はじめまして姉妹

 どうやら俺が思うより、ビッグマムは狙われやすいらしい。

『ガキ共を捕まえて縛り首にしろ!』

 ふーん。……ふーん?
 テメェを吊るすぞクソが!!!


 戦闘員としてビッグマム海賊団に入って早三日。
 まだ顔合わせもろくに済んでないのに、今流行りの海賊団とやらに襲撃されて、ガン切れ状態の新米お父さんとは、そう、俺のことです。
 そりゃキレるわ! 新米お父さんなんて赤子連れのゴリラと大差ないくらい神経質な生き物に、子ども縛り首にしろとか叫んじゃうバカがいるんだぜ??
 はァ〜よくいったな〜テメェらの首繋いでネックレスにしてママに献上してやろうかァアン??!!
 まァママは、んな趣味悪ィもん身につけちゃくれねェだろうけど??!!
 内心でぎゃあぎゃあ騒ぎまくってても顔には出てないらしい俺から遠く離れたところ、ママの近くでは、武器を持った船員と子ども達が怒声に顔を固くしている。その中には、もちろんクラッカーもいた。
 こういう襲撃は頻繁にあるから、俺はまだ三つ子のうちの残りの二人には会わせて貰えてない。
 俺はまだ余所者で、二人は女の子だから。何かあったときに人質にされやすい二人や、他の姉妹には、俺はまだ会わせて貰えてない。
 ママ直々にスカウトしたってのがあるから、おおっぴらに監視されることはないけど、でもまだ信じてないぞって目で他の船員から見られてる。それはまぁいいんだけど。
 でも、そんな俺でも入れちゃうくらい、ママがあんなにあっさり入団を許可するくらい、この海賊団は人手不足だ。それなりに人数はいるんだけど足りない。こういうときに、圧倒的に足りない。
 それはなんでかって、いっちゃあ悪いけど、守らなきゃならない子ども達が、足でまといになる子ども達が、この海賊団には多すぎるんだ。
 ママの子どもだから、その辺の子どもよりは強い。でも、大人に勝てる強さを持っている子は、長男のペロスペローくんか次男のカタクリくん、名前を教えてくれない三男四男の二人くらいだろう。
 その他の闘えない子ども達を守るために人手が割かれるから、どうしても人手が足りない。だから戦闘員が欲しかったんだ。
 ママはきっと、子どもを傷つけられたら怒るけど。でも、守るためにじっと出来る人じゃない。今だってかなりソワソワして、今にも戦場に飛び込みそうだ。
 子ども達は、ママがそんなママだと知ってるから。今からここがどれだけこわい戦場になるかわかってても、ママから離れない。いざってときにママや家族を助けたいって思うくらいにはみんなが好きだから、弟妹を守ろうって思うくらいに好きだから。だから離れない。
 船内に敵が入ってしまったら、隠れてる姉妹や弟が狙われるから、気丈に、こわくても武器を手にしてる。
 それは、クラッカーも同じだ。
 あのとき俺を睨んだ目を不安に染めて、怒号を上げる敵を睨みつけてる。

「……いい加減にしろよクソ野郎共」

 なんていい子なんだクラッカー!!!
 まだ幼いのに家族を、姉妹を守ろうとするその心! こわくても闘おうとする根性! ぜんぶぜんぶすごい! えらいぞクラッカー!!!
 叫び出したい気持ちと、そんなクラッカーを怯えさせる敵への憎しみを天秤にかけたら、出た答えは見 敵 必 殺 だった。
 見つけ次第敵はすべて殺せですね了解、と頭の中の声に頷いて刀を抜く。
 俺の武器は刀だ。剣士ってほど使えるわけじゃないけど、とりあえず刀は振り回してりゃ切れるからいい。クズ刀でも名刀でも、刀は切れりゃいいんだよ。
 刀振り回して、敵の首ぜんぶ落としゃあ、クラッカーのあの強ばった顔が消えて、また笑顔を浮かべてくれるんだから。
 そう思って船の端に立つ。

「背中を向けたままで失礼だけどー、ママ」
「あァ? どうした、ナマエ」
「あのクズ共が、子ども達を縛り首にしろとかいってんのが許せねェんで、ちょっと、皆殺しにしてもよろしいか?」
「……マッママッ好きにしろ」
「ありがとうママ」

