救いの祈り
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その笑顔ごと束縛したい
『あのあとは大変だったわね…』
しゃかしゃかと卵を泡立て器でかき混ぜてつぶやいたのは名前。
あの現実味のない夜の出来事で思い出したことがある。
それは前世の自分だ。
前世の自分は平凡な人生を歩んでいた。
その中で社会的にも爆発的な人気になったマンガの世界に、まさか自分が転生しているとは思わなかった。
砂糖と牛乳を加えると、良く混ぜる。
フレンチトーストを仕込んでいるところだ。
名前はあのあとすぐに目を覚ますと、煉獄さんが詳しく説明してくれた。
そして、屋敷を見回ったが生存者は1人もいなかったと。
前世の記憶を取り戻したばかりで混乱してまともな返事ができなかったが、藤の花の家紋の家で一晩休ませてもらうとすぐに行動を開始した。
まず、私は名字家の一人娘だった。
正一様を婿に取り家を継ぐはずだったが、それを叔父夫婦にさっさと譲った。
名前は生粋の華族令嬢であったが、前世の私は一般庶民だった。現代の価値観を知ると、自分の好きなことをして生きていきたいと思った。
私はモダンな喫茶店をやりたい。
前世ではモダンな喫茶店をやるのにはとにかくお金が必要だった。庶民の私にはそんなお金がなかった。
でも今のわたしなら?
家を譲ったと言え、叔父夫婦は私のことを良く可愛がってくれていたので私が喫茶店をやりたいと言っても「純喫茶ならいいだろう。応援する。」と言って小さな店と最新の設備(電気冷蔵庫まで!)を揃えてくれた。
私は華族として生きていくことをやめたが、叔父夫婦はこのままここで住めばいいといってくれた。
その言葉に甘えるわけにはいかないと、小さな屋敷に移り住み、自身の店を整えた。
厚めに切ったパンを作った液に漬ける。
そのまま冷蔵庫へ入れると仕込みは完了だ。
よし、とフリルのついたエプロンを外すと店を出て鍵をかける。
今日は記念すべき私の喫茶店のオープン日。
しかし現代と違ってSNSで発信できる訳ではないのでお客様がくるか分からない。
しばらく歩いて見えてきた屋敷、表札には煉獄の文字が。
『ごめんください、煉獄杏寿郎様はいらっしゃいますか?』
門扉で声をかけると、ちょうど鍛錬終わりなのか汗を拭う煉獄さんが出てきた。
「む?きみは…」
『先日はお世話になりました。
実はわたくし今日から喫茶店を始めたのですが…お礼を兼ねて、最初のお客様になってはくださいませんか?』
もちろんお暇であれば、ですが。
そう付け足すの煉獄さんは瞬いてこちらをじっと見てきた。
「ふむ、そうであったか!ちょうど鍛錬が終わって腹が減っていたからあとで伺わせて頂こう!」
『分かりました、ではこちらが地図になりますのでお待ちしておりますわ』
本で見てた人が目の前にいる。
少し眩しく感じながらも微笑むと彼はまた瞬いた。
『失礼いたしますね』
彼が好きなものはなんだったか。たしかさつまいもだった気がする。
ならば材料もあるのでスイートポテトでも作っていよう。
思考の波に飲まれながらも店に着いた。早くさつまいもの裏漉しまで終わらせないと、と襷掛けをしてエプロンをつけた。