二日目[5/13]

 ふとん太鼓が身動きの取れなくなったのをいいことに、討伐隊は、エアガンを集中的に浴びせている。このままでは、ふとん太鼓は彼らに成敗されてしまう。
 縄を風の力で引き千切ってやろうかと思ったとき、私よりも早く、その歌が響いた。
「刺す竹の 舎人男とねりおとこへ 刺す竹や げに卑しきかな とくらぶれば」
 地面から竹槍がにょきにょきと生えてくる。その竹槍は討伐隊のほうへと向かい、彼らを押しやったあと、その周りをぐるりと取り囲んだ。竹槍は、まるで牢屋の柵のように、討伐隊を閉じこめた。
 ふとん太鼓は緩んだ縄を振りほどき、天高く飛翔する。
「ああ! ふとん太鼓が!」
「このっ! 天ノ川桐詠め!」
「ふふん。そのうち解いてあげるわよ」桐詠は尊大に笑んだ。「私が、ふとん太鼓を成敗し終えたあとでね!」
 悪者みたいだけど、私もどちらかと言えば桐詠側なので、討伐隊はざまあみろだった。
「ざまあみろ!」
「すず、はしたないよ」
 しかし、討伐隊も負けてはいない。桐詠の竹の檻にかからなかった残党たちが、私と桐詠に向かって、エアガンを構えだしたのだ。
 えっ。
ーっ!」
 私も桐詠も、さっと物陰に隠れてやりすごす。
 エアガンは、さほど殺傷能力が高いわけでもないのだが、あれだけの人数の大人にその銃口を突きつけられると、やはり恐ろしいものだった。至近距離だとかなり痛いだろうし、なにより、目や鼻を狙われれば、たとえエアガンでも危険ではある。まさかそこまではしないだろうけど、あの盛んな血気を見たあとでは、そのまさかもありえる。
 私についてきた此の面は、「おやまあ」と口を開けていた。
「討伐隊も必死だね。今年の有望株を潰すのを先決としたようだ」
「ざ、ざまあみろなんて言ってごめんなさい……」
「ははっ。時すでに遅しじゃないかな」あっ、と彼は区切る。「時すでにおすし、、、だ!」
 上手くない!
 そのとき――まるで羽虫を狙う燕のように、獰猛な勢いでふとん太鼓が襲いかかってきた。誰もふとん太鼓を相手にしてなかったから、その動向を掴めなかったのだ。だから野放しになっていた。私たちが戦うべきは、ふとん太鼓だったのに。
 此の面は、硬直した私を庇うように、前へと躍り出る。
 突撃してきたふとん太鼓の巨体を、その腕で受け止めた。
「此の面!」
 しばらくは勢いに押されていたけれど、此の面も負けてはいない。ふとん太鼓の勢いを殺し、その場にとどめさせる。浴衣の袖からあらわになった腕は筋肉で筋張っていた。ぎしぎしと迫りくるふとん太鼓を大きな掌で受け止め、なんとか鷲掴み、押し退けようとしている。
 すごい。これが此の面の才の力なのか。まるで相撲のような力比べだ。狐面の才で増強された彼の身体能力は、ふとん太鼓と並び立つほどのものだった。
 しかし、ふとん太鼓はまだまだだとでも言いたげに、此の面を押していった。とんでもない馬力だった。此の面は、ふとん太鼓の力に、次第に屈していく。踏んばっていた分厚い下駄は地面の土を掻く。
 そして、ぷつんと糸でも切れたかのような力の飛散――ふとん太鼓は、此の面を押しのけるように引き剥がした。此の面は、タタッと後方へよろける、そこへふとん太鼓はもう一度突撃し、此の面を吹っ飛ばした。
「あっ!」
 本当に、その体が、吹っ飛んでいく。見たこともないくらい暴虐的なシーンだった。身の毛もよだつような、車にでも轢かれたかのような、あんまりな衝撃。
 咄嗟に手を伸ばしたけれど、彼の体が容易く飛ばされた後で、それはもう呆気ない出来事だった。
