「ねえ、貴女ってさ」


中間テストも終えて結果も上々。なんとか首位を得とくした私は穏便に学園生活を送れる予定だった。
今日はバイトもないしエステルは家の用事があるとかで先に帰ってしまったので
スーパーに寄り道してゆっくり家路につこうと考えていた私は気がつけば体育館裏にいた。
この状況は一体。私が一番聞きたいところである。
目の前には2人の女子生徒。
1人は全くもって初対面だが、もう1人は何度か見かけたことがあるような、ネクタイの色を見るに同じ1年生だ。
接点のなさそうな2人に私は一体何かしでかしてしまったのであろうか?
勉強教えて!などそんな優しい話題を投げかけられるような雰囲気ではない。


「貴女ってなんでそんなに先輩と仲いいの?この間も一緒に帰っていたよね?」
「先輩?」
「エステリーゼさんは幼馴染だって聞くし、中等部から一緒にいるのを見ているからわかるけど。
あなた編入生でしょ?エステリーゼさんと仲良くしているのは先輩と話したいからなの?」


受け取り方はそれぞれだ。どうやらあの正反対に見える先輩達は学内で人気らしい。
まあ確かに性格は全く違うが、2人共顔良しのめんどくさがりな一面も1人は出すがとても面倒見のいい人たちだ。
人気があっても可笑しくはない。


「でもエステリーゼさんと別れた後も一緒に帰ってたじゃない、それはもう仲良さそうに」
「ユーリ先輩か…」
「しらばっくれないでよ」


どうやら初対面の女はユーリ先輩と私が一緒に帰っていることが気に食わないらしい。
エステルたちと遊んだ帰りは帰り道が一緒だからと言う理由で一緒に帰っているだけなのだが、そんな都合のいい解釈をしてくれるような冷静さはあまりなさそうだ。


「エステルを介して知り合ったのはそうだけど、特にユーリ先輩に対して特別な感情はありませんよ?
家の方向も一緒だから遊んだ帰りとかはついでに送ってもらったりもしてるけど、それは先輩のご好意です。
貴女がもしユーリ先輩の特別な人っていうのなら知らなかったんです、すみません」
「っ…そ、そういうのじゃないけど…」
「私は先輩としてユーリ先輩たちを慕ってはいますが、もしユーリ先輩が気になっている。とかなんでしたらその気持ちは私に伝えることではないと思うんですよ
特に何の理由もなしで自分の感情だけで、私に先輩らと話すな。なんて横暴なこと言わないで下さいね。対応しかねます」
「ちょっと黙りなさいよ!!!」


私が言ったことがどうやら図星だったようだ。
典型的なアレでしょ?黙ったらきっと何とか言いなさいよ!って言うんでしょ。
これが修羅場と言うやつかと冷静に考えれば、目の前で手が挙がるのが見える。
あぁ、これ引っ叩かれるパターンか。

冷静に手を受け流そうとした時に、後ろで黙って聞いていた見覚えのある女がもう1人の女の手を掴んだ。


「叩くのは違うでしょ。」
「で、でもっ!!」
「高瀬さんが言っているのは正論だと思うけど。
それより私も別件で話があるのよ。アンタは頭冷やしなさい」


頭を冷やせと吐き捨て、その女を置いてもう1人の女は私の手を掴んで何も言わずに歩き出した。


「あ、あの…」
「ちょっともう時間がないから着いて来て。ちゃんと説明するから」
「わかりましたって…!あの…名前」
「……時任マキよ」
「時任さん、それでどこへ…」


時任と名乗る女は歩みを止めることなく、この学園で私が唯一近づかないようにしていた場所へどんどん近づいているような気がした。
鼓動が早くなる。読みが外れてほしいと願った。私はそこに行くにはまだ心の準備ができていないのだ。


「着替えてくるから少し待ってて頂戴。それとも貴女も着替える?」
「い、いえ、私は…」


もう察しが着いただろうと私を見る目は冷たく、着替えてくると言った女が入っていったのは武道館近くの部室棟だ。
ここの部室棟は武道関連の部室がまとまっている。
やはり読みは間違っていなかった。心臓が早い、胸が痛い。
逃げてしまいたい。


