《西園寺円華》1/7


 残念ながら、潮来市に戻るための電車は最早動いていなかった。田舎らしい終電を迎えてしまった鉄の館はやはり重暗い。
俺と萩生は少しの相談のあと、双方同意したうえでタクシーを使うことにした。
「三人目の復讐相手、西園寺円華は高校時代にあたしをいじめ抜いた女です」
 目の前に到着したタクシーのドアを開けながら萩生は言った。続けざまに乗りこんで、俺は耳を傾ける。すぐさま目的地をタクシーの運転手に告げ、揺られながらに萩生は話す。
「あたし、小中同じだったひとたちと高校まで一緒になるのは嫌で、登校に時間のかかる、みんなが行きたくなさそうな女子高を選んだんですよ」
 その女子高は当時ほどほどの成績を維持していた萩生の成績からは考えられないほど偏差値の低いところで、先生から何度も説得されているのを見たことがあった。気になって何度か調べたこともあったが、電車を乗り継いでさらに三キロ先のバス停まで歩き、そこからバスに揺られること十五分という、アクセスに手こずるほど遠い高校だった。偏差値も交通不便も距離も引き換えにして望んだ萩生の健全な高校生活は、理不尽なことにその高校の同級生によって破滅させられたのだという。
「西園寺さんはクラスに一人はいるリーダーシップのとれるひとで、美人でスタイルがよくてセンスもあって、みんなの憧れでした」
 明るく気さくで話しかけやすく、真面目なタイプというよりは授業中に先生にあてられたらジョークで応酬するようなお調子者タイプ。美人で気さくでユーモアがあって、そんな人間がいじめなんてするように思えなくて、けれど、萩生の話を聞き、納得を得る。
「頭がね、悪いんですよ。西園寺さんに限らずあの学校は」
 決して頭が悪いイコールいじめをしやすいというわけではないと思う。けれど人間としての内面の発達度は、地道に努力を重ねてきた者のほうが高いと考えるのも無理はないだろう。少なくとも俺はそうだった。頭のいいやつはいじめなんて無益だと知っているからやらない。でも頭が悪い学校ほど、いじめないと生きていけないみたいにそれが活発になる。
 なんとなく気に入らなかったから。グループを組んで、相手に対する陰口を言い合う。するとグループにも結束力が生まれる。一つの悪を迫害するような気持ちで嫌がらせをする。あくまで遊びだ。グループ内がそれで明るくなるから、共感している物事に形を持たせてそれを団結の証みたいに感じれるから、だからいじめをする。そこにはいじめという認識はないのかもしれない。本当にくだらない理由で、幼稚な認識で、人間は無意識に誰かを虐げることができる。相手の反応なんて興味もない。反抗してきたら生意気だと囁きあえるし、態度を示さなければ調子に乗って行為や言動は進化する。そのうちグループは大きくなり、それは一つの組織になる。これは感染だ。そういう風潮を作り、当人たちがそれに感化されるかどうか。精神的に幼い人間ほど、恥や罪悪感を意識することなく、能天気に感染するのだ。
 その点では萩生が選んだ高校は大いに間違いであった。
「西園寺さんはきっと、自分がいじめをしたなんて思ってない。今だって追及されれば、ちょっとからかっただけだって、本心でそう言って笑うはずですよ。賭けてもいい。あの学校のひとたちだってきっとそう。美人でスタイルのいい憧れの女友達がセンスのいいことをしていたから真似をしただけ。相変わらずユーモアがあるなあって、そう思いながらあたしの弁当を机の上に散らかすなんていうイマドキの流行に乗っかったんです」
 聞いているだけで嫌な気持ちになった。
 女子高なんて聞いただけで嫌なイメージを抱くのに。
 まるでそれが立証されていくような気分だった。
「怖いな」
「はい、怖かったです」
「女子にできるとも思えないが、暴力をふるわれたりは?」
「されてないです。されたのは、一度だけ」
「一度だけ」
 反復しただけではあったが跳ね上げた語尾からそれが問いかけに近いことに萩生は気づいていた。
「はい。一度だけ。よりにもよってその一度は、二年前、あたしの志望大学の受験日の朝でした。あたしがどの大学をどの日に受けるのか知っていたんです。最後の嫌がらせとして、西園寺さんとその仲間たちはあたしのことを殴りつけました。右腕と左足首と鎖骨の骨折、打撲傷と擦過傷が多数、額を六針縫う怪我。襲われた三十分後に通りがかりのひとに発見されてそのまま病院に運ばれました。入院生活を余儀なくされたあたしは受験なんてもちろん許されず、そのまま一浪することになりました」
「そいつ、最低だな」
 下手をすると死んでいたかもしれない。
 並大抵でない憎しみが生まれるのも頷ける。
 はた迷惑なやつだった。そんな女のせいで萩生は受験を逃したのか。家計的にも負担のかかる問題なのだ。遊びなんかで大怪我することになるなんて、たまったもんじゃない。
「でも確かお前って二浪してたよな? まさかもう一年そいつに邪魔されたとか……」
「いえ、こっちは完全にあたしの不手際です。不運なことに試験前日にインフルエンザにかかりました。治ったと思った瞬間、別の型のインフルエンザにかかりました」
「お前ダサすぎだろ」
 なんでダブルインフル患ってるんだ。
「そんなこんなで受験を二度も失敗したわけです。忌々しいでしょう?」
「正確には三度だろ。今年も失敗したんだから」
 俺がそういうと萩生はパンチをするふりをした。控えめな伸びしかしない折り畳まれた腕は緩いスピードで宙を切って、俺に触れることなく元の位置に戻る。
「でも本当に、その最後までは暴力をふるわれることは一度もありませんでした。女子はね、知ってるんですよ。暴力なんかよりも相手が嫌がって楽しめるものがあるってこと」
 楽しむ。
 その西園寺円華は萩生へのいじめを楽しんでいたらしい。
 そりゃそうか。遊びなんだから。
 同じいじめの主犯者といってもこれまでの五十嵐や氷室とは少し違うように感じた。五十嵐、氷室、西園寺とこの三人、並べてみてもそれぞれイメージが異なる。五十嵐はひたすらに圧力をかけていくタイプだった。氷室は裏から手を回していくスタイル。人望があったという意味では氷室とは似るが、西園寺円華は聞く分には脳足りんだ。どういう状況だったのか自分でもよくわかってないんじゃないだろうか。そういう意味では一番悪質で陰湿だ。



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