 おいママ! なんて叫んでる誰かの声が聞こえたけど、そんなの関係ない。
 垂れ下がったロープを引いて、反動をつけて近くまで来ていた敵船に飛び乗った。

「っ誰だテメェ!!」
「あァ、はじめまして。ビッグマム海賊団の新人戦闘員、ナマエだよ」

 いきなり現れた俺を殺そうと躍起になる敵の間を、切りつけながら抜けて、軽い自己紹介だけはしておく。
 よく、よくよく覚えて置いて欲しい。

「今後、子どもに手ェ出すなら、俺が出てくるって覚えときな」

 特にクラッカーな!!!
 吠えたその後は、走って切ってを繰り返しれば自然と敵は消えていく。
 走って切って走って切って走って切って。単調だけど、これが一番楽でいい。技術もなんも関係なく切りつけるだけで人は死んでいく。
 『この世界』に来て、ママに捨てられてすぐくらいは人を傷つけることに躊躇したりもしてたけど。そうしないと生きていけないならしかたないかなと思う程度には『俺』の手はすでに汚れきってた。
 海兵なんてね、きれいなもんじゃないから。警察とは違うから。合法的に人殺しが出来る、そんなクズだから。そういうクズは少ないのかもしれないけど、『俺』がいたとこはそんなんばっかだったからしかたない。
 しかたないと肩を落とした技術で食いっぱぐれなく生きれて、なおかつクラッカーの助けになれるなら御の字だ。
 こいつら殺し終えたら、クラッカー笑ってくれないかなァ。ちょっとだけ笑ってくれるようになったんだよ、本当に、ちょっとだけだけど。 頑張ったらご褒美くらい貰えてもよいんじゃ??
 なんて思いながらしばらく単調な動きを繰り返していれば、気づけば、敵船の甲板で動いてるのは俺だけになってた。
 つくづく単独行動しか向かないやつなんですね、俺ってやつは! こんなになるまで気づけないなんて!!
 刀をぶら下げて切れた息を整えていると、ドヤドヤと乗り込んできた船員達が、すげぇなナマエと声をかけてくれる。顔なじみに、お疲れさん、なんて肩を叩かれて、もう帰ってもいいかと聞けば、宝はいらねェのかと驚かれた。
 なるほど。ビッグマム海賊団では宝は早い者勝ちなのか。もちろん、ママが欲しいっていったものはママに献上することになるだろうけど。
 でもまぁビスケットなんてなさそうだし、いらねェわと手を振って、来たときと同じようにロープを使って船に戻った。
 戻れば上機嫌なママに手招かれたので、大人しく前に立つ。帰還の挨拶とかも、したほうがよいのだろうか??

「戻ったよ、ママ」
「ママッマ〜マママ! ご苦労だったねナマエ!」
「いやァそれほどでも」

 お褒めの言葉を頂いてママの傍らに目を落とせば、子ども達が俺をじいっと見ている。
 特にクラッカーは、目をきらきらさせて俺を見てくれていた。
 あっあ〜〜可愛い〜〜その顔ちょう可愛い〜〜〜。
 クラッカーにしっかりと視線を合わせてへらりと笑えば、頬を赤らめて、きゅっと口を結んだクラッカーが力強く頷いてくれる。
 これは、ちょっとは認めてくれたのかな? あいつ悪くないじゃん的な感触くらいは持ってくれたのかな?? この前は父さんっていってくれたけど、でもあんときの一回だけだったし、ママの前だからそう呼んでくれただけかもだったし。でも今の働きで、少しはやるじゃんとか思ってくれたのでは???
 そんなことを思いながら俺も満足して笑うと、ご機嫌なママがさらに高笑いをした。

「思ったよりやるじゃないか! ナマエ、褒美をやろう。あいつらの宝からにはなるが、何か欲しいものはあるかい?」
「それさっきも聞かれたんだけど、あいつら、ビスケット持ってなさそうだしなァ。でももし俺の取り分があるなら、そこで頑張ってたクラッカー達にあげてよ」
「クラッカー達に?」
「うん。いい子してたご褒美もあるべきだよね」

 クラッカーは何が欲しいんだろう。やっぱりビスケットかな。思いながら笑いかければ、驚いて目を丸くしたクラッカーが俺をじっと凝視していた。
 まあね、お菓子を分け与えることも出来なそうなお前ら子ども達には、俺の行動はさぞかし不思議に見えるんだろうね。でも俺、推しには貢ぎたいほうだから、クラッカーのことはめちゃくちゃ贔屓にしたいんだよ。クラッカーだけ贔屓にしちゃうと露骨過ぎるから、ご兄弟にも媚び売っとくけども。

「マ〜ッマママッママママ! つくづく理解できねェ、頭のおかしな男だ! だがいいだろう、お前の取り分はこいつらに分けてやるよ!」
「ありがとうママ。今後も、俺を使ってくれるとうれしい」
「当然だ! こき使ってやるさ!」
「頑張ります」

 騎士のように胸に手を当てて一礼すると、下がっていいよ、と手を振られる。
 うん下がるよ。下がるけども、クラッカーに一声かけてよろしいかな?
 聞く前に、とたたっと軽い音をたててクラッカーが駆け寄って来てくれた。
 え、何なに可愛い〜。小走り可愛い〜。俺になんか用かなクラッカー可愛い〜〜。
 そろそろ可愛いがゲシュタルト崩壊しそうな脳内を出さずにしゃがめば、目の前で立ち止まったクラッカーがもじもじと指を擦り合わせた。

「なあに、クラッカー」
「う、あの、」
「……もしかして、俺が闘ってるの、見てくれてた?」
「っ見てた! つよ、強かったな!」
「見ててくれたんだ? うれしいよ」

