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「整理券は?」
「えっ、亜羽ちゃんが持ってるんじゃないの?」
「持ってないよー、亜莉に渡したもん」
 一オクターブ高い声で「まさかなくしたの!?」と叫ぶ姉を「いやいや……そんな、まさか」と宥める。
 俺としてはなくしていてもよかった。なくしていさえすれば、休日に二人で出かけなくていいという大義名分ができる。その分姉からの恨みは積もるだろうが気にしなければ気にならない。
 だが悲しきかな。
 上着やズボンのポケットを漁っていれば、二枚組の整理券はすぐに発見された。
「ぐっちゃぐちゃ」
「いいだろ別に」
「よくないよ。亜莉は雑すぎなの。整理券ぐちゃぐちゃになって破損して見れなくなったらどうするつもりだったの」
「雑って言うなら亜羽ちゃんも雑だろ。机の上散らかりすぎてて見れたもんじゃない」
「えっ、待ってよ、私の部屋に入ったの?」
「亜羽ちゃんだって俺の部屋に勝手に入るだろ」
「そういう問題じゃないよ」
「なんだよいきなり、少し前までは入ってもなにも言わなかったくせに」
「そりゃそのときは私部屋にいたもん」
「じゃあ机の状態見たのはそのときだって思えよ」
 またまた口論を始めた俺たちに、リビングにいた母親から軽く叱責が飛ぶ。
 口喧嘩が始まってしまえば怒られたり溜息をつかれたりするのは二人とも同じだった。
 今まで手出しのしてこなかった両親が、やっと俺たちに口を挟むようになったのだ。
「……行こっか」
「そうだね……」
 靴紐を結べた俺は手をついて立ち上がる。
「ていうか、そんなに行きたいなら友達と行けばよかったのに」
「えー」
「えー、じゃないって」
「でもさ、どうせ無理だったよ。みんな彼氏と行くーとか、もう約束しちゃったーとか、テレビで見るからパスーとか、そんなんばっかだよ」
 おや。
 俺が思っているほどこの姉は人気者ではなかったのか。
 そんな発想も「何人かに誘われたけど弟と行くって言っちゃったし」という姉の言葉により待ったがかかる。もうわけがわからない。雨利に言ったら、本当にわからないのか、なんて言われそうだな。
「ほら、行くよ」
 花咲く笑顔を俺に向ける姉は、その手をこちらへと伸ばしてきた。
 このお年頃で手を繋がせようとするなんて狂ってる。昔の名残か、すぐ手を差しだす癖は今でも健在だ。十中八九、俺の手がそこに収まることを信じているんだろうけど、お生憎様だ。俺はそれに気づかないふりをして玄関のドアを開けた。そして受け取らなかった手で姉の背中を押して、外へと出る。
「うん。お待たせ」
 俺は姉の隣を歩きだす。
 本当に嬉しそうな顔をする姉を見て、俺はくすりと思うのだ。
 しょうがないなあ、亜羽ちゃんは。
 なんて。



...End


  


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