守らねばなるまい


「僕と三郎って赤の他人なのに顔は似てる。だけど、好みは全く違うよね」
「君は青が好き。私は赤が好き」
「真反対だよね。確かに桜井さんは大人しくて可愛いよ。でも僕は桜井さんよりは菊池さんの方が好みだけど」
「あぁ、お前の隣の席の。いずれ菖蒲か杜若ってやつだよ」
「確かに、桜井さんは可愛い。菊池さんは美人系。やっぱり君と僕の好みは真反対だね」

温まったココアを飲みこんで、雷蔵は再びケータイに目を移した。どういうわけか、雷蔵は私が家に帰る前に私の家で待っていた。帰りの私の顔色をみて少々不安だったから着てしまったのだという。

雷蔵には彼女がいない。それは好みの女がいないからとか、委員会や部活が忙しいからとか、そういう理由ではない。ただ単純に、面倒くさいんだと雷蔵は一言だけ零した時があった。私の知る限り過去に一人、雷蔵には彼女という存在がいた時があった。あれは中学三年の夏。終業式の時だったか。クラスが別だった私が雷蔵に一緒に帰ろうと誘うため姿を探していた時、誰もいない教室の前を横切った時に聞こえた「不破くんのことが好きです。私と付き合ってください」という女の声。あれはうちのクラスの女子の声だ。そして出てきた名前は雷蔵の名字。雷蔵はこの教室にいるのか。立ち聞きするのもあれだとは思ったが、その後すぐに「うん、いいよ」と雷蔵の返事まで聞こえた。私は思わず顔をニヤニヤさせ戸の陰に隠れ、教室の外へ女の子が出て行ったあと、茶化すために雷蔵の元へ駆け寄った。おめでとうと、そう言った後すぐに「長くは続かないよ」と、雷蔵は真顔で返したのだった。

その意味を知ったのはそれから半月もしないうちだった。夏休みも真っ盛り。とはいえ私たちは受験勉強に追われている為、遊んでいる暇など無かった。あの連中はいつだって私か兵助の家に勉強会を開きに来る。私は文系。兵助が理系を教えるために。そんな勉強会をしている中で、雷蔵がケータイを手に取り、すぐ置いて、「今彼女と別れたよ」とこぼしたのだった。恋に恋する思春期の私たちが、その言葉を流すわけがない。雷蔵の彼女(だった女)は顔は良い方だった。言ってしまえば上の上。あんないい女逃がすとは何事だと勘右衛門に問い詰められ、雷蔵はケータイの画面を私たちに見せた。それは彼女の名前で埋まった着信履歴に、大量に送られてきていたメールの数々。雷蔵はそれに嫌気がさして、別れを切り出したのだと言う。

『受験勉強で恋愛どころじゃない。君の気持ちに答えることはできない。そう言ったんだよ。それなのに、それでもいいから付き合ってほしいと押したのは彼女だったんだ。僕は兵助や三郎に勉強を見てもらわないと危うい程には成績が良くないからね。夏休みは一日も無駄にしたくないんだ。遊ぶよりも勉強に集中したいから、って言ったらこのザマだよ。だから女って自分勝手で嫌なんだ。それでもいいって言ったのはどっちだよって話だよねぇ』

だから雷蔵は「長くは続かない」と言ったのかと、その時やっと理解できた。雷蔵は、自分のペースに合わせてくれるような女の子を探しているらしい。好みのタイプはと問えばそれが返ってくる。何かを無理強いさせてこないとか、できれば自分のペースに口を出さない様な女の子がいいらしい。

「菊池さん、顔は好みなんだけど結構はっちゃけ系でしょう?惜しいなぁ」
「君ならもっといい女がどっかで待ってるさ」

「其れを言うのは僕の方だよ。三郎こそ、桜井さんへのアプローチが最近少し度が過ぎるんじゃないのかい?」
「そうか?」
「八左ヱ門から聞いたぞ。君、桜井さんの家まで送ってあげたって?大丈夫なのかいそれ。犯罪スレスレじゃないの?」
「君というやつは細かい過程を聞いていないな?いいかよく聞いてくれ」