 しかも強いって褒め言葉つきだ。
 やったね、とクラッカーの頭を撫でようとしたけど、血やら人の油やらでベタベタギトギトしてたので諦めた。
 途中で止まった手に、きょとん、としたクラッカーの顔が可愛い。撫でられるって、思ってくれたんだろうか。

「残念だけど、俺いますごく汚れてるから。落としてきたら、またしゃべってくれる?」
「い、いいぞっ」
「ありがと、って、あ……あれ?」
「?」
「こういうのって、どこで落とせばいいんだろ? 普通に甲板とかで落とせばいいのかな?」
「っおれがやってやる!」
「んえ?」

 今なんて? とクラッカーを見れば、頬を赤らめたまま、俺が洗ってやる、と息んでいた。
 えっえ〜〜うそでしょ〜〜〜そんなことしてくれるの〜? うちの息子、いい子すぎない〜〜〜???
 はたから見たらペットを洗ってるようにしか見えないかもだけど、それでも構わない俺は、お願いしようかな、といってクラッカーに頭を下げた。

「きれいにしてね。甲板で待ってればいい?」
「待ってろ!」
「海水とか用意しとく?」
「しとけ!」
「はぁい」

 可愛いよ〜〜息子が可愛いすぎるよ〜〜〜。頑張ったご褒美マジご褒美すぎじゃ??
 脳内が大変なことになっている俺をよそに、クラッカーがバタバタと走ってどこかにいく。きっと石鹸とか持って来てくれるんだろう。優しいやつめ。海水を引っ張り上げながら思って、適当なタライにぶちまける。

「と、ぉさん!」
「ん、おかえ……り…」
「……」
「……」

 ざっぱざっぱとタライに海水を汲んでいたら、背中に声がかかったので振り向く。
 ていうか今、父さんって呼んでくれなかった? 二回目呼んでくれなかった?? 聞くべき? 聞かないべき??
 そんなことを考えながら振り向いたら、いやその、そこには、クラッカーによく似た髪色の、可愛い女の子が二人いて。

「こっちがカスタード! こっちがエンゼル!」
「……クラッカーの、三つ子の?」
「そう!」
「じゃ、じゃあ、」
「子ども!」

 もしや、もしや、と口にすれば、クラッカーが力強く肯定してくれた。誰の、とはまだいいづらいんだろうけど、クラッカーの姉妹なら、そんなの、そんなの。

「可愛い〜」
「っ!」
「っ!!」
「っだよな!」
「クラッカーこんな可愛い姉妹いるの〜しかも俺の子ども〜可愛いよ〜」

 俺の子どもに決まってるじゃあないか!!!
 しゃがみ込んで、べろべろに溶けた笑顔を向けてしまったけどしかたない。まだしばらく会えないかなー、なんて思ってた残りの子どもに会えたんだから、もう、しかたないのだ。

「可愛くねェよ! こいつら、今は大人しいけど、いつもはこんなんじゃねぇ、ってェ!! なんだよ!」
「クラッカー!」
「余計なこというな!」
「え〜可愛い〜〜三人ともめちゃくちゃ可愛いよ〜〜〜」

 おお、クラッカーが下からすくい上げるようにビンタされた。中々よい腕をお持ちだ。一発で涙目になったクラッカーがかわいそうではあるが、三人わちゃわちゃしてるのがすごく可愛い。
 その可愛い様子を出来るならずっと見てたいけど。でももっと出来るなら、俺も混ざってわちゃわちゃしたい。

「クラッカー」
「、なんだよっ」
「連れて来てくれてありがとね。みんなの頭撫でたり、ほっぺむにむにしたり、だっこしたり、色んなことしたいから、体洗ってもいいかな?」
「っそういうのは、カスタードとか、エンゼルとかが得意だから! ほらやってやれよ!」
「、と、得意なだけだから!」
「やってあげるけど! クラッカーがいうからだから!」

 なんと!!! 姉妹にやらせて、俺と仲良くさせてくれようってことだったか!!! あ〜〜〜クラッカー可愛い〜〜〜!!! 気遣い屋さんなんだ〜〜〜可愛い〜〜〜!!
 うんうん、お願いします、と頭を下げてぺたりと甲板に座れば、よいしょとバケツに海水を汲んだクラッカーに盛大にぶちまけられる。
 あっこれは、と思えばやっぱり、かかったのかかってないのでまたぎゃあぎゃあ揉めはじめていた。
 うんうん、うんうん、実に子どもらしくてよい。甲板に子どもの声が響くのは、実にママの海賊団らしくてよい。
 こんなふうに、普通の兄弟みたいにケンカして仲良くして過ごす日々が、バカな海賊に煩わされずに過ごす日々が少しでも多くあればいい。

「そういえば……カスタード、エンゼル」
「っなに」
「……なによ」
「俺はナマエ、君達のお父さんだよ、よろしくね」

 よ、よろしくしてあげてもいいよ! という声が、甲板に響いた。
 俺の子ども達が本当に可愛い!!!






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