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マクゴナガルの一声でスネイプとシリウスの言い合いが収まり、各々が席に着いた。

カノンの両脇をスネイプとシリウスが挟み、ルーピン、トンクス、マクゴナガルがその周りに座る。
トゥーラはカノンの荷物を部屋に運びに行ったので、厨房から姿を消していた。

6人が席に着くや否や、スネイプがすらすらと話し始める。



「カノン、いくつか伝えておくべき事がある」
「はい」
「先ず、この場所についてだ。ここはブラック家の邸宅で、今はそこの男が所有権を持っている」

心底気に入らないといった表情のスネイプが、一瞬シリウスを睨みつけた。

「そして今は不死鳥の騎士団の本部として使われている」

カノンはスネイプの言った"不死鳥の騎士団"が何なのか分からなかったが、彼が順を追って説明するのを待った。

「不死鳥の騎士団とは、ダンブルドアが設立した闇の軍勢に対抗するための組織だ。随分前に設立され、闇の帝王が失踪してからは休止状態にあったが…先日の事件を切欠に活動再開された」

カノンが何度か頷いたのを見て、スネイプは引き続き説明をする。

「マルディーニ家の事があちらに知れたら、闇の帝王は間違いなく君を攫いに来るだろう。それを危惧したダンブルドアが、夏休みの間はこの本部で君を保護すると判断した」
「教授、何故バーテミウス・クラウチ・ジュニアは私を指導者の末裔だと判断したのでしょうか…」
「実はそこが問題なのだ。その事を尋問する前に、バーティ・クラウチは廃人と化してしまった。愚かな魔法省大臣のお蔭でな…全く、余計な事をしてくれた」

カノンは考え込んだ、墓場に飛ばされた直後の事を。

あの時リドルは、カノンの赤い瞳とアンクレットを隠すようにと言っていた。
赤い瞳はともかく、おそらくはアンクレットが決定的な証拠だったのだろう。
サラザール・スリザリンの"隠された愛情"と呼ばれるこのアンクレット。この中にトム・リドルという存在が封じ込められていた所を見ると、ヴォルデモートはこのアンクレットを直接見た事があるのだろう。

カノンはあの事件以来、アンクレットを必ず隠して身に付けるようにしていた。
だが、この事はダンブルドアやスネイプには言えない。自分を信頼してくれている人たちに隠し事をするという事に、カノンは罪悪感を感じていたからだ。
しかしリドルがカノンの支えになっているというのも、また事実。

カノンは自分にも見当がつかない、といったような顔で数回頷いてみせた。


「君を保護するにあたって、騎士団員にはそれを納得させる必要があった」

唐突に次の話題へと移ったのを切欠に、カノンは再びスネイプの言葉に集中した。

「そこで、ダンブルドアは一部を除いた騎士団員に君の血筋の事を公開したのだ」
「ええっ!?」

それを聞いたカノンは顔を青くして、シリウスやトンクス、ルーピンを見る。3人とも「その通りだ」と言うように一度頷いた。

「その代わり、秘密を知った団員には例のカードよりも強力な秘密保護呪文がかけられた。自身の意志では暴露できないのは勿論のこと、開心術や真実薬でも秘密は洩れん。そして、真実を仄めかす様な真似も出来ない呪いだ。まず、安心して良い」

カノンはまだ腑に落ちない表情だったが、スネイプの話には口を挟まなかった。
今彼に文句を言ったところで、事態はもう変わらないのだと自身に言い聞かせた。

「スリザリンという事で文句を言う団員も居るだろうが、気にしないことだ」
「もし君に何か言う人が居たら、私達に相談しなさい。私もシリウスもグリフィンドール出身だが、君のことは知っているからね」

スネイプの向こう側から、ルーピンがにっこりと笑いながら言う。
シリウスもカノンの背中をポンポンと手で叩き、それに同意した。

「わかりました。でも、あまり酷かったら自分でも言い返します」

スネイプのような意地悪なニヤリ笑いを浮かべたカノンに、ルーピンは苦笑した。

「そうか、君ならできそうだ。まぁ、それ以外にも困ったことがあったら言うと良い」
「はい、そうします」

ゆっくりと頷いたカノン。スネイプは話を再開した。

「もう分かっているとは思うが、この不死鳥の騎士団は秘密組織だ。決して情報が洩れるようなことがあってはならない。後程君にも、騎士団の情報を洩らさないという誓いをたててもらう」
「はい、破れぬ誓いですよね?」
「左様。最後になるが…夏休み中、この本部には続々と人が増えて行くだろう。ウィーズリー家の者やグレンジャー。そして、ポッターもこちらに連れてくる予定になっている。彼等未成年の魔法使い達は騎士団員ではない。すなわち…」
「私の血の事は、知らない?」
「その通りだ。今までどおり変わらずに接すると良い。さて、話は以上だ。ここでの生活に関する事ならば、そこの男に聞くと良い。この家に缶詰めになっている人間だ、我輩よりも詳しいだろう」
「俺は、ここに居たくて居る訳ではないという事を再三申し上げた筈ですがね?」

スネイプの最後の言葉に、シリウスは思わず噛みつく。
カノンは今度こそ板挟みになるものかと思い、2人よりも大きな声を出した。

「あ! あの、皆は、いつごろここに来るんですか?」
「ポッターをここに移すのは8月になってからだ。それまではどのような情報も与えてはならん。ウィーズリーやグレンジャーは、すぐに来るだろうな」
「分かりました、ありがとうございます」


カノンがギスギスとした空気をうまく払拭したのを良い事に、ルーピンが引き続き話を進めた。

「よし。じゃあ、君の生活する部屋に案内しよう。そろそろトゥーラが、荷解きを終えているころだろうしね」
「はい、お願いします」
「ああ…それから、私の事はリーマスと呼んでくれ。もう私は君たちの先生ではないからね」

