36

「うーーーさみーさみーーー目冷めるわぁ」


冬休み間近。
俺は少しだけ早い忘年会を学校の教員たちとして来た。
酒にはそんなに飲まれる方ではなかったが、今日はそこそこ足下が覚束ない。
校長のドンは大の酒好きでやたらと飲み続けるし、ジュディスちゃんには延々とお酌されるしで二日酔いになるとまでは行かないがなんだか心許ない気がする。
学校から近場の飲み屋で鍋囲うっつーのは俺様好みで良かったんだけど、タクシーに乗ったら寝てしまいそうで結局歩いて帰って来てしまった。
ふと、寒さのお陰もあってかまだ理性は保てているものの手っ取り早く温まれる場所がないか性懲りも無くキョロキョロと辺りを見渡せば、姫ちゃんがバイトしていて俺の行きつけのカフェバーが目についた。
なんだ、もうここまで歩いて来たのか。思いの外俺って酔ってないんじゃ?と自問自答。
時間は20:30、今日は姫ちゃんがバイトしているかはわかんないが寒いし寄って見るかー。なんて酔ってない。と思い込むには難しいほど真っすぐには歩けていない。


カランと聞き慣れたドアベルがなって温かい店内へ入ると姫ちゃんが笑顔でレイヴンさん!と寄ってくる。
ああ、可愛いなぁ。酒に酔ってる所為もあってか普段よりも俺の心は素直に反応する。


「いらっしゃいませ!今日は遅かったんですね?」
「んーあーっと忘年会?行って来たから」
「なんで疑問系なんですか?って…レイヴンさんちょっと酔っぱらってます?」
「んなこたぁないって!姫ちゃんいつものちょーだい」


わ、わかりました!と姫ちゃんは俺が普段のテンションよりも少し浮ついているのを心配そうな顔をしながらママにオーダーを通している。
あ、俺ってば少し迷惑な客みたいになってたりするかな…嫌われたくないなーと普段に比べて随分お喋りな自分の心に少しだけ笑えた。
少し前までは特定の相手作るとかそういうことは一切しなかったって言うのに、なんだか姫ちゃんが越して来て教え子になってから心情がかなり変わった。お陰様で今は清い生活を送れていて体調面も万全だしいい事尽くめなのは確かだ。
いつものエールとじゃがいもともう一つ液体の入ったグラスをトレンチに乗せて姫ちゃんが近づいて来るのがわかった俺はヘラリと笑ってみせる。


「いつものと…レイヴンさんちょっと飲み過ぎな気がしたのでお水です!」
「ありがとう姫ちゃん。俺様ってばそんなに酔ってるように見える?」
「はい、とっても」


笑顔で即答する姫ちゃんに免じて折角持って来てくれた水は有り難くいただくことにして、それを俺はゆっくり飲み干した。
そしてお決まりの肉じゃがとエールをもうそこまで隙間のない胃に流し込んでいく。
さっきまで外が寒くて、寒いのも苦手だし酒に酔ってるからか温度差で無駄に体温が上昇している気がする。
なんだか少し眠気も出て来ちまったな。
俺は重たくなって来た瞼をほんの一瞬閉じた。


はずだった。



△△△


「レイヴンさーん!起きて下さいー」


珍しく酔った状態で現れた先生は来店30分であっと言う間に寝てしまった。
肉じゃがはほとんど食べきっているようだけれどもエールは半分くらいしか進んでない。
こんな先生を見るのはもちろん初めてで、店長も先生が潰れてしまったのを見るのはすごく久しぶりらしい。
21時になったので私は上がりの時間になり、それでも眠ってしまった先生を放っておく事はなんだか出来なくて少し遅めの賄いを先生の隣の席に座り頬張りながら何度か起すのを試みていた。
起きた後にもう一回飲めるように水もしっかり用意しておいた。私は未成年だからお酒に酔うだとかそう言うのはわからないし、お酒を提供するお店で働いているけれども私は配膳がメインで注ぐとしてもエールだけ。
ドリンク作りは店長の息子さんがやってくれている。


