パパン!
クラッカーが軽く手を叩いたら、空からビスケットが降ってきた。
なんと!!
「クラッカーは、ビスケットの妖精さんだったんだね!」
可愛いすぎだろ!
パンッ!!! ゴンッ!
「ってェ!」
「音の強さ、もしくは大きさに合わせて、ビスケットも強く、大きくなるのか? それとも手を叩く強さか? ペロリン♪」
「ペロス兄。音の強さと、音の大きさって一緒じゃねェの?」
「小さな音でも、強い音に聞こえるときもある。どちらの場合でも同じなのか、いや、そもそも音は何の関係もないのか。まだわからないだろう?」
「なるほど」
ふむふむ、と自分の能力を、まずは頭で理解しようとしてるクラッカーの横顔は、真剣そのものだ。
俺が痛がるくらい硬いビスケットを! ピンポイントで俺の上に出せるんだから!! 結構使いこなせてるんじゃないかと思うんだけと!!! どうだろう!!!
うあああ。頭を抑えながら唸れば、いつも通りの冷たい視線が、カタクリくんから送られる。
「うるせェぞナマエ」
「父さんを狙ったわけじゃねェんだよ。狙えたならよかったんだけど」
「無意識に狙っていたとは思うがね、ペロリン♪」
「ペロス兄のいう通りなら、どこにビスケットを出すかは、クラッカーの意思ひとつでどうとでもなるということだ」
「俺の意思、か」
ああでもないこうでもないと、ペロスペローくんやカタクリくんと頭を突き合わせて話し合うクラッカーは、どうやらママから悪魔の実を貰ったらしい。
ビスビスの実。無限にビスケットを出せるその実は、ビスケットが大好きなクラッカーにぴったりな実だ。
お菓子が生み出せるなんて、さすがはママの子だな。暗に役に立ちそうにない実だと、そう笑う船員も少なくない中、クラッカーはこの能力を戦闘にも使う気でいるらしく、兄弟の中でも一、二を争う実力者であるペロスペローくんとカタクリくんに能力の使い方を相談していた。
よい選択だと思う。ペロスペローくんだって飴出せる実だし、カタクリくんもモチ出せる実だし、どんな実だって使いようで、二人は実の能力をうまく使ってる。ビスケットを生み出せる能力が、戦闘に使えるのかどうか。それはすべてクラッカー次第だけど、この二人に教えて貰うのであれば、下手なことにはならないだろう。
とりあえず、狙った場所にビスケットを出すために、クラッカーは手をパンパン打ち鳴らした。大きさについては、今のところ要確認で留めておくらしく、できるだけ同じ大きさになるよう手を鳴らしている。
パチパチしてんの可愛いけど、手ェ痛くなっちゃいそうだよなァ。湿布とか、傷薬とか、個人的に使う用に多めに買っておこう。
で、俺はなんで呼ばれたのかな? クラッカーの応援してろってことかな?? いいよいいよ、すっごく頑張るクラッカーを、俺の全身全霊で応援しようじゃないか!!
「さて、ナマエ」
「ん? なァに、ペロスペローくん」
「その考えを実行するのは止めておけ。うるさいからね」
「え」
「能力の開発も重要だが、その他、単純な基礎戦闘力も大切だ」
「ええ……なぜ俺の考えがわかったの……。基礎戦闘力を俺に鍛えろ、と?」
「お前はうちの戦闘員の中で、体術だけはトップクラスだからね、ペロリン♪」
なんて思ってたところに、まるで違うと否定するペロスペローくんから指示が入って、若干、頬を引き攣らせた。
なんで何もいってないのにわかるの……? ペロスペローくんこわすぎぃ……。弟妹を守ろうとする兄力が俺を阻む……俺クラッカーのお父さんなのに……。
でもまァいいたいことはわかる。強いやつ=能力者っていう簡単な図式は、もちろんうちでも通用してるから、戦闘員には能力者が多い。その中で非能力者でありながら、それなりに使える戦闘員である……と思いたい……俺は、能力がない分、体術が秀でてる。能力者よりも、だ。
まァね、能力者って、特にロギアは、物理攻撃きかなすぎて防御を怠るからね。悪魔の実の能力だけ鍛えて、体術鍛えないとか、珍しくないからね。前にクラッカーにいったけど、そういうのよくない。こわさを忘れたやつは、早死すんだよ。
トップクラスってとこは、こいつがか? という視線をカタクリくんからビシビシ感じるし、俺も、そうなの?? って思うけど。
ペロスペローくんは、だらりと舌を出した口で弧を描いていう。
「それに、だ。俺はお前の本気ってやつを見たことがない。ここらでひとつ、見せてくれると有難いんだがね」
「えっ……俺、いつだってわりと本気で戦ってますけど……?」
「まじめに戦うことと、本気で戦うことは違うさ、ペロリン♪」
「……手ェ抜いてるようには見えないけど、全力だして戦ってるようにも見えないってこと??」
「お前は理解力はあるのに、なぜ頭が残念なんだろうね?」
「それ今関係ないでしょ???」
怒るぞ。いや怒ったところで、意味ないと思うけど。なぜ今、頭がおかしいことを持ち出されないとならないんだ……。戦闘訓練に関係ないでしょ。
ぷりぷりと怒ってはみるが、しかし、なるほど。ペロスペローくんのいいたいことは理解した。
確かに、俺はちゃんと本気で戦ってる。けどそれは、自分でもいったけど、手を抜いてないってだけだ。毎回、本気で走り回って敵を切りつけてるけど、それを全力で戦ってるかといわれたら、確かに違う。強敵に自ら戦いを挑むような、そんなことをしたことは一度もなく、走り回って切りつけられる程度の相手を倒してるにすぎない。
全力……俺の本気、ねェ……。
「ペロス兄。確かに、こいつの足の速さや身軽さは評価に値する。だが俺には、こいつにそれ以上の実力があるとは思えねェ」
「ほう? カタクリは、ナマエが今程度の男だと思うのか。ペロリン♪」
「あのお粗末な剣を見てれば、誰だってそう思うだろう。剣術なんていうのもおこがましいくらいだ」
「……父さんは強ェもん」
何やら訳知り顔のペロスペローくんに、買い被りすぎじゃないか、という顔のカタクリくん。そんな二人のやり取りを見ながら、拗ねたようにクラッカーが呟いた。俺が弱い者扱いされてるのが気に入らないらしい。
あァ〜〜クラッカーが今日も天使〜〜! やっぱりビスケットの天使じゃん!! 俺なんも間違ってなかったじゃん!!! はァ〜〜ありがとう世界!!!
とまァ、内心でいつも通り荒ぶったけど。クラッカーが、俺を強いっていうならそうなるよ。クラッカーがいうんだから、俺に強くなる以外の選択肢はない。
しゃがんで、ふくれっ面のクラッカーの頭に手を置いた。
「ねェ、クラッカー」
「……何だよ」
「お前は、俺がどんな戦士だったらうれしい?」
「は?」
「色々あるじゃん。まァ俺がなるなら、剣士か格闘家かなァとは思うけど」
今の俺の持ち味を生かして鍛えるなら、その二つが有力候補だ。そう思って例に上げれば、きょとん、としたクラッカーが俺を見上げる。
