焼いた黒魔の会(2/4)




 卑弥呼の占いから、オールドビルとアンプロワイエの心配はしなくて済んだ。見張りのオールドビルに関しては「飾りみたいなものだ」と卑弥呼が言っていたし、司書や清掃員の類は実際のところ来たためしがないのだという。まさしく無人だ。となると幽霊扱いされているのはここに棲みつく卑弥呼である可能性は高い。オートミールを作るために起こした火がジャックランタンと噂されているというのは考えすぎの線でもないだろう。それを考えるとおかしくてイヴは何度も思い出し笑いをして卑弥呼に気味悪がられた。
 しかし、時刻が間もなく昼を迎えるというころに、それは起きた。
 最初に反応したのは卑弥呼だった。硬い前髪を揺らしてぴくりと肩を震わせる。
「……嫌な予感がする」
「は?」
 イヴはそう返すことしか出来なかった。卑弥呼は立ち上がって焚火を消して蹴り崩す。
「嫌な予感というのは、お前の勘か?」
「気持ち悪ぃ、サンドイッチみたいに挟みこまれてる気分がする」
「文字通りの意味で?」
「わかんねえ、でもなんとなくヤバい」
 曖昧な空気のなか、次に気がついたのはオズワルドだった。カーペットに寝転んでいたのがよかったのかもしれない。ぼんやりとした「あれ」っという声で始まる、不穏な言葉だった。
「幽霊に足なんてあったかしら?」
「あ?」
 卑弥呼は眉を顰めて問い返した。オズワルドは寝転んだまま、上目遣いに卑弥呼を見上げる。
「なんかね、後ろと前から、足音みたいなのが聞こえてくるの」
 それが決定打だった。イヴの「隠れろ」という声で三人は動き出す。イヴと卑弥呼は隣り合う本棚を背にお互い息を潜め、オズワルドは瓦礫の裏に身を隠した。後ろと前から、という言葉が正しければ表側からも裏口からも侵入者がいるということだ。ここから出ることはできない。隠れて息を殺すしかなかった。
 静寂を保ってから数秒後、いくつかの足音は大きくなり、三人のいる室内に何人かの人影が入ってきた。覗き見ていないので正確な人数はわからないが、およそ七人といったところだろう。反響しやすいおかげで声はクリアに聞き取れた。
「いたか?」
「いや」
「ちゃんと探せ! この建物のどこかに我らが神はいるはずだ!」
 その言葉にハッとなったのはイヴだけではなかった。卑弥呼もまた強く息を止める。
 卑弥呼の占いが外れてアンプロワイエが来たのかと思ったが、この会話から推測するにそういうことじゃないらしい。我らが神――そんな馬鹿げた呼称で囚人を追ったりはしない。この侵入者はイヴやオズワルドの知る追手ではなかったのだ。
「おい、見ろ……消したばかりだが火をつけた跡がある」
「やはりここに我らが神がいるのだ!」
 足音が散らばっていく。本格的に探し始めるつもりらしい。場所を変えたいところだが、今下手に動けば見つかってしまう可能性は高い。どうしようかと思案したところで一オクターブ跳ね上がった声が響き渡る。

「おっ、おい! そこにいるのは誰だ! 出てこい!」

 見つかったか――イヴは眉を顰めた。しかし遠くの瓦礫からコロロッと小石が転がる音がする。蹴躓いたかのような可哀想な音だ。どうやら見つかったのはイヴと卑弥呼ではない。一人瓦礫の裏に隠れていた、オズワルドのほうだったらしい。
 イヴは本棚から様子を盗み見る。オズワルドは両手を軽く上げた状態で瓦礫から姿を現した。こうして人間が出てきたことにより、一時的に探索の足が止まる。全員がオズワルドのほうへと注意を向けていた。
 イヴは侵入者の姿を焼きつける。黒いカソックに赤銅色の鏡のエンブレム。全員が似たような姿をしている。何人かはピストルをかまえていた。
「はじめまして」
 オズワルドは相変わらず暢気に挨拶をする。銃口を向ける男のうちの一人がオズワルドに近づきながら問いかける。
「お前が“我らが神”か?」
「え、それって何語?」オズワルドは首を傾げる。「随分と不思議な挨拶なのね」
 いくらなんでも暢気すぎるだろう、と卑弥呼の口元がひくつくのがわかった。イヴは苦笑混じりに一瞥してオズワルドのほうへと視線を戻す。侵入者は全員顔を顰めていた。
「準司祭からここに我らが神がいることを聞いたのだ。そしてここにお前がいる。つまりはお前が“我らが神”だな」
「違うわ。あたしはね、」名乗ろうとして自分が名乗ってはいけない身分だと思い出したのだろう。口を“お”の形に開いたまま数秒固まった。「女よ」
 侵入者たちはわけがわからないといった顔をしていた。ほんの少し彼らに同情したくなった。しかしオズワルドの口は止まらず「貴方たちは?」と尋ねる。
「……神に裏切られた者だ」
「えっ、そんな性別あったっけ?」
「もういい! 黙れ!」侵入者の男の一人が怒鳴った。「小娘、お前以外にここにいる人間はいるのか!?」
「いるわ」
「なに!?」
「貴方たち」
 本当にこの娘は馬鹿だなとイヴは思った。業を煮やした彼らは「もういい! 連れていけ!」と強く叫ぶ。何人かの男に取り押さえられて、オズワルドは容易く捕まった。卑弥呼は前のめりになって立ち上がろうとするがそれをイヴが制する。イヴはじっと彼らを見つめていた。オズワルドは抵抗する間もなく部屋から連れ出される。暫くすると外からいくつかのエンジン音が聞こえてきた。それは紛れもなく車のものだった。誰もいなくなったその場からようやく立ち上がり窓の外を覗き見る。二台の車はホーンテッド・ライヴラリから離れていった。卑弥呼は目を見開いたまま茫然とそれを見つめる。イヴは興味深そうに呟いた。
「オズワルドの占いはなんだったけな」
 四回蹴躓いて泥を車に跳ねられおまけに誘拐されて高いところから突き落とされる――なるほど、本当に誘拐されてしまった。いくつかの占いは事前策によりハズレとなったがこればっかりは避けられないことだったらしい。イヴは感慨深そうに頷いた。





人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -