二日目[11/13]

「君が……御風すず?」
 弧八田彼の面の意識が私に向く。いきなりフルネームで呼ばれたことにビクッとなったが、そのあとに続けられた言葉に納得がいった。
「此の面から聞いてる。この二日間こいつの相手をしてくれたみたいで、ありがとう、すまなかった。迷惑をかけていないといいんだけど」
 なんだか、まるで保護者みたいなことを言う。同世代の男の子とは思えないくらいしっかりしていて、私は緊張してしまった。
「いっ、いえいえ、こちらこそ」私は両手を振った。「私も、お世話になりました。それに、お互い様だし……貴方も此の面みたいな兄弟がいて大変ですね?」
「おやおや君たち、僕を肴に仲良くなるのはいただけないな」
 やんちゃくれの息子を持つ親のような会話をしていた私たちに、此の面は手を振って会話に割りこんだ。演技がかった声でどういうつもりだなんだとのたまう。
 ふと、祭り全体が騒がしくなっていることに気づいた。私と桐詠の落下事件が原因かと思われたが、どうやらそうではないらしい。みんな各々の端末を見ながら逃げ惑ったり、話しこんだりしている。
「ふとん太鼓の分裂に気づいたんでしょう」桐詠が言った。「やっとって感じよね。狛犬サポートセンターにも多数問い合わせがあったみたいだし」
「けっこう騒ぎになってるね。なんせこんな事態は初めてのことだ」
 此の面は桐詠の言葉に頷く。
 どうやら私たちが上空で悶着しているあいだに事が進んでいたらしい。同時に違う場所で確認されるふとん太鼓。破壊しても鳴らない花火。極めつけはアプリのマップ。そこらじゅうに仕掛けられた監視カメラの情報も統合して、ふとん太鼓が複数体いるという結論に至ったのだとか。
「かく言う僕も、この目と耳を疑ったよ。果ては、ついには正気を失ったかと。だけど、どうやらこれは真実らしいから、やはり、事実とは小説よりも奇なりだねえ」
「此の面と合流してからは、状況把握に専念していたんだ。そうしたら、空を翔る多数のふとん太鼓が見えた」
 弧八田彼の面の言葉に頷きながら、此の面は「この世の終わりかと思ったね」と呟く。
「纏代周枳尊は、よほど祭りを楽しみたいと見える」
「年に一度の神の無礼講。氏子として、最後までお付き合い申し上げましょう」
骨が折れそう、、、、、、だ」
「それで、ふとん太鼓を成敗するにはどうすればいいと思う?」
 私の言葉に此の面は驚いたような顔をした。それに私が首を傾げる前に、彼はクツクツと笑って「そうだねえ」と続ける。
「僕としては、親玉のふとん太鼓を倒せば他のは勝手に消えると思うから、その親玉だけを狙うべきだね」
「桐詠も同じこと言ってた」
 私がそう言うと、桐詠はつんとしたおすまし顔で軽く顎を上げた。
「ならば間違いないだろうね。我ら氏子の経験則を信じよう……さて。親玉のふとん太鼓の成敗についてだけど」此の面は両手を上げて肩を竦める。「僕にはさっぱり」
 私も桐詠も弧八田彼の面も、指弾するような目で此の面を見つめる。
 此の面は「待って待って」と弁明を始めた。
「一つ勘違いしてはいないかい? 僕は彼の面や牽牛織女のご息女と違って、ふとん太鼓の成敗に奮ったプレイヤーでも神化主でもないんだ。まさかとは思うけど、毎年神夏祭を遊び回ってるような僕に、期待したわけじゃあるまいな?」
 桐詠は「大男総身に知恵が回り兼ね」と呟く。聞き慣れない言葉だったけど、そのタイミングや単語の羅列から、あまりいい意味ではないことがわかった。桐詠は仕切りなおすように口を開く。
「今までどおり、普通に倒せばいいのよ。私たちには才がある」
「僕もそれには概ね賛成だ」弧八田彼の面は続ける。「だが、懸念は残るな。今年のふとん太鼓の猛威は計り知れない。僕も君も相当苦戦した。倒したものだって親玉でないほうだったし、ある程度統率をとるのが得策かもしれない」
「呉越同舟ってこと? 冗談じゃない」
「どっちにしろ。君と僕とは一度ふとん太鼓と対峙し、取り逃がした……単騎対決では敵わない」
 桐詠はふいっと視線を落とした。おそらく彼女もわかっているのだろう。
「恐ろしいのはその猛威。運よく仕留められたとしても、被害は絶大だろうな。負傷者が出るのは毎年のことだけれど、今年はいよいよ死人が出る恐れもある」
 私は両手で口元を押さえた。
 此の面は、兄弟の後を引き継ぐように、口を開く。
「それを回避するためにも、やっぱり連携はすべきじゃないかな? 僕はこの麗しの神夏祭に傷をつけたくはない」
「……単騎でいく気は、私だってなかったわよ」桐詠は私のほうを見る「ねっ、すず」
「えっ、う、うん」
 まさかここで私を巻きこんでくるとは思ってもみなかったから、私はびくついてしまった。
 此の面は私たち二人を見て、「ずいぶん仲良くなったみたいだね」と笑った。それから「けれど」と言葉を連ね、桐詠へと進言する。
「さっき空から落ちてきた二人だけだと不安だなあ。君たちが怪我をするかもしれない」
 それは一理あった。
 しばらく桐詠と行動を共にしていたけど、けっこう危険な目に遭ってきたのだ。これは私のせいだとか、桐詠のせいだとかでは決してなくて、ひとえに、ふとん太鼓の力がそれだけ強力で、私たちだけでは太刀打ちできないということなのだろう。
