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寒い。もう既に12月も中旬にまで差し掛かって冬が本気を出して来た。
このくらいの時期になると街の中が一層ライトアップされるようになるのは私が住んでいる地域でも例外ではなくて…ライトアップされる箇所が増えて行く度に年頃の学生たちは浮き足立って行く。
それはもちろん私の友人であるエステルも例外ではなくて、好きな人が明確にいるのかなんて話は一度もしたことがないけれど、私のバイト先であるカフェバーに1人でお茶をしに来たと思えば飾られたクリスマスツリーやリースを胸の前に手を置いてうっとりと見つめている。
ここ最近文化祭や体調を崩したりでバイトを休みがちになってしまっていたので今日はランチからバー営業まで久しぶり入っている。
久しぶりのバイトでランチの激混みの洗礼を受けたのは言うまでもなかったけれど、激戦を終えた辺りでエステルが遊びに来てくれたのは嬉しいけれど、冒頭でも言っていたエステルも冬の空気に当てられたのかなんだか話しかけても良いものなのかわからなかった。


「姫ちゃん、ご飯休憩どうぞ!今日は長いし折角だから友達のいる席でゆっくり食べておいで!」
「ありがとうございます!いただきます!」


賄いとして渡されたご飯はいつもよりも少し量が多めによそわれていて店長のご好意で友達と食べなさいってことなんだろうな。と受け取ると笑顔で返した。
賄いなのにおしゃれに飾り付けまでしてくれる店長は本当に優しいなぁ…と噛み締めながらエステルの元にお盆を持って行きサロンを外せばニコリと笑いながらエステルはテーブルに迎え入れてくれた。


「姫、お疲れさまです!」
「うん、ありがとう。店長が多めに賄いくれたから一緒に食べよう?」
「はい、喜んで!」


私は空腹だったのもあって黙々とご飯を食べていると最初の頃は一緒になって食べていたエステルの手は止まっていてまたうっとりとクリスマス飾りを見つめていた。
私がエステルに視線を向けても尚も見つめ続けているのでうちのカフェのクリスマス飾りになにか特別素敵な装飾なんてあっただろうか…と同じように見つめてみるとエステルが口を開いた。


「素敵ですよね、クリスマスの時期って…」
「綺麗ではあるけど…どうしてそんなにうっとり見てたの?」
「クリスマスっていろんな神話とか、ラブストーリーがあるじゃないですか。小さい頃から本でたくさん読んでいて、街中綺麗にライトアップもされますしより一層ロマンチックで別の世界に来た気分になりませんか?」
「あーエステルそう言うの好きそう!乙女だもんね!」
「姫は思ったよりもそう言うのに興味がないですよね…」
「まあ…人並みにクリスマスデートとかそう言うのには憧れはあるけど…」


つい先日エステルたちに先生が好きと公表したのもあってか、クリスマスに先生とデートなんて出来たらいいなぁ。なんて夢見たいなことを想像してしまって語尾が小さくなって顔が少しだけ熱くなるのがわかった。
今、先生と想像しましたね?なんて小声でエステルがいたずらに笑う。


「もう!エステルのいじわる…」
「そんなつもりはなかったんですが…あ、そういえば!姫はヤドリギの逸話って知ってますか?」
「ヤドリギ?あのリースとかで使われてるヤツ?」
「ええ、そうです!ヤドリギにまつわるお話って沢山あるんですが…例えばヤドリギの下で友が出会うと幸せになり、敵が出会うと戦いをやめる。だなんて話もあるんです!他にも子供を守る為の魔除け…とか」
「へぇ…そうだったんだ。知らなかった!赤い実がついてクリスマスカラーだからって理由かと思ってたよ!」


その後にもエステルはヤドリギについてのエピソードを惜しむことなく沢山話してくれた。
儀式に使われたり、北欧神話の神様の武器だったり…安直にクリスマスカラーだから…なんて思っていた自分が少しだけ恥ずかしく感じたけれどもこういう話は嫌いじゃない。
極めつけ、とでも言うようにエステルはそして!と胸の前で大きく手を叩いた。


「ヤドリギがクリスマスにぴったりなのはやっぱり”愛の木”と言われているからなんです!ヤドリギの下にいる女性はキスを拒んではいけない。とか恋人同士がヤドリギの下でキスをすると結婚の約束を交わしたことになる。といっても過言ではないんです!ヤドリギの祝福を受けるクリスマス!素敵じゃないですか?」
「拒んじゃいけないんだ…男の子のしたもん勝ちってこと?」
「拒んだら結婚のチャンスを逃す。なんて見たことがあります。花言葉にキスして下さいって意味もあるみたいですから…」
「易々とヤドリギの下にいたら大変なことになるね…」
「ま、まあそうなってしまいますけど…」


