はじめまして生存戦略

※いつもより真面目にシリアルしてる
※クラッカー少なめ



 ビッグマム海賊団では、宝の取り分とは別に功績に応じて報奨が出る場合がある。
 たくさん敵を倒したり、懸賞金が上がったり。様々な理由で貰えるそれは、大体が生活していく上で融通を効かせて貰えたり、優遇して貰えたりするのがほとんどだ。
 例えば、毎日好きなスイーツを優先して貰えるとかね?
 イヤイヤ、うちはみんな食に関しては貪欲でヤバイ奴ばっかだから、これが意外とバカにできないんだ。報奨は指揮を高める意味で貰えるんだけど、好物なんか貰っちゃったらもう効果覿面。俄然ヤル気出しまくる。俺も過去に貰ったけど、クラッカー達を優遇して貰うことで毎回ヤル気出してた。
 今回はそうじゃないお願いがしたくて、報奨でないかなーって思ってたんだけど。その期待はどうやら外れなかったらしい。
 海軍基地襲撃の活躍が認められて報奨が貰えることになった俺は、ママがある程度のワガママは聞いてやるといったので、そうかそうかとちょっと強気に出てみた。

「半年……いや、3ヶ月でもいいな。兼任で構わないから、今ざっくり分けられてる各隊のリーダーを部下にしたい」
「あァ?」

 幹部達を周りに置いたママの前でそういえば、殺気よりも先に、何いってんだコイツ、という困惑気味な視線を多く向けられる。
 というか、殺気がほとんどない。困惑気味な視線以外は、ナマエがまたなんかいい始めたぞ、という呆れた視線だ。
 海賊団の古参で重要な幹部であればあるほど呆れていて、困惑気味なのはそのすぐ下辺りにいる部下、殺気を飛ばしてるのはなんでここいるのかわからん中堅以下ド新人と、それはそれは勤続年数でくっきりと別れていた。
 殺気と困惑は予想の範囲内だ。力が物をいう海賊にとって、俺の下につけなんていきなりいわれたら殺したくなる。少なくとも俺はそう。困惑はたぶん最初だけで、後で殺意になるだろう。
 だからそのふたつはわかる。わかる、けど。呆れた視線って何?? 俺、なんか呆れられることしてきましたか???
 そう返せば、いやお前……的に視線はもっと呆れたものになった。
 はーん? その視線はクラッカーに絡んでるときによく向けられるやつだな??? なるほどなるほど、いいたいことはわかった。まーた俺の頭がおかしくなってんなァ、たぶん、クラッカー関係でなんかいい出したんだなァって思ってんだな?? 俺は前科ありすぎるからな!!
 でもな、クラッカーのことは一旦おいとけ。今は仕事中でな、俺も仕事してんだわ。仕事にプライベート持ち込むな?? わかるだろ???? どの口が……とかいった奴は話が終わったら船尾な。

「ママに不利益なことはしません。クラッカーに誓って」
「そんなことは心配してねェんだよ」
「なんかするって疑われないのかぁ」
「おれの不利益はクラッカーの不利益だかねェ。それで、部下にしてどうするつもりだ?」
「さすがママ、よく分かってらっしゃる。……元海兵って経歴だから、疑われんのもめんどいなって思って口出さなかったんだけどさ」
「あァ」
「元海兵だからこそいえることもある。いや、いいたいことがあるんだ」

 その場の、それぞれの思いをしっかり乗せた視線を体一つで受け止めて、いう。

「この海賊団の船員みんな、事務処理能力が低すぎる」

 全員が、きょとん、とした顔で俺を見た。
 見て、俺がただの脳筋だなと思う船員は意味がわからずに首を傾げ、脳筋だけど察しがいい船員はなんとなく視線を上に向けて考えてたりしてる。
 俺が、コイツ壊滅的な中でよく頑張ってんな、コイツ苦労してんだろなって思ってた数少ない頭脳担当の船員達は、俺の発言に一瞬で目を輝かせていた。
 なんで気づかなかったんだ! ナマエは元海兵!!! つまり事務職経験者だ!!!
 新たな労働力を見つけたその顔は、元の世界でよく見ていたものに似ていて、ちょっと早まったかな、と顔を引き攣らせたけど。これはあくまで布石だから。ここで臆して、この後の計画が総崩れになると困るから、気合いを入れ直す。
 正面に視線を戻せばママは、察しがいいけど、の人なので、わかったようでわかってない顔で首を傾げていた。

