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「あ、私もう行かないと…」
「え?もうそんな時間ですか?」
「うん、準備もしたいし」
「姫姉ぇ何処かに行くのかの?」
「もう!パティったら忘れちゃったの?おばさんが言ってたじゃない!姫はコンテストに出るんだよ!」
「おお!そうじゃったな!うちとしたことがつい忘れておった!姫姉ぇ頑張るのじゃぞー!」
「姫ちゃんが行くなら俺ももう行っとこうかしら」
「わ、私準備があるので先に行きますね!」
「あ、姫ちゃん待って…て行っちゃったな」
「なんだか姫様子が可笑しいですね…」


まだ集合時間まで時間はあるというのに姫ちゃんは走っていなくなってしまった。
嬢ちゃんの言う通りなんだか少し様子が可笑しい様にも思えたけれど、俺には皆目検討が付かなかった。
ただなんとなく、ミスコンへの緊張からじゃないことは確かな気がした。


△△△


中庭からミスコンの会場になっている体育館まで逃げる様に走った
肩で息をしながら体育館のなかへと入るとイベントの最終チェックのためかチラホラと先生や打ち合わせで顔を合わせた数名の生徒が体育館のなかにいた。
私が使用する予定の弓道用の的はステージ上でやるのには危ないということもあって、ステージとは反対側にしっかりと用意されていた
花道も既に仕上がっていて試しにその場をウオーキングしてみている生徒もいるし、折角早めにここまで来たのだから私も練習をして気を紛らわせよう
更衣室に事前に置いていた荷物のなかから胸当てと弓矢を手に取って運営担当の佐藤先生に声をかけると練習を快く許可してくれた。
ならす為に素引きをしようにもなんだか力が入りきっていないような、変に肩に力が入っているようななんだか居心地の悪い感覚だ
急遽弓道を特技として披露することになって弓道部の一画を借りてまで練習をしたはずなのにこれではマズい
試しに的へ向かって弓構えをすると、目を閉じてふと練習していた風景を思い返す。
的を射抜く小気味いい音と、凛とした空気を脳裏に思い返しながら目をそっと開けて弓を引く

「…もっと胸開いて、右肘が少し下がってる」
「 ! 」
「深呼吸して、ゆっくり肩甲骨から肩で引く。そうそう」


今も背後からレイヴンの声が聞こえてくるような不思議な感覚
足をしっかりと組み開いて右肘を修正して、深呼吸
今ならばこの間の通り行射が出来そうな気がする、そう思った途端に頭の中で浮かんだ練習風景をかき消したのはつい先ほど見たあの4人の家族のような風景
一気に雑念が心を埋め尽くして、矢を番えていた筈の手の力が緩んでそのまま矢が飛んで行ってしまった。
的から大きく外れた位置に突き刺さった矢はまさに雑念の現れとしか言い様がない

「ちょっと、高瀬さん本気〜?」
「…」
「本当にソレ特技でやるの?張り合いがなくてがっかり〜」

ま、私はその方が都合いいけど。と小馬鹿にする様に笑ったのは例のユーリ先輩を狙っている先輩だ
相変わらず目の敵にされているようで、顔は笑っているのに目は冷たく私を睨みつける
今更に集中力を失うのは惜しい。私はその先輩にチラリと目線を送って、まだ壁に突き刺さったままの矢を回収しに行った。
挑発にも乗って行かなければ、特に返事をしようともしない私に腹を立てたのか先輩は私を追いかけて来て矢を取ろうとする私と壁の間に入ってソレを阻む
私に突っかかるなんてしないで、ユーリ先輩に直接アピールしに行けばいいのになぁ。なんて内心思いながら先輩を避けて矢を取ろうとすると思い切り腕を掴まれた。

「アンタねぇ!」
「お、姫また練習してたのか?」
「先輩…」
「ユ、ユーリくん!!」
「ん?なんだ、取り込み中か?」
「そんなんじゃないよ〜!こんなに近くで見ることないから見させて貰ってただけ!わ、私も練習しようかな!ユーリくんも頑張ってね!」
「おー、じゃぁな。……大丈夫か?って…大丈夫じゃなさそうだな」

突如現れたユーリ先輩に驚いて例の先輩は掴んだ腕を直ぐさま離して、言い訳をしてそのまま何処かに走って行ってしまった。
早めに来てみたら私が絡まれていたのをたまたま見つけて素知らぬ顔で助けに来てくれたんだろう
私の返事を聞かずに、ユーリ先輩は的から外れた矢を見ながら困った様にそう言いながら矢を引き抜いて私に手渡してくれた。
ちょっと来い。と腕を引かれてそのまま体育館から出ると少し影になっている階段に私を座らせた


「どうかしたのか?」
「あの先輩、ユーリ先輩とデートしたいから…」
「そうじゃなくて。お前顔色悪いぞ」
「…トラウマがありますから」
「お前なぁ…嘘下手なんだから隠すなって」

ユーリ先輩の大きな手が私を宥める様に撫でてくれた
ふとなんの前触れもなく目から大きな涙が零れて、自分でも驚いて手で懸命にそれを拭う
なかなか止まってくれない涙にワケもわからずに私はゴシゴシと目を擦ると先輩が私の手を止めた

「そんなに強く擦ったら赤くなるぞ」
「…なんで私」
「どうせおっさんのことだろ?」
「……」
「図星かよ」

やたらとミキコさんを気にするレイヴン、あの時家族みたいに見えてしまったことをユーリ先輩にポツポツと話始めるとユーリ先輩は私が話終わるまで黙って聞いていてくれた。
ミキコさんは大人だし、私なんかと付き合うよりもよっぽどお似合いだと最後に付け加えれば、先輩は困った様にため息をついた

