《西園寺円華》2/7


「助平さんの高校は共学ですよね」
「ああ」
「女子ってどうでした?」
「どうってまあ……あー……っとな」
「言いにくいですか?」
「ちょっと恥ずかしいかな」
「それはいい環境だったってことですよ。女子に対してかわいいとか、健全な妄想を抱けているうちは、たとえ脳みそお花畑でも幸せなことなんです」
 学校という小さな枠に女子だけを閉じこめてみれば、それはそれは凄惨な化学反応が起こるのだろう。萩生の言い回しはそんなニュアンスを含んでいた。
「やっぱり相当酷いのか」
「男子っていう興味の対象がいなくなりますからね。制限なんてありません。純情ぶった貴方なんてきっとびっくりしますよ。下ネタとか平気で言うんだから」
「ぶってはないけどびっくりするな」俺は苦笑いしながら答えた。「でも、男もそんなもんだよ。女子のいないところじゃ聞かせらんないようなことしてるんだから」
「あたしの失敗はそれを失念していたことだ。同性ばっかりのところなんてどう考えても嫌な展開しか思い浮かばないはずなのに」
 そんな考えに及べないほど当時の萩生は切羽詰っていたんだろう。萩生は後悔しているかもしれないが、過去に萩生が早計に結論づけたのはしかたがないと頷けた。
「共学の高校に行こうとは思わなかったのかよ」
「五十嵐と氷室がどこに行くのかわからなかったから、二人が行く可能性のあるところは選ぶ気がなかったんです」
 小学校中学校と、萩生をいじめた人間には男女の別がなかったが、およそ首謀者・リーダーと言える人間は男ばかりだった。幼ながらに五十嵐も氷室もそして俺さえも嗅ぎとった、萩生の持つこの独特の匂いが、心根で疼く加虐心を煽ったのだろう。それは女子とて同じだったに違いない。だから西園寺円華はわざわざ萩生に目をつけたのだ。
 残念ながら、いじめられるやつは、どこに行ってもいじめられる。
 掠れるほどの小さな声で「可哀想に」と呟く。とんでもない侮辱だったが、誰に聞こえるわけでもない。車は相変わらず夜道を走り、俺たちは揺られているだけにすぎない。
 突然、萩生が俯いた。俺の言葉が聞こえていたわけでも眠気を感じたわけでもなさそうだ。ただ身を縮こまらせながら、なにか嫌なことでも思い出したみたいに顔を歪ませている。寒そうに体を抱いた。小動物が自分の身を守るために取る防衛体勢に似ていた。
 この表情は数時間前にも見たことがある。電車のなかで男が苦手なそぶりを見せた萩生が、縋るようにとった拒絶反応だ。
 女子高に通っていじめを受けたのだから恐怖の対象が女子に移ってもおかしくないのに、萩生は無関係な男を苦手としている。憶測だが、女子高に行ったからこそなのかもしれない。男と係わりがなかったからこそ、幻想の恐怖を抱いている。五十嵐と氷室に与えられた苦痛もそれに拍車をかけているのだろう。
 惨めなくらい生きづらく不器用な感覚に、俺は軽く同情した。
「それで、お前はどうするんだ?」
「え?」
「バールがないんだ。西園寺に、その」運転手に聞かれないよう、ボリュームを抑える。「復讐なんてできるのか?」
「西園寺さんは別にボコボコにしなくてもいいんですよ」
「そうなのか?」
 俺は素っ頓狂に声を大きくした。萩生から漏れ出した不穏な言葉に運転手が眉を寄せたような気もしたが、それよりも萩生が復讐相手に対して穏便に済ませようとしていることに重きを置く。
「ちょっと手を上げるくらいです。あのひとはそれだけで事足りる」
「病弱なのか」
「いえ、そうじゃないです。西園寺さん、いま妊娠してるんですよ」
 金額のメーターが上がる音がした。思ったよりもその音は大きくて、きっと運転手には重要なところは聞こえていない。けれど俺には聞こえた。確かに言ったのだ。西園寺円華は妊娠していると。そして萩生は、そんな相手に手を上げようとしている。ボコボコにしないまでも、萩生の狙いに事足りるくらいには。
「バールなんて必要ないですよ」表情一つ変えずに萩生は続ける。「お腹を三、四発殴っておけば、それだけで西園寺さんに対する復讐は完成する」
「それはだめだ」
 即答する。首さえ振った。
 俺はこのときはじめて萩生に恐怖した。
 とんでもない狂気を感じる。自分の隣にこんなやつがいるなんて実感が湧かない。それくらいにぶっ飛んでいた。
 今までの復讐とはわけが違う。萩生は西園寺円華の胎児を、殺そうとしているのだ。
「それだけはだめだ。お前、そんなこと」
「びっくりしましたよ、まだ二十歳かそこらなのに。西園寺さんには同棲している彼氏がいて、結婚もすぐだなんて言われてるんですって。たしかいまは八週目なんだとか……調べでそのことを知って、決めました」
「やめろ萩生。それは流石にだめだ。だって、それ人殺しじゃないか」
 俺がそういうと萩生は黙った。
 けれどすぐに俺のほうを向いて、怖いくらいの無表情で言葉を続ける。



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