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「さ〜て残り2名となりました!次は2年B組の高瀬姫さんです!行射を披露するようです!みなさん後方をご覧下さーい!」


体育委員のアナウンスが入って、観客席で盛り上がっていた人たちは騒がしい。
行射ってなんなの?わざわざ後ろでやるの?ユーリ・ローウェルの彼女だ。などとザワついている場内、渋々と後方へと向き直る人たちの目線が私へ向かって突き刺さるのを感じる
大丈夫、手はまだ温かい。

「それでは、お願いしまーす!」

その一声にステージ側の照明は消え、後方の射位と的がライトアップされた
急なライトの点灯に更に会場はザワついたかと思えば、この異様な雰囲気に周りは一気に沈黙へと変わった
光が集まる射位へと一歩入り込んで、客席へ向かって一礼をして改めて的を見据える
周りは暗いのに自分と的だけがライトアップされていて、練習してきたのとはまた違った緊張感に心臓が大きく音をたてている
何か違うと言えば、さっきまでは逃げ出してしまいたくなるくらいに不安感に煽られて緊張していたのに、今はどちらかと言えば高揚している様にも感じることだ
ゆっくりと弓構えをして引き分けると、弓道など見たことがない人なのか誰かが”早くやれよ〜”場内でぼやいた
ソレにつられてか何人かが沈黙に耐えきれずに私語をし始める、もちろんそれを諌める人の声も耳に入ってくるけれど今の私にはその雑音はさして障害になることはなかった

「まだ〜?高瀬さん時間使い過ぎじゃない?」
「緊張しすぎてあそこから動けないのかもよ?」
「ユーリくんは助けてくれな……えっ…?」

恐らく私を目の敵にしている先輩らの会話だ。それを遮ったのは射た矢が的に当たった音だった
体育館は反響し易いのもあって的の真ん中に刺さった矢は大きく音を立ててこだました。
それを追いかける様に話していた1人の驚いた声が響く
普段目の前で見ることなどないであろうこの所作捌きに会場もテンポ遅れで響めいたけれど、私はそのまま気にせずに2射目の所作へと移った
すぐ後ろでレイヴンが見守ってくれている気がする。深呼吸をして打起すと練習していた時の光景が浮かんで引き分けと同時に自分の背中の開き具合や肘の高さを綿密に意識しながら的を射抜ける気がした。
1射が終わった以降、口出しをして来る声も聞こえて来ない
なんだか既視感があるなぁ、ユーリ先輩の剣舞の時みたいな気分だ

「…よしっ…ありがとうございました…!」

自分のペースで4射を全て射て的を確認してから客席に向き直って一礼する
拍手は起こることなく、身体を起すと薄暗い観客席はポカンとしているように見えた
あれ、なんかマズいことしたのかな…体育委員のアナウンスすらもなく不安になってキョロキョロと辺りを見渡していると足音が聞こえて私の目の前に飛び込んで来た

「姫姉ぇ!!やっぱり姫姉ぇはすごいのじゃ!!うち、うち…!」
「わぁっ!…パティ急に飛び出したらびっくりするじゃない」

パティが抱きついて泣きじゃくっていてそれを頭を撫でながら宥めていると、疎らに拍手が聞こえ始めて徐々にそれが大きくなり始めた
状況が掴めずに首を傾げて後ろの方を見ればユーリ先輩とレイヴンが並んでこちらを見ていて笑いながら拍手をしてくれている。
パティは拍手が大きくなるに連れて泣き声までヒートアップしてしまうし、場内は先ほどまでの静けさはなんだったのやら口々に何かを話しているのだ。
体育委員が進行をしようにもなんだか盛り上がっていて収集が着かない事態になっているのは理解出来たので、パティを抱えて最後の出番の人にバトンタッチすべく私は体育館から逃げる様に飛び出した。

「俺、初めてこんなん見た」
「なぁなぁ!時任!お前弓道部だったよな!やっぱアレってすげーのか?!」
「凄いに決まってるじゃない…ほんと、弓道部の面目丸潰れなことしてくれるわよね…」

「ね、ねぇ!何処行くの?」
「最後まで見ていかないの!?」
「っ…!」


△△△


パティを宥めていたと思えばコンテストの結果発表が始まると呼び出されて、気が付けば私はステージの”1”と書かれた段の上でポカンとしていた。
隣にはユーリ先輩がいて、なんだか順番にインタビューを受けている
そして”2”と書かれた段の上に立っているのは、私の前にダンスを披露していたあの先輩だった。その先輩とユーリ先輩に挟まれている私は終始状況把握が追いつかないでいる
体育委員のアナウンスを思い返してみれば


「栄えある第一回ミスミスターは!!!納得の3年A組ユーリ・ローウェルくん!そして先ほど会場が収拾がつかない事態となりました、彼女も納得でしょう!2年B組高瀬姫さんです!!カップルでグランプリとは圧巻だー!」
「はぃ…?」



って感じだった気がする。
それにしてもユーリ先輩の方はまだしも怖くて隣を見れない。きっと睨まれているに違いないだって凄く視線を感じるんです。
嫌々出ることになったコンテスト。入賞出来れば学食がタダになるってことくらいしか頑張る気力がありませんでした、副賞なんて私は望んでいないしましてや1位になることなんて考えても見なかった事態なわけで
それを提案して且つユーリ先輩狙い撃ちだった本人差し置いて私が登壇しているってどういうことでしょう
インタビューの言葉なんて考える余裕もなく頭の中がぐるぐるとしていると、弓道着の裾を控えめに引っ張られた気がして無意識にそちらの方を向けば例の先輩とばっちり目が合った
冷や汗が滝汗に変わった瞬間だ