「ピンと来てないかもだけどさァ。事務処理、つまりは細々とした書類に物事を記しておくことって、すごく重要なことなんだ。今はまだウチは小さい……いやそんなに小さくはない海賊団だけど、でも事務処理担当の幹部達が頑張ってくれてて、だからそれなりにやっていけてる。でも、もっともっとウチが大きくなるのであれば、絶対いつか崩れる。最低限でも部下のいる幹部くらいは、ちゃんとした事務処理ができるようにすることが必要なんだよ」

 本来であれば、下っ端の船員にこそ事務処理をして欲しいものなんだけど。
 海賊になろうってやつに学があるわけもなく、文字が書けないやつだってざらにいるから、そこは長い目で教育していくしかない。
 早急に必要なのは幹部、もしくはその腹心の部下が一人で事務処理をこなせるようになるだけの指導だ。

「ママ。あなたは夢の国を作りたいといったね。海賊団じゃなく、国だ」
「あァ」
「夢の国を作って、その後はどうする? 統治は? 国家の体制は? その国を長く続けるために必要なものを、あなたはわかる?」

 いえば、唸るような声を上げてママは黙った。
 療養中で暇だからって聞いてみた、ママがいってた夢の国の話は、どうやら俺が思ってたよりもガチ目に国作りするつもりらしいってことだった。
 一から作るのは大変じゃないか、どっかの国を乗っ取ればいいんじゃないかって、他の幹部達もいったけど、ママはそれはあんまり乗り気じゃない。ママが乗り気じゃないなら、乗っ取り案は間違いなく却下されるだろうなァ。誰もがそう思ってる。
 だから、一から国を作るのに何が必要なのかを俺なりに考えてみた。まァ俺が考えられることなんてたかが知れてるけど、暇だしってね。
 それで、考えるまでもなく、国という巨大や組織を動かすためには、今以上の統率力と、それ以前に統率するための組織体制が必要だって思ったんだ。
 元は海兵だから、やっぱりそういう組織的な動きが気になる俺は、なんとなくママをトップにしたうちの体制を考えながら、料理長や古参の幹部を要所要所に据えた。
 海賊団もある意味で組織だから、重い役職のある船員達を大臣の地位に置いていけば、ある程度の枠は埋まっていく。
 だけどやっぱり。どうしても、人員が余るか、足りないかしてしまう。大臣を最低限に絞って枠を埋めていけば人が余るし、細かく分けて枠を作れば人が足りない。
 手詰まりで書きなぐった紙を放り出すまでわずか数十分。俺の頭が考えられることだけでこの有様だ。
 不安要素が、しかも結構重いヤツがどんどん出てくるんだから、話し合いでもしたら、もっとどうにもできないかもしれない不安要素だって出てくるだろう。
 そのとき、現状の幹部達の力でそれは解決するのか?
 いや、最悪。話し合い、会議で不安要素が出てくることがなかったら?
 俺みたいに短い期間しか組織にいたことがないやつでさえ気づけるものを、幹部達が気づけなかったら?
 そんな無能しか幹部にいないと、下の船員達が知ってしまったら?
 それだけで、この海賊団を揺るがすには十分じゃないだろうか。

「つまり。現状の能力だけで国を作るのは、本当に夢物語だと俺はいいたい。……でもママが作りたいなら、それ自体に否はないんだ。だから今から、夢の国を作ることを前提に確実に幹部さん達、いけるなら下の船員達にも事務処理能力を身につけさせたいんだよね」
「なるほどねェ……。ナマエ。お前は頭がおかしいのに、何故こういう事に気づけたんだい?」
「これでも元海兵だからね……って。頭がおかしいのは今関係ないでしょ??? ペロスペローくんも前に似たような事いってたよ???」
「そりゃあ誰でも思うだろうよ」

