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夏休みがちょうど半分過ぎた日…今日はハリーの誕生日だった。


ロンやハーマイオニーは彼にプレゼントとして、チョコレートを箱ごと送ったようだ。
だがカノンは、彼の誕生日に向けてある計画を練っていた。手紙でもあったように『スペシャルなプレゼント』を用意したのだ。

マグルの服に着替え終わったカノンが、自室でクリーチャーに向かってヒソヒソと内緒話をしている。
クリーチャーも、カノンに対しては忠実にいう事を聞いているようで、大人しく話を聞いていた。


「これから友人の所に行きたいんだけど、クリーチャーの姿現しで行けるかな」
「勿論でございます。クリーチャーはお嬢様を、何処へでもお送り致します・・・あの薄汚れた裏切者の魔法使い共がするよりも、安全に、快適にでございます」

クリーチャーは曲がった背中をできる限り伸ばしてそう答えた。
純血家の令嬢を守るのは、ブラック家のしもべである自分の役目だと言わんばかりに胸を張ってみせる。カノンはその返答に笑みを返した後、今日の予定を告げた。

「ありがとう、それじゃあ先ずは…そうだなぁ、ロンドンのセルフリッジがいいかな。ごめんね、あなたの嫌いなマグルが経営しているデパートなんだけど、一緒に来てくれる?」
「畏まりました。お嬢様がそこをご希望されるならば、クリーチャーはお供いたします」

クリーチャーは返答こそ快いものだったが、その顔は嫌悪感でいっぱいだ。
カノンは苦笑しながら、買い物はできる限り手短に済まそう、と心に決めた。

「その後は、リトル・ウィンジングのプリベット通り四番地にお願い。到着したら一人にしてほしいの。1時間後に迎えに来てくれる?」
「かしこまりました」

パチン、と軽やかな指打ちの音と共に、カノンとクリーチャーはその場から姿を消した。








***









カノンはハリーやダーズリー一家が住む、プリベット通り四番地へやってきた。


キョロキョロと辺りを見回してみると、ここの住人達は『規律こそが美』というのをモットーにしているという事がわかった。
同じ形をした家が何件も立ち並んでいるどころか、庭の大きさも全て一緒だ。家財道具や車の有無などでしか、自分の家を見分けられないだろう。


ゆっくりとしたペースで歩くカノンは、どこぞのお嬢様のような恰好をしていた。

爽やかな淡い水色のワンピースに身を包み、きらめく黒髪には美しいガラスビーズの髪飾り。
その腕には上等な菓子の入った紙袋と、コバルトブルーのハンドバッグが握られている。

薄化粧が清楚な雰囲気を醸し出し、白い肌と相まって深窓の令嬢のような出で立ちだ。
ハリーから話を聞いた限りでは、ダーズリー一家の人間は総じて"非常識"なものが嫌いだという。
幸いマグル育ちだったカノンは、間違いなく彼らにとって"常識的"な服装を選ぶ事が出来た。


カノンは一軒一軒の表札を確認し、遂にダーズリー家の家を見つけ出した。
ふぅ、と一度だけ息を吐くと、玄関先のベルを鳴らした。

リーン、リーン。2回鳴ったベルの音のあと、玄関からはでっぷりとした男性が姿を現した。
男性、バーノン・ダーズリーは一瞬怪訝そうな顔をしたが、まともな格好のカノンを見て表情を変えた。

「お嬢さん、うちに何か用かね?」

3年の終わりに一度会っているのを忘れているらしい。ダドリーの知り合いだとでも思ったのだろう。
カノンはにっこりとほほ笑んで、礼儀正しく膝を折って挨拶をした。

「お忙しい中、突然の訪問をしてしまって申し訳ございません。私はマルディーニと申します。Mr.ポッターはご在宅ですか?」

その名前を聞いた瞬間に、ダーズリーの表情が変わる。
何か恐ろしい物を見る目で、恐々とカノンを睨みつけたのだ。

きっと彼の頭の中では、魔女であるカノンが今にも杖を振りまわして、妙な術で騒ぎを起こすなどという想像が繰り広げられている事だろう。


「お前…いや、君は、あの学校に、行ってるんだな?え?」
「はい。ですが、この静かな庭先で、騒ぎを起こすような事は決してしないとお約束します。それと…もしよろしければこちらを召し上がってください。最近評判のお店の物ですからきっと美味しいと思います」

落ち着いて言い返したカノンが、手に持っていた紙袋を差し出す。
今ロンドンで流行っている、フランス帰りの一流パティシエが作ったロールケーキのギフトセットだ。

マグルのご挨拶を完璧にこなしてみせたカノンに、ダーズリーは少しだが警戒を解いたようだ。小さく頷いて紙袋を受け取り、返事をした。

「ふむ、まぁ、いるもんだな。どこにでも。その、"まともな人間"というのは。ポッターなら家の中だ、今呼んでくるので、待っていなさい」
「まぁ、ありがとうございます」

外行き用のスマイルを浮かべたカノンの鼻先で、パタリと扉が閉まる。

「悪いけどマグル育ちなのよね、私」

ドアの外側では、普段のニヤリ笑いを浮かべたカノンがスリザリン生らしい、皮肉めいた口調でつぶやいた。




数十秒が経過しただろうか。

ドアの向こう、家の中からドタドタドタ! という喧しい足音が響いてきた。
バタン! と音を立てて開かれたドア。その向こうには、ひと月ぶりに見るハリーが息を切らせていた。


