林間学校が終わった。
1日目はとても楽しかったはずが景色に当てられた私は、あろう事かあのレイヴン先生の前で泣いていた。
2日目もエステルやフレン先輩が練ってくれたスケジュールで楽しんでいたけれどもどうも心ここに在らずで、気がついたら家に帰っていた。
家についてから頭を抱えた、一番頼ってたまるかと思っていた苦手な人間の前でいとも簡単に泣いてしまった。
屈辱なのか、恥じらいなのかわからない感情。
そして最後まで心配してくれていただろうユーリ先輩に申し訳なく思った。


「はあ…」
「ちょっと姫ちゃん!ため息何回目!?
今は仕事中だよー!!」


私は家の近くの小さなカフェバーでバイトとして働かせて貰っている。
まだ働いて間もないが割と人気店のようで土日のランチ営業はとても混む。
バイト中に考え事なんていけない。と自分を一喝して、ドアのベルがなったのを皮切りに振り向いた。


「いらっしゃいませー!って…」
「よう!姫」
「遊びに来ちゃいました!」
「綺麗なところだね!」


林間学校で2日間一緒だったエステル、ユーリ先輩そしてフレン先輩の姿が入り口前にはあった。
先ほど気を引き締めたばかりなのだから緩ませまいと、営業スマイル混じりで席へと誘導する。


「ユーリの家の近くだからよくこの辺りには来ていたけど、こんなカフェがあるなんて知らなかったな。」
「俺も姫から聞くまで知らなかったんだけどな」
「素敵です!どれも美味しそう!」


エステル達は世間話も交えていることもあり、メニューを決め兼ねているようだ。
丁度お店も落ち着いたところだったので、ささっと3人が座っている席へと移動した。


「教えはしたけど今日くるなんて思わなかった!びっくりしたわ」
「サプライズです!!」

ふふふ、と口元に手をやりながらエステルは笑う。
その後はメニューを決め兼ねているだろう3人にオススメランチを教えて三人でシェアしながら食べていた。


△△△


今日は土曜日ということもあって、ランチから休憩も入れて21時までフルタイムでバイトだ。
始めたてのバイトで根を詰めすぎな気もするけれど、平日はあまり働けないしせっかく雇ってもらったので貢献したい。
もう間もなく夜の営業に切り替わる。
夜の営業はお一人様が多く、のんびりと過ごすお客さんが多く昼間ほどバタバタはしない。
なんだかんだで後もう1時間であがりの時間だ。
またドアのベルが鳴る。


「いらっしゃ…え。」
「カウンター座るね〜って姫ちゃん!?」
「あらレイヴンさん、久しぶりだね!」
「ママお久しぶり〜!というか姫ちゃんいつの間にここでバイト!?」


今日のバイトは知り合いがよく来るな…。
ただ今目の前にいる人物は家近いしもしかしたら、なんて思ってはいたが本当にくるとは…ましてや店長たちに名前を認知されているほどの常連さんと来た。


「うちの学校バイトしちゃ行けないなんてことはないけど、姫ちゃんってばおっさんに一言くらい言ってくれてもいいのに〜
毎日来ちゃうわよ!!!」


またも能天気なおっさんである。
硬直している私をからかいつつも、店長に”いつものやつで”と、ちょっと普段とは違う雰囲気で笑う先生にドキッとした。
いや、気のせいかもしくは病気だ。
またくるっと私に向き直って、ヘラっといつも通り先生は笑った。
固まってしまった私を店長が現実に引き戻して、”ほら!これレイヴンさんにもっていっておくれ!”と頼まれる。


「…おまたせしました。肉じゃがとエールです。」
「うん、ありがとね!俺様ここの肉じゃが好きなのよね〜」


意外と古風だ。そしてもっと突っかかられると思ったけれども先生は目の前の料理とお酒に夢中である。

「あ、そうそう。この子ね、俺担任なのよ!ママよろしくね」
「ヴェスペリア学園だってのは知ってたけど、レイヴンさんが担任だったんだね!
それは安心だね〜」

店長と先生の話はとても盛り上がっている。
あいにく入りたての自分にとって、常連さんと店長の会話に入って行けるほどのスキルはまだない。
ましてや、先生が店長と話している会話に入るなんてなんだか複雑だ。
ははは、なんて乾いた笑いを発してやり過ごす。

なんだかおかしい。おかしいぞ。
私はこの人が苦手なのだ。苦手なのに自分の見せたくない弱さをつい先日の林間学校で見せてしまったのが原因なのだろうか。
店長のいる建前、先生を邪見に扱えないのはもちろんだけども、どうやら自分の中で突っかかるものはそこだけではない気がする。
う〜んなんて唸っていれば、店長から”あがっていいよ”と声をかけられる。



「それじゃあ、お疲れさまでした。お先に失礼します」


一応、先生の方にも会釈をして家路につく。
しばらく歩いたところで、後ろから気配を感じて、不審者だった時のために身を強ばらせる。


「さすがに女の子に夜道は歩かせられないわ」


普段の声色よりも少し低めの声と同時に頭にぽん、と手が乗った。
顔に一瞬熱が集まる感じがする。


「…っそ、それやめてください!!」
「おゎっと!びっくりするじゃないの!」
「私の方がびっくりですよ!!」
「ははは、ごめんねぇ」


ヘラりと笑って定位置かというように隣に並ぶ。
そのあとに何故か、恥ずかしそうにもじもじしているのは先生だ。
むしろ恥態を先日さらしたのは私なので、このおっさんは一体なにをもじもじしているんだ、と覗き込めば

「姫ちゃんまだ本調子じゃなさそうだから、さすがに夜道歩かせるのもおっさん心配な訳ですよ」

なんて、小さい声で指をいじりながらつぶやく姿がなんだか情けなくて笑いがこみ上げた。

「…ぷっ…」
「…へっ!?笑った!?」
「いや、だって…なんでそんなにもじもじしてるんですか…」
「いやね、おっさんだってツンツンの姫ちゃんがあんなに泣くなんて思っても見なかったし。
理由は聞かないって言ったけどおっさんだって心配はする訳で…」
「…あははは!!」
「えぇ!なんで笑うのよ!」


おっさんは心配してるのにぃ!とぷんぷん!と聞こえて来そうなくらいにわかりやすく先生は腹を立てる。


「…もう大丈夫です。」
「本当に?」


女ったらしのこの人物は苦手だが、生徒を純粋に気にしてくれている先生には感謝をしておこう。
先生に見えないようにもう一度隠れて少し笑った。



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