 呆れた声でいうママに、視界に入った幹部達も同意して、うんうんと頷いている。
 はァ〜〜〜?? 今そんな話してないでしょ??? 俺が真剣なんだからお前らもちゃんと真剣に聞いて??? 人生であと何回あるかわからん真剣さなんですけど???
 思いっきり不満顔して見せれば、だからお前にそんな面する資格ねェから……みたいな視線をたくさん向けられる。
 うっぜーな。もういいわ。とりあえず俺が話したいこというわ。

「で! だ。その許可を貰えるなら、合わせて子ども達の教育をする許可も欲しい」
「子ども達の教育?」
「うん。先を見て幹部さん達に指導するように、これから先、ママの手足となって活躍してくれるだろう子ども達の教育も必要だと思うよ」
「そうだねェ」
「教育すんのは俺じゃなくてもいいけど、ペロスペローくんとかカタクリくんくらいは幹部さん達と一緒に指導しても良さそうかな。下手したら幹部さん達のほうが、ペロスペローくん達より能力低い可能性もあるしね」

 ペロスペローくんとカタクリの優秀さは、この場に呼ばれた幹部なら誰でも理解してる。理解してない、なんでお前ここにいんの? ってやつらは、どうだか、みたいな顔で肩を竦めては馬鹿にしたように笑うけど。そんな顔をしちゃう辺りが、ペロスペローくんやカタクリくんよりも能力が低いことを如実に表してんだよなァ。
 ここでいう能力ってのは頭のことだ。大人より子どもの脳ミソのほうが学習能力が高く、柔軟に動いてくれる。それはどの世界でも一緒で、戦闘能力はまだ大人に負けるかも知れないけど、こっちの話ならペロスペローくんやカタクリくん達に期待出来るのだ。
 それを柔らかい言葉で説明しても馬鹿どもは理解できてなかったけど、ママや古参の幹部には伝わったみたいで、なるほどと深く頷かれた。

「クラッカーは別でいいのかい?」
「クラッカーがどれくらいできるかわかんないからねェ。たぶん勉強嫌いだろうし、俺が教育したら甘やかして身にならなそうだ」
「ナマエ……お前は本当に、なんでまともな思考回路があるのに、頭がおかしいんだい?」
「だからそれ今関係ねェよなっつってんだろ」

 俺は!!! まじめな!!! 話を!! している!!!!
 イラァっとした顔で返せば、わかったわかった、とママが手を振って料理長を呼んだ。今、事務処理を一任されている古参の幹部さん達も一緒に寄っていって、ナマエに任せてみるべきだと力説している。
 ナマエの事務処理能力がどのくらいのものかはわからないが、自分達には他の幹部を指導している時間がない。だがナマエのいう通り、幹部の能力の一定化は急務だと思われる。ここはナマエに、子ども達の教育も含めて一度任せてみてはどうか。
 あまりに熱の入った説得に、ママはともかく、状況がよくわかってない幹部達が押され気味だ。お前らがそこまでいうなら任せて見てもいいんじゃないか、という意見がほとんどらしい。
 話をしてる間、手持ち無沙汰な俺が視線を感じて目を滑らせれば、ペロスペローくんがじっと俺を見ていた。その視線はママとも幹部さん達とも、中堅、新人の船員とも違う意思を乗せている。
 ……やっぱりペロスペローくんは素晴らしい。この子がクラッカーの兄であることが、おそらくクラッカーにとって最初の幸運だったのだろう。
 あとで、と口パクすれば、すっと目を伏せてくれた。

「……あァ、ならそれで決まりだ。ナマエ」
「はいママ」
「お前に半年時間をやる。今事務処理をしてる幹部達が納得するだけの事務処理能力を、それを持ってない幹部に教えこみな。その間、今まで通り戦闘にも参加して貰う」
「もちろんです」
「子ども達の教育も合わせてやらせるが……できるな?」
「はい。その分、子ども達が請け負ってる仕事を他の船員に負担して貰うのは構いませんか?」
「いいだろう。子ども達がやってた仕事は、誰でもできることだからねェ」

 そう。それな。
 子ども達がやってた仕事っていうのは、大半が船の雑事だ。荷物運んだり、荷物整理したり。宝や食糧なんかのダメにされたら困る物を除いたそういうのを、あっちへこっちへ移動させるだけの簡単な仕事。
 そういったものが、子ども達の仕事として割り振られてるわけだけど。
 その誰でもできる仕事を、なぜ子ども達がやんなきゃならない?

