はじめまして絶望

※いつも以上に暗くてシリアス
※クラッカー少なめ



「俺と手合わせしろ」
「…………なんて??」
「全力で来い。俺も、全力でいく」

 そういったカタクリくんの手に、三又の槍が光る。


 ガチじゃないですかヤダーー!!!


「待って待ってマジ無理なんだけどなんで俺がカタクリくんと!!!」
「ずいぶん早口でしゃべれんだなお前」
「カタクリが本気なのはわかるだろ。相手してやれよ」
「俺いつものんびりしゃべってたかなオーブンくん! 本気だから嫌なんだろうがダイフクくん!」
「「ご愁傷さま」」
「三つ子くんどもコノヤロー!!!」

 怒鳴りながら睨めば、アハハと笑いながら肩を竦められた。
 本当にクソだなこの三つ子!! 悪ふざけするときのノリの良さが異常だぜ!!! カタクリくんは悪ふざけしてるんじゃなさそうだけどね!!!
 うろたえる俺にため息をついたカタクリくんが、ギラリと光る槍の先を向けてくる。
 止めてェ!!! それこっち向けないで!!!

「いきなりなんなの?! 俺なんかした?!!」
「したとはいえないが、してないともいえない」
「どういうことなの!!」
「海兵だったとは知らなかった」
「……あァそう!」

 それかよ。
 オーブンくんやダイフクくんが笑うのを止めて、ひたりとこちらに視線を合わせた。この二人も知らなかったようだ。まァ、ペロスペローくんも知らなかったんだ。知らないだろうなとは思ってたけど。
 チッと舌を打てば、いつになく不機嫌な自分を自覚する。

「いっとくけど。俺の、クラッカーへの感情を否定したら、いくらカタクリくんでも許さないよ」
「正直、疑ってはいる」
「それくらいはいいよ。君はクラッカーのお兄さんだから、心配なのは理解できるし」
「お前がいくら頭がおかしくても、クラッカーをあれほどまで可愛がる理由がない」
「……カタクリくんテメェ、俺とママの話、誰かに聞いたね?」

 誰だよ俺の昔話したやつ。ガキに何教えてくれてんだ。あんま良くない話だってわかってて話したな? ママと料理長以外の誰かが話したんだったら、そいつを見つけて絶対に許さないよ。
 思って誰に聞いたのか問えば、料理長と、エンゼルとカスタードだと返ってきた。
 このガキなんつった?

「……あァ?」
「二人には、ナマエが元海兵なのを知ってるか聞いただけだ。元々、俺はお前とクラッカーが初めて会った場に居合わせている。お前がママのせいで、酷い目にあったのも知っていた。後はシュトロイゼンに聞いた」
「ふーん……それくらいなら、まァいいか」
「そもそも、あいつらはお前とママのことを知ってるのか?」
「知ってるよ。俺、ちゃんと話したもの」
「それこそ教えずともよかっただろう」
「本当のことを知らないまま、他人の口から俺の過去きいたら。どんな気持ちになるかな?」

 それが、悪意からのことだったら。子ども達はどうすればいい。クラッカーは、なんていえばいい。反論したくても、何も知らないら出来なくて、悔しくて悲しくなったら。
 何より、もしもママが俺とのことを話してしまったら。あの人の心がわからないママが、三人に何をいうかわからない。彼女がなんとなくいった言葉が、三人の致命傷になることだってありえる。
 さすがにママのことは省いたけど、色々考えた結果だといえば、カタクリくんは無言で目を細めた。
 カタクリくんが、心の底から兄弟姉妹を思ってなかったのなら、手合わせしても良かったんだけどね。

「はいはい。で、俺が元海兵だって知ったから、手合わせしたいわけね」
「ああ」
「お断りします!」
「……なんだと?」
「嫌だっつったの。どうしてもやりたいなら、ママに許可取っておいで」

 片手を振って断れば、カタクリくんは不機嫌そうな顔で俺を睨む。強いその視線を真っ向から受け止めて、俺は続けた。

「カタクリくんが許可を求めても、きっとママは許さないけどね」
「……何故だ」
「仮にも自分が生んだ息子が、無意味にケガするのは避けたいでしょ」

 ピリッと。カタクリくんの怒気が肌を刺す。

「それじゃあまるで、俺のほうがカタクリくんより強いっていってるみたいだって?」
「……」
「今はまだ俺が強いね!」

 ハンッと笑っていえば、さらに怒気は上がるし不快そうに俺を睨んでくる。
 こっっっわ! さすがは将来有望なカタクリくん。子どもとは思えない眼光だ。でもこればっかりはなぁ。
 仮にも俺は戦闘員だ。戦える、それだけを売って買われて、この海賊団にいる。相手がいくらカタクリくんでも、子どもに負けるような弱い戦闘員じゃない。
 それに、ママの許可なく私闘をするのも良くないと思う。ただでさえ戦うことが多い海賊団なんだ。力を鍛える必要はあるけど、仲間内で無意味に戦う必要はない。
 そんな最もらしい理由をペラペラと述べて、それだけならさようならって。そのときは逃げたんだけど。面倒なことになりそうだなって、俺はため息をついた。
 だって、たぶん。カタクリくんに、なんか吹き込んだ奴がいるもの。そうじゃなきゃ、いくら俺を疑ってたとしても、こんな直接的にいってくるはずがない。そいつのいうことを全面的に信じてるわけじゃないだろうけど、自分の目で確かめるために、カタクリくんは俺に手合わせを申し込んだんだ。
 本当に、心の底から、面倒だなって思って舌を打った。


 思えば、それがきっかけだった。


 考えてた。この世界に来てからずっと。
 俺がこの世界で生きててずっと。
 『俺』はいったい、どこにいってしまったんだろうって。
 普通に生きてて昔を思い出そうとすれば、俺と『俺』のどっち? って感じに二つの過去がなんとなく頭に浮かぶから、俺は自分がちゃんと『俺』なんだと知っていた。見た目だって『俺』だから、やっぱり異物は俺のほうだろうなって。
 でも、『俺』は俺の中のどこを探してもいない。
 正確には、どんどんいなくなっていった。まだママといたはじめの頃は、『俺』が俺の中で騒いでたような気がするんだけど、あの頃の記憶には曖昧なところも多くて、あまりよく思い出せない。俺と『俺』が交互に出てたような気さえする。でも、それもすぐになくなって、俺しかいなくなった。
 一人で海をさ迷ってる間も『俺』はいなくて、ちょっとずつ俺が乗っ取って殺してしまったんだろうなって思ってて、だから、すぐに誰かを殺せた。
 俺はこの世界に来たときから人殺しだ。なんの罪もない『俺』を殺した。いろんなことから逃げたかった『俺』が俺を引き寄せたんだとしても、それでも俺が『俺』を殺したことに変わりない。出来たかどうかはわからないけど、辛いときだけ代わってもよかったんだから。
 ママと再会してからも、『俺』を見つけることはできなかった。一人のときには、ママとまた会ったら『俺』が起きるかもなって思ってたんだけど、『俺』はママになんの興味もないのか、やっぱりどこにも見当たらない。
 クラッカーといても、カスタードといても、エンゼルといても。『俺』は無関心に、どこにもいなかった。
 だから、もしかして俺は『俺』と同調しきってしまってて、もう『俺』はどこにもいないんじゃないかって思ってたんだけど。
 ある意味でそれは正しくて、ある意味でそれは間違ってた。
 俺と『俺』は確かに同調しきってた。でも、やっぱりまだいたんだ。
 だってこんなにも『俺』が怒ってる。
 腹の底が熱くなって、こんなにも殺してやりたいなんて思ったことがない。はじめてクラッカー達を守ろうとしたあのときだって、こんなに、憎い感情はなかった。
 だからこれは、『俺』の気持ちだ。
 お前らのような、くだらないやつを生かすために嫁と子どもを殺された『俺』の、気持ち。
 眼下に広がる、俺を売った海軍支部のある平和な町を見ながら。
 『俺』は、あそこに住む生き物すべてを殺したくてしかたなかった。

『粛清軍団には、ナマエを入れるべきです』
『しかしあいつは海軍のスパイだろう。そのまま逃げるのでは?』
『こちらが攻撃を仕掛けようとしてるのがバレたらどうする』
『ナマエは裏切り者だ! 吊るしちまえ!』
『ナマエを殺していいんだとよ!』