 桐詠も同感なのか、気に食わなさそうな顔で、それでもおとなしく黙っている。
「しかしだよ。幸運にも、この場にいる者の半分は、神化主にもなったプレイヤーで、しかも全員が神の恩恵を受けている」
 桐詠は「はいはい。つまり?」と手を振った。
「手を組むのが道理ではないかい?」此の面は怪しいセールスマンのように両手を広げてみせた。「うちの彼の面を貸してあげる。存分に使ってやってよ」
「おい」
 弧八田彼の面が物申すよりも先に、私は口を開いた。
「……此の面は成敗に参加しないの?」
 それだけが、唯一の気がかりだった。
 ここまで来てもなお、彼は傍観者を気取ろうというのか。囃すだけ囃して、くっつけるだけくっつけて、いざ盛り上がってきたときには、私の隣には、貴方はいないのか。
 私の言葉に対し、此の面は「いいよ、僕は」と返す。
「見ているだけで楽しいんだ。すずも知ってるだろう? 君たち三人がふとん太鼓を倒すなんて、天上天下の成敗劇じゃないか。僕は高みの見物でもしているよ」
 そうやって、引き返そうとする此の面の手を、私は掴み取った。
「楽しいのに」
 仮面越しでも、顔半分が見えなくても、それでも容易く察せられるほど、此の面は驚いていた。あんぐりと口を開けている。引き止める私の手へと視線を遣り、それからもう一度、私のことを眺める。
「すず」
「なに?」
「今、君は……わくわくどきどき、してる?」
 あのときは上手に答えられなかったけれど、いまとなっては、その質問は得意だった。
「……うん」私は頷いた。「すっごく、してるよ」
 どこからともなく聞こえてくる、太鼓と笛の音。たくさんのネオンライトを浴びて彩られる木々。カラフルな屋台。雑踏。熱気。わたあめとフライドポテトの匂い。笑い声。宙を揺蕩たゆたう、悪戯な電子の金魚。全部が私を沸騰させる。
 いつから、どの瞬間からだろう。貞子になりたいなんて、自分以外になりたいなんて思わずに、純粋に祭りを楽しみ始めたのは。
「此の面。あのとき引き止めてくれて、ありがとうね」
 彼と出会ってから、祭りを巡ってから、私にとって、素晴らしいことばかり起きる。
 それは、もしもあのとき引き止められずに、いじけたまま、もういいやって後ろ向きになったまま、振り返りもせずに帰っていたならば、得られなかったであろう全てだ。
 流されやすい私のことだから、たとえ、祭りの雰囲気に流されただけの、ちょっと盛り上がってしまっただけのことだとしても――此の面が肯定してくれたから、認めてくれたから、私だってこれからは、私を認められる。そんな気がする。
 此の面はため息をついた。
 何度かがしがしと後頭部を掻いてから、曖昧に微笑む。
「……あのとき、引き止めてくれてよかったって、思わせてくれよ」
 自分でも実感できるほど、私の頬は上気した。
 此の面は桐詠たちのほうへと向き直り、改めて告げる。
「誠に遺憾ながら、僕だって被害を抑えるための力に勘定してくれてもかまわない」
 私たちは顔を見合わせた。
 すごい展開になってきた――私と、弧八田兄弟と、桐詠の四人で、力を合わせて、ふとん太鼓を成敗する。
 湧き上がるようだった。
 不安もあるけど、それ以外の感情で胸が高鳴る。
 私はこのとき、この一瞬に夢中で、ときめく自分に気がつかないほどだった。
「それで? どうやって成敗するかの明確な策もないちゃらっぽこは、いったいなにをしてくれるというのかしら」
「明確な策もないって、それ、桐詠が言う?」
「でも、僕も気になるところだ」弧八田彼の面は視線を遣る。「余裕ぶってはいるが、此の面、この状況をどうにかできるだけのものはあるのか? この二日で誰もが気づいただろうが、正攻法ではふとん太鼓には勝てない」
 それはきちんと弁えている。
 なんせ、ここにいる全員、きっちりとふとん太鼓に敗北しているのだ。
 特に正面激突では大敗北である。私の風は一度押し負けてしまっているし、力比べでだって、此の面はあえなく吹っ飛ばされてしまった。
 しかし、その此の面は「策はないさ。望みを一つ」と緩やかに両手を組んだ。
 私は努めて耳を澄ませる。
「今年の順当な大番狂わせは、間違いなくすずだ。毎年一人ずつに才が与えられ、そしてかなりの確率で、そのプレイヤーが神化主になる。歴代神化主が成敗に加わり、徐々に苛烈になっていく成敗劇において、それでも勝利を掴む新参の才の主は、祭りのキーパーソンとも言える」
「そりゃそうね。その年に与えられる才は、その年のふとん太鼓の成敗に有利な力と言われているから……もちろん私たちが劣っているとは微塵も思わないけど」
「そうだよね。桐詠はズボラなだけだよね」
「なんですって。あんた、黙って聞いてたらさっきからねえ、」
「そこでだ」喧嘩になる前に、割って入るようなタイミングで、此の面は言った。「すずにはその力で、祭り全体の風向きを変えてほしい」
 私は目を見開いた。


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