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「リドル、お茶」




肘掛椅子に埋もれて本を読むカノンは、ふんぞり返りながら向かいのソファで読書をしていたリドルに向かって一言投げかけた。
読書の時間を邪魔されたリドルは若干不機嫌になりつつも、大人しく杖を振るっていくつかの茶缶を出してカノンに問う。


「茶葉はダージリン? アッサム? アールグレイ?」
「私アールグレイは嫌い。石鹸みたいな味がしない?」

カノンは、不愉快そうな顔を本の上から覗かせる。

この顔は、普段ドラコやパンジーにしか見せない"悪い子"の表情だ。
ドラコにはこれが"可愛らしいワガママ"に見えているのだが、リドルにとっては憎たらしい事この上ない。


「それは茶葉の質が悪かったんだよ。高品質のものだとベルガモットの良い香りがするよ」
「アールグレイはやっぱりイヤ」
「人が折角アドバイスしてるのに・・・じゃあ、今日のデザートはタルトだし無難にダージリンにしようか」
「ディンブラがいい」


リドルが茶缶を持った瞬間、クッションを投げて顔に命中させるカノン。
ボフッ、と勢いの良いクッションを顔面に受けたリドルはわなわな震えながら怒声を上げた。

「希望があるなら最初から言ってくれないかな!?」
「リドルが挙げた選択肢になかったから」


カノンは「失敬失敬」と言うが、毛の先程も思っていない顔だ。その証拠に、今も分厚い本から視線を外してすらいない。リドルはそんな彼女から無理矢理視線を離し、杖を振って湯を沸かした。

「ちょっと、私はマグル式が好きなんだけど」
「だったら何、自分で淹れなよ」
「そう、じゃあもう魔力供給してあげない」
「ああわかったよ! マグル式で淹れてくればいいんだろう?」

カノンがそう言った瞬間、リドルは血相を変えて茶葉の缶を持って部屋を出た。

封印が解かれたことで自我を取り戻したリドルは、カノンの魔力を貰って実体化するしか時間をつぶす術がないのだ。
お預けを食らってしまえば、幽霊のような状態で彷徨うしかない。長い時間を、ただぼうっとして過ごすしかないということに、彼は我慢がならなかった。


更に、何故リドルが肖像画だらけのこの屋敷を自由に行き来できるかと言うと、カノンが事情のある遠縁と公言して回ったらしい。

勿論ダンブルドアやマクゴナガル、スネイプには言わないよう口止めをして。
そのお陰か、リドルはこの屋敷内では快く迎えられ、好きな部屋どころか、屋敷の外へ散歩に行く事だってできる。
こんなにも良い環境下にありながら、カノンの一存で、彼の一日が有意義なものになるかどうかが左右されるのだ。

十数分後に、律儀にもマグル式で紅茶を淹れてきたリドルが部屋に戻ってきた。



「待たせたね。はい、タルトと紅茶」
「ありがと」

カノンの前にタルトと紅茶を置き、同じものを自分の前にも置いてからソファに座るリドル。
そんな姿を見て、カノンは呟いた。



「不思議だよねぇ。記憶が具現化しただけに過ぎないリドルが、実体化すれば一丁前に食欲まであるんだから」

そう、実体化したリドルは普通の人間と同じように生きている。人と同じように、物を食べ、水を飲み、眠り、息を吸い、トイレにだって行くのだ。
リドル曰く『これは予想外』とのことなので、もしかしたらカノンの強力な魔力が彼の命を吹き返したのかもしれない。もしくは、スリザリン家の末裔同士、魔力の波長が合ったのだろうか。

リドルは第二の人生をしっかり満喫していた。これが、彼がカノンに逆らえない理由そのものだ。


「別にいいだろう、君の家は食費に困っているわけでもないし」
「うん、いいけどね。トゥーラのお菓子は誰かと一緒に食べたほうが更においしい」

言葉の応酬が止むと、2人は同時に紅茶を口に含んだ。


「おいしい、やっぱりリドルは紅茶淹れるの上手いね」
「そうかい? それはどうも」
「やっぱ天才肌ってこういう事なのかなー。何やってもスッと成功させちゃうんだから」
「・・・・・・今日はやけに褒めるね」
「これからリドルの機嫌を損ねることを言おうとしてる前触れだよ」

そして再び沈黙が流れる。
次に口を開いたのは、またもやカノンだった。


「ねぇリドル。私、もうひとつ仮説を立ててみたんだけど、聞いてみたい?」
「いやだ」
「ご清聴感謝します」
「君が僕の意見を聞くわけがないって、どうして僕は分からなかったかな!」
「あのさ、リドルって私から離れる、もしくは私が死ぬと困るでしょ」
「まぁ、魔力の供給元が無くなるしね」
「それだけじゃないでしょう?」

さらりと言ったリドルに、カノンは否定に近い言葉をかけた。
リドルは、神経質そうに眉をぴくりと動かしただけだが、カノンは構わず話をつづけた。


「きっと私が死ねば、リドルも消滅する。そうじゃなければ君は、魔力を貰った瞬間に私を殺してトゥーラあたりにアンクレットを運ばせれば良い。魔力が尽きる前に次の宿主を見つけるなんて簡単でしょ。それをしないのは、私から離れられない理由があるから」

カノンが言葉を切り、紅茶のカップに口をつけると、リドルは諦めたような雰囲気の溜息を吐いた。


「何でもお見通しってわけかい?」
「まーね。私の予想は外れた事が無いから」
「驕りは身を滅ぼすよ」
「やだなぁ、自分の才能に溺れて、私に支配権を奪われたリドルには言われたくないよ」

カノンの歯に衣着せぬ言い方に、リドルは口角をひくつかせながら杖を構えた。

「それは失礼、お詫びに死の呪文をプレゼントしても良いかい?」
「ハリーに引き続き、また死の呪文を跳ね返されたいの?」



とうとう膝を抱え出したリドルに笑いを洩らしながら、カノンはタルトを綺麗に完食した。

すると今度は、リドルに向かって唐突に提案を出した。


「リドル、私の事をもっと勉強してよ」
「はぁ?」
「私の生い立ちを知ってさ、うまく弱点を突いてみてよ」



まるでリドルとの攻防を楽しんでいるかのようなカノンは、椅子に寄り掛かりながら語り始めた。

生まれてからすぐに孤児院に行ったこと、そこでは妙なルールがあったということ。
孤児院で死喰い人と出会ったこと、その男に"死への呪い"を掛けられたこと。


「君も結構壮絶だね」
「そうなの。小さい頃はこれが当たり前だと思ってたんだけど、世間一般的にはそうでもないみたいね」
「・・・孤児院、親に連れて行かれたのかい?」
「父親が私を連れて行ったんだって。母親が死んじゃって、私の存在が煩わしくなったんじゃない?」
「ああ、母親は死んでるんだね」
「そう。闇の勢力から守るためだって言い聞かされてきたけどさ、父親は今も生きてるくせに、顔も見に来ないんだよ。私は親の顔どころか名前さえ知らなかった。使い勝手の良い言い訳だよね、"あの人、あの人"って。ヴォルデモートが死んだらぜーんぶ"あの人"のせい」

無表情で自らの想いを打ち明けるカノンに、リドルは黙って頷くだけ。
だがお互いに慰めなど無駄だと思っているので、それに非を唱えるものはいなかった。

「もしも君の父親が死喰い人なら、僕が復活した暁には君の前に引きずり出してあげるよ」
「ふふ、期待しないで待ってる」


これは2人の距離が、少しだけ縮まった日のお話。





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