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2日間あるうちの体育祭が今日から始まろうとしている。
個人種目として出場が決まっているのは玉入れと忌々しい借り物競走だ。
忌々しいとは言っても、私は去年レイヴンの白衣を拝借しただけで、ユーリ先輩の引きの悪さに巻き込まれただけなのだけど…
この日が来てしまったのだから、自分のくじ運を信じて今日を乗り越えるしかない。
レイヴンには自分を引き当てて〜なんて言われたけど…
去年は好きな人がたまたま白衣を着ている人だったから。ある意味ミラクルだと思う
今は付き合っている反面、引けたら引けたで逆に気恥ずかしい。

去年の今頃を思い返しながら黙々と歩いていると、いつの間にか学校はすぐ目の前だった。
下駄箱に靴をしまって教室まで向かうと、もう既に何人かはジャージへと着替え終わっていた。
黒板には”打倒!3年A組!!”と大々的に書かれている。
3年A組は学園内の人気1、2を争うユーリ先輩とフレン先輩がいるクラスだ。何でも、噂で聞いた所によると先輩たち2人は高校からずっと同じクラスで、先輩たちがいるクラスは体育祭を連覇し続けているらしい。
中等部の頃から運動能力はピカイチだった。なんてことも聞くし、校内では有名な話らしく
ともなれば大体どのクラスも目標は一緒になってしまうとか。
先輩方顔も良くて、勉強できて(ユーリ先輩はそんなできないけど)スポーツ万能とか一体どうなってるんですか?


「姫おはようございます!」
「あ、エステルおはよう!」
「今年もユーリたちのクラスが優勝候補になってるみたいですね…」
「うん、そうみたい。誰が書いたかわからないけど」
「私たちもユーリとフレンに負けないよう頑張りましょうね!」


頑張りましょう!と胸の前で拳を握りしめる仕草をしたエステルとジャージを持って更衣室へと私は向かった。
簡単にHRを終えてそのままグラウンドへと向かい、全生徒が集まり終えれば開会式が始まる
今年も開会宣言はフレン先輩で、相変わらず注目の的だ。
フレン先輩に集まる視線と黄色い声にエステルと苦笑しつつ、開会式を終えてもう間もなく最初のプログラムが始まろうとしていた。
クラスの待機所へと戻るとすぐ後ろの壁に凭れていたレイヴンがいた。
相変わらず他の先生方はジャージだと言うのに安定の白衣と普段着スタイルだ。
最初の種目が始まっていてもう既にグラウンドはお祭り状態の中私はそろりとレイヴンに近づいた


「相変わらずいつもの格好ですね!」
「だって、もしかしたら去年みたいに白衣引く子がいるかもでしょ?」
「白衣着てる人って言ったらレイヴン先生とジュディス先生くらいですもんね」
「そうそう。激戦区になったら大変じゃないの!」
「その人の為にも分かり易い場所にいてあげて下さいね?」
「ほんじゃ、今年はテントにでもいようかしらねぇ。…姫が引いてくれるの待ってるわ」


端から見れば教師と生徒が話しているようにしか見えない、ようにはなっている筈だけれど
一瞬だけレイヴンの顔が近づいて、最後の方は私の耳元で囁かれた。
学校だからと気を抜いていた所為か、耳から徐々に熱が集まるのを感じて思わずレイヴンの腕を軽く叩くとヘラりと余裕の笑みを漏らされた
待機所で座って応援していたエステルの元に戻ると、赤い顔をした私に熱があるのではとエステルが非常に心配されたのは言うまでもない。



△△△


「あ、そろそろ男子の借り物競走が始まりますよ」
「もう、そんなお時間ですか…」
「ユーリは最初の方の出走みたいですね、今年も普通のお題引けるといいですけど」
「エステル!今年"は"!今年はだから!」
「去年は妹的な存在みたいなやつだったよね〜」
「先輩くじ運悪そうだからなぁ…」


体育委員がその場を盛り上げる様なハイテンションで今年も実況している。
さっきまでは普通のトーンで誘導や結果発表をしていた冷静な体育委員はどこへいってしまったのか、借り物競走がある意味目玉種目であることに違いない変わり様だった。


「今年もあんな人やこんな物やらお題詰めまくってますので、皆さん素直にお題に従ってくださいねー!それでは最初の出走者はスタートラインへ!」


体育委員のその一言に気持ちは憂鬱になる一方でグラウンドを見つめていると、最初の出走者がスターターピストルの音で走りだした。
少し走った所にあるお題の入った箱は全部で6つ、最初に辿り着いた人から順番に好きな箱から引くシステムだ
周りの女子たちは借り物競走のお題にソワソワしっぱなしだ。ある意味私もそうではあるけれど…
ほぼ同時にお題の入った箱に出走者が辿り着いて、品定めをするように中をかき混ぜてめぼしい紙を引き上げると、ガッツポーズをする人もいれば絶望へと表情を変える人のどちらかに分かれる。
体育委員が前のめりに実況を続けているなかで、最初にゴールテープを切った人はジュディス先生としっかり手を繋いでゴールした。
お題はなんと好きな先生である
ジュディス先生を連れてゴールした男子の先輩は注目の的で、顔が赤い
それを見てマイコちゃんがケラケラと笑った