「姫ちゃんアレだったらレイヴンさん置いて帰っちまってもいいんだよ?明日は学校でしょ?」
「それを言ったら先生も明日学校なんですよね…」
「ああ、確かに!うちの息子におぶらせようか?」
「まだコレから混みますよね…大丈夫です!もう少ししても起きなかったら諦めます!」


バー営業は23時までやっているし、遅くまで人が割と来るらしくて流石に息子の裕樹さんの力を借りる訳にはいかない。
隣で肩を揺するとたまに顰めっ面をしたり、身じろぎをする先生はレアなので見ていたさもあるけれどどうにかして先生には明日の学校の為にも起きて一緒に帰って貰いたい。
少し前の看病のお礼はまだ出来ていないし介抱くらいなら多分出来るだろう。と自分に言い聞かせて根気強く揺すると眉毛がピクリと動いてゆっくりと目が開いた。


「ん…あれ…俺様寝てた…?」
「…おはようございます、先生」
「今、なんじ…って21:30!?姫ちゃんバイトは?」
「上がって先生が起きるまで待ってました!」


起きた先生は少し慌てていて、頭をガシガシと掻きながら会計をする為に財布の中からお金を取り出していた。
店内が少し忙しくなって来たので、お会計を私がレジまで運んで先生にお釣りを手渡すと、キッチンの方から店長がありがとう!と言ってくれているのが聞こえて、お疲れさまでした!とだけ伝えて先生よりも先に店を後にした。
先生はまだ覚醒しきっていないような顔をしていて、眠っていて少しはお酒が抜けたのかもしれないが少し足下が覚束ない様子でなんだか危うく思えた。


「先生?大丈夫ですか…」
「あーうん…ごめんね…かっこわる…」
「あ、雪降って来ましたよ!」


先生が小さく何かを呟いているのは私には聞こえなかったけれども、雪が降って来た事を伝えると先生はゲッと声を出しながら嫌そうな顔をして空を見上げた。
心なしか震え始めた先生に首を傾げると歩きながら小声で、寒いの嫌い。と子供っぽく呟いた。
お酒が入ってるからか先生の頬は少し赤くなっていて、寒さからか少しずつ鼻も赤くなって来ている気がして笑うと先生は苦笑いをした。


「姫ちゃん…寒くないの…」
「はい、私子供体温なので寒いのは大丈夫です!」
「へぇ…」
「ほら!」


私は横を歩いている先生の方に手を差し出すと先生はおずおずと手を触って、あったけーとヘラりと笑った。
差し出した手は先生が握ってしまっていてそのまま離れる事はなくて、手を繋ぎながら歩いて帰っている形になる。
特に下心もなかったはずなのに先生は黙って私の手を握りながらポケットに一緒にしまうのを見てどんどんと恥ずかしさに顔に熱が集まって行くのがわかった。


「…せんせ…?手…」
「姫ちゃんの手温かいからおっさんに帰るまでかして」
「…わ、わかりました」


先生の顔はさっきよりも赤みがなくなっていて、それでも酔っているから普段しないようなことを私にしているのかな。それとも本当にホッカイロ代わりに私の手が活用されているだけなのかわからないけれど
私はその手を振り切る事ができなかった。


△△△


手を差し出されて、あまりの温かさに寒いのは事実だけれど思わずソレを口実に姫ちゃんの手をポケットにしまった。
最初の頃は姫ちゃんは俺の行動に動揺してか沈黙を貫いていたが、俺がどうして待っててくれたのかを聞けば
明日は学校だし、俺が看病したお礼をまだしてないからせめて俺を介抱しようとしてくれていたらしい。
わざわざその為にこの子は待っててくれたのか。と少し感動して思わずギュッと手を握り直すと、小さく隣でうめき声が聞こえた。
まだ抜けきれていない酒の力の所為かふと隣で可愛い反応をし続ける彼女にもう言ってしまおうか、と頭を過った。
最初の頃は俺に嫌悪感丸出しの小型犬みたいな子が気が付けばベタ慣れして今は俺にかしてって言われて手を黙って繋がれているんだ。気が大きくなってしまうのも無理ないだろ。