 俺を売った海軍支部は、その後、ビッグマム海賊団に他の海軍の行動を流したり、他の海賊団から奪った金品を横流ししたりしてたそうだ。
 その見返りに、こちらが適当に痛めつけた海賊団を海軍の手柄として渡したり、たまに下っ端に命じて喧嘩させてはわざと逃げ帰らせて、優秀な海軍だという表向きの顔の維持に力を貸していた。
 だが、そうやって優遇してやってるうちに、欲が出た。ビッグマム海賊団をうまく手玉に取って、捕まえられるんじゃないかという欲が。
 その欲は肥大して、とうとうそれを現実にするために支部は動いた。その動きを掴んだ船員達はすぐに報告したけれど、それと同時に、元海兵で元支部に所属してた俺を疑う声が、船員達から上がっているのだとママはいう。
 疑惑がある中で、料理長と俺の三人だけで、話し合いの時間を取ったママは笑った。

「ナマエが裏切るとは、塵ほども思っちゃいないよ」
「……それは驚きだ」
「覚えてねェようだが、お前はずっとあいつらを憎んでいたからねェ。だがおれに何かする様子もないし、頭がおかしくなってるようだし、しばらく放っておいてやろうと、シュトロイゼンと話してたんだ」
「お心遣いに感謝するよ。ありがとうママ」
「マママ……で、どうしたい?」
「あいつらを皆殺しにしたい」

 頭で考えるより先に、声が出た。
 そう、『俺』は殺したくてしかたないんだ。あそこに今あるすべてが憎い。
 ママは、ニヤリと笑みを深めた。

「お前の元同僚もまだいる。市民には友人だっていたんじゃないのか? 嫁や子どもの墓だってあるだろう?」
「あれが墓だって? ふざけてる。犠牲になってくれたことに対する感謝、とかいう独りよがりな罵倒を綴った、クソみてェな石ころを乗っけられちゃあ、嫁もガキも眠れやしねェよ」
「そういうわりに、大人しくあそこを出て行ったようじゃないか」
「……、あの頃は、あいつらを皆殺しにする力がなかった」

 唇を噛み締めれば、血の味がした。あそこにいたとき、ママから解放されて体を癒しているとき、何度この味を舌に乗せたか。
 悔しくて悔しくて、しかたなかった。
 『俺』も強かったかも知れないが、元同僚達だってこの新世界を生き抜いて来た海兵だ。さすがに、『俺』一人ではどうにも出来ず、ママから解放された後の俺は、ママのいう通り大人しくあの町を出た。
 『俺』がいなくなったのは、たぶんその頃だ。いなくなったと見せかけて、俺に同調して、いつか俺が『俺』の願いを叶える日が来るのを待っていた。
 そのための俺で、年月だったと今ならわかる。何も知らない平和な世界からやってきた俺が、生きるために『俺』の知識や技術を使って、『俺』よりも強くなるのを待った。俺に同調して、『俺』の憎しみが俺の感情になるのを待った。
 いつか俺が、『俺』の代わりにあいつらを皆殺しにする日を、俺の心の片隅に、かけらだけ残して待っていた。
 たぶん、俺が『俺』だったとしてもそうする。俺も、自分に降りかかった最悪を、不運だと、尊い犠牲だと、誰かの幸せのために我慢できない。
 見た目も生まれも何もかも違ったけど、俺はきっと性質だけは『俺』にそっくりだったんだろうな。

「だからママ。お願いです。俺に、あいつらを皆殺しにする許可をください」
「……お前一人で片付けるというのかい?」
「一人でやるっていいたいとこだけど……さすがにちょっと厳しいので、海兵だけは俺に任せてください」
「お前を失うのはうちにとって痛い損失だ。裏切るとは思っちゃいねェが、生きて帰る保証は?」
「クラッカーがここにいるのなら、必ず」
「頭がおかしいのは、どうあっても治らないのかい」

