「そういえばさ、昨日お前、俺のこと笑っただろ?」
 俺がそう言うと雨利は「いつ?」と眉を寄せた。おや。こいつじゃないのだろうか。「一時間目の前くらい」と答えると「ああ」と返ってきた。やっぱり思い当たるふしあるのかよ。
「それがなんだ?」
「なんで笑った」
「気、悪くした?」
「そりゃ笑われたら悪くなるさ」
「俺からしてみれば、あれは俺が笑ったんじゃなくて、俺が笑わされたんだよ」
 なに言ってんだこいつ。
「言うなりゃあれだよ。他人の家にあがりこむのび太くんが玄関で靴をきれいに並べてたのを見たときのスネ夫の衝撃?」
 もっとなに言ってんだこいつ。
 俺の怪訝を本のように読みとった雨利は声を上げずに笑った。
 教室に着いた俺たちはそこからばらけた。最後まで見届けたわけじゃないけど、窓際で話しこんでいるグループの中に混ざっていったんだろう。俺は自分の席についてカバンを机の横にかける。とっくに登校を果たしていた前の席の結川が勢いよく振り向いた。
「おはよう、那贄くん」
「おはよう」
「見てたよ。雨利くんと一緒に教室入ってきたでしょ?」
 興味津々、といった顔で星を飛ばしてきた。あまりに弾むものだから、俺の口の中にカランコロンと飛びこんでくる。ぺろりと舐めてから噛み砕いた。金平糖みたいな甘い味がした。
「うん。まあ」
「なに話してたの?」
 結川は椅子をこちら側に傾ける。ゆったりとしたリズムで揺れていた。
「……なんだっけな」
「えっ、覚えてないの?」
「そんな中身のある会話じゃなかったんだよ」俺は眉を顰めた。「確か……恋の話?」
 結川はぶふっと噴きだした。星を。そのほとんどが顔面に直撃して、眩しい痛みを生む。
 集中砲火の罪は重い。
 俺は顔に浴びせられたそれを叩き落としたあと、結川の椅子を揺らす。絶妙なバランスで立っていたそれは、俺の力をくわえられたことで、ガタッと強く振動した。結川は肝の冷えたような顔で俺の机を掴む。唇を尖らせながら「ひどい」と呟いた。
「ひどいのはどっちだ」
「だって、那贄くんが面白いこと言うから」
 なんだと。
「恋って、恋って、似合わないとかじゃないけど、恋って」結川は口元を押さえてくすくすと笑った。「男の子のする話ってかわいいね」
 かわいいか? なにを言ってるか少しも理解できない。
 それに、上手く伝えられなかっただけで、さっきの俺と雨利の会話を結川が聞いていたらどこが恋なのだと言う確信がある。
 でも、自分が提供した話に結川がここまでおかしそうにするのは珍しかった。軽やかな笑い声の心地よさに、俺は訂正するタイミングを失う。
「ちなみに結川はどんなやつがタイプなんだ?」
「わあ、恋バナだ」
「お前よくしてるよな、クラスの女子と」
「なんでかわかんないけどよく相談されるから」
 人差し指で自分の頬を突きながら「うーん、そうだなあ……」と結川は考えこむ。
「かっこよくてー、頭もよくてー、優しいひとがいいなあ」
「出たよ。女子の高望み」
「えー。だってやっぱりそういうひとが魅力的だなあって思うでしょ?」
「そんな王子様みたいなやついるわけないだろ」
 いるわけないとしても、この結川花ろんにはそういう人間がしっくりくる気がする。結川と同じくらい顔がよくて、輝いていて、そんな二人が歩く様はまるでお伽話から飛びだしてきたみたいに別次元なのだ。容易に想像できた。
「でも意外だよ。お前ならもっと内面を要求してきそうなのに。包容力とか。つらいのを察してくれるとか、悲しいときに慰めてくれるみたいな」
「だってそれは間に合ってるもん」結川は柔らかくはにかんだ。「私のことをわかってくれるのは友達の君だけで両手いっぱいだよ」
 結川がどうしてそこまで俺のことを信頼してくれているのかはわからない。けど、そう言ってくれることが嬉しかった。唯一無二の友達に、俺は随分と没頭している。
「なあ結川。俺、お前が大好きだよ。もし俺が女かお前が男かしてたら、絶対同じ班になって校外学習行ってた」
「グループは大概、男女別だもんねー」
 結川は苦笑しながら前に向き直った。高らかな予鈴がBGMだ。自分のクラスに帰る生徒や席に着くクラスメイトを眺めながら、俺は次の授業科目の教科書を机の上に出す。
 気になって、ちらりと後ろのほうに視線を遣る。
 雨利はやっぱり俺を見ていた。
 机の隅に合うよう教科書を整える俺を心底愉快そうに笑っている。こっちは心底不愉快だった。教室に向かうときに、自分は笑わされているのだ、と主張していたけど、どう考えても勝手に笑ってるだけだ。とんちみたいなもので明確な違いはない。
 俺が呆れていると、雨利は更におかしそうに肩を震わせた。
 あいつ一人で楽しそうだな。
 どうでもよくなって、俺は黒板のほうへ視線を移す。途中、あまりにも暇になってもう一度視線を後方に向けたが、あいつは後ろの席のやつと談笑していて俺には気づかなかった。




「校外学習のことについて、まだ決めきれてないことがあったから、学級代表さん、ちょっと前に出てきてください」
 授業の一時間を潰してホームルームをすることになったようだ。
 担任の先生に呼ばれ、女子の学級委員である結川が席を立つ。もう一人、男子の学級委員である彼は最前列の席なので、教卓側に立つのにはさほど時間はかからなかった。美しい足音が聞こえたかと思うと、深緑の壁をバックにして線の細い男子生徒が立つ。俺の校外学習のグループメンバーでもある春飼姉多(はるかいねえた)だ。
「先生も言ってたとおり、もうすぐ校外学習があるわけだけどまだ決められてないことがあって、それを今から決めていこうと思います」
 先に話を進めていた春飼の隣に結川が立つ。この二人が並ぶといい意味で絵になった。
 春飼姉多は生徒会の副会長をも務める根っからの優等生で、教師生徒両方からの信頼が最も厚い男子だった。中性的な美形は表情の変化に乏しいが、他の男子に類を見ない落ちついた物腰が女子に好評で、かといって男子生徒からも親しまれやすく、つまるところ人気があったのだ。
 そんな春飼と結川が並ぶと、まさしく絵本か清らかな絵画だ。
 この見目のいい学級代表の男女は、我がクラスの誇りと言っても過言ではないだろう。
「えっと、今からプリントを配布していきます」結川は教卓から出した紙の束をぺらぺらと数えていく。「一番前の席のひとに渡していくので後ろに回していってください」


  


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