「わ〜なんかリアル…!」
「男性ならジュディス先生は…確かに好きになっちゃうかもしれませんね」
「あ、最後の人もなんか顔赤いよ。女の子連れて走ってる」
「最後の出走者がゴールしました!お題を発表します!なんと、まさかこれが最初に出てしまうとは!……す、好きな人です!」


体育委員の上げた声にグラウンドが今日一番の盛り上がりにまで達する。
一番最初にジュディス先生を連れてゴールした先輩よりも格段に注目と声援というなの冷やかしを受ける男子生徒はどうやら1年生のようだった。
両者共に顔を赤くしながらいそいそと裏手の方へと逃げる様に退場して行った様を見る限りあのまま告白が始まっても可笑しくない…恐らく返事も悪い返事ではなさそうな気がした。
そして遂にユーリ先輩の出走となった訳で、体育委員は更に場を盛り上げる
最近話題になった女子をつれてくるのか、はたまた他の人物が一緒にゴールするのか見ものです!とかなんとか言っており、その際には私にも視線が集まる。
ユーリ先輩これ以上は勘弁ですよ…と心の中で祈りながらピストルを合図に一斉に走り始めた。
相変わらずずば抜けて足の速い先輩は誰よりも先に箱の元へと辿り着いて思い切り箱から手を引き抜いた。
紙を見るなりユーリ先輩は面倒くさそうに頭を掻きながら立ち尽くしている。
その横で次ぎに辿り着いた男子生徒はガッツポーズをして走って行ってしまった。


「ユーリ、困ってますね」
「だね…今年はどんなの引いたんだろう」
「わ、私トイレにでも行ってこようかな…嫌な予感が…」

そろりそろりとしなくてもいい忍び足しながら待機所を抜けようとした所で、マイクを使っている体育委員よりも少し大きめの声が響いた。

「姫!!!来い!!」

まさしく嫌な予感とは当たるモノで、逃げようとする私を逃がさまいとユーリ先輩がこちらに猛ダッシュして来た。
ヒッと喉を鳴らしている後ずさると、私の顔を見るなり先輩は、悪い。と一言漏らして私の腕を強く引いた。
思わず前につんのめりそうになると器用に支えられてまたもやお姫様だっこを経験するハメとなる
全くもってデジャヴだ
去年と少し違うのは周りから聞こえる声が、付き合ってる付き合ってないってもうどっちなの!?と恋愛ドラマで焦らされている様な声が多いことだ。
もう諦めよう。…抱っこされていることにも…
どうとでもなってしまえ。とユーリ先輩に軽々と抱えられながら天に召される気分で私は胸の前で手を組んだ。
ユーリ先輩より先にガッツポーズで走って行ったはずの男子生徒は今まさに目の前にいて、思い切り先輩が地面を蹴って最後の最後で抜ききった。
安定の一着を手にしたユーリ先輩はやっと私を下ろしてくれると、少し気まずそうに私を見下ろした。


「一位のユーリ・ローウェル!今年も例の彼女を連れて来ましたが一体何を引き当てたのでしょうか!」
「姫もすぐ出るから早く発表しろって…」
「はいはい、わかったって。えーっと…やはりこの2人付き合っていたー!ユーリ・ローウェルくんが引いたのは”彼女(候補)”でしたぁ!」
「先輩…」
「悪かったな…」
「それでは仲の良いお2人には手を繋いで退場してもらいましょう!」


囃し立てられて手を繋ぐしかなくなった私は、半ば強引にユーリ先輩の手を掴んで早足でその場から抜けた。


△△△



「ユーリ・ローウェルは今年も高瀬か、あの2人随分仲が良いんだな」
「……まぁ〜嬢ちゃんと仲良くしたきっかけであそこ全員仲良いからねぇ」


青年は紙を引くなりかなりの時間悩んでいたのをボーッとテントの下で見ていた俺は、欠伸を噛み砕いた。
奇抜なお題が多い借り物競走ももう何年も見ていれば若干の退屈すら感じてくる。それでも生徒たちは楽しそうだったりで、水を差すつもりはもちろんない。
ただ一つ思うことは姫にとばっちりが行かなければ良いってことくらいだ。
そんな風に思っていた矢先に一瞬目を離し、アレクセイの声が聞こえた頃には恋人である可愛い姫はユーリの腕の中で腹を括ったかの様に胸の前で手を組んでいた。
おいおい、またかよ。
相変わらず青年は姫ちゃん引きが良いこって
ついこの間、彼女にまで意外とヤキモチ妬きだと認定された俺は、内心むっとはしている。
そりゃそうだろうよ。まあまだ青年だったから良しとするか。
と、思いながら俺はユーリと姫を目で追った。

「ユーリ・ローウェルくんが引いたのは"彼女"でしたぁ!」

嬢ちゃんあたり連れて行っとけば丸く収まるってのに青年も青年だ。
俺も学生だったら良かったのになんて今更思うのはたらればだ。
体育委員の冷やかしの所為で少し気まずそうに姫がこっちを一瞬見たのがわかり俺は目を伏せた。

「退屈そうだな」
「ん?…俺が楽しむ行事って訳でもないし、生徒が楽しそうならそれでいんじゃない?」

やたらと絡んでくるアレクセイに適当に返してそっぽを見る振りをしながら俺は姫の背中を目で追った。



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