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「ユーリくんって私服もやっぱカッコいいよね〜」
「ほんとそれ!ってか助けた姿が完全に王子様」
「あの時転べば良かったのに」
「ユーリくんに助けて貰うまでが演技なんじゃない?」
「私も転びそうになったらユーリくん助けてくれたりしたのかなぁ…」
「そんなんだったらみんな転ぶフリするって〜」


エントリー紹介と私服審査が終わって途中経過の投票待ちの最中、私は更衣室に入れないでいた。
更衣室内にいる女子の話題はユーリ先輩で、次手で私の話題だ
先輩のことは格好良かったとかそう言うのばかりで、はたまた私は陰口ばかり
文化祭は楽しむ筈のものなのに、どうも神様は私に意地悪をしたいらしい
兎にも角にも早い所更衣室にいる先輩たちが立ち去ってくれないことには私も次の準備ができない…
仕方なく少し離れたベンチで投票ページを眺めながら私は待つことにした。
投票は学園のホームページの特設ページから受け付けているらしく、もう間もなく投票締め切りらしい
出場者にはいち早く結果が通知されるとかなんとか言われたけど、一体いつの間にこんなシステム誰が作ったんだろう
画面のなかのカウントダウンを示す数字がどんどんと減って行くのを眺めていると更衣室内がキャッキャと騒がしくなって来た。
持っていたスマホが震えて画面の上の方にタスクバーが表示される
メッセージのタイトルは途中経過発表だ

「あ…結果でたんだ」

バーをタップしてメッセージを開くとズラリと出場者の名前が並んでいてその横に数字が書かれている
男子の結果を先ず見てみればやっぱりユーリ先輩は2位から票差をかなり離して1位だ
山田くんは…6位で丁度真ん中の位置についている
全学年A〜D組までで12人ずつ選出されている。ウケ狙いで出場した人も男子はいると聞いたし、6位なら山田くん大健闘だよ!
私はどのくらいの順位なんだろうかとメッセージを下にスクロールしていくと、目の前に人の気配を感じた。

「調子に乗らないでよね?ユーリくんのお陰なんだからね!」
「え?」
「絶対アンタには負けないんだから!」

返事を返す間もなくゾロゾロと更衣室から出て来たであろう先輩たちは私を睨みながら何処かに行ってしまった。
私服とはまた別の服へと着替えていたあの先輩は、ショートパンツに胸の辺りで切り落とされたパーカーを着ていて、かなり奇抜な恰好だけど一体何をするんだろう。
ふと時計をみると後もう少ししたらまた招集時間だ
早く着替えないと!と慌てて私は更衣室へと急ぎながら、携帯の画面をスワイプしていった

「えっ!嘘でしょ…!?私2位!?」

更衣室に入ってロッカーに携帯を立てかけて眺めながらいそいそと着替える
まさかの自分が入賞枠に入り込んでいることに驚きを隠せない。男子と比べてまばらな票数の女子は僅差が多い
ギリギリ2位に滑り込んだ私はどうやらあの先輩よりも数票差で今のところ勝っているらしい
さっきの剣幕はそういうことか、と私を相変わらず目の敵にしていることに納得すると弓道着の帯をキツめに締めて更衣室を後にした。

「あ!姫が来ましたよ」
「おお!本当じゃ!姫姉ぇ本当に弓道するのかの…?」
「姫凄いね!あんなに美人の人が多いなか2位なんだもん!」
「ふふ、自分でもなんでこんなことになってるのかわかんないんだけどね…」
「本当ね、これじゃあ先生も放って置けないわね」
「ミキコさん、その…知ってたんですね」
「ええ、母から少しだけ。でも安心して、私口は堅い方だから」
「あ、はい…!ありがとうございます」
「あ、ほら先生が貴女のこと探しているみたい。行ってあげて」

落ち着いた笑みのミキコさんに背中を押されて、パティたちのもとから離れてまた私はレイヴンのいる招集場所へと移動した。
名簿を片手に集合した生徒の点呼を取っているらしいレイヴンは私を見つけるなりヘラリと笑った。
声をかけようとした所で背後から頭に何かがズシリと乗っかった

