二日目[7/13]

「さっき中継ではね、弧八田彼の面がふとん太鼓を倒してたの。でも、成敗終了の花火は上がらないんだ。これってすごくおかしいよね?」
 私の言葉に、ショックそうに「うそ、ふとん太鼓成敗されたの?」と呟く桐詠に、「だから終わってないんだって」と私は返す。私も桐詠も混乱しているため、うまく会話が一本の筋にまとまらない。私はちょっと強引に、話を続けることにした。
「あっ、あのね、私、この祭りに来たの、初めてだからよくわからないんだけど、成敗が終わったのに花火が上がらなかったことって、いままでにあるの?」
「ないわ」桐詠は即答した。「阿鼻叫喚の成敗劇に見えるだろうけど、この神夏祭は正真正銘の神事よ。しめるところはきっちりしめる。終わり良ければ総て良し。なによりも纏代周枳尊がそれをわかってらっしゃるはず」
「だったら、花火が上がらないのはなんでだと思う……?」
 桐詠は自分が譲歩するに至った私の言葉を思い出して、目を見開かせる。
「あんた、さっきふとん太鼓が一台じゃないって言ったわよね? それって本当なの?」
 私は自分のスマートフォンを取りだして、アプリのマップを起動した。
 そのマップの示す情報に、桐詠は顔を歪ませる。
「嘘でしょ」美しい唇をわなわなと震えさせる桐詠。「友達の情報が一つもない!」
「そっち!?」私は憤慨した。「引っ越してきたばっかりなだけだもん! ……それより、ね、こっち見て」
 私はマップ図を縮小させ、神宮全体を画面で見渡せるようにした。
 ここでやっと、桐詠も事態の異常さに気づく。
「ひい、ふう、みい、よう、いつ、むう……六? ふとん太鼓が、六台?」
「そうなの」私は頷いた。「こんな感じで、ふとん太鼓のアイコンがいっぱいあるの。昨日までは一つしかなかったのに。ついさっき確認して私も驚いたんだけど……それでね、このふとん太鼓のアイコンにも種類があるみたいなの。ここにある、」私は指差して。「一番大きなアイコンと、それ以外の小さいアイコン。ちなみにさっきまで地図のここらへんにいたのは、弧八田彼の面が倒したやつ」
 そうしているうちに、また一つ、地図上から小さなアイコンが消えた。
 終宴の花火は轟かない。
「桐詠、どう思う?」
 桐詠は私の画面から視線を外し、自分のスマートフォンを取り出した。星座柄のケースに入ったスマートフォン。彼女にぴったりで、しかもお洒落だ。だけど、今はそれに感嘆している場合ではない。
「私のスマートフォンでも同じことが起きてる」桐詠は苦々しく言った。「たしかに、そうね。私たち、ふとん太鼓に攻撃されたときに同じ場所にいたから、同じ被害を背負ってるとも考えられる」
「バグの一種で、この情報は誤りってこと?」
「だけど、だとしたら……ふとん太鼓が成敗されたのに花火が上がらないのは変よ。このマップが示す情報が、正しいってことなのかな……」
「じゃあ、やっぱり」
 私の言葉に桐詠はこくんと頷いた。
――今年のふとん太鼓はたくさんいる」
 私たちはブルッと体を震わせた。
 ふとん太鼓の猛威は既に目の当たりにしている。優美な彫り物に似合わない出鱈目な強さ。荒御魂あらみたまかとさえ思うほどの益荒男ますらおぶり。今年のふとん太鼓は気性が荒いと、もっぱらの評判だ。神々しい真紅のふとんなど、もやは返り血にまみれたようにも見える。ふとん太鼓の通った跡は更地同然。それに加え、私たちはそれぞれ、ふとん太鼓に押し負けた経験を持つ。あんなものが一つや二つどころでないとなると、当然、抱くのは恐怖だ。
 私はようやっと、本題を口にすることができた。
「そういうわけだから、ね、とりあえず同じ能力持ちって意味で、桐詠を頼ることにしたの。一人でも、一台でも精いっぱいだったのに、こんなの力を合わせなきゃ勝てっこないよ……ぺしゃんって潰されて、木っ端微塵にされて終わりだよ」
 そのとき、少しだけ遠くの彼方で、超特急で飛行する、ふとん太鼓が見えた。こちらへと突撃してくることこそなかったけれど、近隣の露店や木々を巻きこみ、大胆に吹っ飛ばし、去っていった。
 なんというタイミングでの光景だろう。
「それも……そうね……仕方ないわ」桐詠はきゅっと唇を引き縛った。「特別に成敗が終わるまでは友達でいてあげる! 勘違いしないでよね。私は一人でだって大丈夫なんだから! あんたのために、渋々付き合ってやってるんだから!」
 どう勘違いしてほしくないのかわかりにくい子だと思いながら、私は「ありがとう」と返事をした。さっきまで気が動転していたけど、仲間がいるというのはそれだけで心強い。
 事前知識がほとんどなくて、状況的に危険しか感じることができない私と違って、桐詠なら与えられた情報で的確な状況判断が出来ると踏んだのだが、これが大当たりだった。彼女は自分の端末をちょっといじって、一つの提案をくれる。
「だけど、このマップの情報だけだと、実際にふとん太鼓が多数いるとは言い難いわ。全部バグってことはないと思うけど、トラップや囮って可能性はあるもの」
