25


 ふと、雨利を見遣る。
 肘置きに肘をつき、顎を乗せて眺めていた。
 眺められているのは件の彼女。ただでさえ窮屈な背中をさらに深く丸めて、切り終えた型紙のような破片一枚一枚を丁寧に接着していた。しばらく眺めていればだんだんその姿が見慣れたものに見えてくる。錯覚などではない。実際俺たちは知っていた。青咫畝の人間なら誰しも一度は見たことのある物体だった。けれど、鉄の塊ではない。小学生のころにした図画工作や夏休みの宿題の制作課題となんら変わりない。少しばかり手先が器用なのか完成度は高かったが、あくまでその程度だ。実際にそれが威力を持つなんて到底思えない。
「気になるかい?」
 作業を止めずに彼女は呟いた。
 いきなり発せられた静かな言葉に俺は肩を揺らす。
「気が散るとまではいかないけど落ちつかないね。穴が開くほど見ないでくれ。せっかくもうすぐで完成しそうなのに、今までの努力がパアになる」
 水平を保っているかを確認したあと、乾かすためにか一度息を吹きかけた。声とほとんど変わらない音量だった。もちろん異常なのは声のほうだ。
「……悪い」
「悪くはないね」彼女はどこか誇らしげだった。「興味を持たれるのは気分がいい。それも悪質なものでないのならなおさらだ」
 彼女が手掛けていたのは太さ五十センチ、長さ二メートルほどのロケットだった。
 いろんな素材を用いて作り上げられていく過程は本物を作っているかのよう。
「私は聞かれたい。なにをするつもりなのかと」
「ロケットを作るつもりなんだろ」
「君ってつまらない人間だね。私とよく似てる」
 そんなことはない。こいつは相当つまらなくない。つまらなくないが、面倒だ。
 いきなり話しかけてきたり、話されたり、イメージよりも図太そうな神経に、もしや先ほどは庇う必要もなかったのではと疑う。少なくともこいつはなにも望まなかった。もちろん嫌とも言わなかったけど。
「なんでそんなもの作ってるんだ?」
「作らなきゃいけないから。先週打ちあがった人間がいるらしくてね、そうなるといまはもぬけの殻だろうから、とっとと置いてこなくちゃいけない」
 その言いかたに俺はぴくりと反応した。どうやら雨利も同じなようで、だらしない格好のまま目を見開かせている。
 もし彼女の言葉が真実なら、俺の予想は当たっていることになるはずだ。
 だがどうにも信じられない。俺たちの乗りこんだ電車に彼女も乗りこんでいるなんて、そんな上手い話があるか。
 口を閉ざしてしまった俺に、彼女は追い撃つように続ける。
「どうせ君たちもあれに乗るんだろう? 到着までには完成させるから安心をしよ」
 俺の考察などお見通しだと言わんばかりに彼女はヒント紛いのものをぶちまける。
 まだ疑心暗鬼は拭えない。こんな胡散臭い出来事を、そう易々と信じられるわけがない。
 だが、彼女が話しながらも手掛けているシルエットは、間違いなくロケットだ。段ボールや細々とした角材で補強された寒色の色画用紙はこうして見ると屈指の耐熱鋼板にも見えてくる。
 胡乱な目をした雨利がぶっきらぼうに言った。
「え、なに。お前さんブルーバード号≠フ制作者?」
「いかにも」
 同じくらい軽々しく彼女も答えた。
「でもアレってMSCが作ってるって噂だぜ?」
「そうみたいだね。だが、その噂には遠近法が用いられている。遠いようで近いし、近いようで遠い」
「遠近法にそんな意味はない」
「国語は苦手なんだ」
 美術や技術の手法だとツッコむ気にもなれなかった。
 作業の手を止めない彼女はマスキングテープで装飾を施しながら声を紡ぐ。
「この件に関わっているのは私一人だよ。父さんは関係ない」
 ずり、と鼻筋を通って下った眼鏡を、彼女は両手で追いかけてかけなおす。テレビでしか見たことはないが、眼鏡越しの目鼻立ちは父親譲りと言えた。
 未だに信じこめないふわふわした感覚のまま、俺は「そっか」とこぼす。雨利はなにも言わなかったが疑っている様子もない。謎が解けたと思わんばかりの興味のなさで、振動する窓から景色を眺めていた。
 アナウンスでまもなく葉月(はづき)駅に停車することを告げられる。
 前回から教訓を得たらしい彼女は、糊のボトルを足元でなく自分の隣に置いていた。
 彼女が今作っているものがブルーバード号。どこからどこまでが嘘か本当かもわからない都市伝説の、願いが叶うというロケット。
「なあ」
 俺が声をかけたあとに電車がガタンと揺れた。その音のせいで、彼女のか細い声はかき消されてしまう。だけどかき消されたのは一瞬だ。辛うじて聞きとれた声から「私に問うているのかい?」と返事をしているのが理解できた。
 肯定もおざなりに、俺は彼女に問いかける。
「お前のロケットは都市伝説通りなのか?」
「さあ、どうだろうね。私はただ作っているだけだから」
「お前があの噂を流したんじゃないのか?」
「まさか」
「それはどこまで飛ぶんだ?」
「もしこれに迷子の宇宙人が乗ったとしたら、大気圏をも越えていけるといいなと思うよ」
「それはどうやって飛ばすんだ?」
「芸術が爆発するのと同じ原理で」
 ふうん、と俺は相槌を打つ。
 次々と投げかける質問に淀みなく答える彼女はまるで一定の法則を司る神様のようだった。だけど信仰の対象などではなく、俺も畏怖を感じることなどない。どこか浮世離れした雰囲気は近寄りがたいというより近寄りたくない。近寄りたくないのに面白そうに見えてしまうのだから不思議だ。実はちっぽけな理由しか抱えていなかったとしても、なんの嫌悪感も抱かないだろう。どうしてそう思うのかは、ちっともわからないけど。


  


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