「…やっとこっち見た」
「あ…えと…その…?」
「正直完敗よ。あんなの見せられちゃったら…」
「え?」
「ヤな感じで突っかかって悪かったわ…」
「えっと…?」
「もうっ…鈍い子ね!色々とごめんなさいって言ってるのっ!」

何回も言わせないでよねっ!あと本当にすごかった!!と言っている先輩は耳まで真っ赤にしている
なんだか一件落着?かと思えばいよいよユーリ先輩がインタビューを受ける番になっていた

「えーっとユーリくんグランプリを取った感想は?」
「んなのないっての…!」
「えぇ〜じゃあカップル揃ってのグランプリは!?」
「カップル揃ってって…なぁ?」
「わ、私に振らないで下さいよ!!」
「副賞は2人には必要ないとは思いますけど、次のデートは何処に行きますか!?」
「ソレ言う必要あんのか?」
「後生の為にも是非」
「後生っておい」
「まぁ…その秘密だ。な?」
「ひゃっ…!」

徐に先輩から肩を抱き寄せられて変な悲鳴が漏れる。
やんややんやと囃し立てる体育委員と観客に面倒くさそうに早く終われとあからさまに苛立って見せるユーリ先輩の耳は少しだけ赤くなっていた。



△△△


「認めん、認めんのじゃー!!!」
「もう!パティいい加減帰るよ!オババにボクまで怒られちゃう!」
「うちも後夜祭とやらに出るのじゃ!そこで姫姉ぇと勝負するのじゃ!うちが勝ってユーリとデートするのじゃぁ!!」
「意味が分からないよ!!姫助けてぇ!!」
「ほ、ほらパティみんなのこと困らせちゃダメだよ」
「姫姉ぇにはレイヴンがおるのにずるいのじゃ…」


なかなか泣き止まなかった筈のパティは結果発表が終わってからというものずっとむくれている。
副賞で1日デートがあるのを知り、先輩とデートをするのは自分以外認めないと喚いている
もう既に文化祭は閉め作業が始まっていて、来校者で残っているのは孤児院一行だけだった
日も暮れて来たし少し肌寒くもなってきたから早めに3人を返したいというのに言うことをなかなか聞いてくれない。


「おーい!青年連れて来た!」
「ユーリィ!うちとデートするのじゃ。な?な?」
「唐突だな…みんな困らせてまで残って俺とデート出来て嬉しいか?」
「うぐっ…」
「今度姫と孤児院に遊びに行くから今日は大人しくみんなと帰るんだ。わかったか?」
「むぅ…わかったのじゃ…」

すんなりと先輩の言うことを聞いたパティは私に抱きついて来た。
またすぐ会いたいのじゃ。と小さく呟くパティはまた泣き出してしまいそうな声をしていた

「そうそう、俺様温かい飲み物買って来たんで、これはチビたちに。あとミキコさんにも」
「あら…お気遣いすみません」
「本当は孤児院まで送ってやるのが一番だと思うんですけど、大丈夫ですか?」
「ボクらがついてるから大丈夫さ!」
「お!少年頼もしいねぇ」

そんな会話が聞こえて思わずパティを抱きしめている手に力が篭る。
何かに気が付いたのかパティは姫姉ぇ?と私に話しかけているけれど、私の耳はレイヴンたちの会話に占拠されている。

「さ、パティ帰るわよ!」
「姫姉ぇ!苦しいのじゃ!」
「え…あ、ごめんね!」
「レイヴン先生」
「はいはい」
「私案外丈夫なので大丈夫ですよ。構う相手は別にいるじゃないですか」
「へ…?」

ミキコさんは私に向かってニコリと笑いながら会釈をしてパティとカロルくんを連れて帰って行ってしまった。
さながらその風景はお母さんと子供たちで、カロルくんはミキコさんの荷物を持とうとしている。


「なあ、姫お前やっぱ気が付いてないんだろ」
「え?」
「ミキコさん」
「えっ?なんのことですか?」
「あの人妊婦さんだろ」
「えっ…!?」
「てっきり姫ちゃん気が付いてたのかと…」
「じゃ、じゃぁ…」


今日一日を思い返してみればなんとなく辻褄が合うのだ
レイヴンがあの時階段で助けなかったらと思うとゾッとするし、膝掛けを頼んだり、飲み物を変わりに買いに行ったり…
思い返せばレイヴンはずっとミキコさんの身体を労っていた。という訳だ
お腹が大きかった訳でもなくて私は全く気が付けずにいたけれど


「なんならあの人左手に指輪もしてたよな」
「……」
「バッグにマタニティーキーホルダーもついてたし」
「姫ちゃん…?」
「うわぁああぁぁ…!!」
「様子可笑しかったのってまさか…ヤキモチ?」


ユーリ先輩に囃し立てられるようにどんどんと答え合わせが始まって、見事に私は全問不正解でお門違いな嫉妬までしていたことになる
穴があったら入りたい。とは見事にそのことで私の頬に熱が集中して思わずその場にしゃがみ込んだ


「ほほ〜ん…」
「おっさんだらしない顔すんな」
「いやねぇ…だってヤキモチでしょ?」
「…あぁぁもうやめて下さい…!!」


後夜祭は見事に戦闘不能に終わって、レイヴンに家では大いに可愛がられた…?の、かもしれない。



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