その背後に気を付けろ
「じゃあね、喜八郎また明日!ちゃんと浦風くんに自転車返すんだよ?」
「はぁい、また明日〜」
抹茶パフェを奢ってくれた代わりに小波先輩の愚痴や世間話をたくさん聞いた僕は少し重たくなった目蓋を擦りながら返事を返した。辺りはすっかり暗くなっており、自転車の後ろに乗ってくださいと提案したのだけれど藤内の私物だと説明したら早く返しに行きなさいと断られてしまった。早足で去っていく先輩を暫く見送り、さて帰ろうとペダルに足をかけた。するとコツン、と軽い音。足元を見れば小さな石が転がっている。どこから飛んできたのだろう。首を傾げるのと同時に再びコツン。辺りはうす暗くてよく見えない。
「…おやまあ、」
そしてその直後、鈍い衝撃が後頭部を襲った。そこに手をやるとぬるりとした感触と普段は見慣れぬ赤い液体。そして視線を落とした先には拳程の大きさの石。それを認識した瞬間、ふいに目の前が真っ黒に染まった。ああ、これが漫画やドラマでよく見る気絶というものか…なんて思ったのは流石に場違いだろうか。地面に伏せたその耳に「小波さんに近づくな」と聞こえた気がした。
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「おはよう、小波」
「おはようございます…なっ、小平太」
「なはは、まだ慣れんか」
今日は委員会の用事があるから、と七松先輩は一足先に登校したのだが靴箱でバッタリ会ってしまった。どうやら私を待っていたらしく耳元で「変わりはないか?」と囁いた。私は何だか恥ずかしいような申し訳ないような気持ちになりながらもハイ、と返事をする。
そういえば七松先輩が彼氏(仮)になってからストーカーからの手紙が無くなったのでやっぱり先輩の効果は絶大だなあ、このまま終息してくれれば良いんだけれど…。なんて考えつつ自分の靴箱を覗き込み、思わず息を飲んだ。
(…手、紙?)
私の上履きの上に置かれた二つおりの紙。どうやらノートの切れはしを乱暴に破り捨てたものらしい。震える手でそれを掴み、中を読む。
『七松小平太なんかと付き合っていると聞いて君が脅されてるのではないかとひどく心配していたのに、他の男とも二人きりで会うなんて一体どういうことなんだ。そんなに僕の愛を試したいのかい?』
「っ…!」
「おい一体なんだそれは」
固まる私を不思議に思ったらしい七松先輩が後ろから手紙を覗き込み、それから低く唸った。怒気を含んだその声に私も思わず縮み上がってしまう。
「いいか、今日は絶対に一人で行動するなよ」
「はいっ…」
「あとその手紙を少し寄越せ」
有無を言わさず私の手から手紙を取り上げた先輩は、そのまま怖い顔で踵を返した。
「あのそれ、どうするですか?」
「なに、少し仙蔵に見てもらうだけだ」
立花先輩、筆跡鑑定でもできるのだろうか。やはり先輩達はすごい。呆然とする私を残し、まるで夢現から現実に引き戻すように始業のチャイムが鳴り響いた。
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お相手を七松先輩に取って変わられそうで震えています。三郎なんていなかったんや…。
海苔千代
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