あんなやつクラスにいたんだな、と思いながら、自分がどれだけ他人に薄情で浮ついた存在であるかを確認する。そりゃそうだ。姉の呪いのおかげで見事にひねくれた無愛想な俺と、無理をしてまで打ち解けようとしたやつは結川以外にいなかった。姉には校外学習のグループはまだ決まっていないと言ったけど、本当はもう決まっている。一人あぶれていた俺を見かねて先生が、男子のほうの学級委員のグループになんとか突っこんだのだ。そのグループのメンバーの名前も俺は一人しか知らない。俺は学校に一人はいる、馴染む気のない困ったさん≠セった。俺は姉の呪いどおり、しょうがない人間に成り下がってしまったのだ。
 学級委員二人が「起立、礼」と声をかける。俺は着席以外しなかった。




 結局のところ、その後しばらくの休み時間に、結川と話すことはなかった。授業終わりのチャイムが鳴った途端に周りの女子から「花ろんちゃーん!」と声をかけられた結川は、その応対に従事してしまい俺のほうへ振り向けなくなったためだ。彼女を中心にするようにできた輪は教室の中でもちょっと大きめで、ノートを取り損ねた後ろの席のやつが黒板の文字を読み取るのに頭をぐるんぐるんと回さなきゃいけなかった。
 クラスでもちょっと派手めなグループに所属する結川の大体の役割は聞き役≠ニ話題フリ≠ナある。持ち前の愛嬌で相槌を打たれて心地よくならない者などいない。聴き触りのいい程度に高いハキハキした声で「元気ないけどなにかあったの?」と首を傾げられれば、リボンをするするとほどかれるみたいに熱を入れて話しこんでしまう。フリ上手であり聞き上手。頷くだけの薄っぺらい反応ではなく、ぽんと「ああ、わかるー。私も昨日、近所のワンちゃんの鳴き声と火災警報器の音間違えちゃったもん」と絶妙な合いの手を入れてくるテンポは会話のリズムを生みやすい。一度会話が生まれてしまえばそれが途絶えることはまずない。よって結川が約束の都市伝説を聞かせてくれる機会は遠のいたわけだ。
 タイミングを逃したし、もうそれほど気になってもいないし、二度とどころかきっともう一度として聞くことはないように思えた。
 唯一の話し相手がいなくなって癪ではあるが、ぼんやりと休み時間を消費することには慣れている。姦しい会話の合間に飛んでくる星が開いた筆箱の中に紛れていくのはちょっと面倒だったけど。
 次の授業の準備でもしておくかとカバンのほうへ身を傾けたとき、左側から声が鳴る。
「よう」
 一回目は無視をした。まさか自分に向けられたものだとは思わなかったからだ。そのまま机のフックにかかったカバンの中を漁っていると、次は明確な呼びかけが俺へと向かう。
「ようって」
 二回目。これも無視をした。赤ちゃんのする舌打ちみたいな音が鳴る。俺は音のほうを見る。俺の机の左側に立つ、黒髪のうるさい男子。
「よう」
「……俺?」
「そうだよ。無視すんなよ」
 三回目にしてやっと理解を果たす。
 しばらく無言のまま、そいつの虹色の瞳と見つめあっていた。
「あんたってさ、聞こえてなかったりする?」
「耳はいいほうだと思う」
「じゃあなんで俺のこと無視したんだよ」
「えっ……悪い……まさか自分に声かけられてるなんて思わなかったから」
「あー」腕を組み、浮かせた右腕で顎を掻く。「そっか。まあ、俺はあんたに話しかけたって思っといて」
 まだなにが起こってるのかよくわからない状態だったが「わかった」とだけ答える。
 いきなり話しかけてきたこの謎の男子生徒は、一時間目の授業の前に目が合ったやつだった。人間をグレースケールで見たかのようなモノクロい威容は、遠目からではわからなかった彩のある虹彩を持っていた。なにが起こるかわからない怖さは感じたまま。急な展開についてこれず、俺の脳味噌は置いてけぼりを食らう。
 沈黙が続く。なにがしたいのかわからない。ただこっちを見るだけで会話をする気のなさそうな相手に、俺は耐え切れず口を開く。
「なんだよ」
「なにが」
「俺になにか用があるんじゃないのか」
「え? ないけど」
 本当になんなんだこいつ。
 俺がうんざりしかけたときに、そいつは「そういえば」とやっと要件らしきものを吐いた。
「俺の名前、知ってる?」
「は?」
「違うなあ」
「そういう意味じゃない。ていうか、俺とお前、話すの初めてだろ……名前なんて知ってるわけ」「俺はあんたの名前、フルネームで知ってるぞ」
 なんなら言ってやろうか、と首を傾げる相手に、俺は「いい」と即答した。その返答ににやりとして見せると「だと思った」と返ってくる。面倒になって、あからさまに顔を顰めた。
「話すの嫌だって顔に出てる」
「わかってるなら話しかけるなよ」
「雨利鏡麻(あまりきょうま)」俺の机に手をついて体重を乗せる。「名前。覚えといて。じゃあまた明日」
 軽薄そうな態度で手をひらひらと振り、雨利は自分の席へと戻っていった。
 また明日って。まだ六時間目が残ってるのに。
 変なクラスメイトとしゃべったせいで少し疲れてしまった。俺は両腕を折り畳むように机の上に置き、その上に自分の顎を乗せる。雨利がどうしてるかちょっと気になったけど、振り向けば負けな気がして、あっちを見てやることはなかった。
授業開始のチャイムが鳴る。蜘蛛の子を散らすように席に着いていくクラスメイト。
 静かになった結川が、首だけでこっちを振り返った。
「誰かと話してたでしょ?」
 自分だって話しながらだろうに器用なことをすると思った。聖徳太子みたいでちょっとびっくりする。みんなから好かれるやつはやっぱりやることが違う。しみじみと「聞こえてたのか」と返せば、結川は「たまたま聞こえただけだよ」と言って星を飛ばしながら笑った。


  


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