美女と野獣の野獣は狐


今日の天気は悪い。肌寒い。スコップを持つ手がなんだかかじかむ。だけど穴を掘るのは好きだからやめられない。さて、今日はどこで掘ろうかな。

そういえば、僕が好きな先輩に彼氏ができたらしい。小波先輩は綺麗というか、どっちかというと可愛い感じの先輩で彼氏はただのゴリラでまさに美女と野獣。僕は確かに小波先輩が好きだったけど、それって恋愛感情の好きとは全く違くて、初対面で顔に傷があるよーって絆創膏をくれた優しい先輩だなって思ったから、人として好きだなぁって思っただけ。そりゃぁ恋愛感情で小波先輩が好きだったとしたら、何が何でも七松先輩なんかからは引き離してお付き合いしてもらうだろうけど、今回はなんか、うん、どうでもいい。

「それにしても、どうして小波先輩は七松先輩なんかとお付き合いしたのかねぇ浜しゅしゅしゅ」
「俺転校して来たばっかだからその人解んねえよ」
「この間バレーボールでガラス割ってた人だよ」
「うわっ、あの怖そうな人か!あの人と誰が付き合ったって?」

「…なんか守一郎説明多くて嫌になるぅ」
「おいおい喜八郎が一緒に帰ろうって自転車に飛び乗って来たんだろ!」

守一郎まだ小波先輩を知らないらしい。今度紹介してあげよう。

「美女と野獣のカップルが誕生したんだ」
「へ、へぇ…」
「何が良くて獣なんかと付き合い始めたんだろうなぁって」

「喜八郎はその美女と野獣の美女先輩に惚れてたのか?」
「違うよ。人として好きだったの」

僕の下校ルートと守一郎の下校ルートが一緒だという事が解ったので、最近は守一郎の自転車の後ろに乗って学校に行ってるし学校から帰ってる。守一郎は柔道部だからこれぐらいなんともないといって鍛練がてら僕を乗せてくれることを許可してくれた。朝練の時間について行って、守一郎は朝練、僕は朝穴掘り。

「運転手さん、いつもの神社前で降ろしてください」
「はい、畏まりましたっと」

守一郎は信号を渡ってすぐの神社前で僕をおろして、大きく手を振りながら家に帰っていった。ここの神主さんとは知り合いだし、裏庭ならいくら穴を掘っても怒られない。珍しく鼻歌なんか歌いながら穴ぼこだらけの裏庭に向かうと、そこには先客がいた。チッと小さく舌打ちをしてしまい、先客は僕に気が付いたように顔を上げた。

「おやまぁ鉢屋先輩ではありませんか。如何なさいましたかこんな穴ぼこだらけの裏庭で」
「なんだ綾部か。脅かすなよ」
「失礼ですね、僕はただここに穴を掘りに来ただけです」

なんで鉢屋先輩が此処にいるのかはぶっちゃけどうでもよかったのだが、どうも様子がおかしい。鉢屋先輩は不破先輩方とよくつるんでおられるが基本的に一人がお好きな先輩にお見受けしている。だから僕が此処で長時間穴を掘ると解れば「邪魔者はいなくなるよ」とかいって場所を移動するはずなのに、今の鉢屋先輩はぼーっとしていて、あと、目に隈もある。

「体調不良で睡眠不足により学校をサボッたって感じですかね」
「流石は綾部だな。まさにその通り」

今日は尾浜先輩と竹谷先輩と久々知先輩と不破先輩は見たが、鉢屋先輩は見ていない。あれが不破先輩だったか鉢屋先輩だったかなんてどうでもよかったけど、多分あの嘘偽りのなさそうな笑顔は不破先輩だろうなって勝手に思ってた。その考えはどうも当たっていたらしい。だけどそれとこれは関係ない。とりあえず僕は穴を掘りたい。誰かがいては邪魔だ。話しかけられても困る。僕はわざとらしく鉢屋先輩の真横にバッグと上着を脱ぎ捨てて穴掘り作業に入ることにした。ざくざくという音が響くだけで、鉢屋先輩は何も言わない。話しかけないならどうでもいい。いてもいなくても変わんないだろうし。鉢屋先輩が何か物思いにふけっていようが僕には関係のない話だ。

腰のあたりまで穴が掘り進まったところで、お尻のポケットに入れていたケータイが振動した。泥だらけの手でその電話を見ると、其処に表示されていたのは美女先輩。

「もしもーし」
『喜八郎今何処?』
「どこって、浦風神社の裏庭ですけど」
『えっ、今日パフェ食べに行こうって約束してたじゃん』
「……あぁっ」

そうだ、すっかり忘れていた。今日は小波先輩とデートする約束の日だった。美味しい抹茶パフェがある店を見つけたという話を聞いて、連れて行ってくださいと僕がお願いしたのに。あぁ勿体ない事をした。すっかり忘れていた。

『なーんだ帰っちゃったか。また今度にしようか』
「あ、え、小波先輩まだ学校に居ますか」
『え?うんまだいるよ?』

「戻りますから、ちょっと待っててください」
『おっ、まじか!じゃぁ待ってるね!正門前にいるから!』
「解りました」

穴からはい出ると、鉢屋先輩が驚いたような顔をして、僕の顔を見つめていた。何にそんなに驚いていたのか。ただ小波先輩とお話をしているだけなのに。

『あ、そうだ喜八郎さぁ、今日鉢屋くんみてない?』
「…鉢屋先輩?」

小波先輩からお珍しい人の名前が出てきた。鉢屋先輩は僕が小波先輩と話しているという事に気付いている。それを聞いて驚いたような顔。其処へ出てきた鉢屋先輩のお名前。ははぁ、此れは何か用ありだなと、僕は察して、電話をスピーカーモードにした。

「鉢屋先輩は今日は見ておりませんねえ。何か?」
『いや、今日珍しく無断欠席だったらしくてね、竹谷くんも不破くんも電話繋がらないっていうから。どっかで見たかなぁって』
「そうですか。さっぱり見てませんよ」
『そっか。うん、ありがと。じゃぁ学校で待ってるね』
「はーい」

ぷつりと切れた通話。鉢屋先輩は浅く早くの呼吸を繰り返していた。なんだろう。小波先輩から逃げてるのかなぁ。まさか、小波先輩がそんなに怖い御人じゃあるまいし。

「何かあったんです?」
「桜井さんが私を探してた…」
「鉢屋先輩?」
「…ああ、桜井さんが、私を気にかけていてくれた。今、桜井さんが、私の名を呼んでくれた…」

鉢屋先輩は僕の話なんて聞かずに、膝を抱えて、なんだか嬉しそうに微笑んでいた。僕は荷物をまとめて、失礼しますと言って鉢屋先輩の前から消えた。


小波先輩も大変だなぁ。獣二人に好かれてるとか。ゴリラより狐の方が厄介そうじゃん。なんなら間を取って僕が貰おうかなぁ。なーんて。




-------------------------------


「とーないくーん、あーそびーましょー」
「あっ!綾部先輩!また裏で穴掘ってたんじゃないでしょうね!」
「藤内パパに許可もらってるもーん」
「埋めるの僕の役目なんですからね!!」

「そんなことよりちょっと自転車貸して。学校戻るから」
「僕これから塾行くんで自転車使うんですよ!!」
「歩いてお行きよ」
「酷い!!!」


伊呂波

[戻*] [次#]
- 12/15 -

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -