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先生とお付き合いを初めて一週間が経過した。明日からいよいよ冬休みに突入する。
そして明日はクリスマスイブだ。
世間では恋人たちのクリスマス。なんて言葉もあるみたいだけれど
まずもって私からしたらお付き合いなんて初めてで、先生は大人だし…。
この一週間の間にもちろんお互いの家で私のバイトのない日は一緒にごはんを食べたりした。
先生は弓道部の顧問だし、近場でデートなんてする訳にも行かないし、タイミングが合わなくて外でのデートはまだしていない。
そして何よりも家の中であっても手を繋いだり抱きしめられたのはあの日の夜っきりで、もちろんその先までも行っていない。
先生と初めて会った時は女の人を連れていたし、朝方に別の女の人が先生の家から出て行くのも何度か目撃している。
私には想像出来ないような大人の濃厚なお付き合いを先生はもちろん経験済みな訳で、それなのに一週間経っても尚ハグはもちろんキスの一つもしてはくれていない。
クリスマス以前の問題だ。


「これって私に魅力がないんでしょうか…?」
「……ソレ、俺に聞くのか?」


今日は終業式で学校も早くに終わって冬休みだ!クリスマスだ!とバタバタと学園の生徒たちは下校して行って、エステルも何やら家の用事があるだかでフレン先輩を連れてそそくさと帰ってしまった。
そこで今までの事情も一番知っていて帰り道が一緒のユーリ先輩と家の近くのファミレスに入って話を聞いてもらっているところだけれど、どうもユーリ先輩はこの相談事に乗り気ではないらしい。
少し困ったように眉根を下げて先輩は笑いながら頬を指先で掻いている。


「結果的に付き合えたんだからソレは追々って話なんじゃないのか?」
「うーんでも、せん…レ、レイヴンさんは大人じゃないですか…女の人が出入りしてるのも見たことあるし…」
「…おっさんにすぐに手出されるとでも思ってたのか?」


はあ…とわかり易いぐらいのため息をユーリ先輩はついて、私は図星を突かれて顔に熱が集まる。
ユーリ先輩からしたら今の私はどんな風に見えているのだろうか…雑誌でよく見る彼氏に手を出して貰えなくて悶々とする典型的な彼女そのものだろうか。
私だって別に先生と大人の関係になりたい。だとか思わない訳ではないし早すぎても心の準備ができないし、せめてキスやハグくらい…欲張らないから手くらい触れ合ってもいいじゃないかと思ってしまう。


「おっさんだって男だし酔っぱらってて成り行きでそうなったとしても姫は告られたんだろ?
だったら待っててやれよ。多分お前とは違う葛藤で戦ってるから…」
「わかりました…」


先生が戦う葛藤は一体どう言うものなのかはわからないし、それは男性特有のものなんだろうと無理矢理納得させて目の前にあるパフェを突ついた。
腑に落ちないのが顔に出ていたようで先輩に額を小突かれて、その後は冬休みの予定について話した。
お互いに特に予定がないだなんて笑いながら話していれば、お前にはおっさんがいるだろ?とちょいちょい先輩はからかってくるので身を乗り出して先輩を小突き返そうとすると先輩の電話が鳴った。


「もしもし、エステルどうした?」
『あ、ユーリ。突然なんですが明日うちでクリスマスパーティーをしませんか?』
「本当に突然だな…ま、俺は予定ないから行けるぜ?
今姫とファミレスにいたんだけど…」
『そうだと思ってユーリに連絡してみました!姫、先生との予定とかあるんでしょうか…?』
「ほら、エステルから」
「え、私?もしもしエステル?」


先輩から電話を受け取って声をかけると、ついさっき学校で別れたエステルが少し遠慮気味に明日の予定はあるか聞いて来た。
先輩とエステルが話しているのは電話口から少しだけ聞こえていたので、その遠慮の理由は紛れもなく先生だというのはわかっていた。
クリスマスイブだっていうのに先生は部活だし、私たちは特に出かける予定も会う約束もしていなかったので二つ返事でエステルに了承をすると、電話の向こう側で万遍の笑みになっているエステルの顔が頭に浮かんだ。


『急遽なので大したプレゼント交換は出来ないかもしれないんですけど…ランダムで交換し合う、なんていかがです?』
「いいね、楽しそう!じゃあ明日16時頃にエステルの家に行けばいい?」
『はい、それで大丈夫です!ユーリにも伝えておいて下さいね!』
「うん、また明日ね!…っと明日簡単なプレゼント交換もしようってなりました」
「プレゼント交換か…買いに行かないとだな…」
「じゃあ、エステルの家に行くまでに一緒に買いに行きましょう!」


突然の誘いだったけれど先輩も意外と乗り気なので明日の待ち合わせの時間も話して今日は帰ることになった。
付き合ったお祝いだ。なんて言って先輩はファミレスの会計を奢ってくれて相変わらず家の前まで見送ってくれた。
別れ際に先輩が、待ってやれとか言ったけどおっさんとコミュニケーション取りたいなら自分からいってみるのも手じゃないか?といたずらする子供のような顔をして私の返答を待たずに帰宅して行った。
顔に集まった熱をどうにかエレベーターに乗っている間に手でパタパタ仰ぎながら冷まして、エレベーターから降りる直前に鍵を取り出して自分の家の扉を開けようとすると、タイミング良く先生の家の扉が開いた。