「詳しい事はこれから幹部達と話し合う。お前は指導とやらの準備でもしておきな」
「了解しました。ワガママを聞いてくれて、ありがとうございますママ」
「マ〜ッマッマッマ!」

 胸に手を当てて一礼する、騎士の礼。
 まだ数えるほどしかした事がないこの動作が、いずれ俺を示す動作となるように振る舞い、働くつもりだ。
 そのまま踵を返して謁見の部屋を出れば、途端にざわざわとした雑音が耳に届く。生活感溢れるそれに目を細めて悠然と歩けば、
あちらへこちらへ走り回る船員達の間に子ども達の姿が目についた。
 その中に、自分の体くらいの荷物を運ぶ、紫の髪を頭のてっぺんで結んだクラッカーがいる。
 体が上下するのに合わせてぴょこぴょこと動く、しっぽというかアンテナというか、ちょっとばかり伸びた髪を結ぶのは、この前の桜の島で買った髪ゴムだ。
 カスタードやエンゼルに桜のヘアピンを買ってあげたことを羨ましがったクラッカーに、俺が買ってあげた物だ。ちなみに俺とお揃いなので、俺もこれから結べるくらいには髪を伸ばそうかなと思っている。
 そんな、俺に気づかずに仕事を頑張っているクラッカーの隣へすすすっと体を寄せると、持っている荷物を一気にすくい上げた。
 床近くまで体を倒してから一気に、しかし荷物に負担がかからないように持ち上げるのって、ちょっと大変だったりするけど。でもクラッカーにいいところを見せたいので、きっちりやってみせた。
 いきなり軽くなった腕の中に、驚いたクラッカーの目がぱちぱちと瞬いてから、慌てて俺を見上げる。

「っ父さん! びっくりさせんなよ!」
「はァ〜元気が良くてよいことですよクラッカー」
「俺の話を! 聞いてんのか!」
「痛い痛い。足をげしけし蹴るのやめて」

 膝裏から下を蹴られつつ、荷物の中身を伺いつつ、クラッカーが向かおうとしていた倉庫へと足を動かす。
 クラッカーは、父さんにやって貰わなくても、とボソボソいっていたが、俺がやりたいんだよ、といえば、仕方ないなと荷物を譲ってくれる。そしてそのまま、俺の隣をトコトコと歩いてくれた。
 はァ〜〜! 朝も会ったけど、今日のクラッカーも可愛いなァ!! そのアンテナも可愛い!!! みょんみょんしてる!!!

「クラッカー、髪、誰にやって貰ったの?」
「カスタードなんだけど、あいつヘッタクソだった! 髪すっげェ引っ張られた!」
「あらァ。痛そー」
「結んだことねェくせに、できるとかいってよー」

 ぷりぷりと怒るクラッカーの結ばれた髪をよく見てみれば、確かに、ちょっとほつれてる感じがする。ぐちゃぐちゃってほどじゃないけど、ボサボサしてるというかね。
 でもそんなこというけど。クラッカー、カスタードの結んだその髪、ほどかないんだねェ。姉妹思いなところ、隠してるみたいだけど出ちゃってるんだよなァ。可愛い。

「父さんは何してたんだ?」
「んー、会議? これから忙しくなるから、そのお話してた」
「! 仕事貰えたのか?!」
「うん。お父さん、やっと戦闘以外の仕事が貰えることになりましたよ」
「!!!」