 いえば、やれやれ、とママが呆れたように背もたれに体を預ける。しかし、何よりの保証にはなったようだ。
 俺がどれだけクラッカーを溺愛してるかなんて、誰もがわかってる。裏切り者だっていった奴らも、それだけは本当だろうし、なんならクラッカーだけ連れて逃げるのでは、と思われてたぐらいだ。
 ちょっとだけ俺を疑った奴らは、クラッカーに絆されて海軍のほうを裏切ったと思ってるのもいるくらい。
 でもね。
 俺、一番クラッカーにいいたかった言葉を、今まで一度もいったことないんだよ。それをいおうとすると声が出なくなって、どうしてもいえなかったんだ。
 たぶんそれは、クラッカーの存在を受け入れ切れてない『俺』がブレーキをかけてるんだろう。
 だから、あいつらを皆殺しにして俺と『俺』が本当に同調したら。
 きっと、クラッカーに、カスタードやエンゼルに、やっといいたかったことがいえる。

「…………いいだろうナマエ。いざとなったら、尻尾巻いて逃げ帰るのを条件に、お前に先陣を切らせてやる」
「逃げていいの?」
「もちろん逃げ帰る罰はあるさ。だが、お前にはまだ使い道があるからねェ」
「そっか」
「異論は」
「ありません。ありがとうございますママ。このナマエが、あなたに勝利を捧げます」

 胸に手を当てて一礼すれば、ママが満足そうに笑った。

「近々、陸に移り住む予定がある」
「……ふうん?」
「そこで国を作るのさ! おれの、夢の国を!」
「そうなの」
「今回の働きによっちゃあナマエ、お前に、その国で騎士の地位をやろう」
「騎士?」
「あァ……お前の喜びそうなメリットでいうなら、クラッカーは喜ぶだろうねェ」
「じゃあ頑張る。あ、それと、皆殺しに行く前にクラッカー達と話してもいいかな」
「好きにしな」

 そんな計画があったんだ、ヘェ。と、他人事のように思っていれば、俺の出世のお話だったらしい。別に興味ないなァという顔を隠しもしない俺に、慣れたママはクラッカーを引き合いに出してくれた。
 クラッカーが喜ぶのか。出世したら、自慢できる父親にもなれるかな。なれるなら、頑張らないと。
 思って、ついでのようにクラッカー達への接近許可を貰えば、ママが軽く頷く。相変わらず、あんま子ども達に関心がない人だ。俺が子ども達になんかする心配がないから、こんな軽く了承したんだと思いたいよ。
 退出の許可も得て接見の部屋を出れば、入り口には何人かの船員達がいた。中の話を盗み聞きしてたんだろうか。まァ聞かれて悪いことはないけど。
 続いて出てきた料理長が、古株の幹部に俺が先陣で出ることになった旨を伝え、しばらくの間、船内の業務から外すようにいう。
 驚いて目を見張る船員達に、これはママの決定だと料理長がいった。その途中でペロスペローくんを視界の端に捉えた俺も、料理長が話し終わるのを待って声を上げる。

「ペロスペローくん。悪いんだけど、クラッカー達を甲板に連れてきてくれないかな。俺と一緒に居させて心配じゃないなら、俺の部屋でもいいんだけど」
「……わかった。甲板に連れていく。俺も同席するが、構わねェな?」
「それは好きにしていいよ。じゃあ先に甲板に行ってるね」

 いいながら背を向けて歩き出すと、船員達が道を開けて左右に別れた。まるでモーゼのようだ。甲板に向かう途中に、ひそひそというには大きい雑音が耳に届く。
 何故ママはナマエに先陣を切らせるという疑問から、ナマエは裏切り者じゃないのかという困惑、クラッカー様を連れて行かれないように見張れという警戒がそこかしこに溢れた。
 こりゃクラッカーはともかく、カスタードとエンゼルは来れないだろうなと思った俺は甲板に着いて、平和で長閑な町を遠くに見つめた。
 目視できる距離に海賊船があっても、町は静かだ。今までのように海軍が追い払ってくれると思ってるし、港を守る海軍も、今まで通り適当なところで俺達が引くと思ってる。
時刻は食事時。町から、港のキャンプ地にあるテントから、炊事の煙が立ち上ってさえいた。
 まるで危機感が感じられない様子に、喉で嘲笑を殺していれば、背後から歩いて来る気配がある。見聞色の覇気を使わなくても誰か分かるぐらい、この気配には慣れた。まだ一緒にいて、一年も経ってないのにね。
 クラッカーは、振り向かない俺の隣に立って、俺が見つめる景色を同じように、しばらく黙って見つめている。そうして炊事の煙が消えた頃に、呟いた。