別に私は桜井さんの背に隠れてついて行ったわけではないと説明をした。彼女が今ストーカーの被害にあっているという話から善法寺先輩直々にボディーガードという役割を託してきたのだと。雷蔵はケータイを置いてその話を真剣に聞いていたのだが、話し終わった直後に「それ君の事だろ」と私を指差した。

「あのなぁ雷蔵、私この話二回目だから正直もう話したくないんだけど、犯人は私じゃないって」
「手紙なんて君しか入れないだろう。今どきの若者なんてメールか電話で充分だもの」
「君も若者だろう何を言っているんだ」

「余計なお世話かもしれないけれど、もっとましな方法でアピールできないと言うのなら、君にはこの恋愛は向いていないと思う。他を探すか、手を緩めることをおすすめするよ。君のためにも、桜井さんのためにもね」

それじゃぁといって、雷蔵は空になったカップを置いて私の家から出て行った。これからバイトらしい。

雷蔵は中々おかしなことを言う。私は桜井の事を好いているから事手紙を書いているだけだ。それに、好きな人がストーカー被害にあっていると聞いて黙っているやつがどこにいる。できることなら四六時中守ってあげたい。桜井さんは本当に可愛い。いつどこからストーカーが桜井さんを狙っているのかと考えると殺意がわくほどに憎たらしい。私の可愛い桜井さんの怯えさせるとはなんという恥知らずだ。地獄の底に叩き落してやりたいぐらいだ。

私は雷蔵が置いて行ったカップをキッチンに運んで、自室に戻った。戻った部屋で待っていたのは、緑のランプが点滅する私の携帯。画面を開くと「ミラノ風ドリア食べない?」というクソメッセージ。アイコンは前見たときとは違う女とのツーショット。勘右衛門はどうしてこう女遊びが激しいのだろうか。私の用に一人の女に集中した方が女の無駄な恨みを買うこともないし巻き込まれることともないだろうに。ベッドに寝転んで勘右衛門に電話を掛けると、ワンコール終わる前に通話が始まった。

『よう三郎、今すぐ来れないか?』
「なんだ?女と別れたか?」
『そ。注文した後に別れ話持ち出したら料理来る前に帰っちゃってさぁ。駅のとこのだから、今来ればアツアツが食えるぞ』
「仕方ないな。寂しがり屋のお前に付き合ってやるよ」
『そうこなくちゃ。ドリンクバーぐらい奢るぞ』
「それじゃぁ勘右衛門、言ってやるから一つ相談を聞いてくれ」
『あ?こっちに来てからでいいだろう?』

体を起こして出かける準備をしながら、私は勘右衛門との通話を続けた。

「私はお前と違って一人の女性に夢中なんだ。どうすれば、向こうは私の気持ちに気が付いてくれると思う?」
『前半いらなかったな。気が付いてくれるも何も、恋愛なんて楽しんだもん勝ちだよ。遊びで良いならほっときゃいいし、まじで好きなら押して押して押しまくれ』
「やはりな。お前ならそう言ってくれると思ったよ。雷蔵に相談したのが間違いだった」
『恋愛経験なら雷蔵より俺の方が上だろう。どんだけ好きかは知らないが、大事な女なら命に代えてでも自分が守ってやる!ぐらいの心意気見せろよ』
「お前はいう事が違うな。頼りになるよ。10分で行く。待っててくれ」
『おっけー!』

通話を終了させポケットにケータイをしまい、スニーカーに足を突っ込んでドアに鍵をかけた。最寄駅の店だろう。歩いて行っても10分前後。急な呼び出しなんだ。走る必要もないだろう。

しかし、勘右衛門の恋愛経験の豊富さであの答え。やはり一番最初からあいつに相談すればよかった。兵助には白い恋人がいるし、雷蔵は恋愛事に興味がない。八左ヱ門は女より漢から慕われるタイプ。どいつもこいつも恋愛事に疎い連中ばっかりだ。それに比べて、勘右衛門は今まで一体何人の女を泣かせてきたのだろう。泣かせてきたか啼かせてきたか。まったくけしからんな。立花先輩に一度性活指導してもらったほうがいいかもしれない。しかし今後は出来る限り桜井さんの話は勘右衛門に相談に乗ってもらう事にしよう。やっと私の背を押してくれるような言葉をかけてくれたんだから、あいつを頼ろう。まずは桜井さんがどれだけ可愛いか語ってやろうじゃないか。