ロマンチックなことを語っているはずのエステルが私の発言で現実に引き戻されているような気がするけれど、そう易々とキスをされたら堪ったもんじゃない。と思うのは私だけではないはず。
ロマンチストって訳ではないけれど、どうせならファーストキスは好きな人とってもちろん思う。
先生とヤドリギの下にいたら…なんて考えるとまたエステルにからかわれてしまいそうで思い浮かんだ理想を頭から振り払う。


「うちの学校もライトアップされてる所とかあるよね?」
「はい、イベント好きの学校ですからね。先生たちが好意で冬場は裏庭に電飾をつけて下さってるみたいですよ?」
「さすが私立中高一貫校…今度みんなで見に行こう!」
「はい!もちろんです!」


そろそろ休憩時間が終わってしまう。バー営業に切り替える為に一度店を閉めなくてはならないので片付けを始めるとエステルがまた来ます!と笑顔で退転して行った。
エステルがうっとりとクリスマス飾りを見ていた理由がわかったのから私も少し見方が変わるなぁ。と思った。



△△△



「いらっしゃいませー!」


カランとドアベルが音を立てて鳴る度に笑顔で向かい入れる。
今日は土曜日だから夜の営業も少し忙しい。
今日は先生来るのかな。と少しソワソワしながら手慣れた所作でお客さんを席へ通す。
バイト初めたての頃は先生が来るのは少し憂鬱だったのに認めてからはそれが楽しみに変わってしまった。
現金な奴、と言われてしまっても否定は出来ない。バイト上がりに先生が一緒に帰ってくれるのも楽しみの一つだ。
そしてまたドアベルが鳴って振り返れば先生がドアの前に立っていた。


「レイヴンさん!いらっしゃいませ!」
「姫ちゃんお疲れ様!いつものお願いしてもいい?」
「はい、わかりました!」


レイヴンさん、なんて普通に呼んでいるけれど…プライベートでお店に来ているし他の人の目もあるから店の中で先生と呼ばないで欲しい。と先生本人からの申し出だった。
最初の頃はどうしても名前の後に小さく先生なんて付け足していたけれども…流石に馴れた。
元々ラフな格好で出勤する先生は休みの日はより一層ラフな格好でお店に現れることが多い。
白衣も着てないし、髪の毛を下ろして来る日もあったりで先生じゃない先生を見ている気分になる。
それは私だけじゃなくて、他のお客さんから見たら先生には見えないから尚更だろう、と納得するようにしている。


「はい、肉じゃがとエールです」
「待ってましたー!ありがとう」


先生と生徒から、常連さんとお店のスタッフに立場が変わるだけでも私はなんだか贅沢だなぁとも最近思うようになってしまっている。
美味しそうにご飯とお酒を楽しむ先生の少し気の抜けた顔を見れるのもお店のスタッフだからこその特権だ。
少しの間先生と談笑しながらお客さんの対応をしていると、本日2回目の休憩になった。
先生は変わらずにママこと店長と楽しげに話をしている。
夜の賄いも美味しそう。


△△△


「そういえばママ。姫ちゃん久しぶりに昼からだよね?大丈夫だった?」
「え?ああ、そうだね。全然元気そうだったし大丈夫よ」
「そう?ならいいけど…」
「レイヴンさんは姫ちゃんのこと大事にしてるよねぇ」
「…ママったらそんな面白そうな目で見ないでちょーだいよ!…大事な生徒ですから…」


へぇ〜とママが意地悪そうに笑うもんだから思わず姫ちゃんが裏に引っ込んでいるのを確認しながらエールを煽った。
そこそこ付き合いの長いママはいろんな人間を相手していることもあってか観察力や客一人一人の特性を掴むのが上手い。俺がわかりやすいだけなのかもしれないが悉く図星を突かれると痛い。
あ、そういえば!とママは何かを思い出したようで俺はソレに耳を傾けた。


「今日そう言えば"姫ちゃんのお友達の…ピンク髪の…エステルちゃん?だっけ!お昼に店に遊びに来てくれたんだよ」
「あ、嬢ちゃん?その子も俺の担任クラスの子なんだよ」
「よく男の子たちも連れて遊びに来てくれるんだけど、今日は1人でお茶しに来ててね
うちのなんて大したことないのにクリスマスの飾り見てうっとりしてたねぇ」
「あーなんとなく想像つく。嬢ちゃん好きそうだから…」


ランチ営業の方でやはり嬢ちゃんたちもなかなかの常連になっているらしい。
ここは老若男女愛される店であることは俺も保証できる。
それにしてもクリスマスか…すっかり忘れていた。
姫ちゃんもそういうの興味あるんだろうか。ま、一緒に過ごせるなんてそんな上手い話があるはずはないが。


「そうそう、それでねーヤドリギの話なんてしちゃってて姫ちゃんもなかなか興味津々だったよ!女の子だねぇ…」
「ヤドリギねぇ…」


そう言えば女子が好きそうな話があったっけか?おっさんイマイチそう言うのはわかんないけど。
とかなんとか話してたら姫ちゃんが休憩から戻って来ちゃったからこの会話は強制終了だ。
逸話だとかそんなのはわからないけれど少し調べてみるか。



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