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「ねーねーほんとに行くの?」
「だってしょうがないじゃないですか!!」
「いーじゃん、放って置けばぁ…」
「拗ねないで下さいよ…というか学園広報なんてあるの私初めて知ったんですけど」


今日は休日
部活もなく昨日の夜姫ちゃんをいつものバイト先から迎えに行ってからずっと家に入り浸っている訳で
ほんで今の状況を整理すると、俺と姫ちゃんは玄関にいる。
姫ちゃんはいつもの家にいたりコンビニに行くときみたいなラフな格好じゃなくて、しっかりと粧し込んでる。うん、今日も可愛らしい
俺様はと言えば、寝間着のままで朝顔を洗った程度で全くと言っていいほど外に出られるような格好はしていない
不揃いな髭を指先でいじりながら、唇を尖らせて彼女を見やると困った様に眉を下げた


「あんなの誰も見ないし、わざわざ従わなくてもねぇ」
「でも内申上げてくれるって佐藤先生言ってましたし」
「だー!もう!内申なら俺がちょちょいのちょいで…」
「それ職権乱用ですから!もう…すぐ帰って来ますって」
「だって、俺様が嫌なのは…」


中年のおっさんが口を窄ませながらモジモジと…第三者目線で見れば俺は呆れるだろう
けれども今ソレを自分自身がやっているともなればそれもまた仕方がない。
出かけようとする姫ちゃんを行かせまいとごねる俺は良い歳して…なんてのは百も承知だ
ただそれでも譲れないものがある


「青年と水族館なんて…!俺とも行ったことないのに!!」
「副賞のデート風景の写真を掲載したいって言われてるから仕方ないじゃないですか…映画館じゃ写真撮れないし…」
「むぅ…」
「わかり易く拗ねてもダメです!とにかく行ってきますから!ちゃんと連絡もしますから!ね?」


俺は子供かと言わんばかりにあやす様に首を傾げながら困った様に笑って姫ちゃんは容赦なく玄関から飛び出して行った。
と、思いきや閉まった筈の扉が開いてやっぱり思いとどまってくれたのかと思えばそれは否だった。

「ついて来ちゃダメですよ!」

ガチャリと今度こそ扉が閉まって、ご丁寧に鍵までかけて行った。
ねぇねぇ姫ちゃん、それってフリってことでオッケー?


△△△


眼鏡に帽子、マスクと良くあるベタな変装グッズを身につけて俺は水族館へと車を走らせた。
場所は隣町のアウトレットモールに半年前に併設された水族館で新しくできたもんだから話題になってるらしい
デートには打って付け、なんてついこの間テレビでやっていたのも見たし姫ちゃんが目を爛々とさせていたのを思い出す。
話題になっているからこそ、学生はもちろん家族連れで足を運んでいる人が多いだろうし
いくら変装していたとしても俺と姫ちゃんが行くにはリスクが高すぎる。
現に変装して4人で映画館に行った時もマイコに目撃されてたし、世間は狭いんだしゃーない
本来なら我慢させずに連れて行ってあげたかったが、頭のいい姫ちゃんのことだ。彼女も彼女なりに考えて敢えて行きたいなどとは口にして来なかったんだろう

「姫ちゃんと青年は電車だしそろそろ着いてもいいころだな」

入り口から少しだけ離れた場所に車を停めて2人の姿を探す俺はなかなか不審者だ。
携帯をいじりながら、連絡が来ていないかを確認しようと思えば丁度携帯が震えた。
着きました〜!と水族館の外観の写真付きのメッセージだ、青年の後ろ姿が右端の方に少しだけ写っていてちゃんと連絡してくれる彼女に嬉しさを感じつつもモヤリとした。
携帯から視線をズラして入り口の方を見れば見慣れた2人の後ろ姿が遠目にあった。
帽子を目深に被り直してゆっくりと車から降りて気が付かれない程度の距離感を保ちつつ入り口へと俺も向かう。
早々甘い世界ではないとは思うが探偵ってこんな感じなのか。あんまいい気分ではないな、なんて苦笑した。
券売機で入場券を購入してなかへと進もうとすると入り口付近にいたスタッフらしき人が俺の前へ立ちはだかった。

「おめでとうございます!」
「へ!?」
「当館がオープンしてから5万人目のお客様になります!」
「ぜひ、こちらを持って記念撮影を!」
「い、いや…俺は…」
「さぁさぁ!お客様こちらへ!」

賑やかすぎるスタッフ2人に半ば強制的に入り口近くの撮影スポットへと引きずられて俺は1人で写真を撮るハメになった。
遠目で姫と青年がこちらを見ながらパチパチと回りにつられて拍手している
大方、惜しかったですね〜!とかそんな話をしているんだろうなぁ
マスクを取らなくてもいいかとスタッフに聞かれたが注目を初っぱなから受けて目立っている尾行中の俺が今ここでマスクを外す訳にはいかずに、花粉症だなんだとマスクを外すのをやんわりと断った。
早い所撮ってしまわないと、青年たちもまた写真を個人で撮りながらもう既になかへと進もうとしている

