席に合うように紙を渡していく結川。春飼の席は丁度空いていたのでそこに一枚を置いて残りを後ろの席の女子に配布した。俺の列に来たとき、結川の席はもちろん空だった。結川の前の席のやつが結川の席に一枚置き、俺は残りのプリントを受け取って自分の分を取ったあと後ろに回す。プリントには四つの写真が載っていて、そこはテーマパークであったり大きなオブジェのある場所だったりした。
 全員に行き届いたのを確認したあと春飼が口を開く。
「校外学習のときに担任の先生のいるチェックポイントを設けようって話なんだけど、せっかくだからそのチェックポイントを僕たちで決める流れになったんだ。大体お昼ごろにそこに集まる予定だから、校外学習で回る一ヶ所に含まれることになる。選択肢はプリントに書いてある四ヵ所。どこに行きたいか考えてください。五分後、多数決とるから」
 クラスはざわざわと喚きだす。プリントを持ちながらグループのメンバーで集まっているようだった。どうせグループのメンバーで集まろうが多数決は多数決だ。普通に自分の行きたいところ言えばいいのに。
 俺は自分の席から動かずにプリントを眺めた。
 青い花公園という、その名の通り青い花ばかりを集めた公園。MSCプロデュースのテーマパーク。新設のオルゴール博物館。イカのオブジェのある駅前広場。
 人気がありそうなのはやっぱりテーマパークだろうな。そのまま遊べるし。写真に乗ってるジェットコースターなんて、振り落す気満々の高さと急カーブだ。絶叫好きにはたまらないだろう。
 でも、これといって行きたいところなんて俺にはない。
 あまり魅力を感じないし、正直どこでもいい。
 俺にも投票権があることに罪悪感を抱くくらいだった。
「どこ行く?」「えー! あたしイカのオブジェと写真撮りたい!」「やっぱりこっちだろ、俺たちのルート的にも移動が楽だし」「観覧車で彼と二人っきりになるの」「ここのパフェおいしいって評判だよ」「やっぱここでしょ」「楽しそう」「他のはつまんなそうだし」「オルゴール館遠いもんね」「写真からしてわくわくする」「もう決まりだって」「やっぱこの、テーマパークだろ」
 やっぱり、周りの流れはテーマパークだ。クラスの半分ぐらいが持っていかれている。
 ちらりと前に立つ学級委員二人を見た。
 グループに戻ることなくプリントと睨めっこしている結川。春飼はもう決まったのか、教卓に肘をついて結川に話しかけていた。結川は悩みのせいか怠慢な声をしていて、執拗に髪をくるくると弄っている。会話を掻い摘むように聞くと、結川は青い花公園に行きたいらしい。確かに写真に乗った鮮やかなスカイブルーやマリンブルーの花々は結川の好きそうな風景を描いていた。でも、多数決では怪しいところだと言う。春飼は利便性から駅前広場に決めていた。グループの他のメンバーは軒並みテーマパークに寄っているとは思うが。
「そろそろかな」
 担任の先生は教室中に目配せする。多数決を取るらしい。
「じゃあまず、青い花公園がいいひとー」
 声をかけながら、結川は手を上げた。思ったよりも挙手している人数は多かったけど、決して勝てる人数ではなかった。特に興味もないし、結川が行きたいところならと俺も手を上げる。黒板にその人数を書く。書いている間に春飼が言った。
「次、テーマパークがいいひと」
 重力に逆らう手の数が一気に増えた。これはほとんど決まりだろう。
 春飼は地道に数えあげる。数秒経ったのち、その数を黒板に書いた。過半数はいくと思ったのだが、意外にも人数は伸びなかったらしい。とはいえそれなりの人数がテーマパークを希望していた。
 オルゴール博物館、駅前広場と全て数え終われば、やはりテーマパークの圧勝だった。
しかしそのテーマパークの票は過半数に達していない。これでは死票が多すぎる。案の定そのことを先生も察したのか表情を濁らせた。
「これは流石に決めにくいからなあ」
 その声にテーマパーク派の生徒は不満げな顔をする。野次のような言葉も飛び、それを学級委員が諌めるも、完全に静まることはなかった。テーマパーク派は過半数を取っていないのだから、他の場所を選んだ生徒たちも強く出られる。そのおかげか、教室の雰囲気は少しずつだが悪くなっていった。
 ああもうめんどくさい。
 俺は逃げるようにして寝たふりを極めこむ。
「テーマパーク以外のやつは少数派なんだから、まず理由を言えよ」
 クラスのなかでもちょっと過激な部類に入る男子生徒がそう強く言った。スクールカーストに物を言わせるつもりなのか、態度の鋭さはなかなかのものだ。
 正直、こういう類の話の流れはあまり好きではなかった。むしろ好きなやつなんていないと思う。クラスのなかでも穏健派に部類される人間はさっきからずっと口を閉ざしているし、先生にしたってどうしたものかと頭を掻いていた。
「僕は、駅前広場のほうが移動に楽だから。集合に時間もかからなさそうだし、けっこう拓けた駅だからお土産も変えるかなって」
 しかし、ここで怯まないあたりが流石の春飼だった。あくまでも落ちついた声と変わらない表情で、清廉潔白に自分の主張を伝えてみせる。
駅前広場派もそれに乗っかって頻りに頷いた。


  


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -