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魔法試験局の外で、数時間ぶりの再会を果たしたカノン、ハリー、アーサー。
数時間ぶりに合った緑と赤の瞳は、どちらともなく微笑みあい、何も言わずとも上手く行ったのだと悟った。



「おかえり、ハリー」

カノンはハリーの横に並んでから背中を叩いて、彼の無罪放免を称える。
ハリーはにっこりと笑顔を浮かべ、同じようにカノンの背中を撫でた。

「ただいま、カノン。試験はどうだった?」
「バッチリだよ。ハリーは?」
「無罪じゃなかったら今頃アズカバンだよ、きっと」

彼にも、冗談を言う余裕ができたようだ。背後ではアーサーが、微笑ましそうに2人を見ている。

「そうだ、試験結果はいつ出るのかな?」
「今週中には梟便で届くそうです」
「そうか…お祝いが楽しみだな」

アーサーはニコニコと機嫌よく笑いながら、2人の肩を持った。

「さあ、きっと皆が首を長くして待っているよ。早く帰って昼ご飯を食べよう」

ハリーの朗報を、早く騎士団の皆に教えなくては。2人はアーサーの言葉に頷いた。
気分が明るくなったハリーは、背筋をまっすぐ伸ばして歩いている。

「帰りも、地下鉄に乗らなければな…2度目だから、もう大丈夫だ」

そのなかでも2人以上にうきうきとした顔のアーサーに、カノンとハリーは顔を見合わせた。
また、あの緊張感あふれる駅員とのやり取りをするのか。2人ともそう言いたげな目だったが、ニヤリと笑顔を浮かべた。

「おじさまへのお礼として、駅の中を少し案内してあげようか?」
「いいね、きっと喜ぶよ」
「自動販売機で飲み物を買ったり」
「それから…今度は券売機で切符を買おうよ、そこの駅のは壊れてなかったし」
「2人とも、逸れないように!」

アーサーの呼ぶ声に、ハリーは歩みを速める。
カノンも一番後ろで、機嫌よさげにポニーテールを揺らしながら歩いた。







***







騎士団の本部に到着すると、厨房から玄関ホールに続く扉は既に開かれていた。
そこからはロンとハーマイオニーがちらちらと玄関ホールを覗いている。きっと何時間も前からずっと待ち構えていたのだろう。
3人が玄関ホールに現れた瞬間に、ロンもハーマイオニーも目を見開いた。


「あっ! ハリー、カノン! 帰ってきたよ、ママ!」
「こらっ、扉が開いているときは声を落としなさい!」

モリーの叱咤も聞かず、恐々とした目でハリーの顔を見るロンとハーマイオニー。その後ろからはモリーとフレッド、ジョージ、ジニーがこちらを伺った。
ハリー達3人は厨房に入り、扉をしっかりと閉める。

「…で、その、どうだった? 大丈夫だよな?」

この場を代表したロンの問いかけに、ハリーはにっこりと笑顔をみせた。

「勿論さ。皆、大丈夫だって言ってた割に心配してるみたいだけど…」

おどけて言ったハリーの言葉に、段々と皆の表情に笑顔が浮かんでいく。次第に厨房の中は喜びの声で一杯になっていた。

「いや、信じてたさ! でも、やっぱり心配にもなるよ!」
「おめでとうハリー! ああ…本当に良かったわ!」

友人たちの抱擁を受け止めるハリーの隣から、カノンは一歩離れてそれを見守った。



「おかえり、カノン」

カノンの横に並んで、声を掛けたリーマス。
彼は平常通り柔和な声だったが、いつもよりその声が明るくなっているのに気付いた。

「ただいま」
「試験の出来はどうだい?」
「うん、手ごたえはばっちりだよ」
「それは良かった。魔法薬学に関しては、私より君の方がずっと詳しいからね。アドバイスのひとつもしてやれなくて残念だ」

そう言いながらリーマスは、カノンの頭をゆっくりと撫でた。
カノンはなんだか、いつも以上に子供扱いされているような気分になり、気恥ずかしそうに視線を外す。

「おっと、すまないね」
「ううん…別に嫌ってわけじゃなくて」
「それなら良かった。この間から、なんだか君に親近感を抱いてしまってね」

苦笑しながら頬を掻くリーマスに、カノンは首をかしげた。彼がいつ、自分のどこに親近感を覚えたのだろうか。そんな視線に気づいた彼は、優しい瞳で語り出した。

「以前君は、溜め込んでいた不満を吐き出しただろう?」
「ああ、うん…その説は」
「いや、責めているわけじゃあないんだよ。あの時君が怒るのを見るまで、何だか君のことを聖人君子か何かかと思う節があったようでね」
「せ、聖人君子? 私そんな大それた人間じゃ」
「そうだね。でも、私はそう思っていたんだ。人狼である以上に、君のことを傷つけてしまった私を、君は責めなかっただろう」
「でも、それは、リーマスに悪気があったわけじゃないし」
「ありがとう、君がそう言ってくれると安心するよ」

それきり黙ってしまったリーマスは、話が途中だったということを忘れているのか。それとも次の言葉を吐き出せずにいるのか。待ちかねたカノンは視線で話の続きを促した。

「ああ、ごめんごめん。それで、この間の事だ。私は君の不満を初めて聞いて、考えを改めたんだ。君も皆と同じ…ちょっと大人っぽいだけの普通の女の子なんだってね。"何でも聞き分けて我慢できる子"だなんて思い込み、君に対して申し訳なかった」

リーマスの言葉に、カノンは胸の奥が温まるような感覚を覚えた。普通の女の子。その響きが、頭の中に優しく響いた。

「私、普通かな?」
「ううむ…正確に言うと普通の女の子は、この歳でここまで優秀ではない。が、ハーマイオニーを普通と評するのならば…君も同様だろうね」

リーマスが目を細めながら言うと、カノンは嬉しそうに笑った。

幼い頃から理不尽な世の中で生きてきたカノン。

両親が居ないという不幸、個性を潰すかのような養護施設でのルール。
一方的にかけられた死への呪い、現在でも魔法界で彼女は、無数の期待に晒されている。
そんな彼女が欲する『普通の女の子』という視線を、彼は容易く与えてみせた。

「普通を喜ぶなんて、ハリーも君も根っからの苦労人なんだね」
「リーマスも、そう思ったことはあるでしょ? もしも普通の生活ができたらって」

暗に人狼であることを言っているのだろう。リーマスは少し悲しげな表情をしながら、その問いに答えた。

「ああ、勿論だよ。だからこそ、君に親近感を抱いたんだ」

遠くを見つめるように、リーマスは喜びを分かち合うハリーとシリウスを見つめた。
きっと昔の…自身の学生時代の事を思い出しているのだろう。


もしも、もしもカノンを取り巻く人生が平穏なものだったのなら。

家に帰れば両親が居て、特別注目されることもなくて。
同室のルームメイトと仲良くなって、きっともっと子供らしい性格だっただろう。そして、もしかしたら、隣にはセドリックが居たかもしれない。

カノンは一瞬だけ思い描いた幸せな想像を、首を振って打ち消した。



「さぁ、お腹が空いただろう。昼食を採ると良い」
「うん、そうする」

リーマスがカノンの背を優しく押す。

添えられた手から、人肌の温かさがじんわりと沁み込んで行った。







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