保健室の菩薩


囚人というのは毎時間毎日監視されているらしい。まぁ漫画程度の知識だけど。連中は、日々こんな気持ちなのだろうか。ずっと見守っていると言われ慣れていない言葉を見知らぬ誰かから叩きつけられて緊張しないわけがない。勉強中もかな。休み時間中もかな。呼吸のひとつひとつすら監視されているような気がしてならない。私は自意識過剰なのだろうか。いやそれにしてもあの手紙は怖い。私の勝手な憶測だけど、あれは男の人の筆圧の様な気がする。下駄箱の私の両サイドは男子だし、入れ間違えるなんてことはありえないはずだ。相手がホモじゃない限り。怖いわ。こんなん漫画の中での出来事だと思ってたのに。

「桜井さん、なんだか顔色悪いけど、大丈夫?」
「だ、大丈夫!ありがとう不破くん!」

私の心の中のお天使に心配されてしまった。俺は罪な女だぜ。緊張がたたったのかどうやら周りには顔色が悪いように見えていたらしい。不破くんのその一言に周りの子たちにも大丈夫かなと思っていたのだと心配されてしまった。あぁ本格的にまずいかな。ちょっと保健室行ってみると友達に言い残し、私は保健室に行くことにした。二限目が終わったら行こうと思っていたけど、結局あの後は移動教室でタイミングを逃したし、そもそも授業と授業の間に委員長がいるわけがなかった…。小波ちゃんたら不覚。お昼ご飯もそこそこに、食べかけのお弁当をバッグに詰め込んで私は教室を出た。

「失礼しまーす…」
「あれ?小波じゃないか。どうした?体調でも悪い?」
「伊作先輩ー…」
「えっ?どうしたの?」

菩薩の様なオーラを感じ、私は心底落ち着いた。さすが保健委員長。こうも簡単に人の心を癒す事ができるなんてさすがッス。座りなと差し出された椅子に腰かけて、伊作先輩は私の前で綺麗な笑顔を傾けさせた。伊作先輩可愛い。結婚してほしい。

「……じ、実は…」
「うんうん。言える範囲で良いから言ってごらん?」
「………こ、これを…」
「え?」

ブレザーのポケットに入っていた手紙。それは今朝私がぐしゃりと丸めてしまった事の原因そのもの。伊作先輩は何が何やらといったような顔でその紙を受け取ったのだが、その中身を見てギョッとしたように目を見開いた。そして憐れんだような顔で私を見つめ、その手紙を机の上に置いた。

「ストーカー、かな…?」
「おそらく…」
「…まぁ小波は可愛いから、そうなっても仕方はないのだけれど」
「か、可愛くなんか…」
「可愛いよ、僕の可愛い可愛い後輩だもの」

ぼんっと顔が赤くなるのが解った。伊作先輩は不運大魔王とさえ呼ばれている。それは不運な生徒ばかりが集まる保健委員会の委員長だ。そんな伊作先輩だがまじで顔面は超カッコいい。おそらく顔面で全ての運を使い切ったんだと思う。去年もミスコンのミスター部門二位だったし。顔と性格は良いのよ。あとは運かな。まぁそんな伊作先輩に可愛いと言われればそりゃぁ好意をもってなくてもテレるわけでございまして。わたわたと手を動かすとまた言われるから困ったもんだ。

「それにしても、いつも見守っているかぁ…」
「怖いですよめっちゃ怖いです」

「手紙を出してくるところ見る限りかなり行動的な犯人だね。こういう連中は何してくるか解んないからなぁ」

「ヒェッ」

今迄も同じような相談を受けたことがあるんだと伊作先輩は眉を下げた。そりゃぁ保健室とはいえ相談しに来る生徒はいるだろう。新野先生は心の広い先生だし、伊作先輩は優しいし。私も保健委員会だからよく相談に乗って欲しいと来る人もいる。けど相談相手を指名するなら先生と先輩が圧倒的に多いだろう。私もこうして頼ってしまうぐらいだし。

