FF夢


 2-10






 [ν]εγλ‐0007年 01月15日 天気・晴れ

 寝過ぎた。





働かない頭でとりあえず日記を開くものの、それ以外に言葉が出てこない。
まあいいや、と日記とペンを鞄に突っ込んで、風呂場へ向かう。

シャワーを浴びて歯を磨いて、新しい服に着替えると、ようやく脳が活動を始めた。




「さっぱり!」

スッキリした頭からは、まだ水滴が垂れていて、それをザックスが見たら煩いだろうな、と思ったのでタオルで念入りに拭く。

ここに来た当初はセミロング程度だった髪は、既に立派なロングヘアになっていた。
長い髪は洗うのも乾かすのも面倒だが、寝癖がつきにくいという利点がある。
トリートメントも使えないこの状況だと、寝癖直しが中々に大変なのだ。
少しの間切ろうか切らないか迷っていたが、考えるのも面倒になり、最終的に「まあいっか」の一言だ。

これじゃあ女度ダダ下がりだなー、と少し危機感を感じてしまう。



ウータイの宿は、向こうの世界の旅館のようで、宿屋のお姉さんがおにぎりを2つ握ってくれた。
それを有難く受け取り、おにぎりをもぐもぐ食べながらザックスの姿を探す。

ザックスは1人宿の外へ出ていたようで、おにぎりを食べ終わる頃には部屋に戻ってきた。


「お、起きたか。メシ食いに行かね?」
「あ、ごめんね、今おにぎり貰って食べちゃった」

ザックスは結構お腹が空いていたようで、瞬時にげんなりとした表情になった。
それもその筈だ、彼は昨日の夕方から今まで何も食べていない。

「マジか!俺もおにぎり貰ってくるかな・・・」
「うーん・・・じゃあさ、丁度お昼ご飯時だし、外出て食べ歩きでもしようよ!」
「お、それいいな」

お昼ご飯のプランを提案すると、一気に明るくなる表情。
ザックスはこういうところが可愛いよねえ。

そうと決まれば彼の行動は早い。
クラウドにご飯を食べさせ、座椅子に座らせてから膝掛けをかける。
自分もちゃきちゃき支度をして、20分もしないうちに出かける用意が出来た。


「じゃー行くか!」
「了解!」

グッと拳を握るザックスに、笑いながら敬礼を返す。
こうして自分の足で歩いてみると、ゲームのフィールドにはなっていなかった場所まで行けて、今更ながらFF7ファンとしては嬉しい事この上ない。
私とザックスは屋台や出店が立ち並ぶ通りに向かった。




***




焼きそば、豚串、人形焼き、揚げ物と、凄まじい勢いで屋台メニューを平らげたザックス。
私もついついその勢いに乗せられて、食べ過ぎてしまった。


今はウータイのはずれにあるダチャオ像の近くで、腹ごなしがてらモンスターとバトルをしている。
私達はどちらか出かける時は必ず、もう片方がクラウドの傍にいるように気をつけているので、今回はザックスが先に宿へと戻った。

ウータイエリアに生息するモンスターは皆、ニブルエリアよりも少しレベルが高いくらいだった。
状態異常技さえくらわなければ、私でも1人で充分に戦える強さだ。

改めて見ると、このエリアのモンスターは鮮やかな色をしたものが多く、初プレイ当時は気押されたものだ。
今はもっぱら、ジェジュジェミにだけ怯んでしまう。


「また出たなジェジュジェミ・・・!エクスポーションくれるのは嬉しいけどさ、虹色の芋虫ってのはどうかと思うよ!」

あまり近づきたくないので、モンスターが放った糸と共にファイラで燃やす。
導火線のように炎がモンスターを襲い、あっけなくバトルは終了だ。
緊張して疲れた筋肉をほぐすために柔軟運動をしていると、背後から"ジャリッ"と砂を踏みしめる音が聞こえた。


新手のモンスターか?と思い素早く振り向いて鉄パイプを構える。
が、そこにいたのはモンスターではなく黒髪に藍色の着物を着たナイスミドル。

鉄パイプを向けてしまっていたので、それを退けようと思った矢先、そのオジサンは素早くパイプを掴み、ぐるんと回した。
するとパイプは呆気なく私の手からころげ落ちる。この人、きっと何かの武術を学んでいるのだろう。
元の世界の"合気道"のような動きをしている。合気道あんまり詳しくないけど。

唐突に、オジサンは私の懐を狙って鋭い突きをくりだしてくる。
未だ混乱していた頭だったが、脳がそれに反応して瞬時に平静状態になる。
正拳突きを手の甲でいなし、オジサンの足元めがけて下段回し蹴りを出す。