「あ、姫ちゃんおかえり」
「先生…!今日早かったんですね!」
「なーにいってんの、もう19時前よ?どっか行って来たの?」
「ユーリ先輩とファミレスから帰って来たところでした」


ふーん。と少しだけ唇を尖らせて私の顔を先生が覗く。
先生が靴を履きながら玄関から出て来て片手には財布が握られていた。
一瞬先生の家の方からいい匂いがしたので多分夕食の準備でもしていたのだろうか。
先生は私の目の前に立って少しだけ沈黙していると思ったら、尖らせた唇からヘラりと弧を描かせた。


「ちょっと足りないものあったから買い出し行って来るんだけど、姫ちゃんご飯食べた?」
「まだ食べてなかったです」
「じゃあ、多めに作りすぎちゃったからうちおいで。鍵渡しておくから着替えたら先に家にいてちょーだい」


差し出された家の鍵を受け取ると先生は満足そうに笑って頭を撫でてくれた。
じゃ、いってくるねーとヒラヒラ手を振られて先生はエレベーターに乗り込んで行った。
さっき冷めたばかりの顔の熱がじわじわと復活して来て、おまけにユーリ先輩から言われた言葉が頭に浮かぶのを必死に払拭しながら急いで着替えた。
付き合ってからお互いの家を行き来する時はラフな格好なのになんだか落ち着かなくて思わず手に取ったのはワンピースだった。
何回も見たところで変わらないのに髪の毛もブラシをし直して鏡を覗き込む。
ふう、と一息ついて先生と自分の家の鍵と携帯だけ握りしめて隣の部屋に移動した。
この一週間特に行き来することにはなんの意識もしていなかったのに、私は気が付いてしまった。
キスやハグよりも家に何度も上がり込んでいる方が十分ハードルが高い気がする…。
こんなこと今気が付かなければよかった…と変な汗をかき始めた頃に扉が開く音が聞こえて思わず姿勢を良くしてしまった。


「ただいまー」
「あ、おかえりなさい…」
「ん、皿とか用意してくれたのね。もう少しでできるからちょっと待っててね」


先生は買い物袋から野菜を取り出して水を張った鍋に火をかけ始めた。
さっきキッチンへ行った時にすでに1人分にしては多めのパスタと大皿が2枚並んでいるのが見えて先生は元々私とごはんを食べる予定だったのだと気づいて胸がきゅっとした。
嬉しさでにやけてしまいそうなのと、無駄に意識をしてしまったこともあってでそれを隠す為に私は借りて来た猫のようにソファーにピシリと座っていた。


「できたよ〜って…どしたの?」
「い、いやなんでも…先生っ食べましょ!」


私が普段と様子が違うことに先生も気が付いたのか不思議そうに覗き込んで来るのをさらりと躱してフォークを手にしてパスタを一口食べれば、優しい味が口に広がって先生が用意してくれたこともあってか嬉しさで緊張が瞬時に解れた。
ごはんを囲んで先生に明日エステルたちとクリスマスパーティーをすることを伝えると少し複雑そうな顔をしながらも楽しんでおいで、と言ってくれた。
一緒にお皿を洗ったり、テレビを見ながらあの芸能人はどうだ、こうだなんてケラケラ笑っていると気が付けば22時を回っていた。
先生は高校生の私を気遣ってかいつも22時にはお互いの家で休むように話を切り上げようとする。
ふと今日何度目かわからないユーリ先輩の言葉が頭に浮かんで、そろそろ風呂はいるかなー。と帰るように遠回しに隣で言っている先生の小指を意を決して握った。


「……姫ちゃん…?」
「せんせ」


驚いたように先生は隣にいた私を見つめる。
少しでも前進する為に震えながら今度は手を握って見つめ返すと先生の目が少し泳いだ。
少しずつ先生の顔が近づいて来ている気がして、やっとキスをして貰える…とゆっくりと目を瞑った。

が、一向にその後のアクションがない。
もうここまできたのだから…と腹を括って片目をゆっくりと開けて硬直している先生の顔に自ら近づこうとした瞬間


「…ご、ごめん姫ちゃん!」
「へ…?」
「ほ、ほら!明日も早いし!プレゼント買いに行くんでしょ?嬢ちゃんの家には明日迎えに行くから!ね…?」


近づいたはずの距離は先生の腕に寄って見事に遠ざかった。
先生は私の肩に手を置いて思い切り引き剥がしたのか、と理解するのは早かった。
キスを断られた。


「ごめんなさい…!わ、わたし帰ります」
 

勇気を振り絞ったはずが、こんな結果になるなんて思わなかった。
やっぱり待ってるのが正解だったのかな…。






「俺…なにやってんだ…」


先生が私がいなくなった後に顔を少し赤くして呟いていたのを私は知らない。



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