はじめましてまったり

 さくら、さくら。

「はァ〜……見事なもんだ」

 クラッカーから無事外出許可を得ることができた俺は、ひらひら舞い散る桜の花びらに感嘆の息をついた。
 見上げた空は満開の桜で埋まっていて、もっさりとした桃色の花束が枝の先を賑わせている。
 俺の記憶にある桜より厚手の花弁は、新世界の過酷な環境でも生き延びようとした植物の強さと、それを愛する人達が作り出した品種改良の結果らしい。
 この島の半分を埋めた固有種の桜は、一ヶ月は満開の美しさを見せてくれるんだとか。

「父さんもう行こうよ」
「ん〜あとちょっと〜〜」
「お花見は明日するんだろ?」
「そうなんだけどねェ〜きれいだな〜」

 ぐいぐいと手を引くクラッカーは、俺が道端の桜に夢中になっているのが気に入らないのか、それとも飽きたのか。
 はやくはやく、とつまらなさそうな顔で俺を急かす。本音をいえばもうちょっと見てたかったけど、クラッカーがつまらないならと歩き出した。
 途端にご機嫌になったクラッカーが、観光客で賑わう街並みをきょろきょろと見回していて。
 今日も可愛いなァ、クラッカー。

「なんか、変わったものが多いな」
「変わったもの?」
「あれ。あの棒とか、なんだろ」
「あれは簪だねェ」
「かん、何?」
「簪。髪を纏める道具で、装飾品のひとつだよ」
「へー」

 クラッカーのいう変わったものとは、この島独自の民芸品ことだ。
 この世界には日本によく似たワノ国というところがあって、鎖国してるから国交とかないみたいなんだけど。この島はずいぶん前からそのワノ国をリスペクトしていて、それはワノ国の文化と土着の文化を混ぜて独自の文化を形成するほどだったらしい。
 桜もその文化のひとつらしく、他にも和風建築されたホテル、旅館や料亭なんかがあちこちにある。
 クラッカーにそれを告げれば、父さんよく知ってんな、と驚きの眼差しを向けられた。

「クラッカー、この街の門のとこにあった石碑見なかったの? 書いてあったよ?」
「難しい言葉が多かったから、読めなかった」
「……あー…………なるほどね」

 ちょっと、困る予感が的中したっぽい。
 前から思ってたんだけど。クラッカー達、戦闘訓練はしてるけど、学力のほうは何もしてなくて、しかもヤバめだな? クラッカーがこうってことは弟妹はもっと学力がざんねんだな??
 元日本人なせいか、学力って言葉にちょっと敏感な俺としては、見過ごせない状況かも知れないな、と内心でため息をついた。
 本屋に寄って、学習ドリル的なものが売ってないか確認しよう。ぜったい、ぜ〜〜〜っっったい、クラッカーは勉強嫌いだと思うけど。でも勉強させよう。
 俺がそう思っていれば、困った顔でもしていたのか、はたまたそう見えたのか。クラッカーがめちゃくちゃ警戒する、イイ女達とやらに囲まれて、一斉に話しかけられてしまった。
 お困りですか?
 何をお探しですか?
 一緒に探しましょうか?
 それよりお茶でもどうですか?
 桜、きれいですよ?
 とまァ、大盛況、入れ食い状態に女達が集ってくる。この必死さ、どっかの店のお姉ちゃん達だな。客引き大変なんだろうなァ。
 なんてぼんやり思っていれば、俺の手を握るクラッカーの手に、ぎゅっと力が込められた。
 あ〜〜〜まだ不安なんだ〜〜〜。可愛いなァ〜〜〜。
 女達を無視してクラッカーを抱き上げれば、大人しく俺の首に手を回してくれる。ムスッとした顔のクラッカーに、女達は一瞬きょとんとした顔を見せて、次の瞬間には可愛い! と騒ぎ出す。
 お兄さんの弟くんですか? なんてね。

「俺の父さんに、なんか用かよ」

 弟疑惑がどうやら大変気に入らなかったらしいクラッカーは、いかにも不機嫌です、という顔で女達を見下ろした。
 父さん、の言葉に一瞬静まり返って、ええ〜! という悲鳴が上がる。
 お子さんいたんですか?
 子持ちには見えませんね。
 じゃあ子どもも一緒に遊べるところに行きましょうよ。
 この子可愛い〜。
 僕、何歳なの?
 なんて。そんな言葉が聞こえて、俺はクラッカーを引き寄せて一歩下がった。

「父さん?」
「……あのさァ。俺、息子に話しかけていいっていってないよね?」

 ねェ。真顔で凄むと、ヒッという声が女の喉から上がる。
 ちょっとだけ、本当にちょっとだけ怒気を乗せたつもりはあるけど、そんなにビビるなら話しかけてくんなよ。
 じとりと睨みつけてからクラッカーを抱いたまま歩き出せば、集っていた女達が離れていったので、そのまま道を進んだ。
 パチパチと目を瞬いたクラッカーが、俺を見下ろす。