「考え過ぎだろ?おっさんは確かにフラフラしてるとこあるけど。それに聞いてみないことには」
「でも、聞けないですって…」
「俺は姫の勘違いだと思うけどな、だってあの女の人…」
「姫ちゃん!!!」

先輩が何かを言いかけた所で焦った様子のレイヴンが目の前に飛び込んで来た。
話している間も壊れた様に止まることのなかった涙は驚きのあまりに引っ込んだ

「姫ちゃんどうかしたの!?あ、いや、俺もそろそろ準備しないとと思って来てみたら青年と姫ちゃんが見えて…なんか泣いてるし!青年もしや…」
「おいおい、ちょっと待て。俺は泣かせてないからな」
「じゃあなんで泣いて…さっきも様子可笑しかったし」
「ほら、泣いてるお前のこと見つけてすっ飛んでくるヤツがそんな風に見えるのか姫?」
「…確かに…?」
「へ?ちょ、ちょっとなんの話よー?」

涙が功を奏したのか、なんなのかはわからないけれどさっきまでのモヤは少しだけ晴れた気がした。
レイヴンは話について行けずに、なんのこと!?としきりに聞いていたけれど集合時間になることもあってで佐藤先生に連行されて行ってしまった。
コンテストの流れの最終チェックされて、まずはエントリー紹介と私服審査となるため私たちは更衣室へ移動する様に促された。
ゾロゾロと更衣室のなかへと入り思い思いに選んで来た華やかな私服を出場者は纏う。
気合いが入っているのか香水まで振りかけている人がいるなか、私は胸当てを外して制服を脱いで普段あまり着ないオフショルダーのワンピースを身に纏ってそそくさと更衣室を後にした。
袖からステージを覗くと思った以上に生徒やお客さんが観客席にいることがわかった。
進行担当を買って出たらしい体育祭で実況をしていた体育委員の先輩がステージ上で今回のイベントについて観客に面白可笑しく説明している。
今か今かと盛り上がる観客席とは裏腹になんだかステージ袖は緊張感からか静かだ。
着替え終わってから合流した山田くんは隣で手の平に人を書いては飲み込み続けている
私まで緊張するから山田くん、ちょっと落ち着いて!

「それではまず選りすぐりのイケメンを1人ずつ呼んで行こうと思います!拍手でお迎え下さい!!まずは1年A組の〜」

イケメンとかやめろ!!と隣で小声で頭を抱える山田くんを他所に人数が多めなこともあって淡々と進行がアナウンスしていく
もうすでに1年生の男子はステージ上に出きっていて、今から2年生だ
山田くんもすぐに呼ばれて、ロボットよろしく手足を同時に出しながらカクカクとステージ上へと歩いて行った。
明らかに山田くんが出て行ったことで会場が笑いに包まれたのは言うまでもない
山田くんのこの後のメンタルが少し心配になったけれども、私もここは集中しておこう…

「それでは!お待ちかねの方も多いと思います!3年A組のユーリ・ローウェルくーん!」
「はっ…お待ちかねってなぁ…。んじゃ、お互い学食のためにがんばろうぜ」
「奢ってくれるんですね、ありがとうございます!」
「さっきまで調子悪かった癖に、現金なヤツだな…」

ステージ袖から出る前にユーリ先輩は私の頭にポンと手を置いて、後ろ手で手を振りながらステージへと出て行った。
案の定山田くんの時とは違う黄色い声の盛り上がりだ
…そんなことより、男子と1年生の女子が袖からいなくなった途端に袖の雰囲気が急に張りつめた雰囲気へと変わった
背筋がヒヤリとした気がして、後ろを振り向くと先輩方は私を睨みつけている
私服ということもあってかなり奇抜な服装をしている女子が多くて、顔に絶対負けない。と書いてある気がして私はすぐさまステージへ向き直した。
ただでさえ気後れしそうなほどに端正な顔立ちの女子が多い、そして殺気にも似た何かを感じるのだから見ない方がいい気がした

「それでは2年生の女子を呼んで行きますよー!」

相変わらずテンションの高い体育委員は盛り上げつつも淡々と進行を進めている。
呼ばれた女子は同じクラスの男子の前に順番に並んで行く。
遂に私も呼ばれて歩き始めると、思った以上にステージ上のライトが暑いのと客席が満杯なのを見てじわりと額に汗が滲んだ。
袖から出て、ゆっくりと花道の方まで移動して行き踵を返して山田くんの元へと歩いて行こうとすると途中で私は躓いた。

「わっ…と、と…!」
「…っぶねぇ…大丈夫か?」
「ユーリ先輩!ありがとうございます…」
「おーっとここでユーリ・ローウェルくんは転びそうになった彼女を即座に救出だぁー!」

躓いてその場で片足でバランスを取ろうとした所で、少し離れた場所にいた筈のユーリ先輩が私を素早く支えてくれた
すかさず茶々を入れる体育委員、観客席は盛り上がる声と残念そうな声。
そのなかから、ユーリはうちのじゃ!と、なんとなくパティの声も聞こえた気がした
ちょっとしたアクシデントに私自身は冷や汗が止まらなかったけれど、自分の立ち位置に行ってみればもっと冷や汗が止まらない山田くんがいて私は冷静さを取り戻せた気がする。


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