 にひっと笑っていえば、クラッカーが頬を赤く染めながら目を輝かせた。
 俺は今まで、クラッカーや子ども達がやってるような雑事以外の仕事を貰えてなかった。元海兵だからって建前ではいわれてたけど、正直、手が足りてるっていうのが本音だったんだろう。
 ビッグマム海賊団の古参は手練揃いで、ここ数年幹部達の大きな入れ替えはないらしいから。それぞれの幹部が担っている仕事が円滑に進んでさえいれば、海賊団はうまく回る。
 中堅の船員達だって幹部達の手伝いくらいしかやる事がないし、そもそもそういうのはそれぞれの腹心の部下がやるから、決まった上司がいない中堅〜新人、俺みたいな取り扱い注意の船員にはろくな仕事が回ってこないのだ。
 だからまァ。雑事じゃない決まった仕事を任せられるというのは、海賊団の一員として認められた証拠でもある。だからクラッカーは、すっごく喜んでくれてるんだけど。
 俺はそんな環境をいいことに、クラッカーを構い倒したり、たまに戦闘訓練をしたり、クラッカーと遊んだり、カスタードやエンゼルとお茶したりしてたわけだから、仕事ないほうがいいなァって思ってたし、ダラケていたかった。
 でも、俺は頑張らなきゃならない。

「詳しいことはまだいえないんだけど、お父さん頑張るからねェ」
「応援する!!」
「うれしい〜。でもクラッカーと遊ぶ時間が少なくなるのヤダな〜」
「俺もヤダけど応援するから頑張れ!!!」
「ふわぁ……可愛いんだァ……」

 ヤなんだ?!!! 俺との時間が少なくなるのヤなんだ?!?!!! あァ〜〜〜!!! 可愛い〜〜〜〜!!!
 ンンンッと唇を噛んで悶えていれば、早く運べ! とクラッカーが足を蹴ってくる。しかしそのきつい言葉とは裏腹に、にこにこと笑顔を浮かべていた。
 クラッカーは、俺が認められて本当にうれしいみたいだ。
 これから仕事の準備をするんだよ、と荷物を運び終えてからいえば、俺の手伝いよりそっちをやれよ! とグイグイ手を引っ張られて自室まで連れて行かれる。

「父さん! 頑張れ!!!」
「うん。クラッカーのために頑張るねェ」

 そういって、クラッカーに手を振った。
 うんうん、頷いて笑って、クラッカーは駆けていく。まだまだ、荷物を運ぶために。

「……人は余ってるのに、なァんで、クラッカーがあんなことしなきゃならないんだと思う?」

 見えなくなったクラッカーの姿をまだ惜しんで視線をそのままに聞けば、とん、と壁に寄りかかった小さくも大きな影が答えてくれた。

「弟妹に、価値がないからだ」
「正解だよペロスペローくん」

 向き直れば、隣にはカタクリくんもいた。揃って顔を曇らせて、俺の言葉を聞いている。

「ママの子ども。それ以外の価値が、君やカタクリくん、ダイフクくん、オーブンくん以外の子ども達にない」
「悲しいことだがね、ペロリン♪」
「ナマエ。だからお前が弟妹を教育して、それ以外の価値を付けようというのか」
「そうだよ。ねェ、ペロスペローくん、カタクリくん」

 呼べば、二人は悔しそうに顔を歪めて俺を見返した。
 その悔しさが、視線の強さが、何故お前に出来て俺に出来ないのだという、不甲斐ない自分への憤りが。
 全部全部、兄としての矜恃の高さを物語っている。

「ママは、夢の国を、国を作るといったんだ。普通の国で考えるならね、女子なら政略結婚のために使えても、男子がいすぎるのは害にしかならない」
「次代を争う羽目になるだろうね」
「そう。しかも子ども本人にそのつもりがなくても、くだらない勢力争いなんかに巻き込まれてしまえば、最悪裁かれる」
「…………」
「俺が、この俺がね、ペロスペローくん。そんな事、許すと思う? クラッカーに対するそんな害悪を、許すと思う?」

 返事を求めるように聞いておいて、俺はその実、返事なんて求めてない。
 許せるわけねェだろ。
 価値がないから、荷物運びなんて仕事をして、使えるって証明しなきゃならないクラッカー。子ども達にはそれしか価値がないとしてしまってる、この海賊団の体制も。
 働く子ども達を目にもとめずにギャハギャハ笑って怠惰に過ごしてる殺してやりたいバカ共を、許せるわけがない。

