FF夢


 4-02






「・・・今、なんじ・・・・・・」

ふっと浮上する意識のなかで、つい口から出た言葉。
携帯電話を確認すればいいじゃないか、と思い、ベッド脇のチェストに視線を向ける。
そこには昨日レインさんから預かった、白い携帯電話がきちんと鎮座していた。


時刻を確認すると、もう昼前だった。
やはり頭をフル回転させると疲れが溜まるらしく、一度も目を覚ますことなくこの時間になってしまったようだ。


「んー・・・」

上半身を起こしたものの、未だに頭はぼうっとしたまま。
携帯をチェストの上に戻して、そのまま膝を抱えて顔を俯かせる。
監視されているであろうこの部屋で、自分の表情を晒すのがとても嫌だと思った。


だが一人静かな時間もつかの間のことで、ガチャリと扉が音を立てて開く。
続けてカチッ、という小さなスイッチ音が響く。きっとその人が部屋の明かりをつけたのだろう。
ああ、レインさんか。と思ってのろのろと顔を上げると、そこには予期せぬ人が立っていた。


人工的な光に照らされた、艶やかな金髪。
ソルジャーのものとはまた違った、鮮やかで冷淡な氷色の瞳。
純白のスーツには皺などなく、加えて埃ひとつついていないお洒落な革靴を履きこなしたその人。

ルーファウス神羅、だった。


彼は興味深い物を眺めるような視線で、こちらを見ている。

「ほう、これが例の・・・」
「・・・誰・・・?」

やっとのことで絞り出した声はひどく擦れていて、それが彼に届いたのかはわからない。
まぁ、届いていようがいまいが、ルーファウスはその問いに答えるつもりは無いらしい。
私の意識などまるで無いように、瞳を覗き込んだり髪を持ち上げたりと随分自由な様子だ。
その態度にこの野郎、と思ってしまったのは至極当然のことだと思いたい。

しかし、今問題なのはルーファウス自身の態度などではない。
彼がここに居るということは、既に本編は始まってしまっているのかもしれない。
プレジデントが死に、ジェノバが脱走し、クラウド達も既にミッドガルの外。
それはシュミレートしてきた中でかなり悪い部類のものだった。

いや、今までにも時系列が狂ったことは何度かあった、それに期待しよう。

とりあえず思考を落ち着かせて、目の前のこの男をどうにかしないと、と思った。
するとルーファウスが入ってきた扉から、もう一人の男性が姿を現した。
少し焦ったような表情をするその人は、例の医療開発部長であるレインだった。


「副社長、彼女はまだ目覚めたばかりなんですから・・・あまり刺激は与えないで下さいね」
「分かっているさ。ただ、帰還中のヘリの中で彼女の事を聞いた時からずっと気になっていたんだ。魔晄に対し免疫がある、と言っていたが、彼女は古代種なのか?」
「まだデータが少なくて、わからないことだらけです。古代種とはまた違っているようですが」

よし、きた。新たな情報に、思わず安堵の息が漏れそうになった。

レインさんが言った『副社長』の呼び名。それはプレジデントがまだ生存しているという事と同義語だ。
つまりジェノバはまだこの神羅ビルの中。ストーリーがどの程度進んでいるのかはわからないが、パーティと合流できないまま、という最悪の事態は免れたようだ。

にしても、彼らは私のことなど意に介さないといった雰囲気で会話をしている。
きっと記憶障害のある人間の前では、何を話しても問題ないと判断したのだろう。


「・・・ええ。かなり高濃度の魔晄に浸されていましたが、この通り何の拒否反応も無く・・・あえて言うならば、記憶の喪失が一種の拒否反応かと」
「成程な」
「魔晄中毒とは本来、魔晄が持つ膨大な量の情報が脳に流れ込み、それを処理し切れなくなった脳が麻痺を起こすという症状です。彼女の記憶の喪失は、脳がオーバーヒートしないように無意識のうちにリミッターをかけたのかもしれません」

演技だけどね、という言葉を飲み下し、脳内で舌を出す。どうやら記憶喪失設定はうまくいったようだ。
それよりも、やっぱり魔晄に浸けられたのか、と瞳の変化の原因がわかった。
だが実際、それ以外には傷が治っているという事くらいしか変化が無いので、特に気にする必要もないだろう。


「この事を、私の他に知っているのは?」
「まだいません。強いて言うなら僕とこの部署の人員が数名ですが、研究に関する事には緘口令が適用されますから。彼女は"治安悪化要因として捕縛"という位置づけですね」

「よろしい。宝条博士に知られたら研究材料としてすぐに壊されてしまうからな。
 それと、すぐに彼女の捕縛時のデータを消去してもらおう」

ルーファウスのその言葉に、少し驚いた。
私の存在は、宝条博士には知られていなかったようだ。
確かにあのマッドサイエンティストに知られていたのなら、こんな待遇を受けられるはずがない。
ナナキやエアリスがいい例だ。それに宝条博士が私に関わっていないのならば、十中八九ジェノバ細胞は植え付けられていないだろう。

レインさんはルーファウスの言葉を聞いて、待ってましたとばかりに笑顔になった。


「わかりました。僕にとって宝条統括は目の上の瘤ですから。ここいらでひとつ下剋上でもしてみたいんですよね」
「あの科学者が編み出したソルジャー計画よりも、優れたものを提出すればあるいは・・・という事か」
「ええ、それに僕はまだ若いですし。副社長の時代での化学部門統括が目標ですね」
「君の能力次第では、その時も遠くないだろうな。彼女の生体反応データを取ればこれからのソルジャー育成プログラムの大きな飛躍になるだろう」
「ええ、ですから、まずは彼女の思考・行動パターンのデータを採取したいので、先程の件の許可を頂きたいんです」

なんだかもう、よく分からない内容の話は右から左に流しつつ、私はぼうっとルーファウスの金髪を眺めていた。
やはり、金髪碧眼は天然記念物だと思う。ルーファウス然りクラウド然り。


「わかった、許可しよう。彼女に対する行動制限を無くそう。このビルの中であれば好きな場所を歩かせて良い。ただし条件が3つある。居場所を完璧に把握するため、GPS機器を必ず持ち歩かせる事。67階のジェノバルームには決して近づかせない事。そして、親父と宝条博士の目には出来うる限り触れさせない事。以上だ」

どうやら私は、このビルの中を自由に行き来できる身分になったようだ。

「心得ました。彼女の位置づけはどう致しましょう。幹部連中や社長には隠し通す事は難しいかと・・・」
「フッ、心配ない。私の所有する女とでも言っておけば、手出しはされないだろう」
「了解しました」

自由に動けるだけではなく、何やらとんでもない称号まで手に入れてしまった。
何はともあれ、自由行動ができるだけで皆との合流がし易い。

ありがたい事この上ないな、と心の中で笑いを洩らした。




***



ルーファウスside


俺はようやく、長期出張とは名ばかりの"厄介払い"から解放された。

今はヘリの中で、着々と近づくミッドガルエリアへの風景を眺めながらパソコンを弄っている。
ナイスタイミングというべきか、暇つぶしにチェックしていたメールボックスに、部下の男からメールが届いた。

レイン・アンブレラ。
若くして神羅カンパニーの医療開発部門の部長をしている男。
宝条博士と、宝条博士を重視しているオヤジを嫌っているようで、何かと俺に協力的だ。まぁ、適度に有能だが大した野心もないので、扱いやすい部下として少々優遇してやっている程度の人物だ。

そんな男から定時連絡以外のメールが届いた。
ヘリと変わり映えしない風景に飽き飽きしていた俺は、すぐにそのメールを開いて中を確認する。そこには、ある女についてのレポートが書かれていた。

神羅の実験体であったとあるソルジャーの逃亡を手助けしたとかでその身を追われていた女。
名前は確か、奈々と言ったか。その女がついにミッドガルのゲート付近で捕縛された、と。
大して面白みのない冒頭部分に早くも飽きてきたが、一応こういう職種だ。書類の類は隅々まで目を通すことにしている。
そのまま文章を追って目線を下へと動かした。

その女は捕縛時に出血多量だったらしく、応急処置を医療開発部の方で受け持ったとのこと。
そして回復力の加速を期待して、魔晄の中に浸けたところ、思いもよらぬ成果が出たらしい。

溶液の中の魔晄エネルギーが、次々と彼女の体内に吸収されてしまったようだ。
それを見た研究員たちは、好奇心を抑える気など無かったようで、魔晄の濃度を徐々に上げて行った。
最終的には地中から湧き出す魔晄と何ら変わらない高濃度の魔晄に浸された彼女だったが、目覚めた時には特に障害もなく、至って健康体だったらしい。

些細な後遺症として記憶の喪失が見受けられたが、自我はしっかりしているので大した問題ではない。とのことだった。
それどころは体中の傷が治り、傷跡こそあるものの足を貫通していた弾痕すら完全に塞がったという。
これほど魔晄エネルギーと適合する個体も珍しい、という事で報告をしたらしい。

レインの判断は間違っていなかった。俺はこの特異な女に興味が沸いた。
先ほどまで、大して何も思わなかったミッドガルへの帰路が、途端に長く待ち遠しいものに変貌していた。








予定よりも何時間か早く神羅ビルに到着した俺は、到着してからの面倒な挨拶を手短に済ませ
例の女が軟禁されている部屋へと足を速めた。

女がいるであろう部屋のドアを開き、電気をつけると、そこには体育座りで蹲っている人間がいた。
その女はノロノロと顔を上げる。
上がった顔を見た瞬間、氷のようだと評される俺の感情が不覚にも揺り動かされた。


感情を失ったかのような白磁の頬。
夜空を思わせる深い群青色の瞳と、それを彩るハイライト。
そこに居るだけで空気が浄化されているような雰囲気に呑まれ、一瞬言葉を失ってしまった。

思わず彼女に歩み寄り瞳を覗き込むと、やはり吸い込まれそうなほどに透き通った光を宿している。
アイシクルエリアから見る星空のように透明で、それでいて感情のない冷たい光だ。
なめらかな肌は見た目の通りとても柔らかく、掌を魅了して離さない。

だが、それ以上に気に入ったのはこの女の態度だった。
俺がどんなに近づこうと、たとえ身に纏うシーツを剥がそうと、大した反応を見せない。
だが決して人形のように空っぽではない。
虚空のように見えた瞳は、よく見ると理知的な色をにじませている。

この女は全てを把握している。把握した上で、落ち着き払って俺を容認しているのだ。




面白いものが手に入った。

これからは俺の意のままに育ててやろう、そう思うと、口角が上がるのを抑えられなかった。






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