悪戯っぽくニヤリと笑ったルーピンに、カノンは頷いた。

「わかったよ、リーマス」
「よかった。シリウスとは友人で、私だけ先生と言うのも少し疎外感があったんだ」

カノンとリーマスが席を立つと、同時にスネイプとマクゴナガルも立ち上がった。

「カノン。私とセブルスは他にも任務がありますから、しばらくの間はお別れです」
「え、あ、そうなんですね…」

肩を落としたカノンを、マクゴナガルは優しく抱きしめた。

「そんなに悲しい顔をしないで。また顔を出します、それに夏休み明けにはまた会えるのですから」
「はい、ミネルバ先生」

カノンは沈んでいた表情を一転させて、マクゴナガルの胸の中で嬉しそうに頬を赤らめた。
そしてマクゴナガルが離れると、期待を込めた目でスネイプを見上げた。

「………」
「セブルス。何か一言かけておやりなさいな」
「あー、シリウス。我々は先に客間の様子を見てこよう」
「いや、この展開は実に面白い。目を離すわけにはいかんな、ムーニー殿」
「彼、カノンには甘いって聞いてたけど、その話は本当だったのね」

カノンの後ろで興味津々な様子を隠そうともしないシリウスとトンクス。
リーマスも口ではそう言いながらも、ちらちらとスネイプを気にしているようだ。
スネイプはこの場にいる全員の視線を受けながら、盛大にため息を吐いてみせた。

「…見送りたまえ、Ms.マルディーニ」
「はい!」

姿くらましをするのだから、見送りなどいらないだろうに。スネイプの申し出を受けたカノンは嬉しそうに返事をして、彼と共に玄関ホールまで歩いていった。







***







時は進み、7月の半ばを過ぎた頃。


カノンは大きな赤い目をパッチリとひらいて、薬品の入った瓶を持ち上げた。
濁った青色の液体が入った瓶をゆらゆらと揺らしながら、液体の中の気泡を見つめている。
こぽりこぽりと空気の泡が弾ける音を出している瓶を、至極満足そうに持ち上げた。

「教授が言ってた"均等な大きさの気泡"って、このことだったんだ」


彼女は手元にあった"稀代の魔法薬辞典〜上級調合士編〜"という本のページを覗き込む。そこには"脱狼薬"と書かれた薬の調合法が載っていた。

「ウルフスベーンを入れる時には出来る限り細かく刻み、精神安定を促す新月草の根を混ぜ合わせる…2つを合わせた物を、小さじ一杯ずつ鍋へと足していく…」

事前に暗記した内容だったが、カノンはそれをもう一度確認しながら手を動かした。

彼女がいつも使っている鍋には、灰色の液体が湯気を立てながら渦巻いている。
そこに少量ずつ粉末状にした材料を入れ、混ぜて、入れ…と繰り返した。
次第に鍋の中の液体が粘り気を増していき、全ての粉末を入れ終える頃にはべっちょりとしたスライム状の液体に変わっていた。

「ここからだ…事前に用意しておいた、アオルリ杉の樹液とフロバーワームの粘液を熱したものを入れる」

カノンは濁った青色の液体を持ち上げ、ゆっくりと鍋の中に入れ始めた。
すると粘ついていた液体がするすると薄まり始め、全ての過程を終了する頃にはどろっとした脱狼薬そのものが完成した。

「色、良し。粘度も、良し。立ち上る湯気にはウルフスベーンの鋭い匂いがある…という事は」

カノンは表情をぱあぁっと明るくして、鍋の中身を見つめながら声を上げた。


「成功した! リドル、脱狼薬が出来た!」
『それは良かったねぇ』

彼女の喜びように反して、リドルは非常に不機嫌そうな声を出した。

彼の姿はいつもの通り半透明で、カノン以外には見えていない。だが、今のリドルはそれだけではなかった。その姿が、やけに幼いのだ。
いつもならば15歳の姿で出てくる彼だったが、今の姿はどう見ても10歳かそこらの年頃だ。
幼い頬をむくれさせて、不機嫌そうな表情でソファに腰かけていた。


「まだ拗ねてるの? しょうがないでしょう、ダンブルドア先生の保護魔法があるんだから。本来の姿で出て来れなくなっても不思議じゃないよ」
『マルディーニ邸じゃ平気だったけどね』
「あそこはスリザリンにまつわる場所だし…リドルに合ってたんじゃない?」
『物を食べるにも紅茶を飲むにも、この部屋以外は出歩けない。あの忌々しいオレンジ猫のせいで余計にそうだ』

相変わらず彼の姿は、猫にだけ識別されるらしい。
この屋敷にハーマイオニーが到着したその日、盛大に唸りながら何かを追いかけるクルックシャンクスの姿が発見されていた。

「クルックシャンクスを悪く言わないの。あの子は頭がいいから、リドルが怪しいってことが分かるんだよ。それに、ちょくちょくマルフォイ家に行って美味しいもの食べてるんでしょう?」
『うっ…まぁ、それはそれ、これはこれだよ』
「文句言わない。私だって何週間も外の空気すら吸ってないんだからさ。出かけられるだけマシと思わなくちゃ」
『はいはい…分かってるよ。僕は今日も出かけて来るから、そのつもりでね』
「よそで悪さしないんだよ」
『飼い主みたいな物言いはやめてくれよ。言われなくても君の事は他言しないし、この騎士団についても同様さ。僕だって、君を早死にさせるつもりは無いからね』

リドルは素っ気ないながら、きちんとカノンの目を見て言い放つ。カノンもそれに笑いかけてから、リドルを見送った。


「行ってらっしゃい、気を付けてね」
『ああ、行ってきます』




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