救いの祈り



Caption


   涙にとけたデイアネイラ





  今日は前から仕立てを頼んでいた洋服ができる日だ。
夕食にはそのドレスを着たかった為、ほかに合わせる小物も含めて直接取りに行った。
そのままその場で着替えて揃いの羽根つき帽をかぶると日傘を差し町を歩く。
ハイカラな小物は老舗の呉服屋にはない。こうやって町を歩いていると思わぬ出会いがあったりする。
西洋から輸入したレエスの小物を扱う露店をみつけ口角を上げる。

そう、こういう出会いがあるのよ。

レエスで有名な村で仕入れた一品の透けるショールは端にレエスが縫い付けられており、生成りのような優しい白が今着ている青いドレスによく似合う。

代金を少し多く握らせ、半衿に縫い付けるレエスも一緒に購入した。

一息つくために喫茶店に入ると満席のため相席でも良いか、と聞かれる。
供としてついた女中はいい顔をしなかったが、この時代で相席くらいなんだというのか?
素知らぬ顔で許可を出すと奥の窓側の席に案内される。
そこには黒い詰襟の上に炎のような羽織を着た男がいた。

『相席、失礼いたしますね』

「うむ!こちらを気にせずゆっくりしてくれ!」

男は窓の外をみたままこちらに視線も向けずに言った。

その態度に女中は眉を顰めたが、私は特に気にすることなく紅茶を頼むように伝える。

男は羽織の炎と同じくその髪の毛も赤と黄色で燃え上がるようなった。
ぎょろりとした目は窓から町を行く人々を見つめている。

どこかで見た気がする。しかし、こんな目立つ男どこで?

思考の波に飲まれる前に男がこちらを向いた。

「お嬢さんはこのあたりに住んでいる方かな?最近何か変わったことなどないか?」

変わったこと、とは

『特にございませんわ』

そう答えるとちょうどよく紅茶が届いた。
ダージリンの香りにほ、と顔が緩むと男は微かに瞬いたが、続けてこう言った。

「最近この辺りでお嬢さんと同じ年頃の娘が行方不明になる事件が起きている!御付きの者がいるからと言って油断せぬよう、暗くなる前に家に帰りなさい!」

ちらと男をみると懐に刀。なるほど警察組織の者か?窓から町を眺めていたのは怪しい人がいないか見るため…なのかしら。

華族の令嬢としては珍しく外出を良くする名前だが、そこまで世間のことを把握しているわけもなくそう結論づけて男に礼を言う。

『今日はこの後帰るので大丈夫ですわ。』

ティーカップをゆらしてゆるく微笑み答える。令嬢らしく気品に溢れた微笑みにまた男が瞬いた。

「そうな!ならばよい!ではお先に失礼する!」

するりと席を立つ男の身のこなしを眺め僅かに腕が疼いた名前だが、紅茶と一緒にそれを飲み込む。

『ほむらのようなおひと』

ぽそりとつぶやいた言葉も紅茶と共に飲み込まれていったのだ。

『さぁ、もう帰りましょうか。』

そう言って帰路についた名前だったが、迎えのものがなかなかやって来ず、結局屋敷に着いたのは日が落ち切ってからだった。

『ただいま戻りました。…誰かいないの?』

日が落ちたと言っても約束の夕食には間に合っているはずだ。
いつもならば誰かが出迎えに来るのだが、誰も来ない。
夕食の準備にまわっているのかしら?
そう思ったがなにか屋敷の様子がいつもと違う。
不思議に思ったがひとまず荷物を部屋に置いて父上と正一様を客間でお待ちしなければ、と女中に荷物を任せ1人客間へ向かう。

客間のドアノブに手をかけ扉を開いたそのとき。

キャアアアーーーーー

女中だ。女中の悲鳴が聞こえた。
後ろを振り向いた拍子に完全に開いた扉のあいだから父上の姿がちらと見える。

『父上、私は様子を見てきま……』

そう、父上に声をかけて部屋に顔を向けた時だった。

西洋から取り寄せたソファにもたれかかるように、血塗れで倒れ込んだ父上を見たのは。










人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -