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『そう言えばレイヴンさんは里帰りとかしないんですか?」


クリスマスが終わればもう年の瀬もいいところ。
姫ちゃんの家には家族写真が飾ってある。俺がその写真を手に取った時に彼女は一番最後に家族で撮った写真だと少し寂しげに話していた。
ふと、彼女が家族写真で思い出したかのように話を振って来た。


「ん?俺はしないっていうか…できない?」
「…なんでそこ疑問系なんですか…?」
「勘当された後に蒸発した…っていうの?帰る場所はおっさんにはないかね〜」
「…そう…だったんですか…」


家族がいないと言う俺にベッドの下で座り込んでいた姫ちゃんはしゅんと俯いた。
幼い彼女は俺とは違って望まない家族との別れ方をしている。無理もない。俺とは家族に向ける感情は天と地ほども差があるだろう。
ベッドに寝そべっていた俺は姫ちゃんの両脇に足を下ろすと頭を抱えるようにして撫でてやる。縋るように足に凭れた小さな彼女に年甲斐もなくきゅんとした。
下心が芽生えるのをぐっと押さえ込んで頭を抱え込んでやると少し落ち着いたらしい。


「まーそんなに姫ちゃんが落ち込まなくていいから。それに今年は姫ちゃんがいるから良い年越しになるんじゃって思うけど?」
「そう、ですね…!一人だったら孤児院で年越そうかなって思ってましたけどレイヴンさんがいるなら今年はいいかな…」
「パティちゃんがまた学校に来ないように近々顔も出さないとね」


他愛もない話がこんなにも居心地が良いとは思いもしなかった。
キャナリと出会う前の俺はそれはもう絵に描いたような放蕩息子で、そこそこに裕福だったもんだから遊び呆けていた。勘当されても仕方がない。昔の俺に今の俺を見せてやりたい。
パティにも会いにいかないと…などと今後の予定を頭の中で組み立てている姫ちゃんの邪魔をしないよう黙りながら頭だけを撫で続けていれば、あ!と何かを思い出したように彼女は顔を上げて俺に視線を合わせて来た。


「ん?どしたの?」
「レイヴンさん…よかったら私の実家に来ませんか…?」
「実家…?」


彼女には確か身寄りがなかったはず。一人暮らしをする前は孤児院にいたわけだし…あー確か地方に婆さんがいるなんて言っていたような。
付き合い立ての、しかも高校の教師を婆さんに会わせようとでも言うのだろうか…びっくりして即倒させてしまったり、うちの孫を淫行教師なんぞにやれるかぁ!なんて刀や薙刀を震うパワフルな婆さんが出て来たらどうしたらいいんだ。とギャグ漫画のような未来を思い浮かべたが実際問題笑い事ではない。
顔から血の気が引いていくような感覚がして姫ちゃんを見下ろせば不思議そうに首を傾げていた。


「…あの…せんせ…?」
「おっさんまだそんな姫ちゃんの婆さんに挨拶出来るほどの覚悟出来てないわよ…」
「え…お婆ちゃん?って…違います…違いますったら…!」
「でも実家って…」
「確かに地方にお婆ちゃんはいますけど…その実家じゃなくて…。
私が元々家族で住んでた家のことです…!」


ああ、なんだそんなことか。とふうっと息を吐いたが彼女の実家がまだ残っているなんて知らなかった。
モジモジしながら言い辛そうに俺の顔色を伺い続ける姫ちゃんは後にこう続けた。

孤児院から独り立ちする時に家財を少し引っ張って来たのはいいが1人だと思い出してしまいそうで怖くて行けておらず
たまに孤児院の人が掃除をしたりするために入ってくれているらしいが殆ど手付かず状態で掃除や整理の手伝いを他の人間にお願いしにくいから俺に試しに聞いてみたらしい。それで最後の最後に小さく付け足されたのは実家の方なら学園からは少し距離があるから恐らく2人でどこかに出かけられるんじゃないだろうか。と言う提案だった。

姫ちゃんの両親が見ているかもしれないが俺は幽霊だとかその手の類いは信じない。…それに目の前で上目遣いで頼まれたら断れないだろうよ。
俺が二つ返事で答えれば下がっていた眉が上がって顔の回りに花が見えるくらいに嬉しそうに笑うんだ。
盲目フィルターとかいうな、俺の彼女は表情がわかり易くて元から可愛いんだ。惚れた弱みだ。



△△△



電車で行こうか迷ったけれども駅までの道のりで誰かに会ったら本末転倒だ、と先生は快く車を出してくれた。
まだ朝方ということもあって身体に寒さが突き刺さるようだった。辛うじて天気がいいので実家に着いたら即座に来客用の布団を干さなくては。
私の実家は今住んでいるマンションから車でざっと40分かからないくらいかな。車に乗って地元を走っていると両親がよく連れて行ってくれたドライブを思い出した。
今から帰るのか…と膝の上にあった拳を握ると運転をしていて前を向いていたはずの先生が私の手を運転しながら握った。
器用な人だなぁ…運転してるのに私の心境をわかってしまうなんて。と考えている間に実家の近くに辿り着いていた。
住宅地から少し離れた場所にある家は道が少し入り組んでいる。
駅からもそこそこ離れた場所にあるので少し交通の便が悪いのがたまに傷な立地だ。家の車は査定に出してしまったから車庫が空いているはず、と先生に道案内を口頭でしながら伝えると了解〜。と笑顔で返事が返って来た。
車庫を開けるために車から降りると高校に入ってからは一切近寄らなくなってしまった家を見て胸が縮こまった気がした。
両親が使っていた何個かある鍵を照らし合わせて車庫をあけると少し埃っぽかった。
先生が駐車をしている間に玄関の方へと向かうと、庭にあった植物たちの回りにはまばらに雑草が生えている。
最近誰かが手入れをしてくれた痕跡が多々見当たるので掃除にはあまり苦労しなさそうな気が何となくした。


「おまたせ。ほい、これ荷物。にしても立派な実家じゃないの。」
「そうですか…?久しぶりだから少し緊張します…」


ガチャリと玄関の鍵を開けて中に小さく一歩踏み出せば慣れ親しんだ家の匂いが微かにまだ残っている気がした。
鼻の奥がツンと痛んで涙腺を刺激する。まだ玄関だと言うのにこのままでは何も手に付かないんじゃないだろうか…と心配していると先生が私の肩を抱いてくれて、お邪魔します。と先に靴を脱いで上がった。
おいでと手招きをされておずおずと靴を脱いで上がると今にもお母さんがバタバタと自分を迎え入れる為に走ってキッチンから出て来るような気がした。
でもそれはもうない。


「意外と綺麗そうね…ブレーカーとか元栓とかどこにあるの?俺がつけてくるよ。」
「あ…案内しますから…!…きゃっ」
「おっと…」


緊張からか足が縺れて前に倒れ込みそうになると、すかさず先生が私の前に入って受け止めてくれた。
なんだか泣けてきて、それを先生はわかっているのか私の頭をひと撫でするとみるみるうちに大粒の涙が頬を流れていった。
私が落ち着くまで優しく声をかけながら先生は抱きしめてくれた。


「…落ち着いた?」
「…はぃ…」
「もう少し休憩してから色々始めようか。」
「…はやく…お布団干さないと…」
「おっさん最悪床でも良いわよ?」


先生は私に笑って欲しいからか戯けて見せてくれた。
鼻を啜りながら少しだけ口角を上げると少しだけ眉を下げて触れるだけのキスをしてくれた。



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