この学園はイベントごとが多いけれど、楽しいイベントだけではないのが学生の性だ。
ついこの間林間学校があったというのに、いつの間にか中間テストに時期である。
学生生活は一瞬。なんて言うけど一瞬過ぎやしないだろうか。
もう夏もすぐそこ、と言わんばかりに澄んだ空と、外からは運動部のかけ声なんかも聞こえてくるような清々しい放課後。
姫は多いに憂いていた。
それは特待生という肩書きと保証にまつわるもので、普段から真面目に授業は聞いているものの苦手なものは存在する。
勉強で頭を抱えている姫をニヤニヤと見つめる目の前担任教師にも少し問題があるように思える。
先生で教科の得意不得意が出る生徒も少なからずいる。姫はそれを言い訳にしたい訳ではないが初っぱなの理科総合で躓く自分が不甲斐ない、身勝手だが人の所為にしてしまいたくなる。


「姫ちゃんったら高一の理科なんてまだ簡単なのよ?
頭いいんだからこんなところで躓いちゃだめでしょうよ。」
「そんなこといったって…」
「それともおっさんの教え方が悪いのかしら…」


うーん。と姫の目の前にいるレイヴンも少し悩み始めてしまった。
何故この二人が放課後に一緒にいるかというと、来週にも迫っている中間テスト・理科総合に危機感を覚えた姫からの救援要請だった。


「まーおっさんは姫ちゃんが頼ってくれるのは嬉しいけどもね?」
「…そんなことより、化学方程式ってなんですか…これ何者ですか…」
「何者って…!この間ちょいと出て来たそれがわかんないのね」


テスト範囲が発表されたときに化学方程式までが範囲なのを見てしまった姫は絶望したのである。
うーん、そんなに難しいところでもないんだけどなー。と顎の無精髭をさすりながら問題集と姫を交互に見つめる。


「にしても、俺に聞かなくても嬢ちゃんや2年のユーリとフレンとか仲いいみたいだし聞けたんじゃないの?」
「うっ…」
「あーもしかして聞くのがプライドが許さないとかそう言う感じ?意外と意固地なのね」


図星をつかれてため息がでた。
まーおっさんが一肌脱いでやりますか〜!と冗談と称して白衣を脱ぐそぶりを交えながらレイヴンは姫と向かい合った。




△△△



「あーー終わったーーー」
「やっと終わりましたね!」
「長かった気がする」
「もう、姫ってば勉強出来るのに何故そんなにこの世の終わりみたいな顔しているんです?」
「いやーこれから自己採点が待っているのか、と考えると気が重い…」


項垂れている自分の頭をエステルの手が優しく撫でる。
目を閉じて甘んじてその手を受け入れるが結果が出るまで憂いは終わらない。
特待生の自分からすれば、成績の善し悪しで学園生活を豊かに出来るかが決まるも同然なのだ。
手応えはあったが、やはり先週頭を抱えた理科が難点である。
先週から2、3日の間はレイヴンが勉強に付き合ってくれたので恐らく大丈夫だと思いたいが…。


「今日はバイトないんですよね?」
「うん、今日はお休みで明後日からまた入る予定だよ」
「それじゃあ今日は打ち上げしましょう!フレン達も今日はあいているはずです!」


エステルの提案もあり、テストを終えて満身創痍の身体に鞭を打ち昇降口へと向かった。



△△△


テストを終えて、羽を伸ばすために集まった4人は、カラオケでで散々騒いだ。
意外とみんな歌もうまくて、一番驚いたのはユーリの歌唱力だった。
普段気だるげな彼は自分の番になると様々なジャンルの歌を歌い大いに盛り上がった。
この一週間のストレスをぶつけるべく力の限り騒いだ4人はフリータイムギリギリまで歌い、しゃべり尽くした。


「随分遅くなっちゃいましたね…」
「だな、久しぶりだったからちょっと気合い入れちまったよ」
「ユーリ先輩マイク離さなかったですもんね!」
「ま、カラオケは嫌いじゃないんだわ」


時間は20時、今日もまたユーリと姫は歩きながら帰路についていた。
ユーリと一緒に帰るのも慣れたもので、今日の帰り道はカラオケの話題で持ち切りだ。


「ついたな」
「はい、いつも送ってくれてありがとうございます!」
「いいんだよ。ついでだしな。それに今日はお前楽しそうでよかったよ」


マンションの前でポンポンと頭を撫でられる。
ユーリは身長の小さな姫を良く撫でる癖がある。
時折悲しそうな顔や上の空になる姫にいち早く気がつき気にしているのも事実だ。


「ふふ、先輩いつも撫でますよね」
「おう、なんか丁度いい高さに頭があってな」
「誰がチビだ」
「お前以外に誰がいるよ」
「…ちょいちょい、お二人さん!いちゃいちゃするのもいいけどマンションの前でしたら恥ずかしくておっさん入れないでしょ!」


じゃれ合っていた2人の会話に割って入ったレイヴンも丁度帰宅の時間だったようで、少し気まずそうに笑いながら声を張った。


「別にいちゃついている訳じゃ!!」
「あ、そう?ま、おっさんはお先に〜」
「俺もいい加減帰る。おやすみ姫」
「あ、ありがとうございました!おやすみなさい〜」


レイヴンを皮切りにユーリも家路についた。
会話が聞こえていたのだろう、開ボタンを押してエレベーターで待ってくれていたレイヴンに小さく礼をする。


「随分仲いいのね」
「ユーリ先輩ですか?」
「それ以外に誰がいるのよ」
「なんかお兄ちゃんがいたらこんな感じなのかな。って言う風には思ってます」


ふふふ。と前回から彼女は自分の前でもたまに笑うようになったな、とレイヴンは思うが
その笑みは自分に向けられているものではないのは、なんだか少し面白くなかった。
エレベーターが開き先に姫を通して一度姫の玄関の前で立ち止まる。


「そうそう、テスト。頑張ったね」


ユーリが撫でた感触を消すかのように頭を何度か撫でて、満足げに笑う。
状況がつかめず姫はしばし硬直しているのをよそに、レイヴンはじゃあね。と手を振って隣の自宅へと入っていった。


「なっ…」


何故みんな自分の頭をこう撫でるのか、というかレイヴンに至っては生徒との距離が近すぎやしないか。と顔を少し赤らめて玄関の扉を背に姫はしゃがみ込んだ。




「なにやってんだか、俺…」


一瞬、面白くないと思って一生徒の頭を撫でた自分の行動に苦笑しレイヴンも玄関内で少しの間動けずにいた。





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