 そんな……どうしよう。ていうか、最後の言葉が「時すでにおすしだ!」だなんて……あっ、いや、彼のことだから死んではいないだろうけど。でも、だけど、あのふとん太鼓に突撃されれば傷くらいは負うはずだ。どうしよう。ふとん太鼓は彼ごと遠くへ飛んでいったから、もうここが襲われる心配はないけれど。そうじゃなくて、此の面が。
「いたな! 風使い!」
 驚愕と不安で両頬を撫でる私に、討伐隊はエアガンを向ける。
「ちょ、ちょっと待って!」
 討伐隊はどういうつもりなのだろう。本来向ける相手であるはずのふとん太鼓も追わず、成敗上のライバルである人間に向けてくるなんて。
「あ、あの!」勇気をもって、尋ねてみた。「なんで私まで狙うんですか!」
「お前は敵だ!」
「敵はふとん太鼓でしょう!?」
「なんの、我ら討伐隊以外は、全て敵である!」
 あんまりだ。みんな目が血走っている。大切な一線を越えてしまっているようにも見えた。何人もの隊員がいるのに、おい、やめてやれよ、相手は子供だぞ≠ンたいな声が一つだって聞こえてこないのだ。恐ろしくて身も竦む。
「せ、せめて話し合いましょうよ」
「御託はいらん!」
「ひっ!」
 私は咄嗟に風を起こし、そのエアガンの弾を吹き飛ばす。なるべく誰にも危害が及ばないように気をつけて。
 それでも連続射撃をしてくる討伐隊に――さすがにキレてしまった。
「えいやっ!」
 突風でエアガンを奪う。いくつものエアガンが宙を舞った。シュールで幻想的な光景に、ギャラリーは拍手を贈ってくれた。私は、吹き飛んで舞い上がったエアガンのうちの一つを、自分の手元へと落っことす。
 実は――一度でいいから、エアガンを撃ってみたかったのだ。
「食らえっ!」
 私はその引き金を引き、ついでに、飛び出した弾にも風の力を付与させる。通常のエアガン以上のスピードに乗った弾は、討伐隊の素肌に当たる。
「わあ! やめろ!」
「耳はだめ、耳はだめ」
 あっ、すごい、なんか、快感。
 悪魔にでもなった気分。
 討伐隊は一目散に逃げだしていく。痕になっていたら申し訳ないけど、ちょっと、当然な報いな気がする。ごめんね。もう乱暴しちゃだめだよ。そう満足した私は、エアガンを放り投げたあと、物陰から身を脱する。
 そのとき――まだ残っていたのか――討伐隊の三人が、待ってましたと言わんばかりのタイミングで、エアガンの銃口を向けてきた。
「ひえっ!」
 これはさすがに避けきれない! 死んだ!
 そう、目を瞑ったとき、「ぐあっ」という悲鳴とエアガンらしきものの落ちる音が聞こえた。なんだと驚いて目を見開いたとき、真っ赤な衣装を着たひとたちが、彼らを取り押さえていた。
「……えっ」
 チャイナ服のような詰襟で、涼しげなキャップスリーブ。男女共に似たようなズボンで、なんというか、すごくかっこよかった。白黒の模様が入ったマスクをつけていて、それが赤べこを思わせる。もしかして。
「と、特攻赤べこ隊、ですか?」
 私の問いかけに、先頭にいた女性がしっかりと頷く。
 かっこいい!
 特攻赤べこ隊は、私に襲いかかってきた討伐隊の残党を取り押さえ、赤いロープで街路樹に縛りつけていた。討伐隊は「この! 魔牛の使いめが!」と喚いていたが、特攻赤べこ隊はなにも言い返すことなく、颯爽と無視していた。
「あ、ありがとうございます!」
 同じプレイヤーでも、討伐隊とは大違いである。
 彼女たちは、少し離れた二階建て座敷の休憩所へと戻っていった。そこには、特攻赤べこ隊の他の仲間が、わいわいと食事をしていた。どうやら、ふとん太鼓の成敗を一旦取りやめ、晩食にありついていたらしい。そこから、私がピンチに陥っているのを見つけ、わざわざ駆けつけてくれたようだ。かっこいい! ヒーローみたい!
