二日目[12/13]

 此の面はかまうことなく続ける。
「力と炎を持つ彼の面、そして僕。柔軟性が高く自由に表現のできる天ノ川桐詠。同じ実力者ではあるが……今年のふとん太鼓の猛威とその数を鑑みるに、それだけじゃ足りない。それだけじゃだめなんだ。僕たちは、個々の基礎力から脱し、チームプレーの応用へと転換しなければならないとは思わないか? その統率は、すずこそが、やるべきだと、僕は思う」
 風向きを変える――そんなこと、私にできるのだろうか。
 たしかに、私は風を操る才を得たけれど、聞くからに大変そうな役を、私が。私なんかが……私なんか、でも。
「……わ、わかった。やってみる」
 けれど、私は、やりたかった。
 全力で務めて、全力で楽しみたい。
 頷いてみせた私に、「そうでなくっちゃ!」と声を上げる此の面。
 弧八田彼の面は訝しそうに「なにを企んでいるんだ」と尋ねた。
「企んでいるだなんて、人聞きの悪い。楽しいことだよ。そして、仲のいいことだ」
「仲のいいこと?」
「頭湧いてんじゃないの?」
 桐詠の毒舌に肩を竦めたあと、此の面は言葉を続けた。
「僕はなんの端末も持ち合わせてない代わりにこの耳がある」また此の面は狐面の耳に両手を寄せてくいっくいっと折り曲げた。「けど、君たちは別だ。惜しくも我が兄弟には耳はなく、天上天下の天ノ川桐詠も然り。すずの風にしたって音までは運べない。そこで!」
 人差し指を一つ。此の面は名案だというような声音で高らかに言った。
「君たち、連絡先交換しない?」
 呆れることなかれ。
 こう見えて、彼は頼りになる。多分。



▲▽



 私は透明な流線形を思い描く。そして舞い上がる、竹のような一直線。すると足元からゆるりと吹き巻き、髪や浴衣を揺らす、一陣の風。少し力を、また一つ力を。念じるだけでその風は思い通りに動き、私の足を地上から離す。途端に全身に流れる浮遊感。
 祭りを見下げれば、煌びやかな熱と光。
 彩度の強い賑わいに雑踏。
 その遠く離れた中から三人の姿を見つける。全員持ち場にはついていた。
――これでいつでも始められる。
『いっやあ、驚きですねー、お局さん。こんなこと前代未聞ですよ。各端末で公式に発表されましたが、どうやら今年のふとん太鼓はバグの一種として分裂するようです』
『各所に派遣され、通報を受けては足を運び、もう大変でしたよ』
『お疲れ様です』
『検証にも時間がかかってしまいました。皆さまにお伝えするのが遅れてしまったことを、深く、お詫び申し上げます』
『……さて! 辛気臭い話は以上にして! いよいよ神夏祭! クライマックスに近づいてまいりました! 実況は引き続きこの韋駄天が務めさせていただきます!』
『えーっと。今年の才の主、前年、前々年度の神化主たちが集っているという目撃情報が多数寄せられたわけですが……もういないみたいですね』
『ふとん太鼓もこのあたりにはいません。しかし……どこか妖しい風が吹いています』
 どこからか嗅ぎつけたらしい実況の声も聞こえる。
 これほど熱気は最高潮に達し、宴もたけなわ、祭りの賑やかさは燦爛としているのに、私の耳にはゆるりとした空気しか流れていない。
 嵐の前の静けさ。
 まさしくその通りだと思った。
『おや、あれは……』
 実況の声が不安げに揺れる。
 私は視線を漂わせ、その不安の正体をつきとめた。

