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あと1時間くらいで今年が終わる。
家の近くに小さなお寺があるからか除夜の鐘が微かに聞こえるような気がするようなしないよな…。
この2日間である程度の実家の掃除をやり終えて、私と先生こと…レイヴンは家の中で年越し定番のお笑いのテレビを見ながら寛いでいた。
主にレイヴンが…。


「ね、ねぇ…近いです…レ、レイヴン」
「んー?そう?」


さっきから会話はこれの一点張りで、たまにテレビから聞こえるアウトー!と言う声にレイヴンが身体を少し揺らしながら笑うのに合わせて私の身体もゆるりと揺れる。
どんな体制かって?ご想像の通り後ろからハグされて足の間にしまい込まれている。そんな状態である。
カタンと軽い音が響く。テーブルに置かれたエール缶がもう残り少ないのを察した私は気を利かして取りにいこうと、あわよくば嬉しいような恥ずかしいようなこの呪縛から逃れる為に身じろぎをする。
けれどもソレは叶うこともなくグッと更に引き寄せられてしまって、まだいいから。と耳元で囁かれてしまう。
後輩を呼び捨てにしたことの一件からレイヴンのなかで何かの箍が外れてしまったようになんだかべったりだ。
お酒と私の体温でいい塩梅に酔いが回っているのかスリスリとたまに私の肩に頭を擦り付けるレイヴンはなんだか子供の様で母性本能をくすぐられるのか胸がたまにやんわりと締め付けられるような感覚に陥る。
これがキュンというやつなのかな…。と今まで恋愛経験が殆どなかった私はこの体制になってから1時間後にやっと冷静な思考が頭を巡るようになった。
喪中なので初詣に出向くことはないし、年が明けて眠りにつくまでこの調子のままになってしまうのだろうか。


「眠たくなる前にお風呂に入りませんか?」
「…姫も一緒に?」
「なんでそうなるんですか…!」


冗談だって!とケタケタ笑う少し酔ったレイヴンはエールを飲み干すと軽く片手で潰して私の頭をひと撫ですると立ち上がった。
ぴったりとくっ付いていた温もりが離れていくとなんだか心許ない気がして思いの他私もくっついているのは満更でもなかったらしい。
キッチンに空き缶を並べると冷蔵庫に手をかけようとしたレイヴンはピタリと動きを止めると思い出したかのようにやっぱりお風呂に入ってしまおう。と時間差で私の提案に乗ってくれた。
お先にどうぞと洗ってふわふわになったタオルを渡すと満足そうにそれを受け取って馴れたように風呂場の方へと歩いていった。


「ふう…やっと解放された…」


独り言を言って返事がもし返って来たら…なんてことを想像すると何かまたいたずらをされてしまいそうな気がして廊下の方を一瞬見つめるけれどどうやらちゃんと風呂場に行ったらしい。
あともう少しで今年が終わる。思い返してみれば皆の励ましもあって我武者らに勉強して…学園に進学が決まって初めての一人暮らしのために孤児院のおばさんに炊事を叩き込まれたなぁ…。
そこから一人暮らし。不安もあったけど思い返せば一番不安感を抱いたのは隣人に対してだった。
立地も良くて綺麗な所に住めた!と幸先良いなあと思っていたはずが何度かいろんな女性が出入りするのを見かけて朝にそれにモロ出会した日もあった。
今はなんとも思っていない、と言ったらそこは嘘になるけど私が生徒だと判明してからは全くと言っていいほどに隣を出入りする女性の影は見かけなかった。
テスト勉強に苦戦してあの頃はまだ少し苦手だったレイヴンに教わって成り行きで夏は旅行も一緒にした。
いろいろと落ち込んだりすることも合ったけど今はこうしてレイヴンと一緒にいる。
春の自分からは全く想像ができなかった今の自分だった。

ふふふ、と今年の一部始終を思い返していれば風呂場の方から物音がして、時計を見るとあと30分ほどで今年が終わってしまう。
早いとこお風呂に入らないと一緒にいるはずなのにお互いに1人で年越しをすることになってしまう。
パタパタと鞄から替えの下着と着替えをとって戻ってくるとひょっこりと柱の影から顔を出しているレイヴンがいた。


「姫ちゃーん…」
「はい?どうしました?」
「パンツ取って来るの忘れたから取ってちょーだい…!」
「パ、パンツ…」


なんなら着替えも忘れた。とレイヴンは身体を柱で隠しながら片手を御免と顔に縦に突き立てていた。
たかがパンツで、そんな反応しなくともと思われてしまうかもしれないけれど、言ってしまえば今目の前にいる恋人はタオルを巻いているだろうけれど裸なのだ。
旅行に行った時に海パン姿を見ているけれどソレとコレとは違う。
レイヴンの替えの下着と寝間着を手にまた廊下をパタパタと小走りしていると、履き馴れないスリッパの所為か顔を出しているレイヴンまで後一歩の所で突っかかってしまった。


「…っ!きゃぁ!」
「っと…!!そんなに慌てなくてもいいでしょうに…」
「す、すみません…。っ!!」


私が体制を崩したのに瞬時に気が付いたレイヴンは腰にタオルを巻いたままの姿で私の目の前に飛び出して来て広い胸板で私を受け止めてくれた。
咄嗟に謝罪の言葉が出た後に目の前に広がる肌色と胸の傷に裸の恋人の胸に飛び込んだのを思い出して息を飲んだ。
ふと、硬直してしまった私の足下にはらりと何かが落ちるのを感じて持って来た着替えを落としてしまったのかと、ゆっくり下を覗こうとするとぐいっと片手で顎を持たれた。


「あーっと…今下は見ない方がいいと思うわよ…?」
「で、でも着替えがおちて「ないから…!」


へ?とマヌケな声が出て下を見るなと言われながら手元を確認するとがっちりと持って来た着替えを抱えていた。
気のせいかな?と首を傾げるとレイヴンはなんだか焦っている様子で、顎を持っていた方の手で頭を抱えている。
なにかマズいこともあるのだろうかと視界の斜め下の方に少しだけある白い物体にピントを合わせると…腰に巻いていたであろうタオルだった。
焦っていた理由を理解すると私の頬に熱が集まるのがわかった。


「あ…え、えっと…」
「お、おっさんは姫に見られたところでどってことないんだけども…」


どってことありそうですけどレイヴンさん。
思春期をとうに越しているはずのレイヴンが焦っているのでソレにつられて私も焦る。
慌てて着替えを胸に押し付けて廊下からリビングまで振り返ることなく猛ダッシュした。
リビングに戻ったら全員アウトー!とテレビのなかの芸人さんが尻バットをされていて冷静になる為に私も是非参入したい。と思った。


▽▽


リビングにレイヴンが戻って来て、少し申し訳なさそうに入って来たのでまだ熱の引かない顔を正座しながら左右にブンブン振るとその様が面白かったのか近くまで寄って来て口に弧を描きながら開いた。


「それとも見て見たかった…?」
「なっ!」
「姫ってば意外とスケベなのねぇ」
「ち、違いますっ!」


ニヤニヤと追いかけてくるレイヴンに逃げるようにお風呂場に篭城すると時計が丁度0時を回ってしまった。
今年はもっと平穏に過ごせますように…!


…あとレイヴンと仲良しでいられますように。





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