「お客様!こちら当館のレストランとショップで使用出来ますクーポン券です。あ、あとこちらが…」
「い、急いでるからまとめて貰っちゃっていい!?」
「あ、はい〜ご不明点ありましたらいつでもスタッフへお声がけ下さいね」

いってらっしゃいませ〜!と陽気に送り出されながら受け取ったクーポンやらを手持ちのバッグにしまい込んで慌てて2人の向かった順路に俺は走った

「わ〜先輩、見て下さい!サメです!」
「言われなくてもわかるって、にしてもいつになくはしゃいでるな」
「えっ…そうでしたか?すみません…」
「いや、別に楽しめるならいいんじゃないか?」
「実はここ来てみたかったんです…」

館内は割と会話が響く。周りの家族連れなんかの会話も聞こえるが、姫の声を鮮明に聞き取ろうと俺は全神経を今使っていると言っても過言じゃない。
やっぱりなぁ、来たかったよな。

「ま、こんだけ賑わってたら誰に会っても可笑しくないしな、もう少し落ち着いたら来ればいいんじゃないか?」
「そう、ですよね!そうします!あ、先輩あっち行きましょう!」
「走ったら転ぶぞ」

はしゃぐ姫ちゃんとは真逆に保護者よろしく後ろを着いて行く青年が一瞬俺の方を見た気がした。
まさかもう気が付かれた?いや、まさかな
ぶらりと回る2人を尾行しつつ折角来たんだから少しくらいは俺も水槽を覗く
これは人気なのも納得だなぁ、なんて思いつつ一定の距離感を保って歩く2人は端から見れば初々しいカップルだ
俺ももし学生だったら、なんてたらればがふと過った。学生の頃はいかに早く大人になれるのかなんてこと考えてたのに大人になってからまさか逆を考えることになるなんて思いもよらなかった。
そのくらい彼女との時間をもっと共有できたらいいのにと思う俺は、拗らせてるかも知れない。
子供に負けず劣らずに等間隔に並んだ水槽に張り付く彼女は無邪気だ
ふと青年に携帯を渡して写真を撮ってもらっている、遠目からでもわかる万遍の笑みがフィルター越しに青年に向けられているのはなんだか癪だ
ふと携帯が震えて画面を見ると、姫ちゃんからだ
お裾分けです!と水槽の写真が数枚と最後の一枚はつい先ほど撮ったであろう写真だ。
俺が実は尾行しているなんてことはつゆ知らずに笑う姫ちゃん。無垢で柔らかな笑顔が眩しすぎる
ここまで来てなんだか尾行しているのが馬鹿らしく思えて来た。
姫ちゃんのことは信頼しているし自分のこんなチンケな感情でこの笑顔を曇らせたくはなかった。

「飯食べて帰るか…」

ボソリと零して水槽を覗き続ける2人の後ろを通り過ぎて、出口近くのレストランでサクッと食べられそうなハンドスナックと珈琲を注文して俺は駐車場へと戻ることにした。
見るだけ見て返信をしていなかったことに気が付いて、携帯のメッセージ画面を開いて
写真のお礼ともう少し落ち着いたら一緒に見に行こうと返信した。
すぐに既読がついて、喜んでいるクマのスタンプが送られて来た
ついでに帰りは家の近くの駅まで迎えに行くってのも連絡したし、俺は珈琲を飲みながら久しぶりの1人ドライブを楽しむことにした。
早いとこ俺が子供になるか、姫ちゃんが大人になる方法でも探すか〜なんて素っ頓狂すぎる独り言を漏らして俺はエンジンをふかした。


△△△


「レイヴン!お迎えありがとうございます!」
「いいのよ〜青年も乗ってく?」
「いいや、俺は遠慮しておく」
「そ?じゃ気をつけて帰るのよ」
「先輩ありがとうございました!」
「写真は俺から向こうに送っとく、じゃあな」


助手席に乗り込んだ姫ちゃんは窓から顔を出して青年に笑いながら手を振った
ついさっきまでは面白くなかった俺以外に向けられる笑顔も自分のテリトリーに戻って来れば話は別だ


「そういえば、車って…今からどこか行くんですか?」
「んーこのまま飯でもいこーかなって」
「わ!何食べるんですか?」
「リクエスト受付中」
「えーじゃあどうしようかなぁ」


こんな他愛のない会話で笑ってくれる君の笑顔が他人に向ける笑顔とあの写真でわかった今俺はそれだけで満足だ。


▽▽

オマケ(ご飯屋さんにて)

「そういえば今日私たちのあとから入った人が5万人目だったんですよ!」
「へ、へぇ…」
「その人お一人様だったんですけど、先輩と惜しかったねって話してたんです」
「…やっぱり…」
「 ? なにか言いましたか?」
「いんや、なんでも」
「あ、そうだ!家帰ったら渡そうかなって思ったんですけど、お土産です!水族館の」
「お、ありがとね!あ〜イルカワニちゃんだ」
「え、なんで知ってるんですか?水族館のオリジナルキャラらしいですけど」
「こ、この間たまたまテレビで見て」
「ふーん…?なんか今日のレイヴンの服装に既視感を感じます…」
「き、気のせい気のせい!」





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