「教育して、代わりなんていねェように、国に必要な人材にしてやる。クラッカーの人生がこの先も、こんなクソみてェに消費されていくなんて許せねェ」
「ナマエ」
「君らはクラッカーのついでだけど、教育は真面目にやるよ。兄弟姉妹が不幸になったら、クラッカーが悲しむ」
「……お前は本当に、クラッカーのことしか頭にねェなァ、ペロリン♪」
「何を今更。俺はクラッカーのためにしか生きてない。逆をいえばね、クラッカーのためにならないのなら、俺に生きる価値なんてないんだよ」

 いい切れば、ペロスペローくんが困ったように眉を寄せた。カタクリくんも、眉間の皺を深くして俺を睨んでる。
 いいたいことはわかるよ。子ども達に価値がないとされて怒ってる俺が、自分の価値を軽く見るような発言をするのは、さぞかし癇に障るだろう。
 でも、事実だ。俺はそれ以外の価値を俺に見い出せない。

「まァ、ママにいったことに嘘はないから。クラッカーの教育は、俺以外がやったほうがよいと思うけど」
「いや、クラッカーもお前に教育させる」
「ん? ペロスペローくんなんて??」
「クラッカーもナマエに教育させるとペロス兄はいったんだ」
「何故?????? 俺、クラッカーに厳しくできませんよ?????」

 せっかくいい感じに話が終わりそうだったのに、ひっくり返されてぱちぱちと目を瞬けば、それは俺も危惧しているが、とペロスペローくんがいう。

「ナマエの案には全面的に賛成だ。だが俺としては、幼い弟妹にも今から教育をしておきたい。早ければ早いほど身につきやすいだろうし、俺達やクラッカーくらいの年の弟妹が、お前の手を借りることなく幼い弟妹を教育できるようにしたいんだ」
「……なるほど。そういう体制さえきちっと作っておけば、俺に何があっても子ども達は価値のある存在のままでいられる、と」
「お前に殺してやりたいやつらがいるように、お前を殺してやりたいやつらだってたくさんいるさ、ペロリン♪」
「ハハッやれるもんならどうぞ?」
「それはそいつらにいってやれ」
「いずれね」

 ニヤリと笑みを浮かべて見せれば、ペロスペローくんが面白そうに笑って、カタクリくんが呆れたように目を細めた。
 俺が元海兵だからか、それとも使える戦闘員だからか。なんだかわかんないけど。俺を憎んでるやつはそれなりにいる。
 恨みを買うほど長く在籍してないからまだそれはないけど、このままなら時間の問題だろうなァ。クラッカー達に何もされないなら別にどうでもいいんだけど。俺、そう簡単に殺られませんし。
 まァ。そいつらはコツコツと処分していくつもりなのでお構いなく。

「んじゃあ、いずれお兄さんお姉さん達が下の子に教育ができるようにやっていくね」
「あァ頼んだ」
「頼まれました」

 そういって了承すると、一瞬だけ、ホッとしたような顔をペロスペローくんが見せて。
 あァ。この子もまだまだ子どもだったなァって思ったよ。

「ねェ、ペロスペローくん。気にしなくていいからね。俺の価値は、俺が自分で作るから」
「っ!」
「俺から教育を取り上げたところで、俺の価値がまったくなくなる、なんてことはないから。君は安心して、弟妹のことだけを考えていればいい」
「ナマエ」
「君のような弟妹思いの子が長男で、クラッカーの兄で。クラッカーも俺も、誇らしいよ」