俺の目標は、目指せ三億の賞金首。だから、強くなるために鍛えるのはいやじゃない。俺ならそのくらいっていったの、クラッカーじゃん。お父さん、頑張るよ。
「お前がなってほしいものになるから、希望があるならいって」
「……なら、どっちもだ!」
「ん?」
「剣士兼格闘家がいい!」
「ハハッ欲張りだなァ! じゃあねェ……、俺は体術のほうが自信あるから、普段は剣士やってて、いざというときに格闘家になる、みたいなのにしようかな」
「? なんで??」
「奥の手ってやつだよ」
人差し指を口の前に立てて、にひっと笑顔を浮かべれば、奥の手! とクラッカーが顔を輝かせた。
うん、カッコよくいってみたけど、相手に油断して貰おうって計算だから、実はちょっとカッコ悪いんだよね。だから胸を張れることじゃないんだけど、でも、完璧にやり切ればそれも立派な策略になる。
やって見せようじゃないか。クラッカーのお父さんとして。
「で、だ。クラッカー」
「ん?」
「お前の悪魔の実の能力は、きちんとした基礎戦闘力の上に作らないとうまくいかないと思う。ペロスペローくんやカタクリくんのように、実を深く知ることも重要だ」
「……、うん」
「だから、しばらくの間は基礎戦闘力の向上と能力の把握、能力の開発に力を入れよう」
「わかった」
「基礎戦闘力を見るのが俺の役目みたいだけど、キツくても、つまんなくても、手を抜く気はないよ。頑張れる?」
「当たり前だろ!」
両の拳を握ってこくこくと頷くクラッカーを、いい子だ、と撫でた。注射の日に約束したように、クラッカーは頑張ってくれるらしい。
んん〜、クラッカーがいい子でうれしい。向上心もあるし、これはかなり強くなれるんじゃないかな。負けないように俺も頑張らないと。
ペロスペローくんやカタクリくんは、俺とクラッカーのやり取りを静かに見つめて、少しだけ微笑んでいた。弟の成長がうれしいんだろうな。
「でねェ。基礎戦闘力ってそもそも何かっていわれたら、まァ体術とかなんだ。でもクラッカーは、それ以前の体力や筋力をまず鍛えようね」
「体力や筋力?」
「走り込みや筋トレをまずはやってこうねってこと」
「わかった」
まァその走り込みとかがクソ退屈でめんどくさいって思われるんだけど。クラッカーは俺のいうことは全面的に聞いてくれるつもりなのか、特に不満もなく頷いてくれた。
不満がありそうなのはご兄弟かな。立ち上がってカタクリくんに笑いかける。
「カタクリくんは、俺のやり方に反対かな?」
「……反対という程ではない。が、いささかのんびりしてやいないかと思う」
「確かにね。でも体術を鍛るなら、体力や筋力の向上は絶対必要なんだよ」
「走り込みなどでどれほどの向上になるかも疑わしい」
「カタクリくんはそういうことしないの? まァ、実体験を元にしたことしかやらないから安心して。俺が海兵だった頃にやってた事だし、がむしゃらにやるより確実だよ」
いえば、ペロスペローくんとカタクリくんの目が見開かれた。俺が海兵だったこと、知らなかったんだろうか。
知ってたクラッカーは、父さんもやったのか、と興味津々だ。
やりましたとも。着実に強くなった『俺』の記憶がある。
「あのねクラッカー。海兵ってのは民からのお金で兵士を育ててるから、ある程度ちゃんと戦えるように鍛えないとダメなんだよ。人の金使っといて穀潰しが出来ました、なんてのは、海軍への不信に繋がっちゃうから」
「じゃあ海兵って、みんな同じ鍛え方するのか?」
「海兵見習いのときはみんな同じだね。決められた一定ラインまで鍛えて、そんで入隊試験を受けて新人海兵になったら、色んな支部に配属される。平和なとこならそれ以上はあんまり強くならないけど、物騒なとこなら必然的にそれ以上強くなることが求められる」
「父さんは?」
「俺は後者。なんでか新人一年目で新世界の支部に配属されたから、死にものぐるいで強くなったよ」
『俺』に素質があったからなのかなんなのか。新人の『俺』が配属されたのは新世界の支部で、そこはまだ平和なとこだったけど、新世界ってだけで敵の強さは段違いだった。