もう少しで交差点、というところで、私の目の前を見覚えのある姿が横切って行った。あれはまさしく桜井さん。私の天使が私の前を横切った。あれ、七松先輩は一緒ではないのか。もう別れたのか。ちょっと待ってくれ、七松先輩はボディーガードの役割で一緒に帰ったんじゃないのか?どうして桜井さんが一人なんだ。こうしている間に例のストーカーに狙われたらどうしてくれるんだ!

「桜井さ、」
「えぇっとねぇ、うん、そう、…七松先輩と帰ってた。……え?なんだ声かけてよ!どっから見てたの!?」

後ろから桜井さんに声をかけようと思ったのだが、どうやら桜井さんは通話中の様子だった。だったら声をかけずに肩でも叩いて気付かせよう。そう思って手を伸ばした、その時、






「え!?ち、違っ…………違くない!そ、そう!……つっ!つ、付き合い始めたの!ななんあんnんんn七松先輩と!!」






頭を後ろから、鈍器で殴られたような気がした。


「こ、小平太とね!そう!つ、付き合い始めたの!……え?…あ、うん!さっき!た、鯛焼き食いながら告られた!……そうその時!」

まだ付き合い始めて五分!と興奮気味に話す桜井さんの声が、徐々に徐々に遠く聞こえて来た。伸ばしたその手は桜井さんの肩を叩くことなく、下に降りた。気が付いたら私は、さっきの道を引き返し始めていた。ついさっき出た家に再び戻り鍵をかけ、自室の鍵も閉め、ベッドの上に転がった。

桜井さんが、七松先輩と付き合い始めた?

此れは一体、何の冗談だ?桜井さんが七松先輩と?あの暴君と、私の天使が付き合い始めた?それもつい五分前に?そんなバカな話があってたまるか。七松先輩と桜井さんが付き合うわけがない。だって、桜井さんを好きなのは、この私だったのに。

あぁ違う、もしかして、もしかすると、ストーカー行為をしていたという卑劣な犯人は七松先輩かもしれない。七松先輩に、桜井さんは何か弱みを握られたんだ。だから桜井さんともあろう天使が悪魔に捕まっているんだ。よりにもよってあんな暴君に捕まるなんて、桜井さんが可哀相すぎる。七松先輩はストーカー行為が私にバレるのを恐れて、それであの時階段で犯人はお前かと、私になすりつけようとしてきたんだ。なんてやつだ。人に罪を押し付けて、あろうことか桜井さんを捕まえるなんて。最低だ。なんて最低な先輩だ。



『大事な女なら命に代えてでも自分が守ってやる!ぐらいの心意気見せろよ』



そうだ。友人がそう言ってた。

守らなければ。

どんな手を使ってでも、桜井さんは私が守らなければ。

桜井さんは、私のものだ。








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喜八「滝大変、七松先輩に彼女ができたらしい」
滝夜「なんだと!?」
喜八「この前裏庭に穴掘ってた時仲良くなった先輩がいてね、連絡先交換してたの。その先輩がゴリラと歩いてたからどういう関係だって今電話したら五分前から付き合い始めたらしい」
滝夜「なんておめでたい!私の先輩に彼女が!相手はどんな女性だ!」
喜八「優しい人だよ。僕らの一個上。絆創膏くれた」
滝夜「流石私の七松先輩!大和撫子を捕まえるとは見事です!」

店員「すいません、あちらのお客様からです…」

滝夜「えっ」
喜八「おやまあ尾浜先輩いたんですか」
勘右「それあげるよ。流石にドリア二人前は飽きる。連れが食わないで帰っちゃったし、呼びだした三郎も来ないし。あいつ明日シメるわ」

滝夜「ドリアを二人で分けろと!?逆に迷惑です!」
勘右「そう言わずに」
喜八「パフェ奢ってください」
勘右「奢るからドリア処理して」

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