これはザックスに教わった戦い方。女の私は、上半身を狙ってダメージを加えるより、下半身を狙って相手の動きを確実に塞いだ方が、安全に戦えるとアドバイスをもらったのだ。

だがオジサンはその動きを読み取っていたのか、ひょいと飛び上がり私の足をかわす。
そのまま下降する勢いに乗せて、私を狙う踵落とし。
片手を地面についていた状態だったので、両足とその腕に力を込めて横っ跳びをする。
そして1mほど右に着地したところで、オジサンと私の動きが止まった。


「・・・・・・。その身のこなし、お主女子の身でありながら中々の者だな!」」

心臓が喧しくなってきた私に対し、オジサンは息一つ乱れていない。
嬉しそうに意気揚々と話しかけてくるオジサンに、これ以上の警戒はいらないだろうと戦闘態勢を解く。

「恐縮です」
「うむ、謙虚な姿勢もまた良し!」
「はぁ・・・」

思った通り、このオジサンは見た目通りの古風な感じの人で、私の返答に満足している様子だ。
だが、私の獲物・・・所詮鉄パイプだが。それを見た時は表情が芳しくなくなった。

「しかし・・・その武器は戴けんな。鉄棒ではないか」
「鉄棒、まあ、そうですね。使い慣れたものをずっと持っているだけなので」

思えばこの適当な武器で、よくぞここまで戦えただろう。
無意識のうちに初期武器縛りプレイをしていた、根っからのゲーマー体質に拍手したい。

「成程な。よし、お主に良い物を譲ろう!ここで待っておれ!」
「えっ、あのっ!」

オジサンは上機嫌なまま早足で歩いて行った。
やっぱり、ここでバッくれるのは印象悪いよねぇ・・・
少し疲弊してきたので、ここでモンスターに襲われるのはあまり宜しくないと思い、街の近くまで戻り、近くの岩に腰を下ろしてオジサンを待った。

(髭で、着物で、ロン毛でおじさん・・・絶対に忍者娘のオヤジしか思い浮かばない)

そう、先程のオジサン。
ゲームではグータラしていた印象しかない上に、唯一の見せ場である五強の塔イベントでは、バトル時に何故かモンスター化してしまった、あの親父殿のビジュアルによく似ていた。

ポリゴン2頭身か攻略本での3頭身イラストしか見た事がなかったが、リアル頭身になるとあんなにナイスなオジサンだったとは。
どこかの道場に居る師範代の人のような出で立ちだった。

20分ほどそこに座っていただろうか。
街の方から行きと同じく早歩きで戻ってきたゴドー(仮)が私の近くまで来た。



「待たせたな」
「いえ、丁度良い休憩になりました」
「これなのだが・・・どうも西洋の刀と言うものは苦手でな。武器が無いのであれば持っていくが良い」

ゴドー(仮)から手渡されたのは、白銀色の片手剣だった。
てっきり刀か何かだと思っていたのだが・・・
意外にも洗練されたデザインで、細身の刀身と鞘に、装飾はあまり多くなく、鞘と柄にだけ美しい唐草模様が描かれていた。

シュッ、と鞘から抜いてみると、それは薄い刃でできていて、正直鉄パイプよりも軽くて使いやすい。

「わ、こんなきれいな物、頂いちゃっていいんですか?」
「うむ。片手剣も西洋刀も、使わんからな。箪笥の肥やしになるよりも振るってもらった方が、それも嬉しかろう」
「ありがとうございます。でも、こんなに良い物を頂く理由がわからないんですけど・・・」
「最近の娘子にしてはきちんと礼儀を知っているようで感心したのだ。ほんの気持ちととってくれ」
「わかりました、ありがとうございます。大切に使わせて頂きますね」

剣を鉄パイプ代わりに腰に括りつけて改めて頭を下げると、ゴドー(仮)は何故か憂鬱そうに溜息を吐いた。


「うちの不良娘にも見習わせたい・・・」
(やっぱりゴドーだ、この人)

きっと天衣無縫なユフィを思っての溜息なのだろう。
確かに顔を合わせる度に喧嘩腰では、お父さんは落ち込んでしまいそうだ。

「はぁ、娘さんがいらっしゃるんですか」
「ああ、今年で16になるんだが・・・放浪ばかりして、帰って来るなり父親に噛みついてくるのだ」
「16歳はちょうど反抗したがる年頃ですからね。3年もすれば収まりますよ」
「ふむ・・・それだと良いのだがな・・・」

