二日目[4/13]

「すごいね、すず」
 ごうごうと風吹く中、少し離れたところで此の面の声が鳴る。彼は近くの木の一つに乗り立って、こっちを眺めていた。あんな厚い下駄で器用に登ったものである。
「僕のジャンプよりずっと高い。十八番を取られちゃったみたいで、ちょっと悔しいかな」
「でも、どうしよう、私、下りかたがわからないの……!」
 自分を吹き上げたことだって、感覚的にしたことだ。成功するかもわからなかったし、どうやったかだって覚えていない。
「まだ完全には操りきれていないのかな?」此の面は少し考えこむようにして言う。「慣れればその才能は思いのままになるはずだ。使いこなすためにも練習から始めよう」
 トン、と此の面はこちらへと跳躍する。普通なら落ちるだけのジャンプも、此の面ならばギネス世界記録並の飛距離だ。察した私は彼を自分の気流に乗せて、落ちないように手を掴む。
「いいかい?」此の面は言い聞かせるように続ける。「君の風は君自身さ。君の思うがまま。弱まれと思えば弱くなるし、強まれと思えば強くなる」
 さすがは私自身。影響されやすいところもそっくりだ。此の面が弱まれと言えば一瞬風圧が弱まり、次に強まれと囁かれれば私たちの高度は上昇した。それに此の面は大笑いする。悔しかったから、顔面に思いっきり風をぶつけてやった。
「さて、まずは落ち着いて息を吸おう。すずはここからどうしたい?」
「下りたいって言ったの!」
「すまないね、僕の耳としたことがつい怠けてしまった。だからそう怒らないでくれ」此の面は拗ね気味の私に肩を竦めてみせた。「すずはここを降りたい。ならばそうなるように風を操るんだ。少しずつ風の圧を弱めて、量を取り去って。少しずつ少しずつ」
「少しずつ……」
「難しいようなら、いま吹き上げる力よりも強い力で自分を抑えこむようイメージすればいい。ただし、体の負担にはなるだろうから、我慢はおしよ」
「う、うん!」
 此の面の言葉を聞きながら、私は風をイメージした。
 曖昧な、針に糸を通すようで通さない、そんな微妙なコントロール。自分の眉間に皺が寄っていくのがわかる。難しい。力を抜けばふっと全ての風が消え、私たちは地面に叩き落とされる。それを考えると思いきりよく操れない。
 時間はかかってしまったけど、私たちの体は徐々に下降を始めた。袂や帯をはためかせる風は次第に弱まり、足は屋台の天井まで距離を詰める。まるでシンデレラがカボチャの馬車から降りるときのように、そうっと、地面に足をつけた。
「上出来だ」
 地面に下りられた安堵と、上手に力を操ることのできた充足感に頬が緩む。
 力をコントロールすることができた!
 ううん、でも、それ以上に。
 ギャラリーの拍手やざわめきに、血が高揚する。ふつふつと湧く汗が泡のよう。肌が息をしているのだと、そう実感できるほどの興奮。踊る胸が苦しくて楽しくて、思いがけず力む拳。ふわふわと自分の周りをそよ風が流れていくのがわかった。私の興奮に煽られているみたいだ。どうしてだろう。いま自分はこんなにも、この祭りと一体化しているような心地がする。
――楽しい。
 そのとき、また一つどよっと、大きく群衆が騒ぎ出す。遠方から徐々に近づいてくるがなり声。迷彩柄の作務衣さむえに防弾チョッキを着た集団が「どいたどいたあーっ!」とこちらへと向かってくる。
「あれって、討伐隊?」
 苛烈なのぼりや純白のまといを掲げた荒くれ集団で、全員がエアガンを所持している。完全武装状態だ。昨日の成敗劇の序盤、ふとん太鼓に返り討ちにされて、たしか、戦力を拡充して、今日、再参戦してくるとの噂だった。
「討伐隊だねえ」此の面は愉快そうに言った。「昨日の雪辱を果たしにきたみたいだ」
 エアガンの引き金に指をかけながら、討伐隊は高く咆哮した。
「今年のふとん太鼓は我ら討伐隊がいただく!」
「牽牛織女の七光りや、新参者には負けんぞ! 散れ!」
 討伐隊のうちの前衛部隊が、牽引してきた台車から、大きなたらいを取りだした。
 その中には大量のスーパーボール。カラフルなもの、ラメの入ったもの、大きさも様々だった。ありとあらゆる屋台を巡り、大量に調達してきたかのような量だった。
 そんな夥しい数のスーパーボールの入ったたらいを、思いっきり地面に殴りつける。
 その途端、中に入っていたスーパーボールが、暴発するみたいにあたりに散らばった。
「うわ!」
 ぼんぼんぼんぼん!