「!?」
「一瞬誰かわかんなかったけど、やっぱり姫か」
「先輩!誰かわからなかったなら、頭に腕を乗せるのはやめて下さい!」
「調度いいサイズの肘置きだったからな」
「ちょっとちょっと、おっさんに見せつけないで頂戴!…にしても2人揃ってなんかハイカラね」

後ろから伸し掛かる先輩から逃げ出してレイヴンの後ろに隠れて先輩を覗き見ると、見慣れないチャイナ服のような服を纏っていた。腰には模造品であろう剣がぶら下がっている

「先輩手品でもするんですか…?」
「成功するとは限らないがアシスタントするか?」
「身の危険を感じるので辞退します…で、本当はなにをやるんですか?」
「剣舞だ…。昔フレンと遊び半分でやってたっていうか。披露するようなもの他にないしな」
「青年ったら謙遜〜」
「この剣案外当たると痛いの知ってたか、おっさん」

暴力反対!と今度は私の後ろにレイヴンが隠れてみせる。
珍妙な行動をバカバカしく思ったのか、似た者同士め…と先輩は頭を抱えながら呆れている
そろそろ再開しますよ〜とステージ袖の入り口あたりで佐藤先生が声をかけているのを見てレイヴンは慌てて点呼を取り終えていない生徒を探しまわりに走って何処かへ行ってしまった。

「俺もお前も出番は後だよな?」
「順位が低い順にやるんですもんね」
「早く終わらせて帰っちまいたいな」
「学食がかかっていますし頑張りましょうよ!」
「1位だとなんか意味わかんない副賞ついてるだろ?デートとかしなくてよくないか?」
「そのデートが女子のなかで重要なんですよ、先輩とのデート券ですから!」
「そんなん俺は得しないだろ」

面倒くさそうに頭を掻きながら先輩はドカリと近くの階段に座った。
1位を獲るであろう先輩を狙っての副賞は別に先輩にとって利点はないと言えばないのかも知れない
普通の男の人だったらミスミスターコンで決まったトップ同士のデートなんてなんか喜びそうな気がするけど、先輩はそんなタチの人じゃない
今回のミスターコンだって多分先輩は率先して参加しようとは思わないだろうし、クラスの人に勝手に決めらちゃったって口だろう
案の定当の本人はコンテストが再開されて盛り上がる体育館内とは月とスッポンほどの差があるテンションだ
欠伸をしながら空を仰ぐ先輩を横目で眺めていると、徐に先輩は口を開いた

「ま、デートの相手が姫だったら話は別かもな」
「へ…?」
「お前とは趣味合うし、この間も楽しかったしな」
「そ、そうですね!でも私に1位獲れとかそんなの求めないで下さいよ!」

先輩がスラりとそんなこと言って退けるものだから、深い意味で考えそうになった私は思わずどもってしまった。
いや、お前が1位獲れ!と私に無理難題を着せようとする先輩はなんだかさっきとは違って楽しそうに見えた。
そろそろ出番だからなかに行けよ!と同級生に声をかけられて先輩は渋々立ち上がると私の頭をひと撫でして、ちゃんと見てろよな。と私に向かって呟いた。
先輩の声に耳をくすぐられたような感覚がして、コクコクと黙って頷くと満足そうに笑いながら先輩はステージ袖へと向かって行った。
先輩の出番が来たってことは女子の部ももう少しで始まるということだ。
なんだか緊張して来たかも…と、きゅっと弓を握りしめて先輩の勇姿を見ようと私も体育館へと入り込んだ

体育館の入り口の近くに立ってステージを見つめていると丁度2位の人の披露が終わって、拍手をされている所だった。
進行役の体育委員は疲れ知らずなのか相変わらず場内を囃し立てている
先輩の名前が呼ばれて、剣柄に手を置いて先輩がゆっくりとステージの真ん中に歩いて行く。まだ何もしていないというのに黄色い歓声が聞こえる
ステージの真ん中で構えを取ると笛の音が流れて先輩が剣を引き抜いて舞始めた。
場内の空気感が一瞬で変わり、先ほどまでの黄色い声も聞こえない
笛の音と衣擦れ、剣を振るう音だけがただ聞こえて人がたくさんいる筈の体育館には私と先輩しかいないみたいだ