「姫ちゃんってさ…やっぱユーリが好きなの?」
「へ…」


敢えて遠回しに聞いてみると姫ちゃんの足が止まって、それに合わせて俺も足を止めた。
未だに手は離れない。今はそこまで強く握っている訳でもないからその気になれば振りほどく事だって出来る。
歩みを止めていた事に気が付いたのかまたゆっくりと歩き始めた彼女を見ていると、少し残念そうに笑った。


「ユーリ先輩は…お兄ちゃんみたいな感じですよ。好きの意味が違いますね」
「へぇ、じゃあ本来の意味の人はいるの?」
「……」
「いるんだねぇ」


少し意地悪しすぎたのか姫ちゃんは黙り込んでしまって、ポケットの中の手が俺の手を一瞬握ると外へ出て行ってしまった。
そしてまた足を止めて、ゆっくり振り返れば下唇を少しだけ噛んで両手を握りしめている姫ちゃんが立っていた。
あ、マズい。つい酔った勢いで少しどころか意地悪しすぎた。
反応を見るのが楽しくて大人げない事をしてしまった。


「姫ちゃん…?」
「……先生はずるいです」
「え…ご、ごめん…ね?」
「先生は大人だから人の扱いに馴れてるし、…私の事だってすぐにからかって…」


その気にさせるようなことばっかり…
確かに小さい声でそう聞こえた。
いつになく体が小さく見えて、思わず俺は姫ちゃんの方に寄って抱きしめた。


「…ほらっ!すぐそういうこと…!!」
「ストーップ!姫ちゃんストップ」
「……?」
「ただでさえ今日のおっさん格好つかないから待って…」


抱きしめるまではしたけれど、俺この後どうすればいいんだ?が本音だ。
だが、今言わないといけない気がした。


「俺、姫ちゃんのこと好きだよ」
「え…」


体から姫ちゃんを引き剥がして顔を見ると姫ちゃんの顔が暗いが赤くなっているのが見えた。
信じられないとでも言うように目を丸くして口がぽかんと空いている。


「意地悪してごめんね。酒に酔ってる状態で言うもんじゃないってわかってたんだけど…
俺は姫ちゃんのこと大事にしたいよ」
「……ずるい」
「…へ?」
「先生は本当にずるいです…」


今自分が最大限に出来る真剣な顔をしていたつもりが返って来る言葉が予想と違って間抜けな声が俺から漏れた。
妙に恥ずかしくなって来て落ち着かなくて片手を頭の後ろに持って行く。
俺の多分初めての本気の告白は返事が一向に返ってこず、目の前にいる一生徒の姫ちゃんをおずおずと見ればヤケに姫ちゃんもモジモジしている。
告白がこんなに勇気がいるもんだとは思わなかった。よく今までいけしゃあしゃあと愛の言葉を言い放っていたもんだ。


「私も、先生の事好きです」


小さくしたの方から聞こえた声に、思わずハッとして下を覗けばぶらりとぶら下がったままの片手を姫ちゃんは握りながら繰り返すように、好きです。とまた呟いた。


「…ほんとに?」
「ここで嘘言うと思いますか…?」
「確かに…そんな事されたらおっさん泣いちゃうわ」
「…ふふふ」


ぐっと細い肩を引いて胸の中に引き込もうとすれば、なんの抵抗もなくすっぽり腕の中に小さな姫ちゃんは収まって夢であっても取り逃がさないように強く抱きしめた。


「よかったぁ…」
「こっちの台詞です…」
「誰かに見られたらマズいし…帰ろうか」
「はい…」


ゆっくりと離れて、誰かに見られたらマズいなんて言っておきながら今度はしっかり手を握ると控えめに握り返された。
浮き足だちそうになるのを堪えて同じマンションまで一緒に帰った。



▽▽▽



36 / 86


←前へ  次へ→



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -