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驚くくらいの早さで実家の掃除が済まされていく。
先生は掃除は苦手だなんだといいながらテキパキと手伝ってくれた。
私は先生が一緒に来てくれてよかったなぁとしみじみと思った。私1人じゃきっと掃除なんて手に付かなかった。
リビングや自分の部屋に入る度によく知っている匂いと思い出が涙腺を刺激して、私が立ち止まると先生は抱きしめて励ましてくれるの繰り返し。
なんだか背徳感が凄い。と先生は困ったように笑うけどその笑顔に救われた気がした。


「大分片付いたね〜いやー俺様やれば出来る子!」
「まさかこんなに早く片付くなんて私思っても見ませんでした…」
「孤児院の人がたまーに掃除しに来てくれてたんでしょ?それがなかったらヤバかったかもね」
「ほんと頭が上がらないですね…」


だー久しぶりにこんなに掃除した!と運転席に先生は乗り込むと私もお決まりのように助手席に座った。
掃除が終わっても今日食べる食べ物すら用意出来ていない私たちは近場のスーパーに数日分の食材を買い込みにいくことにした。


△△△


中学生の頃によく母と買い出しに来ていたスーパーに入ると変わらない商品の配置や雰囲気になんだかホッとした。
率先してカートを引いてくれる先生に何を食べたいかリクエストを募ると今日は肉じゃががいいらしい。ほぼ毎回私のバイト先で食べているはずなのに飽きずに定番リクエストだ。
クスりと横で笑うと先生は唇を尖らせて子供のように拗ねていた。
年越し間近と言うこともあってお正月の飾りや餅、年越し蕎麦なんてのが大々的にラックに積まれているので折角だからと先生はポンポンとカゴにそれらを放り込んでいって見る見るうちにカゴがいっぱいになっていった。
こんなに2人で食べられる?と私が言えば余ったら持って帰ってまた一緒に食べればいいさ。と休みのうちは私と一緒にいてくれるのを宣言してくれている気がして胸がくすぐったくなった。


「あ、レイヴンさんお酒買わないんですか?」
「んーさすがに姫ちゃんの前で普通に酒飲むのもどうかなーっておっさん思うから今回はいいよ!」
「何を今更言うんですか!買いましょう!」
「…姫ちゃんったら結構強引ねぇ!」
「…姫、先輩…?」


私が1人でレジに向かう訳ではないし店員さんも何も言って来ませんよ!と妙に遠慮するレイヴンさんを制して私はカゴにエールのパックを突っ込み困ったように私の名前を言う先生の後ろから先生とは違う声が聞こえた。
ん?と2人でその声の主の方へ目線をやるとその声の主は私の顔を見て表情をぱっと明るくする。


「ああ!やっぱり姫先輩じゃないですか!いつの間にこっちに戻ってたんですか!?俺のこと覚えてます?」
「えーっと…?」
「わからないですか…?無理もないですかね…俺かなり身長も伸びたし…」
「……ヒカル…?」
「!そうですそうです!なんだーすっかり忘れられちゃったのかと思いましたよ」
「久しぶりだね、全然わからなかったよ。元気だったヒカル?」
「もちろんですよ!嬉しいなぁ先輩高校に上がる時に隣町に引っ越したって聞いてたので…」


最後に後輩のヒカルと会ったのは卒業式のころかな?と呟くと中学の後輩のヒカルは嬉しそうに話を続けてくる、話に付いていけてない先生は口を挟むこともなく私とヒカルの会話を聞いていた。
口を引き結んでいる先生に首を傾げると、ヒカルは何かを察したかのように黙り込んだ。


「あ…俺お邪魔でした?」
「いーや…大丈夫よ少年、久しぶりに会ったんでしょ?」
「はい…その…姫先輩この人は…?」
「私の…「親戚みたいなもんよ」


後輩に先生を彼氏と素直に言っても大丈夫なのか一瞬考えていると先生が割り込んで答えた。
思わず、え…と小さく漏らすと先生はヒカルの間に入り込んで私を背中に隠すとヒカルに先を急ぐからと手短に話を済ませるように促した。
また今度とヒカルに手を振ると遠慮気にヒカルがニコリと笑ってくれた。
ヒカルと会ってからの先生はなんだか様子が少しだけ可笑しくて買い出しに必要なものを足早に揃えてすぐにスーパーを出ることになった。


△△△


家に着くと先生はソファーにドカリと座って脱力した。
車の中での会話は特に弾むことはなくて、先生は一体どうしてしまったのだろう。と考えながら冷蔵のものを冷蔵庫の中にしまい込むとグラスとエールを手にソファーの下に座って目の前のテーブルにソレを置いた。
カシュっと缶が音を立てて先生の手によって開かれてグラスが金色の液体で埋め尽くされると直ぐさま先生の口の中へと流れ込んでいってしまった。
私はその一連の流れを先生の表情を伺いながら除いていると、先生は小さくため息をついてグラスをテーブルに置いた。