 自室に入ってドアを閉める前に。ペロスペローくんに微笑んでいった。
 子ども達が自分達で弟妹を教育できるようになるということは、こうやって俺が、この海賊団で他に誰も考えられなかった案を出して教育体制を確立させたとしても、それ以上やれることがなくなるということだ。
 それは、いくらこの件に俺が身を削る思いで取り組んだとしても、俺の功績は微々たるものだけで、しかも体制さえ作ってしまえば俺はその時点で用済みになるということでもある。
 俺は働けるだけ働かされて、その後はいらないものと扱われる可能性が高い。まァ、この件に関してはって話だけど。
 ペロスペローくんはそれをわかった上で、価値を得る弟妹のために俺を都合のいいように使うことを決めたのだ。
 まったく。そういうのは、本当はママが考えることだろう。俺を、クラッカーが大好きな俺を、そんな駒みたいに扱うなんて、さすがにペロスペローくんといえど心が痛むのに。ペロスペローくんはその罪悪をけっして口に出さず、飲み込んで、俺が気づかないならそれでいいと思おうとしてた。
 本っ当に大人顔負けの子め! ちょっとは大人にいい顔させてよ!! 俺はクラッカーに、カッコイイお父さんの顔を見せてあげたいの!!!

「俺を頼れとはいわないよ。ただ、好きに使ってくれて構わない。さっきもいったけど、俺はクラッカーのために生きてるし、クラッカーは兄姉や弟妹の幸せが何よりうれしいんだからね」
「……それでお前がひどい思いをするのも、クラッカーは望まないと思うがね」
「へ? ひどい思いなんてするわけないじゃん。クラッカーが幸せなら俺も幸せなんだから、win-winでしょ」
「そのwin-winは成り立ってないと思うんだが、お前、」
「っはァ〜〜〜?? 成り立ってないとは?? まさかクラッカーが可愛いくねェっていう?? 大丈夫??? 目玉ある????」
「ペロス兄はそんなこといわねェだろ」
「クソ、ナマエの病気が出ちまったか」
「さっきまではまともに話せてたのにな」

 なんか、罪悪感ありますって顔してたペロスペローくんが、いつの間にかいつもの呆れ顔をしてるんですが??? カタクリくんと2人で呆れた顔をしてるんですが??? どういうこと?? 突然なんかの化学変化でも起きてたのかな???
 まァそれはいいんだけど、win-winが成り立ってないってどういうことかな。クラッカーが幸せなら俺も幸せって、それはwin-winでしょうが。
 いっても、そういうのはwin-winとはいわねェんだよ、と口を揃えて返される。
 何故??? どっちにも得しかねェことをwin-winっていうんじゃないの???

「というか、俺の幸せは俺が決めるし、俺がwin-winといってるんだから問答無用でそうなので。ペロスペローくんにとやかくいわれたくありません」
「幸せをキメるに聞こえるんだよなァ……」
「ん? どゆこと??」
「……まァいい。お前がそういうなら、それで良しとしておこう」
「ペロスペローくんって自己完結多くない?」
「お前がまともに会話できるなら、そうしなくて済むんだがね、ペロリン♪」

 はァ、とため息をついたペロスペローくんは、手に持ったステッキをくるんと回してから、かつっと床を叩いた。

「とりあえず、だ。俺もカタクリも、お前はクラッカーが悲しむようなことだけは絶対しないと確信している」
「ありがたいことです」
「お前が必要以上に苦労するのもクラッカーは悲しむと思うが、今回に関してはそれでもやって貰うしかねェ」
「うん」
「ナマエ。俺達のために、やってくれるか」
「もちろんだよ、ペロスペローくん、カタクリくん」

 しっかり目を見て頷けば、二人も同じように頷いてくれる。
 クラッカー達に、子ども達に価値をつけ、その価値を証明すること。
 それを共通の目標として、この日、俺達は手を結んだ。
 クラッカー。お前や、お前の兄姉弟妹の幸せは、ちゃんと俺が守るからねェ。




 余談だけど。
 このときの功績やその後の働きで、俺は『策士』だの『参謀』だのと称されるようになり、果てには手配書にまで『参謀騎士』とかいう訳分からん通り名を付けられるようになる。
 そのせいで、大して良くもないのに頭が良いと思われたり、いつもなんか計算してるやつだと思われたり、海賊団で事件が起きる度に裏で糸を引いてる黒幕だと思われたりしてしまって。その割にクラッカー狂いって中身を知ってるママや総料理長、古参の幹部達からの信頼が厚いものだから、周りからすれば底の知れない恐ろしいやつだと思われるようになってしまうのだけど。
 このときの俺には、もちろんわかるはずもないことだった。





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