 弾丸のような勢いで、大量のスーパーボールが四方八方を飛んでいく。
 まるで色とりどりの蜂だ。あっちこっちを行き来して、あたりを騒然とさせる。
 いくつかはもろに当たってしまい、鈍い痛みを生んだ。
 私も此の面も桐詠もギャラリーも、みんながみんな怯んでいた。
 その様子を見て、討伐隊が「他愛もないわ!」と高笑いする。
「ちょっと!」桐詠は彼らを睨みつけた。「怪我の恐れのある妨害はマナー違反なんじゃないの!?」
「今宵は無礼講! 生温い考えなど及びでないわ、、、、、、!」
 上手い!
 そう思った途端、私のぺっちゃい鼻に、スーパーボールがクリティカルヒットした。あまりの痛みに生理的な涙が出る。私は討伐隊を睨みつけた。
 あの自称・乙姫の店主が言っていたとおり、討伐隊は危険な存在と言えた。勝手知ったる桐詠はああやって怒鳴っているし、勝手知らずの私からしても、やりすぎだと思った。
「おい! てめえらなにしてくれてんだ!」
「最低っ!」
「俺の眼鏡弁償しろーっ!」
 案の定、ギャラリーからも非難を浴びている。やいのやいのと討伐隊を責めたてていた。討伐隊の何人かは言い返したりもしているが、意思は変わらないようだ。彼らの目にはふとん太鼓しか映っていない。
 討伐隊はエアガンをかまえ、ふとん太鼓に銃口を向けた。野太い「発砲!」という合図のあと、一斉に射撃を開始する。
 たくさんのエアガンの弾が、ふとん太鼓に命中する。また、未だに宙を跳ねっ返るスーパーボールに当たっては、そのスーパーボールを押しだして、ふとん太鼓へと当てていた。命中率は発砲数以上だ。素晴らしいテクニックだ。
 けれど、周囲への被害も凄まじい。みんな目を瞑り、頭を伏せっている。ばちばちと各所へと弾きだされる玉は、相当に危険なのだ。これでは、誰も身動きがとれない。
「んも……もう!」
 私は風を送りこみ、小さな台風を作った。
 飛んでいく弾もスーパーボールも、全て回収するように吹き巻いて、サッと風の力を弱める。あれだけあった玉の全てが地に落ち、スーパーボールは幾度か跳ねてから、ころころと転がっていった。
「おのれ……」討伐隊は私を睨みつける。「新参者の風使いめ!」
「あんなこと言われてるけど? すず」
「わ、悪いのはあっちだもん!」
 面白そうに言ってきた此の面に、私はそう返した。
 視界は落ち着いたけれど、足元に落ちたスーパーボールが邪魔で、動きにくい。スーパーボールを踏むと痛いしこけちゃうしまた痛いし。歩きだそうとした草履はぐりっと乗り上げ、何度もバランスを崩す羽目になった。
 そのとき、桐詠がまた一枚短冊を取りだして、筆ペンで歌を連ねていく。
ほころぶる 玉の緒落ちて 散り敷くは の夢なりき うつつにあらず」
 桐詠が歌を詠んだ途端、足元に散らばっていた大量のスーパーボールが消えた。
「あ……え、っと、ありがとう」
「貴女のためじゃないわよ」
 そう言うと、桐詠は駆けだし、ふとん太鼓に近づいていった。
 ふとん太鼓は弱っていたけれど、それでも脅威そのものだった。バグを散らし、粉塵を巻き上げ、勢いよく巨体を振り回していた。
 そこへ、エアガンを携えた討伐隊が並ぶ。
 討伐隊はふとん太鼓目がけて縄を投げる。その縄はふとん太鼓を跨ぎ、反対側で待機していた討伐隊へと渡る。縄は何本も何本も架けられ、合わされ、まるで長いリボンを持ちながらメイポールダンスを踊っているみたいだった。なんだかまぬけだけど、それはふとん太鼓の動きを封じるためだったらしい。見事に、ふとん太鼓は縄の檻に屈していた。
「おや、なかなかやるじゃないか」此の面は感心する。「昨日はいま一つ奮わなかったけれど、それをきちんと克服している。多人数でこそなせるわざだね」
「……ふとん太鼓、成敗されちゃうのかな?」
 百歩譲って桐詠はともかく、討伐隊に成敗されるのは、なんか癪だ。
 むきになっている私に、此の面は笑った。
「たしかに、成敗されてしまうかもしれないね」しかし、と此の面は続ける。「こんな佳局だというのに、実況はなにをやっているんだろう……韋駄天の足なら、ふとん太鼓のスピードにだってついてこられるはずなのに」


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