かくいう私も、高校生に上がりたての頃なんて周りに反抗ばかりしていた。
お決まりのあのセリフ「うるせーよクソジジイ!」も一度だけ言った事がある。
その直後、我が父上に容赦無しの鉄拳をくらい、頬骨にひびが入ったのだ。
それを期に私の反抗期は幕を閉じた。娘に対する躾じゃねえ。

元暴走族は怖いなぁ・・・そう考えると、こんなに優しいお父さんを持つユフィが羨ましく思える。


「親の心子知らずと言うじゃありませんか。逆に子供の思っている事も親は分からないものだし、もう少し大きくなって、お酒でも呑み交わせるようになったら懐かしくなりますよ」
「そういうものか・・・娘の気持ちは同じ娘子にしかわからんからな」
「そうそう、そうですよ」


少し立ち直った様子のゴドー(確定)は、その後も口を休める事無く小一時間愚痴った後、晴れやかな表情で街へと帰って行った。

まぁ、素敵な剣を頂いたお礼として付き合っただけだが。




***




夜になり、私とザックスは念願の亀道楽に来ていた。
そこで注文したメニューが来るまでの間、いつものようにゆるーい雑談を交わして時間をつぶす。


「あれ、新しく武器買ったのか?」

ザックスの視線は私の腰元にある剣に向かう。
今までは血がこびりついて先がぐにゃぐにゃに曲がったえらく物騒な装備品だったが、これからは綺麗な剣を下げていられる。実はそこが一番嬉しい。

「んー?なんか、悩めるお父さんにもらった」
「知らない人に色々貰っちゃだめだぞ」
「うん、そうだよねー。以後気をつけます」

そう言いつつも、あまり気にしていない様子のザックスに安心する。
会話の流れが途切れた瞬間、愛想の良いおねえさんがお盆を二つ持って現れた。

「お待たせいたしましたー、特製ネギ盛りチャーハンと味噌トンらーめんです!」
「「あ、どうも」」

良い匂いが漂う膳を、にこやかなお姉さんから受け取る。
私はレノがオススメしていたネギ盛りチャーハン。
ザックスは味噌ととんこつのコラボレーション、味噌トンらーめんを注文した。

「それ、すげーな。ネギだらけ」
「うん、でもネギ好きだから問題ないよ。それよりザックスのこってりラーメンの方が凄い」
「いやいや美味いぞ?こーいうの」
「夜にそれ食べたら胃もたれするでしょ」
「俺は平気なの」

2人で箸とレンゲ片手に「いただきます」と言い、各々食事をしていく。
うん、オイシイ。流石レノさんイチオシメニューなだけある。

しばらく無言でもぐもぐしていると、ザックスが「あーあ」と声を洩らした。

「ん?」
「いや、奈々の武器は俺が選ぶつもりだったのになーってな」
「え!?何その嬉しいイベント、初耳なんですけど」

言うのが遅いよザックス!という叫びを押し込めつつ、彼の次の言葉を待つ。

「でもソレ結構気に入ってるんだろー?しょうがねーな、何か別ので考えなきゃな」
「何その貢ぎ精神」
「貢いでねーよ。アクセサリーとかはどうだ?指輪、バングル、ネックレス・・・奈々、ピアスも付けてたよな」

ザックスがぽんぽん上げる候補の数々を脳内に思い浮かべる。

指輪・・・は特に欲しいの無いし。バングルもなぁ・・・腕につける系だったら盗賊の小手がほしいな、うん。
あ、でもこれからの戦いに備えてテトラエレメンタルも捨てがたい。
アレ確か炎、雷、冷気、土、の4つの属性を吸収してくれるし。
あー、でもやっぱり・・・

それらの候補たちを差し置いても欲しいアクセサリがひとつ。

「んー・・・今欲しいのはリボンかな」
「リボンか、髪伸びて来たもんな」
「うん。それにアクセサリとしても一番優秀じゃない?状態異常全部防いでくれるんだから」

例のステータス異常を全て防いでくれる、赤紫色のリボン。あれが欲しい。
だがザックスの意図とは違ったようで、彼は眉間に皺を寄せていた。

「そっちのアクセサリじゃねーよ!もういい、今度可愛いリボン見つけとくから!」
「装備繋がりの話だから、こっちの方かとばかり・・・私、無駄な装飾品は付けない派なの」
「わかったわかった、あのリボンだな」
「うん、よろしくね」


隣に座るザックスの(この色気のなさは、ちょっと壊滅的だな)という思考など読み取れるはずもない。

私は早々に話を切り上げると、眼前のチャーハンに意識を戻した。








previndexnext