「ありがとうございました、ありがとうございました」
 私は何度も何度も頭を下げた。
 特攻赤べこ隊のひとたちは、いえいえと言いたげに手を振って行った。
 しばらくその場でぼんやりしていると、プロジェクションマッピングにより、地面が矢絣やがすり模様に染まった。ハイスピードでスライドしていくため、地面が動いているような、そんな錯覚に襲われた。そして、それは不規則な動きを始める。別方向へと向かっているように感じられた。そちらへ目を向ける。その先にいたのは、桐詠だった。
 桐詠はまだ討伐隊からの攻撃を受けていた。集中攻撃されて、逃げ隠れるのに必死で、ご自慢の歌を詠めなくなっているのだ。
 討伐隊が放り投げたエアガンを、ちらりと見遣る。
「……できるかな」
 もしかしたらできるかもしれない。だってそのほうが面白い。そんな、らしくもない、頭の悪いパリピみたいな、クラスで人気のグループみたいな、前向きなことを考えてしまった。考えて、やってやろうと思った。
 私は目を瞑り、集中する。
 イメージは、そう、空気銃エアガン――風銃エアガンだ。
 私は右手で手拳銃を作り、その底を左手で押さえた。指の周りに風が集まり、収束されていくのがわかる。風は薄い膜の内側に、際限なく吹きこまれていくように、高濃度で圧縮されていった。気を練りつつ、目を見開く。
 ばんっ――イメージとしてはそういう音で、手首をくいっと持ち上げる。
 けれど、実際には、ぶわっ――だった。
 私のエアガンを食らった討伐隊は、透明の水牛にでも突っこまれたかのように、悉く吹っ飛ばされた。まるでボーリングのピンが倒されたかのような光景だった。束になって地面に転がり、ざわざわと騒ぎたてている。
 桐詠はハッとして、私のほうを見た。
「礼は言わないわよ!」
「別に、貴女のためじゃ、ないもの!」
「あっそう!」そのまま怒鳴り散らされてしまうのかとも思ったけれど、桐詠はその鋭い視線を討伐隊へとスライドさせる。「よっっっっくも! 私をこけにしてくれたわねえ!」
 攻撃がやみ、迎撃のチャンスを得た桐詠は、怒り心頭のまま、ピンク、水色、黄色の三枚の短冊に筆ペンを走らせる。全て綴り終えると、その三枚の短冊は吹き巻かれた。
「ちはやぶる 神の祭りと 言いしかど あらぶる人の 愚かさよ 星霜経ても あさましく 往ねと思ふは た易きも なめしく遣らふは めでたきも 人の命の 惜しくもあるかな」
 長歌だった。
 何事だろうか――詠み終わった途端、まるで透明の毒でも飲まされたかのように、重なって倒れていた討伐隊が、ぴくりとも動かなくなる。
 桐詠は「ふん」と鼻を鳴らしたあと、やはり満足したのか、颯爽と去っていった。
 前神化主を怒らせるとすごいんだなあ、としみじみ思った。
 だけど、なんか怖い……どうして討伐隊のひとたちは動かなくなってしまったんだろう。私はゆっくりと近づき、しゃがみこんで、その顔を覗きこむ――寝ている、いや、気絶している。よかった。怪我や体調の心配はいらなさそうだ。
 桐詠の詠んだ歌の意味はほとんどわからなかったけれど、最後の七七しちしちの部分は、百人一首で学んだこともあって、なんとなくわかった。あれは、言ってしまえば、右近の呪いだ。神罰で死んでしまう相手を惜しんでいる。もちろん、討伐隊のひとたちが死んだわけではないけれど。なんとなく、ぞっとする歌だなあ……。


戻る 表紙 進む

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -