38


あー失敗した。やっちまった。
アレは完全に姫ちゃんからのアクションだった。

今日はクリスマスイブと同時に冬休み初日だ。
クリスマスイブとクリスマスどちらが部活休みがいいのかを事前に部員にアンケートを取った結果部員たちは渋々クリスマスイブを選択したものが多かった。
俺だって出来ることならこんな日に部活だってしたくないし、折角なら姫ちゃんと過ごしたい。
部員たちにもそれなりにブーイングを受けたが大会が近いのだから両日部活にしなかったことでせめて目を瞑ってもらいたいくらいだし、如何せん冬の弓道場は俺にとって堪え難いほど寒い。
裸足に薄手の道着。何が楽しくて俺は今ここにいるんだ。いや弓道が嫌いな訳じゃない。
部員たちが的を見据えている中神聖な場所で俺は昨夜の姫ちゃんの行動の意図を必死に考えていたと同時にあからさまに断ったことを後悔していた。
良い歳こいてクリスマスだなんだなんて言いたくはないが彼女は年頃の女の子で、俺が一向に手を出さないことを少しばかり気にしていたのだろうか。
一向に…なんて言ってもまだ一週間だ。姫ちゃんにとって俺の最初の印象はマイナススタートで、俺が数々の女性と爛れた関係を持っていたことにはいくら鈍感な人間でも気が付くはず。
彼女はそんな人間が嫌いそうな性格というかそんな大人に対しての免疫がない、それをわかっていても付き合うことを了承したのだから多分トントン拍子に俺と関係が進む、なんて考えていても可笑しくはない。
だが、付き合えたことが年甲斐もなく嬉しい俺は久しぶりに出来た可愛くて幼い恋人を大事にしたいと考えていた。

だから咄嗟に勇気を振り絞って俺に近づこうとした身体を突っぱねてしまった。


「……手、震えてたなぁ…」
「先生?あらかた終わりましたけど…」
「へ…?あ、ちょっと休憩!」


ポソリと呟いた言葉を部長は聞いていなかっただろうか。
部活に集中出来ないくらいに考え込んでいた俺は思わずらしくもなく静寂を貫いていた道場で声を張った。



△△△


「ユ、ユーリ…一体姫はどうしたのでしょうか…?」
「珍しくないかい?あんなあからさまに機嫌が悪そうなの」
「もしかして…ユーリまた姫のことからかったんじゃないですか?身長低いの気にしてるんだからダメですよ、言っちゃ」
「…一応言っとくが会ったときからああだったぞ…」


昨日約束した通りエステルの家でクリスマスパーティーをするからとそのために俺らは待ち合わせをした。
と、言ってもプレゼントを買いに行くショッピングモールは俺の家から行くには姫の住んでいるマンションの前を通るからマンション下で待ち合わせた。
早めに家を出たつもりだったが、遠目に姫らしき人影が見えたので待たせてしまっていたらしいと思った俺は姫に駆け寄るともう既に膨れっ面は出来上がっていたのだ。
待たせたことに怒っているのかと思ってスマホで時間を確認したが待ち合わせの時間よりも10分早い。
顔を覗き込んで見れば、おはようございます。と挨拶されたので待たされたことに怒っている訳でもないらしい。
モールへたどり着けば女子が好きそうな雑貨を見て時折笑顔を見せることはあったがどうもご機嫌斜めだ。


「なあ…お前どうした?」
「どうしたって?どうもしないですよ」
「明らかにどうかしただろ」
「別になんもないですって!ただらしくないことはするもんじゃないなって思ってるだけです」
「あー…」


そこで俺はなんとなく察した。普段ならここで思い当たることを言って退けるがそれは悪手だと咄嗟に思って口を引き結んだ。
十中八九昨日の俺の”余計な一言”を姫は実行したんじゃないだろうか。
とりあえず自分で話したくなるまで放っておくのがいい気がして俺はプレゼント選びを続けた。
エステルやフレンとも合流すれば楽しい場に気も紛れるだろうと思っていたが少し甘かったらしい。


「ね、ねぇ姫?いい加減何があったのか話してくれませんか…?」
「エステル…」
「折角のパーティーなんだから楽しまなくちゃ損だろう?なにがあったんだい?」
「もしかして…私が急遽誘ってしまったことで先生と喧嘩しちゃいましたか…?」
「い、いや!そんなことないの…!それは行っておいでって言われたし…先生今日部活だし…」


恐らくおっさんと何があったか何となく想像がついていた俺はとりあえず3人の会話を傍観する。
エステルは姫の機嫌の悪さは自分の所為で起こったことでは…と言ったが即座に否定した。
が、この尻窄みになっていく口調ではおっさんと何かがあったことを否定したことにはならないと思った。
俺の予想は恐らくビンゴだ。
実際は俺が発破かけたことが発端だ。黙って聞いている俺の顔を一瞬姫が見つめて来たので、エステルやフレンに多少怒られることも想定しつつ小さくため息を付いて俺は口を開いた。


「アレだろ…俺が余計なこと言ったから」
「うっ…」
「ほら!やっぱりユーリが何か言ったんでしょう!」
「それで、ユーリは姫になんて言ったんだい?」
「まー…前提としておっさんとコイツが付き合い始めて一週間経つだろ?で、おっさんの癖に一向にスキンシップがないから昨日相談にのってたんだが…」


スキンシップの一言に姫はもちろんエステルやフレンまで顔を赤くする。
全員初心か…
いくら仲間内とは言え他人から自分と恋人の悩みを赤裸々に語られると当人は顔から火が出るほど恥ずかしいとは聞いたことがあるが、まさにどんどん姫の顔は赤くなっていく。
俺の話を止めようとしない辺り、俺に相談しておいて2人に話すのは少々恥ずかしいらしい。俺もなかなか複雑だったんだがな。


「…じゃあユーリの言葉を実行に移そうと思って迫ったら」
「あからさまに避けられたってことですか…」
「…はい…」


俺以外の3人は何故か正座で輪を囲んでいてこの状況がなんとも間抜けに感じたが、女子からモーションをかけたのに断られるのはダメージはなかなかでかいだろう。
ポツポツと俯きながら姫がおっさんに拒否されたことが最初はショックだったけれどだんだん腹が立って来たからみんなに気を使わせてしまった。と謝罪の言葉が小さく漏れた。
悪かったな、と頭を撫でてやれば、素直に待ってれば良かったです…。と小さい身体が更に小さくなって正直バツが悪い。


「でも私…先生もきっと姫のことちゃんと考えてくれてると思うんですよ。教師と生徒の恋愛ってもちろん御法度ですし色々慎重になってるんじゃないでしょうか…?」
「…だといいけど…」
「考えてない人間は2人分の食事なんて僕は作らないと思う。それに今日だって夜に迎えに来てくれるんだろう?」
「そう、ですよね…?」
「もしもの時は俺が発破かけてやるって」
「…何する気ですか!?」
「ま、まあ先生が迎えに来るまでまだまだ時間あります!さ、パーティーを楽しみましょう!」


エステルがその場を締めると、先程までの膨れっ面は何処かへ消えてしまっていた。
笑顔に戻った姫を見て俺もそっと胸を撫で下ろしたのは言うまでもなかった。
正直に俺が言ったことを実行する妹分だ。今後はもっと慎重になるべきだな…。


△△△


最初は私のあからさま機嫌の悪さでみんなに気を使わせてしまったけれども、相談に乗ってもらえて少しだけ自信を取り戻した。
エステルの家のクリスマスパーティー用の料理で舌鼓を打って、ゲームもしたりしてればあっという間に時計の針は21時を指していた。
昨日のことがあってから先生との連絡は朝のおはようの文章だけで止まっていた。
そういえば切り上げる時間を一切伝えていなかったけれど、先生は本当に迎えに来てくれるのだろうか…
ユーリ先輩は今日このままエステルの家に泊まっていくらしい。私も最悪お泊まりさせてもらおうかな…と思いながらスマホを覗いているとちょうど良く先生からのメッセージが送られて来た。


21:10『姫ちゃんお疲れさま。そっちはどんな感じ?いつでも迎えにいけるよ』


先生からのメッセージに食い入るようにスマホを見ているとそんな私を見ていたユーリ先輩が笑った。


「スマホ見過ぎ。おっさんからか?」
「はい…いつでもこっちに来られるって…」
「なら迎えに来てもらったらどうだい?エステリーゼ様そろそろ寝落ちしそうだし…」
「連絡してみます…」


21:15『そろそろお開きかなって話してました。お迎えお願いしていいですか…?』
21:15『すぐ行くから待ってて』


瞬殺で返ってくる返信に少し驚いたけれど先生も私みたいにスマホを見ながら返信待機してくれてたのかな。なんて思うと胸がきゅっとなった。
眠気と戦うエステルにそろそろ帰ることを伝えると、エステルは目を擦りながら先生と仲良くして下さいね。とニコリと笑ってくれた。
まだ10分くらいしか経っていないのにもう間もなく着く。とメッセージが送られて来て先生はもしかしたらマンションじゃなくてどこかで待っていたのかも知れない。
玄関まで3人が見送ってくれて、ゆっくりと家の門を出るとすぐ近くに先生の車が停まっていた。