「…さっき親戚って言ってごめん」
「私こそヒカルとの話に夢中になって…それに彼氏って素直に言っていいのか迷ってしまいました…」
「いくら隣町でも多少なりともリスクをって考えたら親戚が丸いと思ったんだわ
…あの少年は部活の後輩?」
「正直助かりました…。そうです、ヒカルは弓道部の後輩でした。」


なんでわかったんだろう。と首を傾げるとその動作に先生は私の疑問を察して立ち居振る舞いや姿勢でなんとなく。と答えた。
未だに口を引き結んでいるままの先生にまた首を傾げるとまた小さくため息をついて困ったように私の頭を撫でた。
なんとも言えない表情の先生の意図は汲めないけれどもいつも通りの先生の手が触れて気のせいだと自分の中で丸め込んでされるがままになる。
先生に撫でられるのが凄く好きだ。
無骨な男性特有の手がたまに髪の毛を弄びながら気持ちよいくらいの力でマッサージされているような感覚になって思わず目を閉じてソレを堪能していると、上の方でくっとなんだか噛み締めるような声が漏れ聞こえてそれと同時に撫でる手が頭から離れたので目を開ける。
困った表情だった先生の顔がなんだか少し挑発的な表情に変わった気がして目を瞬かせると堪らず先生は口を開いた。


「…姫、おいで」
「…!な…名前…!」
「いいから…おいで姫」
「…はい…」


手を差し伸べられてその手を取ると一気に先生の胸に飛び込んだ。
名前を呼び捨てされたことがなかったのも相まって心臓が飛び出て来そうなくらいにドクドクと鳴っている気がする。
先生は私の耳を包み込むように手で覆うとゆっくりと顔を近づけて来て、ああキスされる。とぎゅっと目を瞑ると一向に唇に温かい感触は降ってこなくてそれでも目の前に先生がいる気配はそのままで焦らされている気がして顔を遠慮がちに前に出すと唇とは違う場所に先生の唇が着地した。

「…っひゃぁ…!」

ちゅと小さくリップ音が何度も耳の下の方で響いて、恐る恐る目を開けると先生の髪の毛が頬に触れた。
私の反応を楽しむように先生は上目遣いで私の顔を覗きながら首や鎖骨にキスを落としていく。
ニヤニヤと笑う先生は完全に楽しんでいて、突っぱねてしまいたくても気が付けば耳の横に合ったはずの手は私の両腕を押さえ込んでいた。


「…くす、ぐった…せん、せ!」
「…レイヴン」
「レイヴ、ンさん…?」
「レイヴン」
「…レ、レイ…ヴン…?」


咄嗟にせんせと言ってしまうと先生は私の首筋にキスを落とすのをやめて自分の名前を言う。
いつものようにレイヴンさんと言っても尚も言い直させるので恐る恐る私も呼び捨てると先生が耳に触れるか触れないかくらいのキスをして満足そうに顔を上げた。


「…俺のことも名前でちゃんと呼んで」
「いいいつも呼んでるじゃないですか…」
「あの少年は呼び捨てなのに?」
「そ、それは後輩だからで…!」


ここで先生がヒカルと会ってから様子が少し可笑しかった理由がわかった。
こともあろうにこの大人は中学生に嫉妬をしているのか。
もっと早くに察せていれば、とも思ったけれどもそんなこと毛頭考えつくはずがなかった。
顔を赤くする私に見えるよう了承しないとまたいたずらをするぞ。と言わんばかりに先生の吐息が首筋にかかり思わずビクリと小さく身体が跳ねる。
いたずらに対する未知の期待感を持ってしまったのは言うまでもなくて多分ソレを先生もわかっててやっている。
先生は…大人はずるい。


「〜!い、じわる!」
「今のところは”まだ”手は出したりしないぜ?おっさん大人ですから」
「レイヴンさん…大人げないです…!あ…」


急に年上に呼び捨てを強要された所ですぐにそう呼べるはずもなく、私が敬称をつけたことにニヤリと先生が笑うと脇の下に手を滑り込まれて軽々抱えられて膝の上に乗せられた。
向かい合わせで先生の上に乗っている私は意図しない密着にパクパクと口を開けると、閉じた一瞬の隙に唇を重ねられて緩く開いた口の中に先生の舌が侵入した。
ねっとりと口内を舐め回されて舌を舐られると呼吸が元より上手く出来ていなかったこともあってか頭が酸欠でボーッとし始める。
トントンと先生の胸を軽く叩くと名残惜しそうに一度リップ音が聞こえて万遍の笑みの先生が狭まった視界を占めていた。


「…さて、飯の準備でもしますかね」
「…」


脱力した私の肩に先生は手を置くとちょっくらトイレ行ってくるわ〜と笑いながらいなくなった。
2人でいる時は今後名前の呼び方も意識しなければならなくなったことと、先生の言う"まだ"がいつなのかに頭を私が抱えたのは言うまでもない。


△△△


「あぶねぇ…」


▽▽▽



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