「クラッカーはね、俺が他の人に好きだよっていったらイヤだっていうけど。俺だって、知らん誰かがクラッカーに気安く話しかけたら、それだけで気分悪いんだよ」

 っっはァ〜〜?? なんなんだあのメスども!!! クラッカーに話しかけていいって誰がいいましたか!!!
 しかも後半!!! 可愛い〜〜とかいって、ほっぺた触ろうとしてただろ!!! ざんねんだ……あのメスにはしんで貰うしかない……。
 そんな、過剰反応をしてチッと舌を打てば、クラッカーがぽかんとした後で、ふんわりと頬を緩ませた。

「へへ、そっか」
「モンペですいませんねェ」
「ペロス兄も、父さんのことモンペっていってたけど。モンペってなんだ??」
「……俺みたいなカッコよろしい父親のこと〜」
「ぜったい嘘だろ!」

 適当いうな! とプンスコ怒るクラッカーにポカポカ頭を叩かれて、俺も、にへらっと顔が緩む。そのまま、やいのやいの騒いで歩いていれば、意外とすぐに町外れまで着いてしまった。
 桜を売りにしているこの島は、それだけに植林場が広く、酒場や店や料亭、旅館なんかもある程度同じ地区に纏められているようだ。桜に囲まれた旅館なんかもいくつかあるみたいで、ちらりと見回しただけで目に入る。
 その分、桜のための植林場は広いけど、普通のお土産屋さんがある観光所みたいなところは少ないみたい。いやこれ、桜が咲いてるうちはいいだろうけど、桜が散った後はどうするんだ? まぁ俺には関係ない話だけど。
 昨日の、船員達の話から考えれば、そういう旅館、も中にはあるんだろう。でも思ってたよりふらっと立ち寄れる場所が少ないし、何より、店に貼ってあるチラシや置いてある出店のテントなどを見る限り、桜まつりのメインは夜のようだ。
 とすれば。これは自然公園的なところでシート引いてお花見するより、旅館を借りたほうがよいか?
 
「ねェ。クラッカー、旅館に泊まったことある?」
「旅館?」
「うんわかった。今日さ、ペロスペローくんってどこにいるのかな」
「ペロス兄はたしか……船にいたか? なんで??」
「ふふふ……クラッカー! 俺と子ども達でお泊まりしようぜ!」

 いえば、目を丸くしたクラッカーが俺を見たので、俺は急いで船に戻ることにした。
 お泊まり! おっ泊まりィ〜!!



「キャンディマン」
「なぜ?!?!」

 やめてェ! 死んじゃうでしょ!! 俺は簡単に死んじゃう生き物なんだよ!!!
 小声で叫びながら軽く嵐脚すれば、コーティングされた足からバリバリと飴が落ちていく。ペロスペローくんは不満そうにそれを見て、嘘つけ、と呟いてから顎に手を当てた。
 まったく。なぜ、クラッカー達と島でお泊まりしていいですかって許可を貰いに来ただけなのに、キャンディマンにされなければならないのか……理解できないよ……。
 しかしあれだ、さすがはペロスペローくん。このコーティングの強度は中々だな。たぶん嵐脚しなくても剥がせただろうけど、時間はかかったと思う。
 考え込むペロスペローくんを前に、そんなことをボソボソとクラッカーに教えれば、ペロス兄すげェ! カッコイイ!! と目を輝かせた。
 そんなクラッカーは可愛いね!!!

「ママには許可を取ったのか?」
「いや? たぶん、ママは許可くれるから。先にペロスペローくんに聞きに来た」
「ふぅん?」
「だってママが許可くれたら、ペロスペローくんはそれに従わないとならないでしょ?」
「……くくく。そういうところだけは気が回るんだな、ナマエは。おもしろいよ、ペロリン♪」
「楽しんで貰えたようで何より」

 で、お許しは頂けるのかと首を傾げれば、ペロスペローくんは俺をじっと見て、まァクラッカー達のことに関してはうるさいからな、と呟いた。
 うるさいって、何が?