「…お待たせ!」
「全然待ってないですよ。先生早かったですね」
「あー…ちょっと寄るとこあったから。さ、乗って」


何度か先生の車には乗ったことがあるけれども付き合ってから乗るのは初めてだった。
ラジオではクリスマス特集だなんだとオシャレなクリスマスソングが小さめのボリュームで流れている。
話す話題なら沢山あるはずなのに何故か喉がつかえているかのように言葉が上手く出ずで、先生も珍しく無口だ。
運転している横顔を覗くと、横目で一瞬だけ目が合ってドキリとした。


「…ねぇちょっと寄り道してもいい?」
「え…はい?」


その一言だけでまた会話が終わってしまったのに先生はなんだか少し満足げな顔をしていた。
一体何処に連れて行ってくれるのだろう。よくよく考えたらこれは初デートにあたるのだろうか…
皆目検討が付かなかったけれども窓の外は慣れ親しんだ風景だ。
あれ、ここって


「学校?」
「そ、正解!」
「なんで学校に?」
「みんなには内緒よ」


って俺と2人だし尚更言えないか〜とヘラりと先生は笑いながら車を停めて降りるように私を促した。
職員用の門を慣れた手つきで先生は開けると、この時期になるとライトアップされているはずの裏庭は真っ暗だった。
どうやらもう学校の中には用務員さんもいないらしい。
ちょっとここで待っててね、と大きな木下を目印とでも言うように先生は私を一人残して何処かへ歩いていってしまった。


「…先生早く戻ってこないかな…」


正直言って夜の学校、校舎内もそうだけど真っ暗な裏庭に1人はそれなりに怖い。
寒いのもあってか心細い。
先生が向かって行った方向を見ながら寒さをしのぐ為に腕を擦っていると、少し遠くの方でバチンと音が聞こえた。
恐怖に息を飲み込んだ瞬間、パッと自分の回りの木が一斉にカラフルに明るく灯った。


「…わぁ!」
「…おっさんからのクリスマスプレゼント、なんて言ったら寒いかしら」
「先生…!」


ゆっくりと先生が歩いていった道から戻ってくるとニヤリと笑っていた。
遠目で裏庭のライトアップは見ていたけれど人の多さにここまで近距離では見たことがなかった。
1人にされた時はどうなることやらなんて思っていたけれど、先生が私の驚く顔を見たかったと言うのなら大成功だ。


「綺麗です…」
「でしょー?どうせなら一緒に見たいし、こうするのも人前じゃなかなか出来ないでしょ?」
「せ、先生は毎年見てるんじゃないんですか?」
「んーだっておっさん寒いの苦手だから…人ごみもそんな得意じゃないしさっさと帰っちゃうのよ」


今までの一週間が嘘だったかのように先生はさりげなく冷たい手を私の手と重ねる。
ドキリと肩が跳ねるのを知ってか知らずか、先生は私の顔を覗き込む、昨日のキス寸前くらい近い。
昨日のは勢いだったからといってこんなに顔が近いのは恥ずかしいと思わなかった…
イルミネーションに照らされた私の顔を見て満足げに先生は私たちの真上の方を指差した。


「姫ちゃん、アレ何か知ってる?」
「…アレ…?えと…ヤドリギ…?」
「正解。」


少し薄暗かったけれども指された先にあるのはヤドリギだった。正解。と一言返って来たかと思えば先生は私の顎を自分の方に引いて、腰に手を回された。


ちゅっと小さなリップ音が聞こえてゆっくりと先生の顔が離れていった。
一瞬何をされたかわからなかったけれども、自分の唇に温かくて柔らかいモノが重なったのは事実で一気に顔が熱くなった。
未だに腰に手は回ったままで、そのままぎゅっと抱きしめられると先生にキスされたのが現実なことを実感する。


「昨日はごめんね」
「…!私こそ…」
「俺、姫ちゃんのこと大事にしたくて。年甲斐もなくおっさんビビっちゃった…」
「…うれしいです…」
「ねえ、姫ちゃんもっかいしていい…?」


同意としてゆっくり目を瞑ると上から一瞬ふう、と一息ついたのが聞こえてその後にさっきと同じ感触が降って来た。
気恥ずかしさと心地よさに先生の背中に縋ると強く抱きしめられて、さっきよりも少しだけねっとりと唇がまた重なった。


ねえ、先生知ってる?
クリスマスの日に恋人同士がヤドリギの下でキスをすると、その二人は永遠に結ばれるんだって。




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