「すごい…」

小さく漏れた言葉にハッとして口元を抑えるけれど、私の発した言葉なんて誰にも聞こえてないくらいに皆ステージに夢中だ。
いつもの気だるそうな雰囲気を微塵も感じないユーリ先輩に、以前練習の時に見たレイヴンの姿がなんとなく重なった気がした。
笛の音が止んだと同時に先輩の動きも止まって、先輩は一礼すると疎らに拍手が聞こえ始めて、後を追うように拍手が段々大きくなった。
私もつられて拍手をすると隣にいた人に小突かれて、見上げてみればレイヴンだった。
なんだか少し面白くなさそうに私を見つめるレイヴンに首を傾げると、ぎこちなくヘラリと笑った

「さ、さあ!男子の特技披露が終わりました!ただいまより男子は投票可能です!そしてもう間もなく女子の披露が始まりますよー!最初は1年B組の〜」

演技に圧倒されたのか少しどもり口調ながらに体育委員は進行を始めた。
この会場の雰囲気を見る限りなんだか殆どの票がユーリ先輩になだれ込みそうな気がした
そのくらいなんか凄かった…語彙って魅了されると本当に失うものなんだ
先輩には到底敵わないけれど私もやれることはやろうと、素引きをしようと外に出ればステージ袖から出て来たユーリ先輩は女子に囲まれていた。

「ユーリくん格好良かった!!」
「ありがとな」
「私の特技も見てね!!」
「あー…わかった」
「ねぇその剣持ってみてもいい?」
「いいけど結構重いぜ?」

律儀に女子からの猛攻に答えるユーリ先輩は集中力を使ったのか少し疲れた表情をしていた。
遠目で先輩と目が合って、口パクでお疲れさまですと伝えると先輩は女子の軍団を避けながら私に近づいて来た。
先輩の目線の先に私がいるのに気が付いた女子軍団は悔しそうだったり残念そうだったりと三者三様の表情だ
先輩、私あまり目立ちたくないです

「おま、助けろよ」
「えぇ〜無理ですよ…」
「…ちゃんと見てたか?」
「はい!ばっちり見てましたよ!圧巻でした!」
「それはそれは…どーも」
「いや、本当ですって!格好良かったですよ?」

なんで疑問形なんだよ!と頭を小突きながらも先輩はなんだか少し嬉しそうだった
少し休憩したいらしく中庭の方へと歩いて行く先輩に、私の出番までには戻って下さいよね!と冗談っぽく言うと面倒くさそうに手を振って歩いて行ってしまった。
折角だから女子の部見てみようと私は体育館に戻ることにした。
ピアノを演奏してみたり、歌を歌ってみたりと堂々と披露して行く女子を入り口の近くで眺めながら辺りを見渡す
お客さんは楽しそうにしてるし、ちょっと行射は渋すぎたかな…と盛り上げられるのか不安感に煽られる
さっきまでレイヴンがいた場所に戻って来てみたけど、どうやら彼も何処かへ行ってしまったらしい
観客席にいるエステルたちの所に行く訳にもいかないし、緊張感が増すなか私は1人でぼんやりとステージを眺めた。

