでなくとも最近は人員不足の上失態続きだというのに・・・」
スカーレットとハイデッカー。2人の統括が揃って姿を現した。
嫌味な態度で現れた2人に、レノは見えない角度でゲッという表情になり、ルードとツォンはその場で素早く一礼する。続けてツォンは挨拶をした。
「お疲れ様です、ハイデッカー統括、スカーレット統括」
「で、何をしていたのか教えてなさいな。ちょうど暇してたところなのよ」
遠目からでもわかりそうな、真っ赤なドレスに金色の髪。
嫌味な微笑を浮かべているのに、それが却って色気を醸し出している。
「実は、件の女性がこちらにいらしたので・・・少しご挨拶を」
いつになく丁寧な言葉遣いのツォン。
わ、私はそんなに大変な身分なのか・・・。と、少し不安になってしまう。
ツォンの言葉に、ハイデッカー、スカーレット双方ともこちらへと視線を移す。
2人の値踏みするような嫌な視線を受け流して、平静を保つ。
レノやルードは心配そうな様子でこちらを見ているが、生憎、これくらいの事で揺らぐような軟弱な精神は持ち合わせていない。
だが、笑みを崩さない余裕の態度が気に入らなかったのか、スカーレットが片眉をクイッ、と上げた。
「へぇ、あなたが。・・・ふうん?副社長はこういう小娘がお好みなのねぇ」
気に入らなそうな表情で私の顎を持ち上げ、勝手に左右へ動かす。
散々眺めてから、一歩離れてフンと鼻で笑う。
「貧相な顔」
嘲笑交じりのその一言に、内心ビキィッ!と腹に来るが、ここで挑発に乗る訳にはいかない。
更に笑顔を深くし、アンタなんて眼中にありませんよオーラを醸し出す。
「きっとルーファウスさんは、貴方のように派手で綺麗な女性を見飽きていらっしゃるんですよ」
(この女ァ・・・美人なら何言っても許されると思うなよ!しょうゆ顔でスイマセンね!!生まれつきなんだよ悪いか!)
「ああらそれって、私が飽きられるような顔だってコト?大人しそうな顔して言うじゃないの」
「派手でお綺麗、と。それ以外に他意はございません」
(記憶喪失設定じゃなければ、存分に言い倒してあげるのに・・・!本編始まったら覚悟しとけよこのクッソアマ・・・)
「ふうん・・・まぁ、そういう事にしておいてあげるわ」
気が済んだのか、その場をスタスタ立ち去るスカーレット。
腹の中で舌を出して悪態をつきながら、それを微笑みでひた隠し見送る。
タークスも、女の恐ろしさを目の当たりにしたような目でスカーレットを見ている。
だが何を思ったのか、ハイデッカーがこちらに歩み寄り肩を抱き寄せてきた。
ぶっちゃけこの男には愛も何も感じていないので、嫌悪感しか浮かんで来ない。
「ガハハハ、あの女に言い負かされんとは、結構したたかなようだな!」
「・・・勝ち負けを競っていたつもりはございません」
「フン、何かされたら私にいいなさい。タークスを使ってお前の力になってやろう」
随分と気に入られたようで、顔を近づけてくるハイデッカー。
あの、マジやめてください息が臭いので。という拒否の言葉を必死に飲み込む。
流石のタークスも直属の上司を引きはがすことはできないようで、歯がゆそうに見ている。
だが今の私には、この会社で最強の味方がついている。
少々強引にハイデッカーの腕から抜け出し、一歩距離を取る。
ハイデッカーは気に入らないと言わんばかりに顔をしかめるが、何か言われる前に先手を打つ。
にこっと申し訳なさそうに笑い「お気持ちだけ頂きますね。ルーファウスさんから、困ったときは連絡するようにと言われていますから」と副社長を引き合いに出す。
どうだこれで何も言い返せまい!と頭の中で高々と宣言する。
その言葉の通り、ハイデッカーは気まずそうな顔で「フン・・・そうか」とだけ返した。
レノはそんな光景を見て「本当に変わっちまったなー」とごく小さく呟く。
ふっ・・・猫被ってるだけだけどね!
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