「ちなみに、これまでマップに不具合が起きたことは?」
「ないわ。だから私も、いま起きていることが本当のことだと思うことにした」桐詠は続ける。「と言っても、たかだか十数年ぽっちの、氏子としての経験則の知識なんだけどね。ただ、ふとん太鼓のアイコン表示についてのバグが発生したことはないけど、それ以外だとなくもないの。友達のアイコンが表示されないとか、そういう不具合。あんた友達いなくてよかったね」
「……次言ったら頭上で台風起こすからね」
 ふんっと、桐詠は笑ってみせた。やれるもんならやってみろ、って感じかな。悔しいけど、ちょっと様になっててかっこよかった。
「まあ、だからね、このマップの情報は、タイミングよく多発した、最悪のエラーということも考えられる。一度称号してみたほうがいいんじゃないかな。境内を一望できる場所を探しましょ」
「オッケイ」私は桐詠の手を握った。「任せて」
 それにギョッとした桐詠が私に「ちょ、なに!?」と声を荒げる。
 私は足元に全神経を集中させる。
 思い描くのは曲線だ。そして、自分がどうなりたいのか、どう操りたいのかを考える。
 ふわふわと踝を掬うような風。
 ああ、大丈夫だ。できる。
「しっかり掴まってて」
 私は助走をつけるように走りだす。桐詠の甲高い抗議も無視して気を練った。そして、最も充実したと、今こそだと思えた瞬間に、トンと地を蹴った。
「きゃああああああああ!!」
 私たちは――飛んだ。
 強風に煽られ、重力に逆らうように。
 驚きのあまりに桐詠はチョコバナナを落としていた。随分と下でべちゃりと崩れる。きっとそのうち踏み潰されることだろう。申し訳ないことをした。
「ちょ、ちょっと、あんたね!」桐詠は絶対に離すまいと指を絡めるように手を握りなおす。「そういうことは先に言いなさいよ、心の準備ってものがあるでしょ!」
「え、うん、ごめんってば。でも、ほら、これで祭り全体が見渡せるよ」
 私たちは光り輝く祭りを見下ろした。
 宵影の濃紺に浮かび上がるネオン。行儀よく羅列する提灯の灯火に、極彩色の屋台。プロジェクションマッピングされた本殿や幣殿、バグにより発生した電子の金魚まで、一望して見える。そして、その全てを反射する神池。程よい月明かり。まさに絶景だった。
「綺麗だよね」
「……そうね」
 ばさばさと暴れる髪や浴衣の裾を押さえつけて私たちは見回す。
 あちこちで大きな騒ぎが起きていた。
「で。マップは?」
 桐詠の言葉に、私はスマートフォンの画面を見せる。
 マップ上ではたくさんのふとん太鼓が散り散りになっていた。
 私たちは境内を見渡しながら、照合を進めていく。
「地図のアイコンと実際の位置は酷似しているわ。やっぱり、ふとん太鼓は一台ではないみたいね。おそらくだけど、ふとん太鼓の仕業よ」
「これまでに、ふとん太鼓が分裂したことってあるの?」
「ないわ。だから、こんなケースは初めて……だったとしても! こんなことにも気づかないなんて、本部や実況はなにをしているの!」
 桐詠は本気で怒っているようだった。たおやかな柳眉をくっと顰めている。
「……弧八田彼の面が、いい具合に活躍してたから、察知が遅れてるんだと思う。実際、実況はずっと弧八田彼の面にくっついてたし……」
「ふとん太鼓が自分たちの近くにいたら、そりゃあ実況なんて見ないだろうし、何台もいるという事実に気づかない、か」桐詠はいやらしく笑った。「つまり全部あいつのせいなわけだ」
「それはさすがに言いすぎだと思うけど……」
 というか、絶対に言いすぎだ。今回のことは、運の問題でもあると思う。運が悪かっただけだ。ただの神様の気まぐれなのだ。
「ねえ……これからどうしたらいいの?」
 私の問いかけに、桐詠は返答する。
「私の見立てでは、画面上で大きく表示されてるアイコンが、正真正銘のふとん太鼓。そしておそらく、この分裂現象自体は、ふとん太鼓のバグの一種なんじゃないかしら。親玉の本体さえ倒せば、他のバグ同様、全てのふとん太鼓も消える……んじゃないのかな」
「えっ、多分ってこと?」
「仕方ないでしょ。こんなの初めてなのよ。念には念をってことで、片っ端からふとん太鼓を成敗していってもいいけど、そいつらが無尽蔵に増殖しないとも限らない」
 そんなの、考えただけでも悪夢だけれど、桐詠の意見は的を射ているような気がした。なんせふとん太鼓の数が一向に減らないのだ。さきほど弧八田彼の面が成敗した分も含め、新たに増えているような気がする。ひい、ふう、みい、とふとん太鼓のアイコンの数をもう一度数えていく。親玉合わせて全部で七台。七。増えてる……成敗するには途方もない数字のように思えた。
「これ、そのうち、お祭りの参加人数超えるぐらいにまで増えるんじゃないの?」
 なにその悪夢。
 私は拳をぎゅっと握り、「は、早くなんとかしないと」と己を奮いたたせる。


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