「さあ、残す所あと女子も3名になりました!続いては3年B組の〜」

あの先輩だ
私は次が出番だしそろそろ体育館の後ろの方に移動しなきゃならないけれど、私をやたらと目の敵にしている先輩の特技を少しだけ見てからにしようと体育館のドアの近くでソレを覗いた
アナウンスの後に、重低音の利いた音楽が流れ始めてそのリズムに合わせて踊りながら先輩が出て来た
客席に拍手を煽りながら、私には見せない弾けんばかりの笑顔で楽しそうに踊っている
ノリノリな音楽の後にやる行射って大分地味すぎる…と冷や汗がじわりと額と手に滲んで慌てて私は体育館から飛び出した。
体育館の重たいドア一枚を隔ててもズンズンと重低音が身体に響いて追い打ちをかけられている気分だ。
弓矢を手に体育館の後方の入り口へのそのそと歩く。普段ならあっという間に辿り着く筈なのに今はそれがヤケに遠く感じた。冷や汗は何処かへ行ってしまって、変わりに指先がやたらと冷たいのがわかった。
はぁ、と重ためのため息が口から零れる。今から行射もこのため息も楽し気な音楽とは正反対すぎて不安ばかりが募るのだ


「あらまぁ、姫ちゃんってば顔真っ青よ」
「せ、せんせ…!」
「大丈夫?」
「だ、大丈夫ですよ…!ただ…ちょっとこの後に行射は地味だったなぁって」
「なんか震えてない?本当に大丈夫?」
「武者震いってやつかも知れませんね…!」
「…ちょっと構えてみて」


ぎこちなく弓構えをしてみせれば、1歩後ろに下がってレイヴンは顎に手をやって小さく唸った
かと思えば今度は私の後ろに回って肘の位置や肩の開きを見ている
形の採点でもされている気分なのは否めない
背後から手が伸びて来て弦を引く私の手を掴むとレイヴンは私の構えを解いて弓を壁に立てかけた
後ろから伸し掛かるように抱き込まれて両手をレイヴンの手で包まれるとじんわりと温もりが手に滲みた


「レイヴン…先生!誰かに見られたら…」
「大丈夫、誰もこっちに来やしないでしょうよ。そんなことよりこんなに手が冷えてたら上手く行くものも行かないし、怪我する」
「でも…」
「姫ちゃん今日は途中からなーんか様子可笑しいし、怪我するのを見るのは嫌だね」


耳元で優しく囁くような声と温かい手に緊張を解かれて行く
よし。と声が聞こえると肩を掴まれてぐるりと向かい合わせになるよう身体を反転させられる。
緊張を解そうとしてくれているのは理解出来てもワケもわからずされるがままの私は向かい合わせに目が合うと小首を傾げた。
ユーリ先輩ほどではないけど、私よりも身長が高いレイヴンは私に目線を合わせる様に徐々に顔を下げてくる
顔が同じ高さになって目を瞬かせるとレイヴンがにやりと笑った
大胆にもキスをされると思った私はギュッと目を瞑ると一向に唇が重なることはない。なんならちょっと笑いを堪えている声が聞こえる。


「えっ…あの…?」
「目瞑ったままでもいいや、姫ちゃんグーパーって何回かしてみて?」
「え、あ…こうですよね?」
「うんうん、そう。上手上手」
「え、あのこれ、どういう…」
「ぷっ…続けて続けて!」
「もう!からかわないで下さいよ!」


言われた通りに目を瞑ったまま手を開いては閉じてを繰り返せばそんなマヌケな構図に笑えて来るのは無理もないとは思う
でも一応キス待ちだったのに的が外れて逆に幸先が悪くて居たたまれなくなった私は目を開いてレイヴンの胸元をグーでポカリと叩こうとした
その腕は優しく受け止められて、隙アリと言わんばかりに額に柔らかい感触と控えめなリップ音が聞こえる

「なっ…!!」
「どう?緊張は解けた?」

レイヴンは私の反応を見て得意げに笑う
私はさっきまでの緊張が嘘みたいに、額を中心に顔に熱が集まって行く感覚もあれば、指先も顔と直結しているんじゃないかってくらいに十分な温もりが戻って来ていた。
私の手を改めて掴んで、大丈夫そうね。と笑うレイヴンの胸にポスリと頭を埋めて一瞬すり寄ると頭をひと撫でされた。

体育館のなかから聞こえていた筈の音楽鳴り止んでいて、今度は拍手と歓声が聞こえる。
遂に私の出番だ


「いってきます!」
「うん、いってらっしゃい」


重たい筈のドアは軽々と開けられた気がした。


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