伊作先輩は突然キョロキョロと周りを見渡すような行動をして、したかと思いきや今度は保健室のカーテンを全て閉めてグラウンド方向からの光を完全にシャットアウトした。

「あ、あの、伊作先輩?」
「これでどうかな?恐らく今は誰にも見られていないと思うけど」

そこでやっと気が付いた。保健室の扉のガラスはモザイクガラスで中は見えない。カーテンも閉めればどこからの視線もないだろう。今だけは大丈夫だよと頭を撫でられて、私は深呼吸した。そうだ。私には強い強い味方がいる。伊作先輩がいるし、いざとなったら新野先生盾にして逃げよ。そうしよ。

「問題は犯人がいつなにをしてくるかだよねぇ」
「あ、は、まぁ…」
「小波に何かあったら困るし、何かあったらいつでも連絡してね。あ、そうだ小平太の番号も一応教えておくよ。小平太にはあとで事情を説明しておくから」
「あ、ありがとうございます…」

小波は 暴君の 番号を 手に入れた! ▼

善法寺先輩がケータイを私に向けたので、私は慌ててポケットからケータイを取り出し赤外線モードにした。送られてきた『七松小平太』という名前にこんなに安心感があるとは。私のケータイ七松先輩の名前入れただけでレベル10ぐらいあがったようなきがする。強い。勝てない。ありがとうございますと頭を下げたところで、突然保健室の扉がガラッと開かれた。びっくりしてそっちを振り向くと、其処に立っていたのはうちのクラスの学級委員長さんではありませんか。

「やぁ鉢屋。どうした?怪我?」
「あ、いいえ。桜井さんが保健室に行ったと雷蔵から聞いたので…」
「あぁお見舞いか」
「だ、大丈夫桜井さん」

「あ、鉢屋くん、う、うん。大丈夫。なんともない。た、食べ過ぎだって!」
「ははは、安心した」

鉢屋くんはどうやらさっき私を心配してくれた不破くんから話を聞いて、心配だからと見に来てくれたらしい。もしこのまま早退するようなら学級委員長として次の授業の先生に報告する為とかかな。迷惑かけちゃったな。申し訳ない。

「鉢屋、今日の放課後の予定は?」
「特にはありませんけど?何かありました?」

「小波を家まで送ってあげてくれないか。少々ヤボ用でね。僕がボディーガードしてあげてもいいんだけど、生憎今日はとある人と食事する用事になっていてね」

「は?私がですか?ボディーガードって?」
「ええええ!いいのいいの鉢屋くん私大丈夫だから!!ひ、一人で帰れるから!!大丈夫ですよ伊作先輩!!し、心配しすぎですってば!!」

今の鉢屋くんのトーンはなんでそんな面倒くさい事俺に押し付けるんだ的なトーンだった。伊作先輩も突然何を言い出すのか。ボディーガードなんていらないですよ!自分一人で帰れますから!!


「そうはいかないよ。小波は今ストーカーに狙われているんだよ?」
「……え?ストーカー?桜井さんストーカーに狙われてるの?」
「ひええええ大丈夫ですってば!!」


「それなら話は変わりますね。いいですよ。じゃぁ桜井さん、今日は私と一緒に帰ろう。雷蔵達には私から言っておく」
「え、あ、そ、その……すいません…」


いいよと微笑む鉢屋くんカッコよすぎクッソワロ。正直言うととてつもなく不安だった。私の家の方向に一緒に帰る友達はいないからだ。友人たちとは基本的に校門で別れてそこからは一人でいつも帰っているからだ。例えばもしこのストーカーさんが本物だったとしたら私の帰宅ルートですらついてきてしまうかもしれないと、行き過ぎた妄想をしてしまうわけでございまして。そこを鉢屋くんが一緒に帰ってくれるのなら頼もしいことこの上ない。さすが我がクラスの学級委員長。頼りになる…。

「教室戻れる?」
「うん、もう大丈夫」
「良かった。じゃぁ先に戻ってるね」
「ありがとう鉢屋くん」

失礼しますと伊作先輩に頭を下げて鉢屋くんは保健室から出て行った。

「私もそろそろ失礼します。ありがとうございました」
「いいって。小波も十分気を付けてね」
「はい。ありがとうございます」

保健室の菩薩に頭を下げて、私も部屋を出た。鉢屋くん、鉢屋くんかぁ。そういえばあんまり喋ったことないけど、よく一緒に帰ってくれること決意してくれたな…。あぁそういえばよく朝学校前の交差点でよく見かけるかも。案外家の方向一緒だったりして?



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クソ善法寺奴


伊呂波

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