[優]
「失礼しまーす。」
『また来たのー?』
「ちょっとここが痛くて…」
そう言って心臓を指差すと笑っている麻衣ちゃん。
産休に入った深川先生の代わりに夏休み明けに赴任してきた白石麻衣先生。
保健の先生で生徒からも大人気。
体育館で挨拶をした時に舞台で緊張しながら話していた麻衣ちゃんに一目惚れ。
毎日保健室通って、少しずつ仲を深めている。
『またそうやって私の事からかってるでしょー?』
「してないしてない。麻衣ちゃん見てると胸がキューって苦しいの。」
『麻衣ちゃんじゃなくて、先生ね?』
「病気かなー?ねえ、どう思う?」
『ほら、ふざけてないで教室戻りなさい。』
無理矢理立たされて押されてあっという間にドアの前。
保健室から出る前に振り向き麻衣ちゃんの方を見ると、予鈴が鳴る。
「麻衣ちゃん、私本気だから。」
『早く行かないと授業始まるよ。』
保健室を出て教室に着いた瞬間、授業が始まるチャイムが鳴る。
席に着くと前の席の飛鳥に声をかけられる。
飛鳥『また保健室いってたの?』
「まあ…」
飛鳥『懲りないねー。でも女の子取っ替え引っ替え遊んでるよりはましか。』
飛鳥にあきれられつつも、すでに頭の中は麻衣ちゃんでいっぱい。
どうしたら好きになってもらえるかなー。
放課後もう一度保健室に向かうと麻衣ちゃんの姿はない。
絶対帰る前に戸締りに来るはずだから待ってようとベッドに横になる。
『…きて。起きて。』
「寝てた…?」
『もう夜だよ?』
「麻衣ちゃんが全然来ないから。」
『待ってたの?』
「うん。」
『用ないくせに。ほら、帰る準備して。もう暗いから送る。』
真剣に運転している麻衣ちゃんの横顔をじーっと見つめる。
横顔も綺麗だなあ。
『あんまり見ないでくれる?なんか緊張するじゃん。』
「麻衣ちゃんちってどこ?泊まりに行きたい。」
『ダメに決まってるでしょ。』
「じゃあ、今度遊ぼ。」
『だからダメだってば。』
そう言って笑ってる麻衣ちゃん。
先生と生徒という分厚く高い壁。
18歳なんてまだまだ子供なんだろうなあ。
「あれ?その指輪…」
『あー、彼氏が…』
「あっ…そうなんだ…」
薬指についていた指輪。
意味なんて聞かなくてもわかったのに…
ここからお互い何も話す事なく長い沈黙が流れ家に着いてしまった。
「送ってくれてありがとう。気をつけてね。」
『また明日ね?おやすみなさい。』
麻衣ちゃんの車が発進するのを見届けて家に入り自分の部屋へまっしぐら。
麻衣ちゃん彼氏いたんだ。
そりゃそうだよなあ。
あのルックスであの性格だもん。
いないわけないか…
私、何やってたんだろ。
ただ迷惑かけてただけじゃん。
次の日から保健室に行くのをやめた。
廊下ですれ違っても避けるようになった。
そうでもしないと諦めがつかないって自分でも分かってたから。
ある日、次の時間の体育に向けて着替えていたら飛鳥にお腹をつままれた。
飛鳥『ねえねえ、痩せた?最近ご飯食べてる?』
「あー、そこそこに。」
飛鳥『そんなにショックかね。』
「飛鳥にはわかんないだろ、この心にポッカリ大きく空いた穴の大きさが…」
飛鳥『痩せれるなら失恋したいなー。』
「飛鳥はそれ以上痩せるな。ガイコツになるぞ。」
飛鳥『この毒舌イケメンが!』
「褒めてんの?けなしてんの?」
授業はバスケ。
飛鳥は体育が大の苦手。
試合に出るのを極力避けて隅っこで座っているタイプだ。
一方体育が大好きな私は張り切って試合をする。
試合中たまたま起きた激しい接触プレーで足をひねってしまった。
飛鳥『保健室行かなきゃだよ。』
「最悪だわ。飛鳥付いてきて。」
飛鳥『サボりたいから行くー。』
2人になるのは避けたいと思い飛鳥を連れて保健室へ向かう。
保健室に付いて早々に飛鳥は授業に戻りなさいって言われてしぶしぶ戻っちゃったから、結局2人きり。
『どの辺が痛い?』
「この辺かな。」
『腫れてないから折れてはないと思うけど…』
「湿布だけで大丈夫。」
なるべく麻衣ちゃんを見ない様にと自分の足を見つめる。
湿布を貼ってくれてる麻衣ちゃんの手だけが視界に入ってくる。
あれ?指輪してない…
あ、でも送ってもらった時も車に乗ってから気づいたから、仕事中はつけないんだろうなあ。
『授業戻る?終わるまでここにいる?』
「戻る。」
『1人で戻れる?』
「大丈夫。」
そっけない態度で保健室を出る。
ほんとはもっと話したいし、一緒にいたい。
でもダメだと自分に言い聞かせ体育館に戻った。
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