一年目でほとんどの同期が死んで、残った同期の半分くらいが辞めて、ほんのひと握り残った『俺』はその後すぐ別の支部に配属された。今度は少しだけ物騒な支部に。
そうやって徐々に新世界の奥にある支部まで移動していったのだ。それを出世と呼べるかどうかは、ちょっとわからない。
だってその果てに、売られたのだから。
「海兵だったときも、今みたいな戦い方してたのか?」
「してないね。今はだいぶ周りを気にしないやり方してるから、剣だって全然なってない。でも俺は体術も剣術も、それこそ銃だって基本的にある程度までは使えるよ」
「へぇー!」
「手合わせ出来るようになったら見せてあげるね」
「! ああ!」
それを目指して、走り込みとか筋トレとかつまんないかもしれないけど、頑張ろうね
言外にそう含めれば、頬を染めてクラッカーが頷いた。
『俺』は売られて、さぞかし絶望しただろう。
でも俺は、そのおかげでクラッカーに会えた。
だから、ぜんぶひっくるめて良かったと思うよ。
「じゃあまずは準備体操して走り込み! 俺も一緒に走るけど、競走じゃなくて、体力測るだけだからね」
「わかった!」
じゃあ体をほぐすよ〜と、ラジオ体操を始めれば、俺のやり方を見ながらクラッカーが後に続く。おっとここから教えないとダメだった。思って、深呼吸から始まる一連の流れを教えれば、クラッカーはすぐに覚えてくれた。
ん〜〜! ラジオ体操するクラッカー可愛い! ちまちま動いてるのが本当に可愛い!! いやちまちまってほど小さくはないんだけど、腕をぶんぶん振ってるのとか可愛い〜〜〜!!!
「あァ〜エンジンあったまってきた〜〜」
「いや父さんのそれはエンジンじゃねェだろ」
「えっクラッカーまで俺の考えてることがわかるの……?」
「顔が溶けてんだよ」
「ごめんなさい」
最近俺の顔が溶けるとすぐダメ出しされるので、反射的に口から謝罪が出るようになってる。
クラッカーはまだそんなに嫌そうな顔しないけど、エンゼルとカスタードは露骨に嫌がるからなァ。カッコ悪いお父さんは嫌なんですね了解しましたって感じだ。そういうのであれば、出来る限りの努力はしたいとこなんだけど。子ども達が可愛すぎるんだよなァ〜。
思いながらクラッカーと向かい合ってラジオ体操をしていれば、ペロスペローくんがふうっと息をついたのが聞こえた。
なんだろうね? 視線を送れば、何でもないと首を振られる。隣のカタクリくんも、何かこう、いいにくそうにこちらを見ていた。
「カタクリくんの煮え切らない顔って珍しいね」
「お前に普段どう見えてるか知らないが、溶けたお前を見たときのカタクリは、大体こんな顔をしているよ」
「どういうこと」
「……お前は弟妹の教育に悪い。が、クラッカーのためにはなる。どうしたものか……」
「に、煮え切らない!」
「そうだな、ペロリン♪」
ペロスペローくんにはよく、弟妹の教育に悪いって怒られるけど、カタクリくんもそう思ってたのか! いわれたことないけど! カタクリくんならいう前に排除しそうだけど!! あれ?! 俺やべェかも!!!
でもクラッカーのためになるってカタクリくんのお墨付き貰ったよ!!!
「よし、じゃあクラッカー、次は手足回そうね」
「うん」
あァ〜小さい手足をプラプラさせんの可愛い〜。って思ってるけど、顔が溶けないよう繕いながら俺も手足を回した。
後はアキレス腱を伸ばしたら走り込みだ。どのくらい走れるかで、体力を確認しよう。ちょっとキツイかも知れないけど、頑張るっていってくれたクラッカーを信じたい。
キツイって泣かれるのだけは避けたいな!
「ねェクラッカー」
「ん?」
「俺と一緒に、強くなろうね」
「父さんより強くなる!」
「カッコイイね!!!」
頑張るクラッカーも最高だよ!!!
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