12


「一緒に登校しなかった。ただそれだけ」
 結川はぎこちなく笑って「そっか」と呟いた。それ以外はなにも言わなかった。
「俺のこと、やなやつだって思った?」
「思ってないよ。でも、不器用だなあ、とは思うかな」
 傾げた首の根元から、色素の薄い髪がするりと流れこむ。
 それはまあ、女子からしてみれば男子は不器用に見えるかもしれない。裁縫とか料理とか指先を使ったものなんて男子にはチラとも向かない。男子よりも女子のほうが精神年齢は二歳上だとテレビかなにかでも言っていた。
 けど、結川がそういうのを言いたいんじゃないことはわかった。
「那贄くんは、お姉さんと仲良くすると、死んじゃうんだよね」
 死んじゃう。
 よくわからない感性だけど、結川の言葉選びは刺激的で、俺は不快に思うよりも先に興味をそそられた。
「どういうこと?」
「えー、私にもよくわかんないよ」
「わかんないのに適当言ったのか」
「そうじゃないけどさー。ほら。私の言うことなんて真に受けるのやめよう。この話やめよう。はい決定!」
 強硬手段に出た結川はパンッと一回手を打ち鳴らした。いい音が鳴った。そんなことで終わらせようとした結川もどうかと思うが、実際適当だったんじゃないかと俺もどうでもよくなっていた。俺と結川の会話の大半が他愛のないものの繰り返しだ。その場を楽しむための甘味しかないのだから、考えるだけ無駄だろう。
 俺は別の話題を結川に振る。その間も俺の上機嫌は奇妙に続いていた。





「お前今日キモいぞ。どうしたんだ」
 そんな腹立たしい台詞を神妙顔で吐かれた。
 休み時間、トイレの帰りに廊下ですれ違った雨利は手前十メートルほどのところで手を振ってきた。そりゃあそう仲いい相手でもないが、ここ数日話した相手だ。軽く挨拶をされたのだしと俺も返事をしたら、一瞬でその顔は歪められたのだ。
 この理不尽に俺は手を上げたいと思う。
 なにがどうしたんだ≠セ小癪なやつめ。
「前々から思ってたけど、お前ってけっこう失礼だよな」
「大袈裟だな。前々って言うほど俺のこと知らないだろ、絶対」
「変なやつってことは知ってる」
「お前も変だぞ。まさか挨拶してくるとは思わなかった」
 なんか朝もそんなこと言われたな。
 とんでもないデジャビュだ。
 思い返せば、俺は雨利に声をかけられたときの大体を無視していた。何度目かでやっと振り向いて、素っ気なく返事をしていたように思う。
 こりゃまいった。驚くわけだ。
 結川や雨利がすごいのではなく、多分俺がひどいのだろう。
「でも、目が合ったから、流石に俺にだってわかるよ」
「お前って目が合うまでに時間がかかるしな」
「え、そう?」
「そうだよ。結川と話すとき以外、大抵おめめは明後日だぜ」
 こんな男からおめめ≠ネんて単語は聞きたくなかった。俺は自然と雨利の目を見てしまう。モノトーンの顔に施された目は相変わらず鮮やかだ。
「俺は結構お前の目、見てると思うけど」
「見てるだけだよ。合わせてない」
「似たようなものだろ」
「似たようなものと思ってる時点で、お前はわかってないんだよ」
 否定しても雨利の意見を覆せるような気がしなくて、言葉の追随を諦めた。
 そのとき、どこからか鉄琴を打ち鳴らしたような艶やかな音が響いた。それほど大きな音ではない。響きは小さい。執拗だと耳を塞ぐには程遠く、気品があると言えばいいのだろうか、慎重だった。小刻みな歩幅でそれは迫ってくる。音のほうを向けば予想通りの相手。非の打ちどころのない美しい足音は彼の魅力の一つだった。
 足音の主である春飼は「ねえ」と言いながら俺たちに近づいてくる。
「雨利。那贄。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
 雨利は両手をヒラヒラと踊らせ「おう、いいぜ、どんどん聞いてくれ」と胸を張る。すごくえらそうだった。そんな雨利に「うん」と真顔で返せる春飼は立派だった。
「この前、校外学習のチェックポイントのことでいろいろもめたけど、あのあと僕のほうでもちょっと調べてみたんだ。そしたらさ、みんなが行きたがってたテーマパーク、校外学習当日はメンテナンスが被ってるらしくて、僕たちが集合する時間には半分以上のアトラクションが運休になってるらしいんだ」
「えっ、そうなの?」
「うん。あとは、あんまり人気のなかったオルゴール博物館だけど、中の喫茶店が充実してるみたいで雰囲気もよさそうだったよ。話した何人かはそこでお昼ご飯食べたいって言って意見変えたりしてた。青い花公園はちょうど海外の会社の移動遊園地が滞在してるらしくて、思ったよりも面白そうなんだ。とまあ、新しい情報も入ってきてイメージ変わるだろうから、また多数決とって回ってるんだけど、二人はどこに行きたい?」
 聞いて回ったであろう紙とペンをポケットから出して、春飼は目配せをした。
 まさかクラスをまとめるためにここまでやってくれるとは。真面目ですごいやつなのは知っていたけど、繊細な見た目に反して行動力のあるやつだった。
「俺は青い花公園」
「俺も」
「わかった。二人とも変わりなしと」
 まさか誰がどこに手を上げたのか覚えてるんじゃないだろうな。
 春飼の優秀さに若干ひいていると、書き留め終えた春飼がこっちを見た。
「那贄は本当にあれでよかった?」
「……あれ?」
「昨日決まったやつ。校外学習で回る場所」
 ああ、と頭の中で納得した。春飼が言っているのは昨晩SNSで沸騰していたグループの話だ。校外学習で回る場所の最終決定をしていて、途中都市伝説がどうの雑談していたこともあり、俺は適当にスクロール読みしてそれでいいよ≠フ一言で終わらせた。
「えっ、あんたら二人同じグループなの?」
 雨利が興味深そうに言う。春飼は「そうだけど」と返した。
「なるほどね。で、どこに行くことになったんだ?」
「工場見学と喜劇場、チェックポイントのあとはトリックハウス」
「いいな、トリックハウス。俺も抜けて合流するわ」
「グループはどうするんだよ雨利」
「適当にごまかしゃ大丈夫だろ」
 飄々として答える雨利に春飼は能面で吐息した。わかりにくいけど多分ため息だ。呆れているんだと思う。俺も呆れてる。こいつどこまで自由なんだよって。


  


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