 金色の注連縄や房を揺らす、ウイルス――我らがふとん太鼓。

 即座にスマートフォンからアプリを起動しマップを開く。見える方角に映るアイコンは他のものよりも大きい。間違いなく親玉。正真正銘のふとん太鼓。
 この方角から来たのはラッキーだった。私は端末を操作して電話帳を開く。ついさきほど交換したばかりの電話番号の相手にコールをかけた。おそらく待機してくれていたのだろう、ワンコールが終わる前に、相手は応答してくれる。
――桐詠、そっちに向かった。任せたよ」
 遠くのほうで、耳に受話器を当てた桐詠が、短冊を携えて強気に笑むのが見える。
盲亀もうきの浮木、優曇華うどんげの花待ちたること久し」
 桐詠は草履の音をカラリと立て、戦場いくさばへと躍り出た。
 ああ、思えば彼女は、一目見たときからずっと、輝いていた。それはまるで綺羅星のように、憧れずにはいられないほど、美しく。けれど、彼女も普通の女の子だったのだ。私とそう変わらない、きっと、彼女にしかわからないことで悩んだりするような、そんな等身大の人間。もしかしたら彼女も、うじうじといじけたり、前へ進めなかったことが、あるのだろうか。そして、彼女も、いま、楽しんでいるのだろうか。私と同じように。
 ふとん太鼓は、桐詠のいる方角へ、流星のように飛来する。徐々に低空を彷徨うようになるその猛威の塊に、木々や屋台は軋んでいた。一歩間違えれば阿鼻叫喚。
 バグを撒き散らしながら見物客を轢きずり回すよりも先に、桐詠の歌は高らかに響く。
「夏の夜の 我らがえにし かたければ ひももほどけず 君伝はするなり」
 短冊がひらりと舞うと、氷の壁が現れた。
 それは暴君から人々を守る、祭りの光を受けた実に美しい盾だった。
 屋台や群衆の前に現れてぐるんっとカーブを描く。夏の暑さを物ともせずにしたたかに顕在している。その大きさと言ったらない。
『み、見事です! さすがは天ノ川桐詠! なんと涼しげな力なのでしょう!』
『しかし、あれを使っていったいどうするつもりなのでしょうか……』
 桐詠は応えるようににやりと笑った。
 ふとん太鼓は氷の壁にぶつかり、勢い余ってスケルトン競技のように氷の上を滑る。凄まじいスピードに冷たい火花が散った。けれど、氷の壁はそんなものでは崩れない。これならいける。私は追い風を送り、滑る速さに更なる勢いを加える。桐詠の読み通り、鮮やかに氷の壁を伝わされたふとん太鼓は、その冷たいレールに従って軌道を描き、目的の方向へと放り出された。
『天ノ川桐詠が才で観衆を救いました! ふとん太鼓は宙へ投げ出されます!』
『いやああ、痺れましたねー! あたりは拍手喝采です!』
『ふとん太鼓をどこへ飛ばしたのかが気になりますね』
 私はふとん太鼓を目で追う。順調だと思ったのも束の間、そのコース上には予期せぬ障害。子機のふとん太鼓が二台、ちょうど通りがかっていたのだ。
「あっ!」
 ぶつかった!
 雷が落ちたかのような大きな音が鳴り、三台はそれぞれが四散した。
 親玉のふとん太鼓の勢いをもろに食らい、子機のうちの一台は完全に破壊。一台と親玉は完全に進路外へと飛んでしまった。
 破壊されてバラバラと地上に落ちていくふとん太鼓を、風を使って回収する。誰かが怪我をするよりも前に対応できた。
 しかし、そればっかりに意識を遣ってしまい、明後日の方向へと飛んでいった二台のふとん太鼓を処理することは叶わなかった。
『おおっと! 親のふとん太鼓、子のふとん太鼓、両方とも吹っ飛んでしまいましたね』
『特に子のふとん太鼓が落ちる地点には屋台がたくさん出ていますからね。まずいんじゃないでしょうか』
 私は即座に手を翳した。引っぱり戻すような力、カーブを思い描き、向かい風を送る。
 けれど、ふとん太鼓の勢いが留まることはなかった。
 これはまずい。
『おや……? そういえば、あの落下地点は……』
 しかし、そのとき、私は目を見張った。
 ふとん太鼓が直撃するであろう屋台の暖簾から、長く伸びる健康的な足が潜る。ホットパンツから伸びたその足の勇ましさ。かっこいいと、素直に思った。赤茶けた髪を気だるげにかきあげて、強気な目でふとん太鼓を見据える。
「おいたがすぎるねえ。あたしの神域を狙おうなんて、いい根性してんじゃないの」
 型抜きの女王だ。
 彼女の手の平に乗っていた一本の釘が眩く光る。その釘は虹彩を強く焦がした後、徐々に光を収めて一本の武器を生みだした。それは、もう小さい釘などではなかった。彼女の身の丈ほどの大きさの釘。それこそまるで鈍器のような、彼女のためだけの力。
 型抜きの女王は、まるでバターボックスに立ったイチローのようなポーズで、その大釘を構えた。脇を締めて手にギュッと力をこめる。絹を裂くような音を立てて向かってくるふとん太鼓を、見事なフォームで打ち返した、、、、、
『これはすごおおおおおい!! 特大のホームランだあああ!! 型抜きの女王があのふとん太鼓を自らの才で撃退しました!!』
「へんっ、まだあたしの腕も鈍っちゃいないね」型抜きの女王は手首をほぐすようにぶらぶらと振る。「伊達に第五十六回神化主やってないってことさ。あんたはどうだーい? 射的小僧!」
 少し離れた射的場で景品狩りに勤しんでいたヒットマンが、眉を顰めて振り向いた。
 彼は持っていたコルク銃を構えなおし、型抜きの女王が打ち上げたふとん太鼓に銃口を向ける。引き金を引いた途端、本物の銃声のような乾いた音が響いた。瑞々しい火薬の匂いがそこらじゅうを取り巻く。放った弾丸は壮絶な光をまとい、見事にふとん太鼓に命中。たった一発で殴りつけられたかのような衝撃を受けたふとん太鼓は、呆気なく大破していった。
「馬鹿にすんなよな。俺だって、その翌年には神化主になったんだ」
「そんで次の年にはキリヨが神化主になって、最年少記録を更新されたんだっけねー」
「うるせえ、表出ろ! ぶち抜いてやる!」
「残念、ここは表だ!」
 喧嘩を始める二人を映しながら実況は賛美の言葉を羅列する。しかし、大破したふとん太鼓の破片は自律を失い落ちるだけだ。それでは被害が別の場所に移っただけである。
 どうしたものかとあたふたしている私の視界に、異様なものが映った。
 吹っ飛ばされたふとん太鼓の破片をたくさんの亀が回収していた。
「あー、もうやだやだ。最近の若い子って楽しむだけ楽しんで後片づけだってしないんだから。発つ鳥跡を濁しまくってんじゃないのよ! 十三年前にアタシがふとん太鼓を成敗したときはね、こうじゃなかったわ。今度あの二人に会ったら拳骨ぐらいじゃ済まないから。ジェニファーちゃん、あとはよろしくね」
 あの自称・乙姫の奇特な店主が、亀に指示を出していた。
 よちよちと歩く亀は器用に人間を避け、降りかかる木片や装飾物を回収する。いっそ不気味で目を疑ったが、周りは店主に礼を言っていた。氏子にとってはそう珍しい光景でないのかもしれない。
 そのとき、各所での行動を追うのに必死で忘れていたが、私はようやっと思い出した。
 親玉のふとん太鼓が行方知れずのままだ。
 目を離すんじゃなかった。どこにいるんだろう。


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