「父さんは、ここが腐るまで待ってたのか?」
「そうは思ってなかったんだけど、結果的にはそうなったね」
「復讐しようと思ってたのに、海賊になったのは?」
「それまでの『俺』は復讐が大切だったけど、俺はクラッカーのほうが、復讐より大切だったから」
「……ふうん」
「てゆーか俺、ここ最近はクラッカー達に聞かれない限り、昔のことなんて思い出してもいなかったのに」
「うん」
「不思議だよね……見たら、あそこにいる生き物すべてが許せなくなった」

 ちらりと目を落とせば、同じタイミングでクラッカーが見上げてくる。そのまま手を伸ばして抱き上げると、周りが少しざわついたが、船の端にいたわけじゃなかったので、すぐに静まった。逃げるのには難しいと思ったから、クラッカーを抱き上げるのを許されたんだろう。
 だが弟が心配らしいご兄弟は、俺の数歩後ろに並ぶよう距離を詰めた。クラッカーと、そのご兄弟の視線を誘導するように、俺は町に向かって手を伸ばす。

「ここから見える町の左上に、小さな丘があるのわかる? その丘に、ちっさいけど、白い何かがあるのも。見える?」
「ん〜……あ、あれか! あの四角っぽいの」
「そう。あれが、『俺』の前の嫁と子どものお墓だよ」

 俺が指すものをよく見ようと、身を乗り出したクラッカーを支えて腕に乗せれば、いつものように首に片腕が回された。
 あれだろ! と見つけられて喜色に染まっていたクラッカーが、俺の言葉にひゅっと息を飲む。後ろのご兄弟も、同じように息を飲んだ。

「……あれが?」
「厳密にはちょっと違うんだけどね。慰霊碑ってやつだから、あれの下に、合同でいろんな人の骨が入ってるの」
「合同? いろんな人の骨?」
「ママに殺された、『俺』以外の夫候補の骨や、そいつらの嫁や子どもの骨。ぜーんぶ、あそこに纏めてある」
「……たくさん死んだのか?」
「うん。たくさん死んだよ」
「なんでだ? なんで、他の男の家族も死んだんだ?」
「なんで?」
「だって父さんは、ママと子どもを作ったから。だから嫁や子どもが殺されたんじゃなかったのか?」

 ああ。そういえば、詳しい流れは話してなかったな、と、緊張に顔を強ばらせたクラッカーを見る。
 俺が子ども達に話したのは、『俺』は元海兵で、ママと子どもを作るために奴隷のような扱いをうけ、異母兄弟を嫌がったママの気持ちを考慮して嫁や子どもが殺されたということだけだ。
 どうやって『俺』が捕まったとか、そういうのはママも知らないだろうからいってなかった。俺をネタに、悪意で子ども達を傷つけようとする奴らだって、そこは重要じゃない。
 本当は、そこら辺が俺や『俺』にとって一番重要だったんだけどね。

「慰霊碑のそばの建物、なんだかわかる?」
「海軍の支部だろ。みんな似たような形だから、すぐわかるよ」
「当たり。……『俺』はね、あそこにいる奴らに売られたの。同じ海兵に、平和の為の犠牲になれっていわれて、ママに売られたんだ」
「、海兵にか」
「『俺』や、同じように売られた、他の男の家族を殺したのも海兵だよ。誰がママと子どもを作れるかわからないのに、売られた奴らの家族はその時点でみんな殺された」
「……なんで」
「あいつらは、ママが怖かったんでしょ。自分の、幸せがなくなるのも」

 そのために、何人死んでも構わないって、そう思ったクソ野郎が、あの支部の上層部にいたんだ。そしてまだ今もあそこにいる。
 市民の平和のために犠牲になってくれなんて、戦いもせずに負けた正義の犬が、今なおママに尻尾振って、表向きの顔を取り繕って貰って、あそこにデカイ顔して居座ってるんだ。

「ママが、夫になる男に子どもがいて、自分の子どもと異母兄弟になるのが好ましくないって、そう思ったっていうのは、事実だったと思うよ」
「……うん」
「でもさァ。本当に心の底からそう思って許せないっていうなら、俺だって殺されてないとおかしくない? それに、好ましくないってだけで、殺せって、本当にママがいったのかなっても思うんだ」
「でもママは、ママのせいだって、」
「お前のママを悪くいうつもりないけど、あの人、人の細かい心情とか考えなくない? 最終的にはママのせいって、ざっくりそう纏まるなら、よく考えもせずにそういうでしょ」
「それは……そうだけど」
「ママの怒りを恐れたあいつらが、自分の身可愛さに、『俺』の嫁や子どもを殺したって考えるのが、一番しっくりくるんだよねェ」

 じゃなきゃ、ママに対する一つの手として、俺を手元に置いたはずだ。本当に市民の幸せのため、安寧のために俺らを売ったなら、その後の手まで考えないとおかしい。
 そして市民の幸せを語るなら、海兵のとはいえ、同じように守る対象だった嫁や子どもが殺されたのもおかしい。どうにかして守ることだって、隠すことだって出来たはずだ。海賊相手にバカ正直になることなく、嫁や子どもがいることをいわなければいいだけなのだから。
 それができない無能だったといわれたらそれまでだけど、でも無能だったなら、あんな顔はしなかったと思うよ。バツが悪いっていうか、早く体直して海軍支部から出て行ってくれないかなって顔なんてさ。

「つまりさァ、クラッカー」
「……何」
「あんな奴らのそばじゃ、『俺』の嫁や子どもが、浮かばれないと思わない?」
「…………」
「こんな、新世界なのに緊張感のかけらもなく油断して、いつかママじゃない海賊に皆殺しにされるような未来しかない、それに対抗できるわけもない腐った海軍しかいない町なんてさァ…………『俺』や嫁、子どもの不幸の上で幸せな町なんて、なくても、いいだろ」
「、父さん」

 ギリリ、と。音が鳴るほどに歯を食いしばれば、いつの間にか、しんっと静まり返っていた甲板に大きく響いた。
 気がつけば、俺やクラッカーを囲んでいた船員達がみんな、俺の話に聞き入っていて、辺りには波の音しかない。それも緩やかだから、クラッカーの声もよく聞こえた。

「父さん、俺さ」
「うん」
「父さんが裏切り者かも知れないって、いろんな人にいわれたけど、全然、気にしてないよ」
「そっか」
「父さんが俺や、カスタード、エンゼルをどれだけ大切にしてるか、よく知ってるし」
「うん」
「……父さんが悲しくないなら、裏切り者でもいいかなって…………思ってた」

 そういって、クラッカーが俺の髪を撫でる。はじめて会ったあの日のように、俺の頭を抱き締めて。

「でも父さんは、俺らがいねェと悲しいから。やっぱり裏切り者じゃないなっても思ったよ」
「よくわかってらっしゃる」
「……だから、ちょっとだけ、譲ってやってもいいぞ」
「? 何が?」
「父さんのこと。前の嫁と子どもに、父さんが復讐を果たすまでなら、譲ってやってもいい」
「……クラッカー」
「なァ父さん。ケガしてもいいから、ちゃんと帰ってこいよ?」

 無茶すんなよ、と。心配に染まったピンクの目が、縋るように俺を見た。
 それは俺が、裏切るとかじゃなくて、ちゃんと生きて帰れるかを不安に思ってる目だ。
 ……あァ。本当に、素晴らしい子の父親になれたんだなァ俺。

「約束する。絶対、生きて帰ってくる」
「約束だぞ」
「うん。だからねェ、クラッカー」
「ん?」
「帰って来たら、いいたいことがあるから、聞いてほしい」
「いいたいこと?」
「うん。……本当は、ずっといいたかったんだけど、ちょっといえなかったんだ」

 いえば、クラッカーはきょとんとした顔をして、よく分からないけど、と頷いてくれる。
 俺はそれに、満面の笑みを浮かべた。

「クラッカー、いってきます」
「いってらっしゃい、父さん」

 本当の父親になるために、過去を一掃してくるから。
 だから、待っててねクラッカー。







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