「待たせたわね」
「…あ…」
「さ、いきましょう」


目の前には袴に着替えて胸当てをしている時任。
あぁ、的があたってしまった。
この人は”私”を知っているのだ。


「もうわかったわよね?貴女、この学校に来たのは弓道のためじゃなかったの?」
「わ、私もう…弓道は…」
「辞めたって言うの!?貴女中学の時に有名だったじゃない。私よく覚えているわ。
貴女は百戦錬磨の鬼才だ、なんて言われていたじゃない。
学校が同じだと知って貴女が弓道場に来るのを私は楽しみにしていたのに…」


何故?と問いかけてくる彼女に私は何も言えなかった。
もう辞めたのだ、もう弓を引くのは辞めてしまったのだ。頭の中でぐるぐると同じ言葉が回る。


「勝ち負けじゃないのはわかってるの、でも貴女の実力をもう一度私に見せてほしいの」


ことを勝手に運ぶ彼女は力の入っていない手を引いて弓道場までやってきた。
なかに入り、上座に一礼。作法は身体に叩き込まれている。彼女に習って一礼をする。
顔を上げれば、目を丸くしたレイヴンと諸先輩方がもう既にいたので続いて力なく挨拶をする。


「ちょ、時任ちゃん!なんでここに姫ちゃん連れて来たの!」
「レイヴン先生も聞いたことくらいありませんか?うちの学校に鬼才が入るって」
「いや、まあそれは聞いたことあるけど、でもその子スポーツ推薦辞退したって…」
「その辞退した鬼才がこの高瀬姫ですよ。」
「そ、そうだったの」
「…っ…」


私がこの場にいることに焦るレイヴン先生だが、私が弓道の心得があることにはあまり驚いてなさそうな雰囲気だ。
話したことはなかったが、そうかこの人は弓道部の顧問だった。
この広い弓道場はあきらかに中等部の生徒も集まっている。
大会にレイヴンが来ていても可笑しくはないのだ。
この人は何となく私が弓道をやっていたのを気がついていたのだ。あえて私にはその話を振らなかったのだ。


「ねぇ、貴女が弓を引くのが見たい。みせて」


私の目の前には胸当てとゆがけを置いてあり、逃げられるような状況ではなかった。
まだあの時置き去りにした女に引っ叩かれた方がマシだった。
逃げられるような状況でもなく仕方なく震える手で、ほんの1年前は当たり前のようにつけていた道具を身につける。


「…わ、たしもう…」
「ここまで来てくれたんだから、ね」


背を軽く押され弓と矢を持ち射位につき、足を踏み開く。
久しぶりの感覚だが身体は覚えている。
ここまで来たら引くしかないのだ、と震える身体を深呼吸して落ち着かせて弓構えをし打起こす。
くっと食いしばり、矢を放つ。
タンッと音を立て、的を射た。
一度胸を撫で下ろす。二射目の所作に入る。
何も考えまいと心を鎮めて、弓を引き放つ。またも射た。
皮肉にも自分にはまだ一年近くも離れていたと言うのに才があるのか、と悲しくなった。
三射目も同様に的を射て、四射目。これで終わりだ。
もう触ることはないと思っていたのに。顔が歪む。



「くっ…」


弓を引いた瞬間に、姫ちゃん…と小さい声で聞こえた気がした。
放たれた矢は的へ吸い込まれ、力み引きすぎた弦は離した瞬間に切れる。


「あっ…!」


弦は顔に命中してしまい、頬が切れる。
それと同時に力がすべて抜けてしまい、くたっと倒れてしまった。
その後は意識を手放してしまった。


「…姫ちゃんっ!」


事切れたかのように崩れ落ちた少女をレイヴンは抱きかかえ、弦があたり切れてしまった顔を布で止血する。
他の生徒に弓道場内のことは任せ、少女の道具を外して抱えて歩く。
最後の射が乱れたと言うのに、彼女の四射はすべて的へ収まっていた。皆中。


(…あんなに震えながらも全部…でも一体…)


顔面蒼白の少女は目を覚まさずに自分の腕の中に収まっている。
この少女は何を抱えているのだろう。と抱きかかえなおし保健室へと急いだ。




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