「えっ、花ろんちゃんって青い花公園だったの?」
「うん」
「なんでー、テーマパーク面白そうだったのに」
 そこで、結川のつるんでいるであろうメンバーが、結川に話しかけた。責めている、とかじゃなくて純粋な疑問の声色をしている。しかし、悪意はなかろうとタイミングはあまりよくなかった。それに目をつけた何人かが「他に青い花公園のひといたっけ?」と周りに目を配る。気を配った発言ではなかった。
 どうやら挙手で確認を取っているらしく、教室には妙な緊張感があった。これは俺も手を上げたほうがいいだろう。先に取った挙手数と数が合わなかったらまた変にもめそうだ。
 俺は少しだけ身を起こして手を上げる。タイミングとしては青い花公園派で最後だった。
「は。那贄。なんで青い花公園にしようと思ったんだよ」
 最後ということはそれだけ目立つ。それもさっきまで突っ伏していたやつならなおさらだ。
 面倒なやつだな。勘弁してくれよ。
 味方のいなそうな俺に好戦的な態度をとるそいつに、半憮然としながら言う。
「特に理由はないけど」
「だったらなんで選んだんだよ」
「特に興味なかったから。どれでもよかっただけ」
 俺の言葉に対して一斉に顔を顰める。
「え。ならテーマパークでもいいだろ」
 そして次に俺が顔を顰めた。
 冗談だろ。なんで結川でもないやつの意見を俺が聞かなきゃいけないんだ。
 心臓のあたりにぶわりと花が咲いた。特殊な温度。灼熱のようでもあり、いっとう冷たくも感じられる。皮膚の内側で咲いた花だ。誰にも見えていない。感じているのは自分だけ。だからこそ余計に腹立たしい。枯らすには、目の前の相手を貶めなきゃいけない。土にでも還れって。思うだけならまだしも、行動を起こすにはエネルギーがいる。大仕事だ。便利なトリガーなんて持ってないから俺はただ感情をもてあますことしかできない。
「……意見を変えるつもりはないよ」
「どこでもいいんだろ? だったら変えろよ」
「なんでお前たちの行きたいところに俺も行きたいって思えるんだ?」
 口笛が鳴った。からかうような一秒間。
 静かな教室に思いのほか響いたそれは導火線に火をつけるようなものだった。口笛の主を誰も咎めない。それよりも俺という存在のほうが重要で重罪だった。
「――やめよう」
 まさに鶴の一声。春飼が軽く手を打ち鳴らして視線を前へと持ってこさせる。
「もめるようなら考え直そう、意見が変わるかもしれないし。今回は大体の傾向を把握したってことで。みんなそれぞれ行きたいところは違うだろうから最終的にどこに決まっても文句垂れるのはなし。僕のほうでもいろいろ調べておくから。いいですか、先生?」
 テキパキとまとめあげた春飼はあぐねていた先生に尋ねる。異論はない。雰囲気が悪くなることと一時間がぐだって無駄に終わることを防いだ春飼は誰が見ても謙虚な勇者だ。
 残りの時間は教室を出なければ自由にしていいということで、幾分か空気の和らいだクラスの社交場へと変わった。あちこちで談笑が聞こえる。俺はもう一度突っ伏して、チャイムが鳴るのを待機することにした。
「こら」
 ぺしんと頭を叩かれた。痛くはなかったが不快は不快だ。
 俺はむくりと上体を起こして、叩いた張本人を睥睨する。
「雨利……」
「なにイタいことしてんだよ。おかげで空気最悪だったじゃん」
「は? にやにやしてたやつがなに言ってんだ」俺は肘をついた。「見てたぞ。さっき口笛吹いたのってお前だろ?」
 さっきとまったく同じトーンの腹立たしい音色が、尖らせた唇から漏れだす。
 自分のグループを放棄してこっちに来たらしい雨利は片手をポケットに突っこんで俺を見下ろしていた。貴重な自由時間を使って俺に絡みに来るとはたいへんな物好きだが、こいつの突拍子には徐々に慣れつつあった。というより慣らされている感じがする。その点では不気味だ。
 雨利は空いていた結川の席に許可なく横座りする。結川はそんなことで相手を咎めるようなやつじゃないけど俺が気に食わなかった。それになんだか変な気分だ。わざわざ席を振り返ってまで話しかけてくるやつが結川以外にもいるなんて。
 俺はだらりと背凭れる。そのぶん腰の座りが浅くなり、ずるずる姿勢が崩れていった。
「……お前、友達いないの?」
「は? いねえのはお前だろ」
「そうだけど、俺なんかに話しかけるなんてよっぽど暇だろ」
 雨利は俺の言葉に「あー……」と面倒くさそうな顔をした。
「言っとくけどな、誰が誰に話しかけようが勝手なんだ。個人の自由ってやつだよ」
「へえ、そうなんだ。グループ内の結束って思ったよりも固くないんだな」
「それ、結束じゃなくて束縛じゃん」雨利はちゃんちゃらおかしそうにパチパチと拍手した。「アッパレ。あんたって本当、浮世離れしてる」
 賛辞じゃないことは考えなくてもわかった。
 教室に巣を持たない俺を、雨利は箱入り娘でも見るような目で見つめている。
「でも、結川と俺が話してると、周りはあんまりいい顔しない」
 癪だと思ってそう言えば、雨利は即座に返す。
「そりゃあ結川花ろんはダメだろ。あれは独占していい人間じゃない」
 確かに。変な言いかたをすると、結川花ろんはみんなのものなのだ。もちろん結川自身のものだというのが第一前提ではあるけど、誰かが支配していい立場にいない。それも、相手が俺なんかとあっちゃ、たまったものじゃないだろう。結川の点に関してはなんとなく理解できた。
 俺はふとあたりを見回してみる。
 現時点で、俺たちを見てる者は一人もいない。嫌な顔してるやつさえだ。どうやら雨利鏡麻は独占されても許されるらしい。それどころか、みんな自分のことに夢中で、誰も俺たちに気づいちゃいなかった。
 俺が無意識に隔離されることはよくあるけど、雨利までその仲間になるなんて変な感じだ。でもそこに捨てられたなんていう惨めなムードは微塵もなくて、そっちのほうがよっぽど変だ。
 ここにきてはじめて、雨利が俺にかかわることで抱く違和感に嗅覚が反応した。
「……お前ってやっぱ、変なやつだな」
 気づけばそんなことをぽつりと漏らしていた。無礼だし意地悪ともとれる言葉だったのに、肝心の雨利はそんなふうには思わなかったようだ。よくぞ気づきましたと満足しているようなしたり顔で「よく言われる」と俺に言う。虹色の目には俺が映りこんでいて、そのピントには揺らぎなどなかった。


  


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