「旅館の選び方だけは注意してくれよ。くれぐれも健全に、な。ペロリン♪」
「あ、あー、そういう。……ペロスペローくんはその、女は嗜んでいらっしゃる感じで?」
「嗜むってほどじゃないが。以前、シュトロイゼンに手配されたことがあってな」
「それ、正直余計なお世話では?」
「いいや? いずれ必要だったことだ。知っておいて損はないだろう」
「……立派だね」

 立派すぎて悲しくなるよ、と肩を落とせばペロスペローくんに、それこそ余計なお世話だと肩を竦められる。
 田舎のがくせいとか、性に関してはやいっていうけど、それでもちょっとは恋愛が絡んでる。ペロスペローくんみたいに、必要だからっていうのとは違う。
 最初の一回だし、よい思い出にしたくない? いえば、女みたいなこというなよ、と眉を寄せられた。

「それに最初の女より、最後の女のほうが大事だろ? ペロリン♪」
「っっ男前!! 普通に尊敬するよペロスペローくん!!」
「くくく!」

 マジか……マジか!!! なんだこの長男くん、さらっと、男として尊敬できるようなこといいやがる……!!!
 そうだよな、最初の女より最後の女だよな。人生最後に愛した女ほど、大事なもんはないよな!
 俺はそれよりクラッカーが大事だけども!!!

「……なァ。二人とも、なんの話してんだ?」
「いや何、大人の話さ。それで、だ。ナマエ」
「はい、なんでしょ」
「クラッカーが泊まることは許可するがね。カスタードとエンゼルは許可できないな」
「あらァ」
「お前がわからないはずもないだろうが……二人とも女子だからね。我慢してくれ」
「じゃ、じゃあ俺も泊まらなくていいよ」
「いいや? せっかくの機会だ。次がいつになるかもわからないのだから、クラッカーは行って来なさい。ペロリン♪」

 ニコリと微笑むペロスペローくんが、出来たばかりのキャンディをクラッカーに手渡す。クラッカーは二つあるうちの一つを俺にくれたけど、むぅっと唇を尖らせていた。
 ことある事に上がる事案だけどさ。カスタードとエンゼルが俺と長くいられないのは、女の子、が理由だからだ。
 こうやって過剰に守ることが、二人の価値を示す意味もあるし、どうしても厳しくする必要がある。
 父親とはいえ俺は男で、海賊なんて倫理観なんてないケダモノ揃いだ。実の子を売りつける奴だって海賊じゃなくても珍しくないし、そもそも、二人がひょいひょい男について行くような女の子だと思われるのもよろしくない。
 クラッカーも、カスタードもエンゼルも、まだ理解できないことだけど、ペロスペローくんはちゃんと理解してるから。だからこうやって厳しくするけど、でも弟妹の気持ちも汲んで、ギリギリまで譲歩してくれる。
 いやはや。本当にペロスペローくんには頭が上がらないな。俺も頑張るけど、その調子でクラッカー達のこと頼むよ。
 ……そんで、どうでもいいことだけど。このキャンディ、チェリー味だ。これはうまい。

「じゃ、カスタードとエンゼル誘ってお花見しようかねェ」
「……ん」
「そんで、今回は、クラッカーとお泊まり。カスタードやエンゼルとは、いつか、お泊まり」
「……」
「それでいいんだよ」
「……わかった」
「旅館の手配はしてるのか?」
「これからします」
「じゃあ、明日になるな。カタクリ達にも伝えておくよ」
「よろしく〜」

 告げてペロスペローくんと別れて、すぐママに許可を取ったけど、やっぱりママは好きにしなって感じだったよ。
 もう少し子どもに興味持ってよってば。

「クラッカー」
「なんだ?」
「お弁当作ってのピクニックは今度ね。今回はせっかくだから、島のお花見弁当を頼もう。それと島のスイーツも」
「! わかった!」
「限定ビスケットとかあるかな〜」
「あったら食べていいか?」
「よいよ〜なんでも買ってあげるね」

 ガリガリと飴を噛み砕いてからクラッカーを抱き上げれば、やっぱりまだちょっとは、カスタードとエンゼルに悪いなって思ってるみたいだけど、でも楽しもうと切り替えることにしたらしい。
 お花見って何するんだ、出店はどんなのが出るんだといっぱいしゃべってくれた。
 これは今日の夜は先に出て下見しておくべきか……? いや、勝手に出たことがバレたらまた不安がるかもしれないし、情報集めだけで終わらせとくか。
 思いながら、着物を着せるのは無理かな、と俺のワガママも思い浮かべておいた。
 なんつーの、打ち掛けっていうの? あと羽織り? それくらいなら着せても苦しくないだろうし、元の服の上から着てもらうだけだし、平気かな?
 そんなことを考えながら、船の中を歩いた。



 次の日も快晴! 絶好のお花見日和!
 はしゃぐ子ども達の手を引いて行った旅館は、健全に、と念を押されたのもあって、酔っ払って騒ぐ大人がいないとこを選んだ。
 受付やお土産屋さんは本館にあるけど、泊まるところは旅館の敷地内にある桜の中にある離れの中で、その中からでも十分に桜を楽しめる。
 ただ離れ自体はそんなに大きくなくて団体客には向いてないし、桜もこの島の中ではこじんまりとしてるから、老人や家族連れだけを受け入れているらしい。
 俺はまだ若いから、酔っ払って騒がないって誓約書にサインしたし、その他に女を買って連れ込まないってサインもした。
 海賊にそういうの通用する??? って思わなくもないけど、まぁまぁ強そうな警備さん達もいたから、破ったやつには制裁を加えることくらいできるのだろう。
 つーか、そもそもこんなめんどいことするところにわざわざ泊まらんでも、他に旅館はいっぱいあるしな。