「カノン? う、嘘だ、何でここに居るの?」
「久しぶり、ハリー」

ハリーの背後からは、体格の良い男の子がこちらを覗き込んでいる。
何でハリーごときにあんな女の子が訪ねて来るのだ! と言いたげな目と、カノンの視線が合った。
あれがうわさに聞くダドリーだろうと思ったカノンは、にこやかに手を振る。

ハリーは一回だけ後ろを振り返ると、外に出て素早くドアを閉めた。


「こ、ここじゃあ何だから…すぐそこの公園に行こう」
「うん。案内してくれる?」
「こっちに来て!」

カノンが笑って手を出すと、ハリーも笑顔を浮かべてその手を取った。








10分ほど歩いただろうか、ハリーの案内でカノンは公園に着いた。

この暑さのせいだろう。遊具で遊ぶ子供の姿は無いし、芝生がカラカラに渇いてしまっている。
カノンとハリーは木陰にあるベンチの上に腰を下ろした。

暑い日差しの中、早足でしばらく歩いたせいか、カノンの頬が赤く火照っている。
彼女が「ふう」と息を整えるのを見届けてから、ハリーはおずおずと話しかけた。

「その、どうしてここに? ロンやハーマイオニーと一緒じゃないの?」
「そうだよ。でも、ハリーに会いたかったんだ。迷惑だった?」
「そんなことない! わざわざ僕に会いに来てくれる人なんて、君だけだよ…」
「ロン達も厄介な立場に居るから、大目に見てあげてね」

カノンがそうフォローすると、ハリーは釈然としないような顔で曖昧に首を振った。
だが目の前に座るカノンの存在を思い出したのだろう、表情を変えて話し始めた。

「最近はどう? 体調とか、その、大事件だったから」
「それ、手紙でも心配してくれたね。体調は悪くないよ。だんだん体力もついてきてるみたいだし」
「そっか。でも、早足で歩いただけで息が上がってたし…君、言う程体力ついてないよ」

彼のいう事はもっともだったが、カノンは片眉を吊り上げて言い返した。

「失礼な。クィディッチの選抜選手と一緒にしないでほしいな。私にしては、体力付いた方だよ! それに一ヶ月ぶりに陽の下に出たから、暑くて」
「カノン、本当に大丈夫なの? 監禁ってこと?」
「大丈夫、合法だよ! それにスリザリン生だから、日光の無い地下暮らしに慣れてるの」

ニヤッと笑ってみせたカノンに、ハリーも笑顔を返した。
2年前のとある事件が起きた時に自らもスリザリンの談話室に入ったことがあるせいか、心当たりがあるようだ。



「そうだ! はい、ハッピーバースデー、ハリー!」

話が途切れた瞬間、カノンが突然思い出したかのようにプレゼントを取り出す。
手渡しのプレゼントに目を輝かせたハリーは、そっとその包みを受け取った。

「うわぁ、開けても良い?」
「もちろん」

金色の包み紙にくるまれたそれは、一冊の本だった。
表紙には『最新版・あなたの敵を追い払う術 動く解説写真付き!』と書いてある。

タイトルを見たハリーは、わくわくしながら中身をパラパラと捲った。
そこには実用的な防衛魔法や、闇の生物や闇の呪文に対抗するための術が書かれている。
しかも杖の振り方や身のこなし方など、文章では分かり難い部分にはフルカラーの動く写真が付いている。

分かり易く、しかもハリーの得意分野に合わせた参考書のプレゼントはどうやら正解だったようだ。ハリーは目を輝かせて本を見つめた。


「すごい、こんなに沢山の呪文が…もう図書室で一々調べなくてもよさそうだよ!」
「去年は新しい呪文の習得に手間取ったでしょ? こういうの、一冊は自分のを持っといたほうが良いからね」
「うん! 素敵だよ、本当にありがとう!」

大切そうに本を抱えるハリーに、カノンは更にプレゼントを差し出した。
ハンドバッグから大きなバスケットが現れ、ハリーは目をキョトンとさせる。

「こっちはね、モリーおばさま特製のランチと、私が作ったケーキ。いっぱい入ってるけど、保護呪文を掛けてあるからゆっくり食べられるよ。ロンからハリーの食生活が酷いらしいって聞いたの」
「助かるよ! 本当に酷いんだ。でも、最悪な夏休みって訳じゃなくなった」

本とバスケットを嬉しそうに眺めて、ハリーは言った。

「君が来てくれたから、今年の誕生日はすごく楽しいよ」
「それなら、よかった」

カノンも柔らかな笑顔を浮かべて、そう返した。
先学期から一ヶ月経ったこの日。ようやく2人揃って笑う事が出来たようだ。




だが、穏やかな時間も長くは続かなかった。
カノンがハッとした様子で腕時計を確認し、焦った表情で立ち上がった。


「やばい、もうすぐで1時間経っちゃう」
「もう帰るの?」
「うん。今、ダンブルドア先生のところに居るって言ったでしょ? 実は闇の陣営から保護してもらってるんだけど…今日は秘密で来ちゃったから」
「ええっ!?」

ぺろりと舌を見せながら軽い調子で言ったカノンに、ハリーは目を見開いて彼女を見つめた。
ダンブルドアやスネイプに対しては模範的な彼女が、まさか一人でこんな事をやってのけるなんて、と。
元々行動力はある方だし、彼女自身も暗くかび臭い屋敷に一ヶ月間閉じ込められてうんざりしていたのだろう。


「ごめんねハリー、また今度会えるよ」
「う、うん、わかった」
「今日は会えて良かった、じゃあまた!」


まるでシンデレラよろしく、その場から走り去ったカノン。

彼女が曲がり角を曲がった時には既に、待機していたクリーチャーと共に消え失せていた。






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