「父さんはやく!」
「お父さんこっち!」
「お父さん急いで!」
「はァ〜〜〜天使が三人もいる〜〜桜は逃げませんよ〜〜〜」

 本館にあった着物屋さんで打ち掛けや羽織りを買って、それを着ながら桜の中を歩けばお花見気分は天井知らずで上がっていく。
 きゃあきゃあ笑いながらはしゃぐ三人を、手持ちの金をはたいて買ったカメラでぱちりと撮った。
 この世界、カメラって中々貴重なものなんだよね。今後の給料は全部こっちに消えそうだ。現像はすぐできるポラみたいなやつだからよかったけど。
 撮った写真を丁寧にしまいながら後を追えば、桜の花が満開で、桜の花びらが散る中わを子ども達が駆ける。
 まるで、日本にいるみたいだけど。でもクラッカーの紫の髪は日本ではお目にかかれないものだから、やっぱり日本じゃないんだなと思った。
 帰りたいとは微塵も思わない。今は、クラッカー達を見守って、一緒に成長していくのが俺のやりたい事だから。
 ……そういえばドリル。買わなきゃな。

「お父さん、ここ?」
「桜の間、六号室。ここだね」
「入っていい?」
「俺が先に入るからちょっと待って〜。クラッカーは外見てて」
「わかった」

 テンションのまま離れに入りそうなカスタードとエンゼルを押し止めて、クラッカーに辺りを警戒して貰いながら中を一通り確認する。何もないとは思うけど、念のためね。
 特に何もなく確認を終えたので、中に入っていいよ、といえば、カスタードとエンゼルが勢いよく入って来た。
 わあ、と驚きながら室内を見回る二人をそのままに、ありがとうとクラッカーの頭を撫でる。
 警戒してたクラッカーもカッコよかった!

「とりあえず、お茶飲もう」
「父さん、これは?」
「お茶請けだね。桜の塩漬けとは風流な」
「……食えんのかこれ」
「食えるけど、まァ甘くはないよ」

 甘いのはこっちだね、と。さっき着物を買ったときに一緒に買っておいた団子を出せば、三人の目がキラキラと輝いた。
 あァ〜〜〜甘いものへのこの反応〜〜〜可愛い〜〜〜。あんこもみたらしもごまも、なんか変わりどころでいったら、うぐいすあんとかずんだなんかもあったから、とりあえず全部買ってみたけど。あんこが多いな……まァ食べてよ!
 それぞれの味をちょっとだけ説明して食べさせれば、おそるおそる、でも勢いよく、ぱくぱくと口に入れていく。

「うまっ!」
「これ美味しい!」
「これ好き!」
「俺は三人が好き〜」
「いや、そういうのはいいから。父さんも食えよ」

 ほら、と串を向けられたので、クラッカーが食べてたみたらしを一つ貰う。
 さすがみたらし、ハズレない味だ。
 感心してれば、カスタードやエンゼルも自分の食べてた団子を差し出してくれたので、一つずつ貰っておいた。
 いつの間にか、自分の食べてるおやつを人にあげられるようになったんだなァ……お父さん、お前らの成長がうれしいよ。
 もぐもぐ、ずずっと茶を飲みながら思って、花を見上げる。さわさわと吹く風に揺れる桜はキレイで、ほう、と息が漏れた。クラッカー達も、俺と同じように桜の花を眺めている。
 こうして一緒に何かを見たり、遊んだりしているのが、三人の思い出になってくれればいいな。

「団子美味しいねェ」
「うん」
「あんまり食べないけど美味しい」
「あァ。船のスイーツで、団子はあんまり出てこないからなァ」
「父さんは団子好きなのか?」
「あったら食べるけど、甘いのはあんまりなァ」
「本当に何食って生きて来たんだよ……」

 呆れたようなクラッカーの言葉に、カスタードもエンゼルも頷く。
 まァ、君たちはスイーツが主食だからね。俺でいうとこの米がスイーツみたいなもんだからね。……それはいいすぎだけどね!
 とりあえずスイーツを食べないなら何を食ってたんだという考えには、心配しないでよいよというしかない。

「お花見弁当も美味しいからねェ。団子食べたら、またその辺、散歩しようね」
「ああ」

 こくりと頷いてまた団子を食べ始めるクラッカーが可愛い。
 こんなにまったりする日も、クラッカーやカスタード、エンゼルが可愛くて世界は輝いてるなァと思った。







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